第4話 感じる? 感じない?
聞くにナーファは感度が低いらしい。
スポンサーの男によってアダルト配信チャンネルに出演させられ、様々ネタを披露するようになって以来、それらしく喘いだり、愛液を漏らしたことは、数えるほどしかないのだという。
(数えるほどはあんのね)
隣で解説する男の言葉に耳を傾け、クロエは横目で冷たい視線を送っていた。
予定通りに始まる配信内容は、クロエ側のチャンネルにナーファが出演するものだ。これから三十分間、感じにくいナーファに対して様々な愛撫が行われるが、果たしてそれによって濡れるのか濡れないのか賭けを行う。
もしも正解できたら賞品が、不正解なら罰ゲームが、この隣の男から与えられるとか。
そうしたわけで、ナーファのことを初めて見る視聴者のため、彼の口からある程度の紹介が挟まれた。
(にしても、まさかねぇ)
随分また、堂々と白状したものである。
ナーファはアイドルギルドのリーダーであり、そのチームメイトを人質に、我こそが彼女に言うことを聞かせているのだと、男はペラペラ喋ったのだ。
しかし、チャンネル視聴者の全員がそれを間に受けているわけではない。
映写魔法を介して流れるコメント群には、『いい設定w』やら、『もう少し捻ろうw』やら、今の話がフィクションである前提の言葉が散見される。
だが痴漢グループに言うことを聞かされて、今もこれからも配信に出演するクロエからしてみれば、男の話は全て真実に聞こえていた。なかよし部でのこともあり、こいつならその程度のことはやるだろうと確信を抱いていた。
映写魔法を使った映像は、今頃は視聴者達の持つ専用の石版に投影され、その画面の中心にナーファは映っている。これから三十分をかけた愛撫が始まるが、その実況や解説をやらされることになっているクロエは、画面右上のワイプの中、スポンサーの男と共に小さく顔を出している。
(っつか、スポンサー直々にご出演っすか)
ナーファへの愛撫が始まる。
彼女に刺激を与えるのは痴漢グループの女子達で、画面外から手だけを伸ばしたり、道具を使って快感を与えるわけなのだが、メンバー達はさぞかし喜んでいることだろう。長らく狙っていた獲物に、やっとのことで手をつけられるのだ。
(ひょっとして、それが狙いだったんか?)
クロエのチャンネルがランキング二位になり、一位のチャンネル持ち主である男から声がかかった時、リーダー達はこう考えたわけだろう。このチャンスを利用すれば、やっとのことでナーファに手を出せる。
おそらくは望み通り、振動石を括り付けた棒を握った二人の女子は、ナーファの胸にそれを近づけている。着物の表面をかすかになぞったり、あるいはぐっと押しつけたり、振動によって刺激を与えてはみているが、ナーファは物静かな表情で、すっと目を瞑っていた。
「何も感じませんわねぇ」
余裕なことを言っていた。
「と、彼女は仰りますが、どうでしょう? クロエさん」
「どーって、感じないってんなら、今んとこ感じてないっしょ」
「なるほど、まだまだスタートしたばかり、体が敏感になるまではある程度の時間がかかるわけですね?」
(いやそこまで詳しく言ってないけどな)
視聴者からすれば、画面を占めるナーファの姿と、その斜め端に控える二人分のワイプの顔で、三人の姿を同時に視界に収める形となっている。
だがもちろん、ナーファを映す映写魔法と、クロエや男を映す映写魔法は、それぞれ別撮りとなっている。静かに佇むナーファの前、二人並んで椅子に座ったクロエと男の前には、それぞれ二台の映写魔法装置が立っていた。
レンズを括り付けた撮影装置は、入り込んだ光を魔法で処理して、配信魔法に情報を送るだとか何とか。細かなことはわからないが、痴漢グループの中には映写魔法の技術に長けた子がいるので、ワイプを載せる処理もその子が任されているのだとか。
クロエと男は自分達への映写魔法装置に目を合わせ、いわゆる映写目線となりつつ、さらにその向こうにいるナーファも視界に収めている。視聴者からは姿が見えない、画面外から棒を押しつける二人の痴漢女子の姿も、クロエにははっきりと見えていた。
ナーファへの辱めが出来て、二人は本当にご満悦だ。
「ナーファさんはですね。先ほども申しました通り、普段から感度が低く、振動石を入れて町を歩かせたり、エロマッサージを受けさせたり、色んな企画を考えるわけですが、すました顔で平然としていることが多いんですよ」
「はあ、そっすか」
