第1話 クロエの接待

 クロエは水着に着替えていた。
 顔を合わせるなり開口一番、相手の男は言ったのだ。
「初対面でしかも早速で悪いが、これに着替えてくれないかな」
 本当に初対面なのに早速過ぎるとしか言いようがなかった。
(なんで持ってんだか)
 いつかどこかで着たことのある水着と、まったく同じ種類のものをスポンサーの男は用意していた。なのでクロエは部屋に入って数分もしないうちに廊下に出て、トイレまで行って着替えたわけだが、恐ろしいことにサイズが綺麗に一致している。
(きもっ)
 と、当然思う。
 どこでどうやって情報を知ったのか、薄気味が悪くなってくる。スポンサーの男はどういう人物で、普段は何をしているのか、知れたものではないのではないだろうか。
 いや、サイズくらいは彼女達が教えただろうか。
(ま、ともかくキモいわ)
 そして着替えて戻って来れば、隣に座るように言われて、クロエは男の隣に腰を下ろした。その瞬間に体へ腕が回って来て、方を抱かれたり、腰のくびれをさすられたり、といった展開になることは目に見えていた。
 軽く怖気が走る。
 過去の体験のおかげで、良くも悪しくも多少は慣れている自分がいるが、完全に慣れているわけでもなく、薄らとした拒否反応はあるのだった。
(…………きもっ)
 と、心の中では反射的にそう呟く。
 初対面の男にべたべたと触られて、まったくいい気持ちなどしないのだが、逆らおうだの、払い退けようだの考えても、途端に巻物の効力が働くことはわかっている。だから必要以上の反抗意志は抱かずに、気持ち悪いとは思っても受け入れていた。
 ひとまず、クロエがやっているのは、グラスに酒を注いでやることだった。
 男というのは、どうして酌をさせるのが好きなのか。
 男は酒を飲みながら、学校では普段何をしているのか、どういうきっかけでチャンネルに出演しているのか。私生活や動画について聞いてくるので、クロエはそれに淡々と答えていった。集団痴漢の手に囚われ、巻物の効果を使われ、出演させられ、といった経緯も全て話していた。
 わざわざ自分から話すのは面倒なので、それ以上の過去、ケンやその父親にまつわることは、聞かれない限りは黙っていることにした。
 そして、その話している間中、男の手は太ももに置かれたり、肩を抱き寄せ二の腕をさすったり、始終触り続けている。それがもうストレスで、一体いつ胃に穴が空くかもわからない。
(もう帰りてーわ)
 ベタベタと触られて、いい気持ちなどやはりしない。
「まあ、つまりだ。クロエくん」
「うす」
「君は今でも罪人なわけだ」
「……そっすね」
 納得はしないのだが、痴漢妨害罪の罰は終わりを知らず、未だ延々と続いている。リーダーの頭の中では、これも罰の一環なのかもしれない。
「しっかり償う必要があるわけだ」
「まあ、そっす」
「となると、君の立場を考えるとクロエくん。ここで僕を怒らせて、チャンネルとスポンサーの契約がぱーになったら、その損害ということで余計な罪を背負うことになる。違うかな?」
 男はとても嬉しそうな顔をしていた。
 人の弱みを握ったら、優越感の一つや二つは湧いてくるというわけだ。
「なんつーか、まあ? 違うけど違わないっていうか」
「いや面白い。実にいい。僕はね? 実は少し気が変わっていて、やっぱり契約をやめようかなって思っているんだ」
 こんなにも嬉々として、興奮で上擦った声で、契約の取りやめをチラつかせる人間がいるだろうか。その狙いがあまりにも露骨だと、遠回しな言葉もただのストレートな言い回しにしか聞こえないから不思議なものだ。
「はっきり言ったらどっすか」
 もはや十分にはっきりした言葉とは思いつつ、クロエは何となくそう返す。
「では言おう。僕がスポンサーになるかどうかは、クロエくんの頑張りしだいだ。君の努力が足りなければ、この話はなかったことになるだろうね」
(んで、どー頑張ればいんだか)
