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  • 青い髪を撫でる淫婦の魔手

     飛行装置で移動を行うモスティマだが、そこには彼女を付け狙うレズビアンが乗り込んでいた。
     アーツによって力を奪われ、まともに身動きの取れなくなったモスティマは、淫婦の魔手によって弄ばれる。

    第1話 飛び立ち、空の罠
    第2話 淫婦の魔手
    第3話 陥落への階段
    第4話 尊厳を辱められ


  • 第4話 尊厳を辱められ

    前の話 目次

    
    
    
     サルカズ女性がドレスを脱ぐ。
     その肢体があらわとなり、魅惑の肉体が披露されると、モスティマは思わず見惚れそうになっていた。こんな状況で、かつモスティマを辱めている張本人のものだというのに、透き通った肌が織り成す曲線美と、皮膚の艶やかな質感からなる乳房の膨らみは、もはや芸術の域に達していた。
     そんな芸術の権化が迫り、モスティマのいるベッドに上がる。
     上から覆い被さって、真正面から身体を密着させてきた。
    「さあ、もっともっと楽しみましょう?」
     サルカズ女性の浮かべる悪魔の笑みは、それさえ美しく見えてしまう。
    「これはこれは…………」
     モスティマはもはや関心していた。
     彼女の持つ魅力には、問答無用の魔力がある。これほどまでに美しい者の手に嬲られ、思うままにされてしまっては、そのまま虜にされる女性も現れる。彼女の言うペットとやらに成り下がり、付き従うようになるのだろう。
     だが、いくらなんでも、自分までそうなるつもりはない。
    (ま、とにかく目的は体なことだし)
     最後まで耐え抜けば、きっとそれで終わるだろう。
     そう信じてモスティマはサルカズ女性の指を受け止め、乳首に受ける刺激を味わう。指の力でつまんでクリクリと、転がすように弄る攻めは、先ほどまでの刺激を遥かに超えて快感だった。
    「なっ……!」
     驚きに目を見開くほどの、強い電流が乳房を流れた。
    (さ、さっきまでは……)
     ここまで強い刺激はなかった。
     確かに声が出るほど気持ち良く、髪さえ振り乱すほどの快感だったが、神経がそのまま焼き切れるかと思うほどまでの、恐ろしくも甘美な狂おしさではなかったはずだ。
    「あっ、あがぁぁ……! あっ、うあっ、ああぁぁ…………!」
     モスティマは激しく髪を振り、肩を執拗なまでに活発に、やたらにモゾモゾとさせてしまう。乳輪をなぞりつつ、乳首もピンと弾く刺激を受けているだけで、こうも大きな快感の波が押し寄せるのだ。
    「んぅぅぅ……! んあっ、あぁぁぁ…………!」
    「随分とのたうち回るのね?」
    「あっ、あぁぁ…………! あぁっ、あぁぁ……!」
     両腕さえもモゾモゾと、刺激に合わせてよがっている。
    「電気拷問でも受けてるみたいよ?」
    「あぁぁぁ……! あっ、あぁぁぁ…………!」
     わけがわからなかった。
     どうして、胸だけでここまで刺激が強く、神経が狂ったような快感が発しているのか。理解できない気持ち良さに翻弄され、首を振りながら喘いでいるうち、脳裏にかすかな予感が掠め抜く。
     これも、アーツなのか。
     認識阻害を逆に応用して、認識推進でも行って、感度を上昇でもさせているのか。その予感に確信はなく、純粋にただ上手いだけかもしれない気もしてしまう。
    「あぁっ、あぁぁぁ……!」
     浮かび上がった思考を突き詰める暇もなく、モスティマの脳には次から次へと、激しい快感の津波が押し寄せ続ける。
    「下を触ったら、どうなっちゃうの?」
    「いや、待って……!」
     モスティマはつい、懇願の眼差しを浮かべてしまう。
    「あらぁ? どうしたのぉ?」
     そんな人の目を見た瞬間に、ニタァァァァ――と、おぞましく歪んだ笑みをサルカズ女性は浮かべていた。
    「別に……ちょっと、休ませて欲しいなー……なんて…………」
    「そうはいかないわよ?」
     サルカズ女性の手は構わず下に伸びてくる。
    「ひぅん!」
     すぐさま、モスティマの腰は弾み上がった。
     まるでバネの力で弾み上がって、腹で物でも打ち飛ばそうとするような勢いで、ベッドシーツに沈んでいた胴体はアーチの形に持ち上がる。その力に腹部を打たれ、サルカズ女性は嬉しそうに目を細める。
    「いい反応ねぇ?」
     サルカズ女性がワレメを撫でる。
     指を上下にしているだけで、愛液はみるみるうちに溢れて来た。さながら、びしょ濡れの布から絞り出しているように、急速に分泌される愛液は、滴となって滴り落ちる。表皮を伝っていくらでもベッドシーツに流れ落ち、その染み込んだ円は広がっていた。
    「あっ、あぁぁ……あぁぁぁ………………」
     また、何かが膨らんでくる。
     それは絶頂の予感に他ならない。
     このままアソコをやられ続けていれば、モスティマはまた潮を噴き、その滴が周囲に飛び散ることになるだろう。
     とても堪えきれない。
     すっかり濡れたアソコから、サルカズ女性の指へと愛液は移り、その手もまたすっかり濡れている。愛液にまみれた指で、愛液を帯びたアソコを触る。ぬかるみ同士が触れ合って、実に滑りの良い状態は、モスティマに強すぎる刺激をもたらしていた。
    「あぁ……も、もう…………!」
     もう駄目だ。
     また、イカされてしまう。
     そう思っていたモスティマへの、サルカズ女性の技巧に満ちた指遣いは、しかしそこでピタリと停止するのであった。
    
