タバサは全裸で彷徨い歩く。
 山賊退治の任務を受け、しかし失敗した彼女は、衣服を失ったままに脱走してフラフラと、惨めな思いを味わうこととなる。


惨めなタバサの露出羞恥


 ガリア王都リュティスにある荘厳な宮殿、グラン・トロワと呼ばれる薔薇色の大理石で組まれた建物から、少し離れたところにプチ・トロワと呼ばれる小宮殿がある。
 そのプチ・トロワの中で、一人の少女が意地悪な笑みを浮かべていた。
 年のころは一七、細い目に、その瞳の色と同じ、青みがかった珍しい髪の色。肩まで伸ばされた青髪は丁寧に梳かれ、絹の糸のように柔らかくさらさらとそよぐ。大きく豪華な冠に前髪が持ち上げられ、滑らかな額が覗いている。苦労を知らぬ唇はぽってりと艶めかしい艶を放っている。
 ガリア王国王女イザベラである。
 イザベラは〝北花壇警護騎士団〟の団長職を担っている。それはガリア王家の汚れ仕事を一手に火受けている組織で、国内外の様々な面倒ごとが騎士団が受け持っている。
 その団長であるイザベラは、騎士に任務を与える立場だった。
「山賊退治よ」
 任務告げる先には、青く短い髪の少女が立っていた。
 北花壇騎士の一人、タバサである。
 タバサは今年で一五になるが、年より二つも三つも幼く見える体つきで、一二の時に成長をやめたかのようである。眼鏡の奥の青い瞳は、冷たく透き通り感情を伺わせない。何を考えているかがわからない無表情。
 しかし、その横顔は冷たいながらも静謐な泉のような美しさをたたえていた。澄みきった、透明な、冬の風にも似た冷たい空気が、少女のあどけない顔つきに一抹の大人びた雰囲気をまとわせている。
「簡単でしょう? 今まで散々、吸血鬼だのミノタウロスだの、色々とこなしてきたんだからね」
 イザベラが喋っても、タバサは何も表情を変えない。
「村が山賊で困ってるそうだから、退治してあげなさい。それだけよ? これ以上ないくらい簡単なんだし、使い魔だっていらないんじゃない? あのガーゴイルは置いていきなさい」
 イザベラは薄笑いを浮かべた。
「あんたの腕なら一人で十分でしょう? それに、たった一人で退治ができたら、色々といいアピールになるの。あんたを優秀だっていうのは癪だけど、すっごく癪だけど、いい騎士を抱えているって周りに言えれば、わたしはいい顔をしていられるの。せいぜい役に立ちなさい」
 命令を伝え終わると、任務を受けにここまで来て、そして聞き終わったタバサは、最後まで何も喋らずに背中を向ける。
 イザベラはそれに気を悪くするでもなく、立ち去っていく背中を見送っていた。
 楽しげに笑いながら、見送っていた。