 クロエは辟易した。
 つまり、体を使った接待。
 密着したり、もっと体の色んなところを触らせたり、といったことになるのだろうが、何をどこまでさせるのか。もしや本番までさせなければ、彼は納得しないのだろうか。
(はぁ……だっるっ…………)
 ろくなセックスをしていない。
 以前、処女を失ったり、その後も繰り返し辱めを受けてきての、集団痴漢に囚われる前の記憶が蘇る。恋人との愛の果て、という真っ当なセックスなど、ただの一度もしていない。
 そして集団痴漢に裁判に、それから今回の展開である。
(ま、ともかく接待? うちなりに考えて? なんとかやるっきゃない感じ?)
 クロエは隣に目をやった。
 一体、どんな接待をしてくれるのか、楽しみそうに見つめてくる眼差しと目を合わせる。それから視線を下げていき、スーツ姿のズボンを見れば、随分と立派なテント張りとなっていた。
(しょーじきなもんだ)
 やはり、その部分の面倒を見るしかないだろうか。
(だるっ)
 内心では嫌々ながら、クロエは男の脚に手を置いた。その手の平をだんだんと股間に近づけ、ズボン越しの膨らみを掴んだり、撫でたりと、まずは適当に愛撫する。
 腰に回っている手の、手つきが変わった。
 肌をなぞる指先が殊更にいやらしくなっていた。
「んで、ぶっちゃけどこまでしたら、契約? ってやつ、してくれるんすか」
 単刀直入に尋ねてみる。
「さあ? どこまでだろうね」
(はー……。これマジで面倒臭いわ)
 クロエは辟易しながらベルトの金具を弄り始めた。チャックをつまみ、下げていき、下着をずらして握るべきものを握り締め、適当に手首を上下に動かし始めた。
「なるほど? 少しは誠意が見えてきたようだ」
「少しっすか。手じゃ足りんすか、やっぱ」
「どうだろうね」
(マジでメンドくさ)
 こうなったら、やるしかないらしい。
 クロエは気怠そく思いながらも体を横へと倒していき、隣に向かって顔を埋める。少しだけ臭いが気になって、一瞬は顔つきを険しくするクロエだが、まず手始めにペロペロと、適当に亀頭を舐めた後、そのまま先端をしゃぶり始めた。
「んぅ……じゅっ、ずぅ…………」
 頭を前後に動かしていた。
 すると、今まで腰に回っていた男の手はお尻に移動する。尻山にべったりと張りついて、撫で回す手つきへと変わっていた。
「ふじゅぅ……じゅぅ……」
 撫でられながらに、クロエは奉仕をこなしていた。太さの分だけ唇を丸く広げて、リング状となった桃色に竿を見え隠れさせているのであった。
「じゅぅ……ずっ、じゅぅぅ…………」
「これはなかなかの誠意だね」
「ずぅ……ずぅぅ…………」
「うん、だんだんと僕の機嫌が良くなってきた。さっきまではやめようと思っていた契約だが、やっぱりやってもいいという気がしてきた」
「ずっじゅむぅ……んぅぶっ、じゅぅ…………」
「ああ、素晴らしい。なかなかの口技だね? ディルドなんかを使って経験してきたのかな? 僕も動画の視聴者でね、今まで色んな君を見てきたから、フェラチオが上手に出来るだろうことは想像がついていたよ」
(ペラペラとよく喋るわコイツ)
 クロエは密かに顔を顰めたり、気怠い眼差しになりながら、精液を搾り出すため奉仕に励む。
「じゅっ、じゅっ――じゅっ――じゅっ――――」
 何をこんなに上手にやっているのだかと、自分でも思いながらに上下運動を繰り返し、男に刺激を与えていた。舌に先走りの透明汁の味が染み、青臭さが広がり始めるまで、そう時間はかかっていなかった。
「じゅっずぅ――――」
 それにしても、抵抗感は消えていない。
 あっさりと咥え始めてこそいるものの、今すぐにでも吐き出して、うがいをしたい心境は変わらない。好きでもない男と接触しての、精神的な苦痛は堪えていた。
 頭に手が置かれる。
 それだけで数秒後の未来を予感して、クロエの口内にはその予想通りのものが撒き散らされた。

