第6話 ストリップと土下座

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 唯華はまず上着を脱ぐ。
 冬物のコートの下に、さらに一枚羽織っていたのを床に放ると、複雑な気持ちで長袖のシャツをたくし上げていく。脱衣に伴い、シャツの下から腹が見えれば見えるほど、健太の視線は明らかに圧を強めていた。
「健太君って、こういうことができる人だったんだね」
 自分自身の落ち度もあるが、失望も確かにある。
 素直で可愛いとばかり思っていた少年の、悪魔のような一面を見るとは思ってもみなかった。
「悪いね。ま、きちんと記録しておいてあげるから、いいストリップを頼むよ」
「ちょ……!」
 その手にカメラが握られていることに、唯華は戦慄する。
「なんだ? 今更後に引けないだろ」
「そう……だけど……」
「ほーら、脱いだ脱いだ」
 妙に手慣れていないだろうか。
 まさか、今までにもこういう脅迫の経験があるとは思いたくなかったが、ここまで平気で脅した上、脱衣の要求まではっきりしてくる様子の、あまりの躊躇いの無さを見ていると、慣れてはいないかと疑惑が浮かぶ。
 もっとも、その疑惑の真偽はどうあれ、唯華は長袖のシャツを脱ぎきった。
 躊躇いつつも黒いブラジャーを曝け出すと、ニヤっとしたいやらしい笑みが向いてくる。その上、デジタルカメラのレンズまで向けられている状況に、取り返しのつかない、二度と引き返せない地獄への道を進んでしまっているような感覚に陥った。
「へえ、黒か」
「そ、黒なの」
 余裕を見せてはみるが、これで不利が覆るわけでもない。
 ただプライドから、意味もなく取り繕っているだけだった。
 そもそも、小学生に押し負けるなどという状況さえなければ、こんな脱衣自体をしていないはずなのだ。
 そう、していない……はず。
 昨日の自分を思い出すと、あの時であればもしかしたら……と、自分で自分を疑う気持ちも湧いてくる。
「ふーん? 恥ずかしそうじゃん?」
「べ、別に? まだまだ、そこまでじゃないなー」
 とは返すが、真っ直ぐな視線を胸に浴びると、しだいしだいに羞恥心が湧いてくる。少しはが赤らんで、今すぐに着替え直して隠したい気持ちに駆られるが、唯華はむしろ次を脱がなくてはいけないのだ。
 この次となると、順当なのはスカートだった。
 季節に合わせたロングスカートは、丈が足首に届かんばかりだ。
 そのホックを外した時、腰の締め付けが緩んだ途端に、もう視線の圧が増した気がして抵抗が強まった。
 確かに、ずっと年下の少年だ。
 同い年の男子と、五年生の男子なら、小学生の視線の方がマシだろうが、とっくにママとお風呂に入る歳ではない。そういうことに興味を持ち、下着の色にまで関心を持つような相手の視線となると、やはり恥じらいが湧かない方がおかしいくらいだ。
 ばっさりと、思い切って脱いではみせる。
 防寒用に履いたストッキングがある以外、これでもう下着姿に、健太はますますニヤニヤしていた。
「エロくていいじゃん?」
「本当はまだ、ボウヤには早いんだけどね」
「唯華ちゃーん。そのボウヤに脱がされてるんだよ?」
「はは……」
 苦笑してみせるが、その通りだ。
 続けてストッキングも脱いでいき、今度こそ本当の下着姿になった時、上下の黒に健太の視線が往復してくる。キラキラと輝く目で、楽しみに待っていたように交互に視姦を繰り返し、健太の顔はますますニヤけたものになっていく。
 顔の筋肉であり得る限り、際限なく表情が歪もうとしていた。
 健太の顔はどこまでもニヤニヤと、満足そうに口角を釣り上げていた。
「次はオッパイだね」
「そう……だね……」
 既に大分、顔が赤くなってきた。
 ブラジャーを見せただけなら、まだ誤魔化しが効いたかもしれない顔は、さすがに言い訳のしようもないほど変色を進めている。ここまで赤くなっておきながら、羞恥心などないと強がるのは、もう無理のある話であった。
 唯華は両手を後ろに回す。
 今度はブラジャーのホックに指をかけ、それをぷちりと外す時、カップが飛び出んばかりに緩んでいた。締め付けが緩んだことで、まるで乳房の弾力で弾き出されるかのように、しかし少しだけ飛び出ることで、隙間を作り出していた。
 肩紐を一本ずつ下ろしていきう。
 やがて、とうとう乳房を晒す瞬間がやって来た。
「へへっ、唯華ちゃんのオッパイって、綺麗なんだろーなー」
 中身の見える瞬間を今か今かと待ち侘びながら、自分がいかにそれを楽しみにしているか、わざとらしく声色にまで出していた。
 部員同士でなら、裸を見せ合うことくらいはある。
「ま、そうだね。見るといいよ……」
 しかし、異性に見せるのは初めてだった。
 バドミントンに時間を費やし、それまでそういった経験のなかった唯華にとって、下着姿を見せるだけでも、十分にハードルは高かった。
 乳房となると、より一層だ。