         *
    
     モスティマはかえって驚いていた。
    「な、なんで……」
     どうして、そこで手を止めたのか。
     イカされて当然とさえ思っていたモスティマには、むしろ理解できない展開で、一瞬頭が混乱していた。同性を嬲り、辱めてイカせることが大好きなら、イカせないはずがないと疑いなく信じていた。
    「あら? どうしたのかしら?」
     しかし、わざとらしく尋ねてくるサルカズ女性の顔を見て、モスティマはすぐさま確信した。
     これもまた、辱めの一種なのだと。
    「いやぁ……なんだろうね……」
    「ふふっ、それじゃあ、もう一回」
     そう言って、次にサルカズ女性が行う攻めは、お互いの性器を擦り合わせるものだった。サルカズ女性の手に片足を持ち上げられ、股同士をくっつけ合っての摩擦が始まると、モスティマはすぐさま喘ぎ始めていた。
    「いっ、あぁ……あっ、くぅぅ…………!」
     受けつけない行為のはずだった。
     そもそも、身体を触られること自体、本来受け入れてすらいない。それを性器まで擦り合わせるなど、拒否反応の一つや二つあって然るべきはずであったが、感じすぎた肉体には、もはやそれさえ現れない。
    「あっ、あぁぁ……あっ、うぅ……!」
     持ち上がった右足は、サルカズ女性の胸に抱かれている。足が乳房のあいだに挟まり、身体にぴたりと密着したままに、アソコに対しては肉貝が擦り合わさる。その摩擦によって徐々に体は高まって、次の予感が膨らんでいた。
    「んぅぅぅ……! んっ、んぅぅぅ…………!」
     横向きで寝たような姿勢のモスティマは、右手でシーツを握り締め、与えられる快感を必死で堪える。
    「あぁ……あっ、あぁぁ…………!」
     それは見えない何かが膨らんで、頭の中で弾けようとする感覚だった。その瞬間を迎えた時、頭が真っ白になり、しばらくはものも考えられずに放心すると、既にイカされているモスティマにはわかっていた。
     だが、その感覚が膨らむだけ膨らんで、いざ破裂寸前になった時、またしてもぴたりと停止していた。
    「ど、どうして……なんで…………」
     また、イカせてもらえなかった。
    「ふふっ、どうして欲しいか、言ってごらんなさいな」
     サルカズ女性は体位を変える。
     今度はM字開脚の姿勢に戻され、まるで正常位のような形となって、真正面から性器を擦りつけてきた。性器どころか、上半身を迫らせて、乳首同士の擦り合いまで行いながら、三つの箇所へと同時に刺激が与えられ、モスティマはその快感に苦悶する。
    「あっ、あぁぁ……あぁぁ…………」
     両手でシーツを握り締め、モスティマは大口を開けて喘いでいた。
    「ほら、言ってみなさい? どうして欲しいの? ねえ」
     サルカズ女性はモスティマを追い詰めていた。
     また、徐々にイキそうな感じへ近づいて、今度こそはというタイミングが訪れるも、そうするとピタっと止まる。何度イキそうになり、どれほどアソコが切なくなっても、モスティマは決してイカせてもらえない。
     寸止めは延々と続いていった。
     何分も、何十分もかけてじっくりと、モスティマの存在が熟成するまで、サルカズ女性はいくらでも時間をかけようとしていた。
    