     *

 普通の任務ではなさそうだと、わたしは予想していた。
 イザベラの態度が怪しいから、任務というより、人を陥れる罠を用意してありそうだと、わたしは予想の上で村を訪れ、村長から山賊の話を聞いた。騎士と聞くなり、どうかお願いしますと、泣きついてくる村人もいたけれど、誰にも不審な様子はなかった。
 これが罠なら、村の中に仕込みがあると思ったけれど、特にそういう様子はない。
 だったら、山賊の方だろうか。
 わたしはさっそく山を登り、山賊のアジトに向かった。木を切って平地にしたり、小屋を建てたり、その周りを柵で囲んだりして、集落のようにしてあるのがアジトであった。小屋が転々としている奥には、大きな岩壁が聳えていて、その洞窟の中にまでアジトは続いているようだ。
 一人一人は簡単に倒せても、きっと人数が多い。
 色んな武器が出て来るだろうし、メイジだっているかもしれない。
 油断をするわけにはいかないので、遠くから様子を窺ったり、周りを巡回している見張り達を物陰から観察して、戦力はどのくらいありそうかを見極めた。人数はどのくらいで、どんな武器がありそうかも、できるだけ細かく観察した。
 何も不審な様子はなかった。
 イザベラの罠があるなら、何か変わった様子があると思ったけれど、聞いた話の通りに山賊がいて、村人は村を荒らされて困っている。金品や食料を奪われたり、娘を攫われたりして、何度も貴族に掛け合って、やっと派遣してもらえた騎士がタバサだという話は、全て本当なのだと思う。
 罠らしいものが見つからない。
 そもそも、これは本当に罠なのか、イザベラはわたしを陥れる気があるのか、だんだんわからなくなっていた。
 もしかしたら、わたしの知らないところで政治的なやり取りがあって、あの言葉の通りなのかもしれない。
 どちらにしても、わたしは油断なくアジトのことを調べ上げ、ボスはどのあたりにいて、どの時間に攻め込むのが一番か、頭の中に計画を立てた。
 計画は完璧だと思っていた。
 見張りの少ない時間を狙って、遠くから魔法を撃ってから忍び込み、まずは人数から減らしていった。十分に数を減らして、ここぞというところで本格的な攻撃を仕掛けた時、わたしは不意打ちを受けた。
 一人一人の強さは大したことがなくて、メイジも混ざっていなかった。特別な魔法道具が出て来たり、厄介な武器が出て来ることもなかったので、不意打ちさえ受けなければ、わたしは今頃やられていない。
 まるでわたしの動きを知っていて、あらかじめ隠れていたかのようだった。
 いきなり物陰から飛び出して、一瞬で距離を縮めてきた素早い山賊によって、わたしは杖を奪われてしまった。
 杖はメイジの命。
 杖がなくてはスペルを唱えることができない。
「これで形勢逆転だな」
「さーて、どうしてくれようか」
 わたしはたちまちは周りを囲まれた。
 もしかしたら、イザベラはわたしのことを山賊に教えていて、だから山賊の方も作戦を立てていたのだろうか。魔法で攻撃を受けた時、誰がどんな風に動き、誰が物陰から忍び寄るのか。事前に決めてあったとしたら、あの手際の良い不意打ちも不思議じゃない。
「痛かったぜ?」
「ったく、これじゃあ武器も持てねーぜ」
 今まで魔法で倒した山賊も、命までは奪っていないから、怪我はしていても次々と立ち上がっている。みんなでわたしの退路を塞いでいる。たとえ怪我人でも、何人もの屈強な男が相手では、素手では倒せない。
 生殺与奪の権は山賊達に握られてしまった。
 まわりはみんな剣やナイフを持っていて、弓矢だって向けられている。
 その中で、わたしには杖がない。
「服でも脱いでもらおうか」
 死にたくなければ、言うことを聞くしかなさそうだった。
 わたしはみんなの前で上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、一枚脱ぐたびに、だんだんと顔が赤くなってくる。頬がじわじわと熱っぽくなっていて、自分がどんな表情をしているのか、少しずつ不安になってくる。