 じゅわぁぁぁ……。

 と、熱が広がるようにして、頬の赤らみは面積を増していく。
 そして、とうとうブラジャーを床に落として、桃色の乳首を生やした乳房を曝け出すと、唯華の顔はさらに赤くなっていく。最初は頬が染まっただけの顔立ちは、トマト同然になるまで既に時間の問題だった。
「へぇぇ? いいじゃん! 美乳だよ美乳!」
 健太は興奮していた。
「そう、よかったね」
「本当にいいよ! 唯華ちゃんのオッパイ! そっかぁ、これが僕のものになるのかぁ!」
「ぼ、僕のって、何を……」
「ほら、次! 次はパンツでしょ!?」
「パンツ……か……」
 今頃、顔中全てが染まっている。
 これで最後の一枚まで脱いだ時には、一体どこまで脳が熱されることになるだろう。耳まで染まり、顔中が歪み尽くすかもしれない。
 唯華はショーツに指を入れ、それをするすると下ろしていく。
 どうせ全裸になるのなら、いっそ素早く一瞬で、思い切って脱ぎきろうとも思ってみたが、抵抗感からできなかった。こうしてゆっくり下ろすだけでも、磁力の反発でも発生しているかのように、腕が見えない力に押し返される。
 ショーツを膝まで、さらにその下にかけてまで下ろしていく。
 ついに全裸になった時、顔中が燃え上がった。

 カァァァァァァ!

 首から上が余すことなく、全てが真紅に染まり変わった。
 まだ色の薄かった部分にかけてまで、急速に濃度を増して、今度こそ顔がトマトと化しているのだった。

     *

 そして、土下座をさせられた。
「じゃあ脱いだことだし。今度は土下座してよ」
 人を裸にするだけでは飽き足らず、健太はそんなことを言い出したのだ。脱ぐだけでさえ、一体どれほどの抵抗があったことか。それを土下座など、もはや限界だ。そんなことができるわけがなく、憤りを胸に抱いたその時だった。
「なにその顔。え、じゃあまずフレ女に……」
「待って!」
「え? 待って欲しいの? へえ、じゃあやっぱ土下座する?」
 この時、自分がどれだけどうしようもない立場に置かれているか。既に十分すぎるほどに痛感して、屈辱を噛み締めていたところ、より一層の痛感をした。
「やれば、データを消してくれたりするかな?」
「さあ? 試してみれば?」
 健太は見るからに上から目線だ。
 きっと、上下関係を植えつけようとしているのだ。
 弱みを握っている以上、自分が上で唯華が下、それを実感させようと、土下座など思いついたわけである。
 唯華は膝をついた。
(本当にやるっていうの……?)
 まともな神経をしていれば、決してできることではない。
 しかし、やはり部活や進路の心配もあり、今は大人しく従うことにした。
「じゃあ、やるよ……」
 決して明るいとは言い難い、陰りの差した表情で、唯華は粛々と正座した。どこか俯きがちになりながら、綺麗に背筋を伸ばした姿勢となり、その真っ直ぐな背中を前へ前へと、少しずつ倒していく。
 上半身の角度が変わるにつれて、前髪が垂れていく。
 やがて、床に両手をつき、唯華は額をギリギリまで床に近づけていた。
(さすがに情けない……死にたくなってくる……)
 屈辱で頭がはち切れそうだ。
 たとえ服を着ていても、プライドがあればそうそうできない行為である。それを裸でしていることで、本当に心に何かが植え込まれ、芽生えてしまいそうな感覚があった。
「はーい。そのままそのまま」
 その時だ。