 ドクッ、ビュルン!

 唇の内側で肉棒が脈打つ。
 青臭いものが散布され、舌に、頬の内側に、口内のあらゆるところにべったりと付着して、それがクロエの唾液と混じり合っているのであった。
(うっげ……)
 クロエは顔を顰めた。
「さぁて、誠意の見せ所だ」
(飲めってか? はあ、だるいわマジで)
 クロエは実に嫌々に、美味しくもないそれを飲むため喉を鳴らした。体内に男の体液が流れていき、腹に収まる感覚といったら、とにかくおぞましいとしか言いようがなかった。
 唇を離す。
(めっちゃ糸引いてるわ……うわぁ……)
 閉じ合わさった唇の狭間と、亀頭の先端のあいだには、唾液と白濁の混ざったものが数センチほど伸びていた。
「なかなかの誠意を見せてもらったよ」
「そっすか。そりゃどーも」
 そもそも、クロエは動画チャンネルへの出演を好きでやっているわけではない。チャンネルにスポンサーが付く話に、何の有難味も感じない。むしろ面倒なイベントがやって来たものではないか。
 スポンサーの機嫌を無事に良くできたからと、それが嬉しいわけもなかった。
「君のところのリーダーから、スポンサーが付いたらどんな活動がしてみたいか、というアイディアはもらっていてね。既にそちらには好意的な返事を返している。あと他に必要だったのは、君の誠意だけだったというわけだ」
 決まらなくてもいい話が決まっていく。
(マジで何やらされんだか)
 歌わされるのか、踊らされるのか。
 それとも、アイドルという言葉から真っ先に枕営業を連想したのなら、もしやそういう活動内容が中心ではないか。人に体を売らせて、その金は自分達の懐へ、などという悪巧みがあったとしても、元々集団痴漢グループを結成しているくらいなので驚かない。
「では所定の手続きを始めよう」
 そう言って男は自分の荷物を漁り始める。
 手続きというからには、てっきり小難しい書類でも出て来るのかと思いきや、男が取り出したものは水晶玉だった。
「なんすかそれ」
「なに、魔法道具さ」
「いや、それはわかるんですけど、なんの魔法道具っすか」
「すぐにわかる。よーく見るんだ」
「へいへい」
 どうせろくなものではないだろう。
 水晶であるからには、その中に何かが浮かび上がって来るのだろう。今一番されたくないことが映像として出て来たり、過去のトラウマが掘り返されそうである。
 クロエの脳裏には良くない想像だけが並んだ。
 そんなクロエが水晶玉の中に見たものは、自分の通う学園の映像だった。
 廊下が映る。教室が映る。
 そして、部室だ。
 ユニやチエルの顔が順々に浮かび上がって、その次に映るのはクロエ自身だ。
 今のところ、この映像がどうして浮かんでいるものなのかがわからない。好きな場所だから映っているのか、何なのか、水晶玉の持つ魔法道具としての効果が、条件が、まだいまいち掴めない。
 しかし、次の映像でクロエは何かを察しつつあった。
 水晶の中でのクロエは、チエルやユニに向かって何かを話している。その内容を聞けば聞くほど、二人の顔は徐々に険しくなっていき――。
 そこで映像が切り替わる。
 信じられないことに、クロエが放尿していた。あろうことかチエルのことを尿で汚して、そしてそんな真似をしている横ではユニが倒れている。端には男の影も映っているが、スーツを着込んだ服装からして、きっと隣にいるこの人物だ。
 クロエにこんな記憶は存在しない。過去の記憶を再生しているわけではない。何らかの条件で、起こったことのない出来事を映像として作り上げているはずなのだ。
 未来予知というわけでもないだろう。
 過去でも未来でもなく、ならばクロエの内面から何かを取り出し、それを映像化しているに違いなく、ではその何かとは一体何か。ユニやチエルに魔の手が及ぶ映像が出て来るような、そんな自分自身の内面と考えれば、クロエは答えに辿り着きつつあった。
 これが正確な答えかどうかはわからないが、たとえ当たっていなくとも、遠からずではあるだろう。

 起こって欲しくない出来事なのだ。

 無意識の不安の反映か、大切な仲間の存在を読み取るのか、細かい条件はわからない。
 だが、クロエがこの映像を見て抱いたのは、こんなことが起こってたまるかという思いだ。
 他人にオシッコをかける映像なのだから、実現して欲しくないのは当たり前といえば当たり前だが、例えばもし、実はチエルのことが大嫌いで、酷い目に遭って欲しい気持ちがあったらどうだろう。
 ざまみろ――という気落ちが少しは湧かなくてはおかしいではないか。
 この魔法の水晶が読み取るのは、とにかく起こって欲しくない出来事に違いない。
(んで、こんなんが所定の手続きって……)
 クロエは一気に不安を煽られた。
 わざわざこんな魔法道具を使用して、その映像を見せつけてきた意図として思いつくのは、水晶の中の出来事を実際に実現させるためではないか。
 映像の通りのことを実行するのが、男の言う手続きとやらなのではないか。
(冗談っ、こんなこと出来るわけ……)
「では早速、転移魔法を使って移動しよう。場所は君の通う学校で問題ないのかな?」
 男はやる気が満々だった。
 そして、クロエにはそれを阻止できない。巻物の効果で生まれるおかしなおかしな罪悪感は、こういう時に抵抗したり、反論をしたくても、それを食い止めるストッパーとして働いてしまうのだ。