 とうとう、レースのついたシュミーズ一枚になってしまった。
 すとんと凹凸のない、胸も薄らとしたわたしの体は、他の同い年の子に比べて、残念だけど貧相である。もっと体つきが優れていれば、このシュミーズだけの姿でも、男というものはニヤニヤと鼻の下を伸ばしていただろう。
 まわりの誰にも、その様子がない。
 この状況なら、その方が良いといえば良い。
 我慢するのが恥ずかしさだけで済むのなら、犯されるよりはずっと良い。
 でも、本当に犯されずに済むのかは、まだわからない。
「それも脱げ」
 シュミーズも脱ぐことになった。
 わたしはとうとうは下着一枚だけになり、無防備という感覚が大きく膨らんでいた。杖がなくなった時点で無防備だけれど、服を失うことでも、敵の前で武器や防具を失う気持ちがどんどん大きくなっていて、本当に心許なくて仕方がない。
 どんなに薄らとして貧相でも、胸をみんなに見られてしまっている。
 視線がたくさん集まって、みんなで品評まで始めていた。
「おい、いくつだ?」
「一〇歳かそのくらいだったりしてな」
「ああ、それくらいじゃないと、いくら何でも貧相すぎるぜ」
「ま、肌は綺麗なんじゃないか?」
「ちげーねぇ、雪みてーに真っ白で、まあそれだけは褒めてやってもいいぜ?」
 悔しくてたまらない。
 こんな人達に見られなくてはいけないなんて。
 それに一〇歳だなんて。
「その無表情は強がりか?」
「我慢強いのはいいことだなぁ?」
「だがよ。ほっぺが赤いぜ?」
「恥ずかしいなぁ? 恥ずかしさは誤魔化せないなぁ?」
「つーかよ。その貧相な胸でも、羞恥心は一丁前なんだなぁ?」
 みんなで屈辱的な言葉をかけてくる。
 わたしはどんどん悔しくなって、この山賊達をまとめて吹き飛ばしたり、ジャベリンで一人ずつ倒したり、仕返しがしたくてたまらなくなってくる。だけど、そのための杖が手元になくて、どうしようもない。
「おっと、一応その最後の一枚も脱いでもらおうか」
 とうとう、下着まで脱ぐことになる。
 こんなにも悔しくて、屈辱で心が震えているのに、最後の一枚まで脱いでしまったら、頭がどうにかなってしまいそうだ。
「そいつはいい。きっと毛もなくてツルツルだぜ?」
「そうそう。剃ってるとかじゃなくて、最初から生えてねーんだ」
「おら、どれだけお子様か見てやる」
「誰もお前みたいなガキは趣味じゃねーから、安心して脱いでいいんだぜ?」
「よかったなぁ? 誰もお前なんか犯す気ねーってよ?」
「目の保養ぐらいにならしてやるけどな」
「はははははは!」
 山賊達は大笑いだ。
 わたしのことを馬鹿にして、とてもとても盛り上がっている。
 こんなにいっぱい笑われながら、アソコまで出さなくてはいけないなんて……。
「…………」
 わたしは別に、何も言わない。
 喋る言葉なんて、思いつかない。
 わたしはただただ、逆らえない立場だからという理由だけで、下着を腰から下ろしていった。後ろからはお尻が見えて、ひゅう、と口笛が聞こえてきた。下着を最後まで脱ぎきって、足元に放った時、アソコにはみんなの注目が集まってきた。
 毛が一本も生えていない、きっと幼く見えるアソコに。
「やっぱりな! お子様だぜ!」
 それ見たことかと、山賊達はさらに大きく盛り上がった。
「はっはっはっは! 本当にいくつだ? 騎士ってのはお子ちゃまでもなれるのか?」
「一〇ちゃいかなぁ? 九ちゃいかなぁ?」
「やめてやれやめてやれ! 本当はもう少し大人なんだろう?」
「そうそう! 本当はもっと大人なんだ。一二歳くらいのな!」
「はっはっはっはっはっは! やめてくれよ腹が壊れちまうじゃねーか!」
 みんなして全裸のわたしを取り囲み、体つきを笑ってくる。人を馬鹿にしながら楽しんで、ここまで大盛り上がりになっている。
 悔しすぎる。
 こんなに恥ずかしい思いをして、体つきまで馬鹿にされて、心の底から悔しくてたまらない。
 だけど、どんなに悔しくて恥ずかしくても、杖がなくては何もできない。
 わたしはそのまま山賊達に捕まって、牢の中に閉じ込められた。