クロエはナーファの動画を見たことはない。
そもそも、好きで動画配信をやっているわけではないので、ランキングが高かろうと低かろうとクロエにはどうでもいい。むしろ下手に順位が上がったおかげで、この隣にいる男から声がかかって、いらぬ展開がクロエを待ち受けていた。
人気など出ないでくれた方がよかったわけだ。
そんなクロエにしてみれば、余所のチャンネルを拝見して、敵情視察とばかりにやり方を研究する理由もなく、だからランキング一位であるナーファへの関心も抱いてはいなかった。
リーダーや他のメンバー女子は知らないが、言われもしないのにエロ動画を見る趣味などクロエにはなかった。
「さぁて、開始から数分が経過。今なお、ナーファさんには反応が見受けられません」
振動石のブイブイと鳴る音は、クロエの耳にまで届いている。あんな振動が胸に当たれば、たちまち乳首が突起しそうなものであるが、ナーファは本当に顔色一つ変えていない。
「これ三十分とか、間が持たないんじゃね」
「そんなことはありません。責めのシーン、絡みのシーン、あらゆるエロシーンを長回しで十分以上、二十分以上、男という生き物は眺めたがるものなのです」
「はあ、飽きないんすか」
「飽きませんねー」
男は断言した。
「そっすか」
飽きないらしいので、冗長さを理由に離れる視聴者は、きっとあまりいないのだろう。とにかく、研究する気のないクロエなので、どういうことをすれば再生が伸び、どんな時にコメントの量が増えるのか。その手の傾向を頭に入れることもしていない。
責め役の女子達は、狙いを変えて耳やうなじに振動石を近づけ始める。触れるか触れないかといった具合の、かなりギリギリのタッチで責めて、上手いことくすぐろうとしているが、そういった愛撫にもナーファは反応を示さない。
(こりゃ手強いわ)
制限時間の終わり頃には、濡れるか濡れないかを言い当てるクイズが待っている。この分なら、ごくごく普通に、濡れていないと答えて終わりそうな予感がした。
五分が経つ。
まだ、感じた様子はない。
間を持たせたい気持ちがやはりあってか、男は途中で何度かトークを挟む。
ところで今日はいい天気ですね。
などと言われた時は、いよいよ話題もネタ切れかと思ったが、十分が経過した時には、少しだけもぞもぞとして見えた。気のせいかもしれないが、感じた素振りがなくもなかったような気がする。
(いやまあ、どっちでもええけど。いや、よくないんか?)
好きで配信に出ているわけではない。
それはナーファも同じ話で、だったら彼女が感じたり、アソコを濡らすことを期待するわけにはいかない。間が持たないなどという理由で、ナーファに感じて欲しいとは思わない。
だいたい、彼女の感じた素振りをネタにして、それで話を広げろと言われても困るのだ。
十五分が経過した。
気のせいかもわからない、微妙な素振りがあったきり、それ以上の反応はないまま時間の半分が過ぎ去った。
「そろそろ趣向を変えましょうか」
と、急に男は言い出した。
「えー……。というと?」
「今までは振動石でひたすら刺激を与えようとしていましたが、ここからは溜め込むのです。快感が蓄積する魔法を使い、何分かおきに解放するんです」
「はあ、いいアイディアっすね」
また面倒なことを思いつくものである。
「というわけで、責め役を交代しましょう」
どうやら、ここからは男の手で責めるらしい。
今まで責め役であった女子二人は、まだ物足りないような顔をしながら引いていき、入れ変わる形で男がナーファへと迫っていく。
背後に立った。
後ろから乳房を鷲掴みに、その両手で着物の上から揉みしだく。見た目は単に愛撫の方法が変わっただけだが、蓄積の魔法とやらを男は使っているのだろう。
男の手つきは柔らかだった。
着物の表面だけをくすぐるような指遣いで、乳山に指先を踊らせる。しかし、時には食い込ませ、揉みしだく手つきによってよく捏ねる。
「蓄積の魔法を使っているので、この段階では一切の快楽が発生していません。まるで時間が止まったまま触られているように、皮膚に感触が発生しないのです」
男は視聴者に向け、自分の使っている魔法を解説する。
「ですが、感覚は蓄積します。一の痛みを十回与えてから解放すれば、一気に十の痛みとなります。ではナーファさんにここまで蓄積した快感は、どのくらいのものなのでしょうか」
その時である。
「三、二、一――」
カウントダウンを行って、次の瞬間――。
「――――っ!」
