プロローグ
不本意JKアイドルグループ?
なんこれ?
ある時、クロエは一枚の企画書を渡された。
自信ありげに、満面の笑みで突きつけてくるリーダーから受け取って、その中身に目を通せば、書かれていたのがアイドルとか何とかの話である。
(うん、意味がわからん)
「私があなたをプロデュースするわ」
「は?」
「クロエ? あなたが動画に出るようになってから、チャンネル登録数は急上昇、再生数もぐんぐん上がってランキングで二位になったの。一位まであと少し、頂上が見えてきた。その意味がおわかりにならないの?」
「いや、ならんけど」
クロエは困り果て、眉をハの字にした。
このよくわからない企画書を用意して、クロエに突きつけてきた少女は、同性狙いの痴漢グループリーダーである。女子だけで結成された痴漢集団というだけでも驚きだが、クロエはその魔手にかかって以来、今日まで散々に辱めを受けてきた。
きっかけはチエルが集団痴漢を受ける場面を目撃したことだった。仲間がそんな目に遭っていたなら、無視をするわけにはいかない。
助けに入ったはいいものの相手は多勢、集団のうちの一人が抜け目なく後ろを取っていたことに、クロエは直前まで気づかなかった。背後から押し倒され、助けるはずが捕らえられ、あまつさえ裁判にまでかけられたのだ。
痴漢妨害罪などという、法典のどこにも書かれていない罪状で裁かれて、最終的に映写魔法を利用した動画チャンネルへの出演を強要された。
ただの普通のチャンネルならまだよかった。
だが、エロ配信だ。
視聴者に向かって肌を出したり、コメントによるセクハラチックな質問に答えるなど、アダルトな内容で満載のチャンネルなので、クロエはそれから日々辱めを受ける流れとなった。
(いやね、なんで二位なん?)
やる気などなかった。
出たくもない配信なので、意欲的な取り組みなどしていないが、チャンネルの人気はどうやらぐいぐい上がっていたらしい。
「人気が出ると、どうなると思う?」
「いや、だから知らんから」
「なら教えてあげるわ? スポンサーから声がかかるのよ?」
「ほーん?」
「つまり予算がついたり、サポートを受けられるわけね」
「んでアイドル? はーん」
「そう、素晴らしいとは思わない?」
「うちに言われても、なんが素晴らしいんだか」
クロエは辟易のため息をつく。
裁判時には裁判長を気取り、今はプロデューサーを気取り始めたこの痴漢グループリーダーの頭の中には、一体どんなビジョンがあるというのか。
「でね? まずはスポンサー様に挨拶をしてもらわなくっちゃ」
「へいへい、メンド」
クロエは改めてため息をつく。
何度でも思うが、好きで配信チャンネルに出ているわけではない。痴漢妨害罪による罰というのも、元々は巻物の持つ力のせいで受け入れたものなのだ。
効果は洗脳に近い。
ただ、心を完全にコントロールしたり、常識を根っから改変する力はなく、クロエはその力で罪悪感を植えつけられた。痴漢を妨害してしまって申し訳ない、自分は罪を償わなくてはならないのだという、おかしなおかしな罪悪感だ。
感じる必要のない、とてもおかしな罪悪感なのは、もちろん頭ではわかっている。巻物の力で植えつけられたものに過ぎない以上、下らない罪悪感など本当は無視するべきなのだろう。
しかし、逆らおうと思えば思うほど罪悪感が膨らんで、結局は効果に抗えない。まるで抵抗すればするほど締め付けの強まる拘束具だ。
言い渡された罰をそのまま受けたり、チャンネル出演に応じたのも、ほとんどが巻物のせいと言ってもいい。スポンサーへの挨拶とやらも、それがプロデューサーの言葉なら従うしかあるまいといった気持ち湧いている。
どうやら、今なお効果は続いているらしい。
(頭では正体のわかってる効果に逆らえないって……)
本当に何とかならないものかと思いながらも、リーダーの語るスケジュールに耳を傾け、後日のクロエはスポンサーと顔を合わせることとなる。
*
「アイドルと言えば接待!」
翌日、リーダーは言い出した。
「どゆこと」
「仕事を得るため、監督とホテルの中へ! スポンサーをバックに付けるべくして夜の関係!」
「いやアイドルで真っ先に浮かべるかそれ」
「浮かべるのよ」
「そすか。そっすね」
浮かべる人は浮かべるのだろう。
まして、今こうして隣を歩く女の子は、集団痴漢のリーダーだ。レズビアン同士で集まって、同性を狙った痴漢を繰り返す犯罪グループの頭目と言ってもいい。
