第7話 芸録

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 そして、時は現在――。

 あの時、芸までやらされて、それを動画に撮られたことで、もはや後戻りなどできなくなった。自尊心を削り取られて、その代わりのように立場の違いを植えつけられ、自分は健太の下でいなくてはならない感覚が着実に育っていった。
 いつしか、敬語を使うように教育された。
 健太の呼び方も、『ご主人様』か『健太様』とするよう命じられ、ますます下に置かれることで、もはや奴隷でしかなくなっていた。
「そーいや、もう二年だっけ」
 アニメ視聴が終わった後、健太はスマートフォンの中にあるデータを漁り始める。その様子を横から眺め、次は何を考えているのかと待ち侘びながら、目では快感を求めていた。
 まだ、イキたりない。
 高校時代のハードなトレーニングの日々により、体力に溢れた唯華の体は、あれだけでは疲弊しきらない。むしろ、もっと楽しみたい欲望さえ湧いてきて、続きを求める気持ちがあるのに、健太はなかなか愛撫をしてくれない。
「健太様……あの……」
「あー、ちょっと待ってくれる? 今日は二周年ってことで、思い出でも振り返ろうと思ってさ」
 健太が見つけ出したのは、どうやら初めて唯華に芸をやらせた際の、記念すべき芸録第一弾のようだった。
「あ……!」
 それが再生された途端、唯華は当時の羞恥を思い出し、みるみるうちに赤らんでいた。
「いいじゃん、その顔。初心に返ったって感じでさ」
「だって……!」
「ほら、一緒に見ようよ」
 肩を寄せ合う形で、一緒になって一つの画面を覗き込むのはが、仲の良い友達同士や恋人同士での話であったら、一体どれだけ楽しいものだったか。
 しかし、奴隷の立場で、健太の玩具としてくっつき合っているに過ぎない。
 今でも唯華の方が背は高く、まだ身長の伸び始めていない健太は、頭が肩の高さにも届いてこない。そんな健太と隣り合い、唯華も映像を見るのであった。
 いや、見なくてはいけなかった。
 視聴はご主人様の命令なのだ。

 ヒクッ、ヒクッ、ヒクッ、

 芸録第一弾の動画は、アナルヒクヒク運動である。
 初のストリップを体験して、土下座までした屈辱の中、さらにスパンキングで心を削られ、その末に命じられた芸の内容は、丸見えの肛門に力を出し入れして、ヒクヒクと蠢かせるものだった。

 ヒクッ、ヒクッ、ヒクッ、

 肛門だけがアップになった映像で、唯華の当時の肛門が蠢いている。
 まるで生きて呼吸でもしているように、繰り返し引き締まり、皺が縮めば直ちに脱力して緩んでいる。

 ヒクッ、ヒクッ、ヒクッ、

 映像そのものは、これだけで十分近くまで続いている。
 最後まで同じことの繰り返しで、途中で変わった展開があるわけでも何でもない。ただ肛門を眺めるためだけにある動画は、しかし今の唯華の頬を大いに染め上げた。
 思い出に浸るとよく言うが、当時の感情が今の唯華に蘇ってきた。
(やだ……)
 まるでたった今、まさに視姦されている最中の気分になる。
 いや、実際のそうといえばそうだ。
 映像の肛門は唯華のものなのだから、確かに見られている最中だが、今こうして湧いてくる気持ちはそうではない。今の自分の、映像ではない実物の肛門を視姦され、それが恥ずかしいかのような気持ちが不思議と湧くのだ。
 顔がじわじわ赤らんだ。
 頬が燃えるように熱かった。

「じゃあ、続けて第二弾! 素振りを見てみよう!」

 尻にラケットを挟み、ひたすらスイングを繰り返す動画だ。
 そのみっともないことこの上ない部分は、邪魔な衣服を脱ぎ去って、裸でふざけた芸をやろうとしている点にある。尻の割れ目だけでは実際にはグリップを握っていられず、結局はショーツを穿いて隙間に差し込む形を取っているが、映像は素振りで始まっていた。

『いち! に! さん! し!』

 健太のかけ声が動画から聞こえてくる。
 この撮影も二年前で、晴れて弱みを握られて、アナルヒクヒク運動の動画まで撮られてから、その次の要求を受けての芸である。健太の思いつきでラケットを持っていくことになり、それをどうするのかと思いきや、こんな風に使わされたというわけだ。
 一体、どれほどの屈辱が吹き荒れたことか。
 ショーツ以外に身に着けている衣類はなく、裸で面白いことをやらされるのは、言うまでもなくそれだけで屈辱だ。悔しさだけで頭がねじ切れ、どうにかなってしまいそうなのだったが、それは使うラケットにも理由があった。
 インターハイで羽咲綾乃と試合をした時の、あの汗を吸い込んだグリップを尻に挟んで、ふざけた素振りを行っている。

『ご! ろく! しち! はち!』

 かけ声に合わせてスイングを行い、素振りこそ続けているが、尻の筋肉やショーツだけでは固定しきれず、振り抜くたびにぷらぷらと揺れている。不安定な素振りを続けるうちに、何度か角度が倒れたり、落ちそうになってしまい、そのたびにスパンキングのお仕置きを受けていた。

『しょうがない犬だなぁ!』

 と、実際に尻をペチンとやられた瞬間も、映像の中に残っている。
 健太が握っていたカメラが、健太の動きに応じてアングルを変え、叩く直前に尻がアップに、そして平手打ちの手が一瞬映り込んだ際、ペチンと鳴り響いたのだった。
 しかも、この素振りには二回目や三回目がある。
 二回目の素振りは最初と変わらず、かけ声に合わせて腰を左右に振り動かす。尻を使ってラケットでひたすら空を切り裂く映像が続いていき、角度が倒れた時には、やはり同じくスパンキングが行われる。
 内容に変化があったのは三回目だ。
 繰り返しのおかげで体がコツを覚えてしまい、尻の筋肉の使い方と、角度を倒さないように気をつける感覚が身に染みついた。そんな上達を見てのことか、健太は急に思いつきで羽根を投げ、それを部屋の中で打たせたのだ。

『それ!』

 映像の中の唯華に向かって、羽根が飛んでいた。
 スイング軌道の位置に合わせて、打ちやすいように投げられた専用の羽根は、尻で振り抜くと同時にきちんとガットに跳ね返り、健太の元へ戻って来る。
 カメラを握っているのは健太である。
 健太自身は映ることなく、カメラマンが見ている正面の光景だけが撮られ続ける。だから健太の元に返る羽根は、映像としては視聴者に向かって飛んで来る形であった。
『ほら、もう一回』
 健太が羽根を投げる一瞬だけ、その腕は映り込む。
 まるで滑稽なキャッチボールだ。
 ラケットできちんと打ち返し、それを健太は毎回受け取る。映像として見る分にも、視聴者へ迫る形の羽根は、毎回ほとんど同じ場所へと帰ってくる。強い打球など打てはしないが、真っ直ぐ前に返す程度のコントロールは効いており、部屋の中の限られたスペースを使ってなら、キャッチボールは成立していた。
 こうした視聴を延々と行った。
 何十本もある動画の中から適当なものを選抜して、ランダムに再生していくと、そのたびに唯華の恥辱が掘り出される。
 裸踊りの動画があった。
 膣口に筆を入れ、それで習字を行う動画があった。
 ベッドの上で腰を振り、枕を男に見立てて騎乗位ごっこを行う動画があった。
 その一つ一つの記憶がその都度蘇り、今日も新たに記録は刻まれている。乳房をひたすら回転させ、回してみせた乳揺らしも、同じように健太のスマートフォンに収まっていた。