ナーファは少しだけ目を見開き、身じろぎらしき反応を示していた。肩が微妙にくねった上で、頬も多少は朱色になって、こればかりは無反応とまでは言えなかった。
だが、反応は極めて薄い。
「どうです? ナーファさん」
「うーん、本当にちょっとはって感じかなぁ? っていうか、こんな魔法でも使わなければ、全然、まーったく、アタシを感じさせることができないんですねー?」
(いや何その見覚えないキャラ)
急に口調が変わっていた。
「せいぜい続けてみて下さいよー。アタシ、たぶん? そんな魔法ぐらいじゃ感じないっていうか。せいぜい今の感じが限界じゃないですかぁ?」
(一人称まで変わっとるが)
キャラ付けというものだろうか。
配信視聴者向けに、素とは異なるキャラクターを演じて、それによって人気を集めようとしているのか。
(えっと、確か好きで出演してんじゃなくて)
人質を取られたも同然の状況で、嫌でも言うことを聞かされているという話であった。だとしたら、あの妙にテンションが高く、見下しを意識した言葉遣いは、さてはスポンサーの男の趣味なのだろうか。
人に放尿を強要させ、そしてキャラ付け、とても良い趣味を持ったものではないか。
「とのことですが、ではもう一度同じことを試してみましょう」
「何度やっても同じだと思うけどなー」
声音まで変わっている。
まるで別人のような喋り方のナーファへと、男は改めて乳揉みを開始する。今度は中指を駆使して、乳首を集中的に刺激していた。他の指では揉みしだくが、その指だけは乳山の頂点に突き立てて、一点だけをくすぐるように動いていた。
蓄積の魔法によって、乳首を責める快感がだんだんと溜まっているわけなのだろう。だが感じにくいナーファに対して、それがどれほどの効果を発揮するのか。
「三、二、一――――」
次のカウントダウンが行われ、乳房に溜まった快楽は解放される。
「んっ……!」
少しだけ声が聞こえ、頬のぴくっと弾む様子が見えた。先ほどの解放に比べ、さらに感じたようではあるが、それでも反応の薄さには変わりがない。
それとも、我慢強いだけだろうか。
本当は感じていながら、それを表に出していないだけなのか。
(はあ、なんでこんな観察してんだか)
最後に振られる予定のクイズは、ナーファが濡れているかいないかによって答えが変わる。そして、正解すれば賞品が、不正解なら罰ゲームが、というわけでクロエは正解を狙ってナーファの様子を注視している。
賞品への期待感など抱いていないが、ろくな罰ゲームではないだろうから、それを回避したい思いは大きかった。
残りはもう十分を切っている。
もしナーファのことを濡らしたいなら、今までのような生温い刺激だけでは、とてもでないが愛液を出させることは出来ないだろう。
「では次に責めるのは……」
男の手がアソコへ潜る。
丈を捲って内側へ忍び込み、おそらくは下着の上から縦筋をなぞっている。そんな場所を触られても、ナーファはなおも無反応を貫いていた。
蓄積魔法を使うあいだは感覚がないとしても、好きでもない男に性器を触られては不愉快だろうに、そのあたりの感情さえも感じさせない。
ただただ、静かに目を閉ざしている。
前髪を切り揃えた美貌の顔立ちは、穢れを知らない清純さを漂わせる。喋らなければ、こうまで雰囲気が変わるらしい。
「三、二、一……」
また、カウントダウンが行われた。
やはり頬がぴくっとして見えたり、ちょっとした身じろぎの気配こそあるものの、決定的な反応は見受けられない。どう考えても絶対に感じたと言い切るほどの、目に見えた仕草もなければ声もなく、辛うじてある小さな挙動も、おかげで気のせいに思えてくる。
(これで濡れてたりしたら、とんだ引っかけ問題だわ)
だが、あの様子なら愛液は出ていないだろう。
多少は、本当に少しくらいは、さすがに感じていると思うのだが、こと愛液となると「出ていない」が答えに違いない。
「っと、まだ時間が残っていますね」
男は再び愛撫を開始する。
もうしばらくだけ、手が丈に潜って蠢く時間は続いていた。余っている方の腕では乳房を揉み、二箇所への愛撫を同時に行う男なのだが、ナーファは最後の最後まで静かに佇み、美しい人形のように在り続けた。
「三、二、一――――」
制限時間からして、これが最後のカウントダウンとなるだろう。今までの解放では、申し訳程度には体がビクっとして見えたものだが、今回に至ってはそれすらなく、クロエの中でいよいよ答えは固まっていた。