さて、動画チャンネルが二位にまで上がったことで、そんな彼女にどこぞから声がかかって、それをきっかけにリーダーはアイドルがどうとかいった、よくわからない企画を思いついている。
よっぽど素晴らしいアイディアだと思っているらしく、彼女はとてもウキウキだ。
対してクロエは冷めている。
そのよくわからない活動をするのは、彼女自身ではなくクロエの方なのだ。やりたくもない活動のために、勝手に盛り上がってもらっても困るというものだ。
(やっぱ歌って踊るんかね)
どうして、元はチエルを痴漢して、クロエにも辱めを与えた集団なんかのために、歌うだの踊るだのしなくてはいけないのか。その辟易は大いにあるが、あまり考えると巻物の効果が働く。
私は罪を犯した犯罪者です。
ああ、罪を償わなくては。
などという感情がいとも簡単に湧き溢れるだけなので、面倒臭いとは思っても、逆らってやろう、ボイコットでもしてやろうとは考えない。
どうすれば罪悪感の増幅を煽られるか、精神がすっかり覚えていた。だから嫌だ嫌だとは思っても、面倒臭いと感じてみたり、辟易のため息をつくだけに留めている。
二人で向かっている先は、スポンサーと待ち合わせているという酒場である。学生二人、酒の出る店に客として入るなど、教師にでも見つかったら大変なのだが、ここは学園から距離が大きく離れている。
(ま、大丈夫かな)
見つかる可能性は、あまりないだろう。
(ったく、これじゃあガチの不良っぽくね)
クロエは顔を顰めた。
学校ではヤンキーか何かのように思われて、妙に恐れられてしまっているが、特に非行少女だった覚えはない。学ランを着て木刀を振り回したりもしなければ、店の前でたむろしてタバコを吸うようなことも、他校との抗争を行ったりもしていない。
もっとも、校則を無視したバイトはしていたが、それは学費を払うためであるからして……。
バイトのことさえ除けば、いたって真面目な生徒のつもりでいるのだが、不思議と恐れられてしまっている。
(あー……。頭に浮かぶわ)
もしもクラスメイトの目撃者でもいようものなら、慌てふためき声を震わせ言うのだろう。
く、く、く、クロエさん!?
もももももしや! ヤクザと? マフィアと?
はははははははは反社会勢力との繋がりが!?
などと、狼狽する声が耳に浮かぶ。
とてもリアルに想像できる。
何なら、そのクラスメイトの表情まで目に浮かぶ。
「さあ、入るわよ」
リーダーは酒場のドアを堂々と開いて進んでいき、受付に自分の名前と用件を告げていた。
まともな店なら、未成年が客として入ってきたら、お酒を飲める年齢になってからとでも言い、追い返すところだろう。
「ではお客様、お部屋の番号は――」
つまり、ここは普通の店ではない。
(ま、そりゃそっか)
痴漢グループの作った動画チャンネルを見て、そのスポンサーになろうとする男が待ち合わせに指定する。そんな酒場であるからして、大人が子供を相手にに何を企んでいたところで、店主や店員の知ったことではないわけだ。
客の大半なり、一部なりは、本当に反社会勢力なのかもしれない。
(しかも部屋番号て)
個室ということだろうか。
受付からさらに進むと、番号札の貼られた部屋がずらりと並んでいるではないか。レストランで見るようなテーブル席も、カウンター席も見当たらない。
個人の客が一人でゆっくり飲んで過ごすか、さもなくば女の子でも連れ込むための店なのだ。
なるほど、人に聞かれたくない話をするなら、この店はもってこいではないか。
(ってか、うちか)
まさにクロエこそ、その聞かれたくない話のためにやって来ている。しかもスポンサーの機嫌を取る取引の材料でもあるわけで、どんな性的な要求をされるかわかったものではない。
「さあ、ここよ?」
リーダーは指定の部屋で立ち止まる。
「ここね、はいはい」
「では行ってらっしゃい」
「はい?」
「一人ではご不安?」
「いんや、そゆことね」
「話が早くてよろしいわね」
わかっていた。
予想のついていたことだ。
スポンサーはクロエと一対一で過ごすことを望んでいて、他の女の子は邪魔者に過ぎないのだ。この個室の中に入った時、クロエを待っている運命は、まさに枕営業や性接待といった話なのだ。
それにリーダーが隣にいるから安心、などということも特にない。
(そんで巻物の効果ときたもんよ。おもろ)
ちっとも面白くないのだが、面白いジョークだとでも思わなければやっていられない。
クロエはドアノブを握り締め、指定の部屋へと入っていくのであった。