次の検査項目を告げられた時、さしもの奏も泣きたくなった。
「ギョウチュウ検査を行います」
わかってはいた。
事前に書類を見て、項目は知っていたのだから、肛門にシールを貼りつける方法で、寄生虫検査を行うことは知っていた。
その時がとうとう来てしまったのだ。
尻の穴を晒すなど、乙女心と尊厳が大いに傷つく。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫……この震えも、頭の中で熱いキスでも想像すれば、甘い気持ちがどこかへ流し去ってくれるはず……)
どうにか気を保とうとしているところへ、職員からの指示が来る。
「お尻はあちらに向け、四つん這いになって下さい」
職員が示す方向は、男子の群れがいる方角だ。
「あ、あっちですか? 逆じゃないんですか?」
今までは仰向けで足を向け、ついさっきまでも下半身はあちらであったが、腰はベッドの中央に来るわけだ。気にはなっても、体育座りの男子からは、股のあいだなど見えるはずがないとはわかっていた。
しかし、四つん這いのポーズを取れば、多少の距離はあったとしても、尻とワレメは確実に見えるだろう。
その予感に青ざめたいところだが、赤面している奏には、顔の熱を上げることはあっても、顔面蒼白にはもうなれない。むしろ、耳まで赤らむ気配が現れ、脳もふつふつと沸騰に近づいていた。
(……む、無理……無理だけど、耐えないと、終わってくれないのよ!)
奏はぎゅっと目をつむった。
まぶたの筋力が許す限り全力で、眼球を潰さんばかりの勢いで閉ざし、視界を暗闇にすることで、後ろに男子がいる事実から逃れようとした。真実を無理にでも頭の中で切り離し、さも自分と職員しか存在しないように思い込み、少しでもいいから自分の置かれた状況を和らげようと必死であった。
奏は四つん這いのポーズへ変わっていく。
身体をひっくり返し、後ろ側に尻を向け、両手を突くまでの奏の動作は、驚くほどにぎこちなく、関節が固いかのようにカクついていた。
(へ、平気! 大丈夫よ!)
気を保とうと必死であった。
「目を開けて、前を見て下さい?」
そんな奏に対して、それは非情な指示である。
せっかく、こんな状況でも心を保ち、どうにか耐え抜こうと努力しているのに、一環である目を瞑る行為を封じられ、暗闇の外へ出なくてはならないなど辛すぎた。
一度強張りきったまぶたは動きが鈍く、錆びに引っかかるかのように、開こうとする動作が固い。徐々に薄目に、そこからもう少し開いていき、やっとのことでまぶたを解放しきったところで、まず奏が見るのはベッドシーツだ。
診察用ベッドに敷かれたシーツへと、四つん這いのために両手を突いたそのあいだに、奏は視線を落としていた。
「前ですよ?」
改めて言われ、奏は顔を上げていく。
「え………………!」
その瞬間、これ以上ないほどに顔が壊れた。
辛うじて白い部分を残した耳は、たちまち真っ赤に染まっていき、頬が強張るあまりにプルプルと痙攣のように震え始める。悲しみとも絶望ともつかない、信じられない光景に対する哀れな目つきに、唖然としたまま半開きとなった唇も震えている。
そこには本当にモニターがあった。
両手を広げたほどの画面サイズに、背後のカメラを通してきっちりと、四つん這いの尻から見える性器が映っている。大きく拡大していることで、実物以上のサイズとなった初々しい白いワレメは、残酷なほどの高画質で毛穴までくっきりと映し出されていた。
「もう無理! こ、これは……無理よ……!」
もはや耐えきれなくなっていた。
少しでも冷静にものを考える余裕があれば、あの男子の位置からは、奏自身の体が邪魔になり、画面が見えにくいことに気づけただろう。丸出しの尻は向けてしまうが、画面の中身がそのまま見えているとは限らないと、そう思おうとする余地は生まれるはずだった。
しかし、一瞬で頭が沸騰したのだ。
気丈さは失われ、もはや逃げだそうとベッドを降り、奏は自分の衣服を畳んだ脱衣カゴへ駆けていく。
だが、逃げることなどできなかった。
「何やってる! 戻りなさい!」
先回りした職員が脱衣カゴを先に確保し、さらには後ろから伸びる手に捕らえられ、あえなくベッドに連れ戻される。
お願い、もう無理、せめて男子を外に……そういった趣旨のことを、パニックを起こした頭で要領を得ることなく、がむしゃらに言い散らしたが、奏の主張が何一つ受け入れられることはない。
それどころか、逃げ出そうとした様子や、たどたどしい言葉遣いも、全てレポートとして記述されている。この一連の反応さえ、ここにいる職員にとっては観察対象に過ぎないのだ。
思春期の羞恥心が爆発すると、たまらず逃げ出す少女もいる。
そういうケースがあったとして、何の感情もなく機械的に記録されるだけなのだ。
*
奏はベッドの上に連れ戻され、改めて四つん這いの姿勢となっていた。
パニックのような状態が収まって、少しは落ち着きを取り戻すまで、数分ほどかかったが、職員達はその数分で言葉を尽くした。
終わらなければ帰れない、指示に従わないと成績に影響が出る。
逃げ出すことで、いかに奏自身が不利になるかを語った上に、脱衣カゴを別の部屋に移すとまで伝えたのだ。
事実として、職員の一人は奏の着替えをどこかへと持ち去って、それはもう全ての項目が終了するまで戻って来ない。衣服を人質とした状況に追い込まれ、戻る以外に手のない状況に立たされた奏は、心境がどうであろうとベッドに戻るしかなかった。
そして、元のようにポーズを取り直すと、今度は男子達に囲まれた。
「集まって下さい」
(やだ? なんで?)