     *

 それから、わたしは身体検査を受けた。
「一応、調べておかねーとな」
「まあ念のためってやつだ」
 ニヤニヤと楽しそうにしていたけど、山賊達は誰一人として、わたしの貧相な体に興奮はしていない。おっぱいを揉みたいとか、お尻を触りたいとか、そういう気持ちはちっとも伝わってこなかった。
 人を玩具にして、屈辱を与えて楽しもうとしているだけだと思う。
 状況が状況なので、それだけは都合がいい。
 恥ずかしい思いで済むのと、犯されるのと、どっちがマシかは言うまでもない。
 だけど、マシな目に遭っているだけでも、頭がどうにかなりそうなくらい、わたしには屈辱的だった。
 ここは岩盤の洞窟の中。
「おら、壁に両手を突け」
 わたしは岩のゴツゴツとした壁に両手を突き、お尻を後ろに向けさせられる。腰をしっかりと出すように言われて、四つん這いと同じくらいに上半身を倒していた。前髪が垂れ下がって、わたしは地面ばっかりを見つめていた。
「んじゃ、その貧相なケツにはどんな穴があるのか、確かめましょうねー」
 お尻の真後ろに、一人の男がしゃがんでくる。
 かっ、と。頬の内側に火がついたように、わたしはますます恥ずかしくなり、気がついたら表情も歪めていた。
 お尻が鷲掴みにされた。両手でぐいっと割れ目を開かれて。肛門の皺がぐいっと左右に伸ばされているに違いなかった。胸やアソコだけでも恥ずかしいのに、そんなところに顔が近づいて来て、まじまじと見られるなんて、恥ずかしさだけで頭がどうにかなりそうだ。
 わたしはきつく歯を食い縛って、顎を震わせながら我慢していた。
 どちらの穴にも、順番に指が入ってくる。
 アソコの穴と、尻の穴を、両方とも調べられた。
 死にそうなほどの屈辱だった。
 もう本当に悔しくて悔しくて、拳をぎゅっと固く震わせていた。あとで自分の手の平を見てみたら、爪の食い込んだ跡がしっかりと出来上がっていた。