 パシャッ、

 シャッター音声が聞こえた時、唯華は極限まで目を見開き、これまでの人生になかったほどの、かなりのぎょっとした表情を浮かべていた。土下座の姿勢でなかったら、その滑稽な表情を見た健太が、どう馬鹿にしてきたかもわからない。
(写真、撮られた……?)
 最悪だ。
 ただでさえ最悪なのに、まだこれ以上があるのかと、本当に驚かされる。ストリップも撮られているのに、全裸の土下座まで握られて、もう本当にどうしようもない。
「もうちょっとそのままでいて? 僕がいいって言うまで、絶対に顔を上げちゃダメだからね?」
 そう命じてきた健太は、唯華の周囲を歩き始めた。
 C字を成すように前から後ろへ回り込み、尻の後ろに立ったと思いきや、そこでしゃがみ込んだのが気配でわかる。目では床しか見えないが、身体の動きに伴う衣擦れの音と、部屋が静かだから聞こえる呼吸音で、気配は如実なものだった。

 パシャッ、

 今度は後ろから撮られた。
 まるで脳に直接火をくべられでもしたように、恥ずかしさでますます熱が上がった。このままではいつか頭の沸騰が始まってしまう。
「尻の穴見えてるよ?」
「や……!」
「へえ? 唯華ちゃんが『やっ!』だってさ。唯華ちゃんでも、そういう可愛い声とか出すんだね?」
 意外そうにしながら、健太はさらにシャッター音声を鳴らしてくる。

 パシャッ、パシャッ、

 その音が鼓膜に届くたび、恥辱感は膨らんだ。
 単に撮られるだけでも、屈辱感で心を刺激されてしまうのに、撮られているのはもしや肛門ではと思ったら、羞恥の炎は余計に激しく燃え盛る。感情のあまり、首から上がいつか燃え尽き消し炭にでもなりそうな勢いで、唯華は激しく恥じらっていた。
「じゃあさ。そろそろ、お仕置きしよっか。一応、あーんな悪いことしたわけだし」
 自分の盗撮は棚に上げ、唯華が行ったキスについてだけが持ち上がる。

 ペチンッ!

 健太が罰の執行者だ。
 罪人の立場になって、その罰を執行するのが健太であった。

 ペチンッ! ペチンッ!

 スパンキングが生み出す尻への痺れは、肉体的な痛みなどより、屈辱を刺激されての心の震えの方がよほど激しい。

 ペチン! ペチン!

 唯華の顔は面白いほどに歪んでいた。
 眉間に力が籠もり、頬も極限まで硬直した表情は、いっそ滑稽なものである。
(悔しすぎる……!)
 それこそ、今の唯華が抱く感情の全てとなった。
 小学生相手に裸となって、土下座で尻まで叩かれている。年下にいいようにされている屈辱感は言い知れないものがあり、今にも精神がねじ切れそうだ。
「はははっ、おもしれー!」
 楽しい玩具を見つけたように、健太はスパンキングを繰り返す。

 ペチン! ペチン! ペチン!

 どちらの尻たぶも叩かれ尽くし、少しずつ桃色を帯びてきていた。
 恥ずかしすぎる。
 屈辱すぎる。

 ペチン! ペチン! ペチン!

 これだけの仕打ちを受けて、まだ健太の要求は止まらない。
「次はさ……」
 もうその言葉だけで、ある種の絶望感を煽られた。

「なんか芸やってみせてよ」

 表情が凍りついたのは、その瞬間だった。
 芸?
 まさか、裸で面白いことをやらせた上で、人を笑いものにまでしようというのか。その信じられない危機を前にして、心の芯まで冷え切っていく勢いだった。