泣きそうな顔の奏の周りに、十人の男子はぞろぞろと、右に四人、左に四人、後ろに三人、三つの方向に配置されていく。後ろからは性器が直接、横からもモニターが間近になり、一度逃げ出したせいなのか、余計に状況が悪化していた。
「さて、速水奏さん。いらぬ手間をかけさせられましたので、少しばかりお仕置きをさせて頂きます」
そんなことを言う職員が真横につき、何をするのかと思っていると、次の瞬間だった。
ぺちん!
平手打ちによる軽い痺れが尻肌に、奏は呆然とショックを受けた。
(え? なに? なにを……されたの……?)
頭が真っ白になり、自分が受けた仕打ちを直ちには理解できずにいた。
ぺん! ぺん! ぺん! ぺん!
だが、すぐに理解した。
屈辱的なお仕置きを受けているのだ。
しかも、クラスメイトの見ている前で、こんなにも情けない扱いを受けるなど、明日からどんな顔で学校へ行けばいいかがわからない。
ぺちん! ぺちん! ぺちん! ぺちん!
そんな奏の気持ちに関係なく、平手打ちは容赦なく繰り返される。
ほんのりとした赤味が尻に広がり、やっとのことでお仕置きが終わるなり、休む暇なくギョウチュウ検査シートの準備が始まる。
(もうやだ……私、何かしたの……?)
屈辱にシーツを握り締め、きつく歯を食い縛る。
「ほら、前を見て」
モニターを見るように強要され、顔を上げれば尻たぶを鷲掴みに、尻の割れ目が開かれる。アソコばかりか肛門さえもあらわになり、自分でも見ることのない場所を拝まされ、奏の頭は完全に沸騰していた。
(やっ、やだっ、そんな……そんな場所……だ、駄目……!)
二つの恥部が同時にモニターに映っているのだ。
放射状の皺に、その数センチ下にあるワレメがセットになって、男子達は言うまでもなくギラついた目で視姦している。
そして、そこにギョウチュウ検査シートが添えられて、身構えた次の瞬間には、指でぐにぐにと押し込まれた。
「やぁぁぁぁ……!」
目尻に涙が浮き上がる。
途方もない羞恥心が膨らんで、そこにおぞましいほどの屈辱の感情を注がれて、二つの感情は嵐となって吹き荒れながら混ざり合う。
シート越しに行われるマッサージをモニターで見せつけられ、ただでさえの屈辱が増幅している。その上で男子の視線に囲まれて、平常心などとっくに吹き飛んでいた。耳まで染まりきるだけでは済まず、頭は沸騰しきっていた。
そして、この耳まで真っ赤な顔さえも、所詮は観察対象の一部なのだ。
ぐにっ、ぐにっ、と、押し込む力に強弱がつく。
そのうち指が離れると、皺にシートを付着させた状態で、しばらくのあいだ置いておかれる。
やがて、ぺりっと剥がされて、奏はすぐに期待した。ギョウチュウ検査は終わったのだから、これで地獄から解放して欲しい思いで一杯だった。
しかし、二枚目のシートを用意している気配に気づき、もうたまらない。
続けて肛門にシートが置かれ、指の押し込みが始まった時、奏は顔から蒸気を噴き上げているといっても過言ではないほどに頭の熱を上げていた。