     *

 脱出の隙があったのは奇跡だった。
 閉じ込められた場所の錠が古びていて、針金みたいなものが落ちていたから、牢からは抜け出すことができてしまった。
 しかも、大半の山賊が油断して酒を飲み、盛り上がった挙げ句に大勢で寝散らかっている。おかげで警備まで緩くなっていて、牢の見張りすらいなくなっていたのは、本当に物凄い運の良さだと思う。
 だけど、全員が寝ているわけではない。
 少しは起きている山賊がいて、アジトの中を歩き回っている。
 だから牢からは出られても、服や杖は探しにくかった。自分の服でなくても、何か裸を隠せるものさえ手に入れば、とは思ったけれど、裸の無防備では一対一の状況だって避けたいから、あまり思うようには探し回ることができなかった。
 それにいつかは牢が無人になっていることに気づいて、そうしたら起きている山賊は寝ている山賊を叩き起こして、みんなでわたしを探し始めるはず。そんなことになったら、持ち物を探すどころか、洞窟の外に出られるかどうかすら怪しくなる。
 物凄く、本当に物凄く名残惜しかったけれど、わたしは途中でアジトを出た。
 早めに見切りをつけて、服も杖も諦めた。
  その時間は夜だった。
 全裸で裸足のまま、わたしは暗い山中に出て行った。
 しかも、村の方向には外をフラフラしている山賊が何人かいて、見つかるわけにはいかないので、逆方向へ降りていかなくてはいけなくなった。これで村に助けを求めることはできなくなった。
 とても惨めだった。
 服を着られず、杖もなく、食べるものといったら、たまたま生えていた野草くらいだ。引き千切った野草を川で洗って、それで飢えを凌いで、数日かけて彷徨い歩いていった。
 山を下りきったからといって、下りてすぐの場所には村も町もないので、だから数日かけて歩くことになった。
 行く道は、ずっと森の中の道だった。
 旅人や馬車の行き来によって、長い年月をかけて踏み固められた道をわたしも歩く。遠目に人を見かけた時、まず真っ先に木陰に飛び込み、隠れてやり過ごそうとした。
 だって、裸だから――。
 もうこれ以上、貧相な体を笑われたり、ジロジロと見られたりはしたくない。だけど、人に助けは求めたい状況だから、親切そうな人だったらと、わたしは木の裏側に寄りかかって、通り過ぎていく男の人を影から覗き見ていた。
 とてもガラが悪そうで、山賊の仲間に見えてくる。
 駄目だ、何をされるかわからない。
 そうなると、見つかったらどうしよう、という不安ばっかりが湧いてきて、助けを求めることはできなかった。
 次もその次も、助けを求めるにはガラが悪くて、逆に酷いことをしてきそうな男ばかりだった。わたしは人を遠目に見るたびに、必ず木陰に飛び込んでいたけれど、結局は誰にも助けを求めないまま、やがては都市まで辿り着いた。
 都市なら、きっと親切な人もいる。
 誰かに服を貰えないかと思ったけれど、わたしは都市の名前で思い出す。思い出して、ここで助けを求めるのは難しいことを悟った。
 この都市ではスラム街の民の扱いが悪い。
 貧民がよく犯罪を起こすというから、町の人達も貧乏そうな人を警戒して、スラム出身というだけで、何もしていなくても犯罪者を見るような目で見られると聞いている。今のわたしではスラム出身にしか見えないから、親切にしてもらえる可能性がとても低い。
 ではスラムの人ならどうか。
 スラムにも良い人と悪い人がはずだけれど、スラムの方が治安は悪い。たまたま声をかけた相手が悪い人だった、という可能性はスラムの方がどうしても高い。
 助けを求めたくても、求めにくかった。
 それに森を裸で歩くより、都市を裸で歩く方が恥ずかしい。
 山や森では、山賊にさえ見つからなければ、鳥や獣の目しかない。人間の視線はないので、恥ずかしがる必要はなかったけど、都市には大勢の人間がいる。そんなところに裸の少女が迷い込んだら、大勢に注目されるかもしれない。
 山賊に捕まった時の恥ずかしさより、もっと巨大な恥ずかしさを味わうなんて、わたしは考えたくもなかった。
 誰にも見つからないように、わたしはこっそりと都市に入った。
 だけど、人口が多いわけだから、完全に誰にも見られず、という風にはいかなくて、たまたまわたしを見かけた通行人は、物凄くぎょっとしていた。目を見ただけで、「うわっ、なんだコイツ」という声が聞こえるかのようだった。
 わたしはたまらず、できるだけ人の少ない、寂しい道のりや裏路地を求めて、そちらの方を彷徨った。こんな体でも、見られれば恥ずかしいから、腕でぎゅっと胸を隠して、手の平でもぴったりとアソコを覆い隠していた。
 とにかく、まずは服が欲しい。
 いらない服でも、ボロボロの布切れでも何でもい。ないよりはマシなものなら、本当に何でもいい。わたしはそれくらい切実だった。もしかしたら、誰構わず適当に声をかけた方が良いくらいかもしれない。