「さて! クロエさん!」
男の視線がクロエを向く。
「あ、はい」
「お待ちかねのクイズタイム! 果たしてナーファはアソコを濡らしているか? イエス! オア、ノー! さてさて、答えはどちらでしょうか!」
(今更だけど、こいつもなかなかキャラ違うな)
スポンサーを名乗る男だというのに、自ら動画に出るばかりか、イベントの司会者まで気取っている。そのテンションの高い喋り方がなかなかに板に付いているので、実際にそんな経験の持ち主だったとしても驚かない。
「あー……。濡れてないんじゃないですか」
クロエは答えた。
「それで構いませんか?」
「構わんッス」
「取り消すなら、今が最後のチャンスです。オーケー?」
「あ、オーケーで」
あまりしつこく確認されると、やっぱり変えようかな、という気持ちが湧かなくもない。
だが、とてもアソコを濡らして見えない。
濡れている、が正解だとは、どうしても思えない。このしつこい確認も、ただの演出のようなものなのだろう。
「では!」
男は着物の丈を持ち上げる。
まるでスカートがたくし上げられたようにして、白い下着があらわになる。濡れていればわかりやすい色なのだが、縦筋の部分に変色の気配はない。
(ってことはま、正解か)
とりあえず、罰ゲームは回避できたらしい。
どうせまた、他のおかしな企画に付き合わされ、それに辟易することになるとは思うが、今回のところは何の辱めもなくて済みそうだ。
「さて、ちょうど今、三十分のカウントダウンもゼロとなり、正真正銘の時間終了となりましたが、さてクロエさん。パンツは濡れているでしょうか?」
「濡れてませんが」
「おっと、それは残念。果たして、クロエさんの答えは正解ということなのでしょうか」
(正解に決まってんだろが)
やっと過ぎ去った三十分だというのに、まだこうして配信を引き延ばすのか。
「では下着を下げてみましょう」
男の両手が着物の丈に入り込み、白いショーツが下へ下へと、そして膝に高さでぴたりと止まる。その上で改めて、丈の部分はたくし上げられ、映写魔法の動画を介して、ナーファの性器が視聴者に晒される。
なおも、濡れては見えない。
毛の細い、ささやかな灰色の三角形で飾った性器は、ヘラで彫り込んだような一本筋が美しい。人様の性器に見惚れそうな自分がいて、クロエは思わず顔を顰める。
(いやいや、んな凝視してどうする)
いくら綺麗だからと、そうじろじろと眺める場所ではない。
ただ濡れて見えるかどうかの確認さえすれば、クロエはすぐにそこから視線を剥がした。
やはり濡れていない。
クロエの答えが正解であると、より確実に決まったわけだが、男はナーファの肉貝に指をやる。片方の手で丈を握って、布が落ちないように押さえつつ、二本の指でワレメを左右に開く。
そんなことをしても、濡れていないものは濡れていない。
いつまでも触っていないで、さっさと配信を終了にして、彼女を解放したらどうだろうか。
と、思っていた。
自分の答えが正解だと、完全に確信しきっていたクロエなので、次に起こった出来事が信じられずに、思わず目を丸めてしまっていた。
「えっ……」
完全に虚を突かれた顔だった。
一筋の糸がそこにはあった。
まるで信じがたい超現象でも目撃したような、強い衝撃を感じながらに、クロエはその糸に目を奪われ、視線を逸らせなくなっていた。
そうか、本当は濡れていたのだ。
表面にこそ出ておらずとも、膣壁の奥には蜜が溜まっていた。
下着は濡れていなかったかもしれない。ショーツを脱がせただけでは、愛液の存在は目視できなかった。だが指で中身さえ開けば、膣壁の表面を伝って流れ落ち、下へ下へと流れ出て来る程度の量はあったのだ。
蓋が開いたことで中身が解放されたようにして、小さな小さな滴が生まれ、糸を伸ばしてぶら下がっていた。ナーファの股のあいだには、今にも消えそうな細い細い糸が伸びていた。
「どうですか? クロエさん」
男は気づいているのだろう。
自身の目で確かめずとも、人の衝撃を受けた表情を介することで、ナーファのアソコの真実を読み取っている。クロエの答えが不正解であるとわかって、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「どうです?」
その上での、わざとらしい問いかけである。
「ぬ、濡れてる……っぽい、です…………」
なおも信じられない思いを抱きながらに、クロエはそう答えるのだった。