 でも、わたしのこんな体でも、犯そうとしてくる男がいないとは限らない。山賊に捕まっても犯されなくて、恥ずかしい思いと屈辱だけで済んだのは、あくまで運が良かったからだ。
 ガラの悪そうな人はなるべく避けたい。
 もっと、何もしてきそうにはない人がいい。
 声をかける相手を求め、フラフラと彷徨ううちに、さすがにお腹が空いてくる。森には木のみや野草があったので、なんとか飢えだけはしのいでいたけど、町中ではお金がなければ食べ物は手には入らない。
「あ……」
 落ちているリンゴを見かけた。
 食べられそうで、周りには誰もいない。
 こうして落ちていた食べ物をありがたがるなんて、物凄く落ちぶれた状況だ。イザベラが今のわたしを見たら、一体どれくらい大笑いするだろう。
 リンゴを囓り終わった後、わたしはいよいよ人に声をかけていた。
「あ、あの……」
 相手は長髪の老人で、手足が骨張っていた。
 このくらい弱った人なら、わたしを押し倒すなんてできないだろうと思っていた。
「ど、どうしたのかね……少年……そんな裸で……」
「え……」
 わたしは言葉に詰まった。
 少年? 少、年……?
 確かに胸は小さくて、そう見えるかもしれないけど、性別まで間違えられてしまうだなんて、わたしはかっと頭が熱くなりそうだ。胸が恥ずかしいから、こうやって腕で隠しているのに、それを間違えるだなんて。
 だけど、わたしは怒ったり、文句を言うために人に声をかけたわけではない。
 ぐっと堪え、気持ちは飲み込んだ。
「服が欲しい……どんなものでも、いらない布切れでいい……」
 初めて人に助けを求めた。
「…………」
 老人はしばらく黙るので、どんな返事が返ってくるかと不安になる。ただ無言で、人の体をじろじろと見てくるので、私の両腕には自然と力が入っていた。力を入れたって、隠せる面積は増えないけれど、胸やアソコを隠す力を何となく強めていた。
「むぅ、よく見たらお嬢さんか」
「……そ、そう」
「そうかそうか。何があったかはわからんが、見かけない顔じゃのう? ただの布切れなら用意できるが、それ以上のものは、この老いぼれには恵んでやれん」
「それでも構わない。十分」
「しかし、お金も無さそうだし、食べ物もないんじゃろう? この老いぼれのために、隠している部分を少しばかり見せてはくれんかのう?」
「…………」
 わたしは口を閉ざした。
 一瞬だけ、断りたい気持ちが湧いたけど、もう山賊には見られているし、アソコやお尻の穴には指まで入れられている。みんなにゲラゲラと笑われたことに比べれば、老人一人に見せる方がずっといい。
 あれよりもマシだと思って、わたしは頷いた。
 そして、両手を下ろしていくと、老人は急に大きな声を出す。
「みんな! このお嬢さんが裸を見せてくれるそうじゃぞ?」
 一人だけのつもりだった。
 一対一のつもりだった。
 それが周りの小屋からぞろぞろと、何人も何人もの老人が現れて、わたしのことを取り囲んだ。
「え、え……」
 わたしは追い詰められたように壁際にくっついて、そのまま後ろにべったりと背中を押しつけていた。
 また大勢の視線だ。
 皺まみれの老人達がみんなで胸やアソコを眺めてくる。
 わたしはその恥ずかしさをぐっと堪え、拳を振るわせながら我慢の時間を過ごしていた。
 約束通りに布切れは貰えたけれど、腰にぐるっと巻きつけて、股間がギリギリで隠れる程度の、汚れきった小さな布だ。後ろから見れば、お尻がかなりはみ出ている。まだまだ貧相な格好のままだけれど、こんなのもでも、いよりはマシだった。
 そして、ここまで古びた布切れを有り難がらなくてはいけない状況に、わたしは泣けてきていた。
 それから、わたしは胸を見せる代わりに食べ物を分けて欲しい、食べ残しの残飯でも構わないと、男の子や老人に声をかけ、それでどうにか飢えを凌ごうとした。

「お前、男だろ?」

 と、何回か言われた。
「女なら、証拠見せろよ」
 そう言われ、腕を下ろして、一応膨らみがあるにはあるのに、それでもなお男と思い込まれたので、アソコを見せることでやっと証明ができた。
 ちっとも興奮しないけど、一応見るだけ見ておくか、といった具合にじろじろ見られ、そして見るだけ見ておいて、何も得した顔はしていなかった。約束通りに食べかけの果実を貰ったけれど、男と勘違いされた上、本当に興奮している様子がなかったところは、本当に複雑でたまらなかった。
 わたしはそれから、町を出る。
 まだまだ遠い先にある町なら、今のわたしを保護してもらえるかもしれない。保護さえしてもらえれば、それに服と杖さえあれば……。
 だけど、その道は本当に長い。
 徒歩なんかで辿り着けるかもわからない、遠い町に行けるかどうかを考えると、わたしの胸には薄らと絶望が漂っていた。


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