    「あぁっ、あぁぁ…………!」
    
     それは一体、何度目の予感であるか。
     当然、直前になってピタっと止まる。
    「そんな…………」
     あまりにも寸止めが繰り返され、もはやイカせてもらえないことの方に絶望を感じるほど、モスティマは仕上がっていた。
     しかし、それでも彼女はモスティマをイカせない。
    「ほら、イキたかったら言うことがあるでしょう?」
     そう言って、モスティマの心が陥落するまで、決して絶頂は与えない。その瞬間を迎えるまで、いくらでも喜んで時間をかけ、サルカズ女性は何回でも、果ては何十回でも同じことを続ける勢いだった。
    
    「あっ、あぁぁ…………!」
    
     やがてまた、次の高まりをモスティマは感じる。
    「あっ、あ……なんで…………」
     当然、それは寸止めに終わる。
    「ほらほら、言わなくちゃ」
     サルカズ女性の、モスティマが観念する瞬間を待とうとする目論見は、快感に染め尽くされた頭でも、片隅では何となくわかっていた。だからギリギリまで、そんな目論見には乗るまいとする気持ちが残っていたのだ。
     しかし、その意地も永遠には続かない。
     いくら時間がかかっても構わないサルカズ女性と、ゴールも無しに耐え続ける一方のモスティマでは、あまりにも分が悪かった。
    
     観念すれば、楽になれる。
    
     モスティマの頭には、いつしかそんな考えが浮かび始める。
    (そ、そうだ……今、ここで……一瞬だけプライドを捨てれば…………)
     たったそれだけのことで、切なくてたまらない、もやもやとした感覚は解消される。
     そんなことを考えて、モスティマはふと気づいた。
     ああ、そうか。人を罠にかけ、体を嬲ってくるような相手に対してプライドを捨てるのが、もはや『たったそれだけのこと』と言えるほど、心も体も追い詰められてしまっているのだ。
     きっと、それこそ彼女の目論見通りなのだろう。
     モスティマの心がそんな風に熟成され、堕ちる瞬間こそを今か今かと待ち遠しくしていたに違いない。
    
    「……い、イカせて」
    
     そうとわかっていても、モスティマはそう口にしていた。
    「あらぁ? 聞こえないわよぉ?」
     サルカズ女性はわざとらしく聞き返す。
     その表情を見て、モスティマは今更になって思い出す。認識阻害のせいで見えないだけで、この周りには何人ものペットとやらが立っているのだ。目には見えずとも、複数人に囲まれた状態で、彼女はそんな宣言をもっと大きな声でしろと言ってきている。
     それはどれだけ恥ずかしい――はずのことであるだろう。
     だが、もう駄目なのだ。
     本当の本当にもう限界で、これ以上は堪えきれない。
    
    「イカせて……! もう我慢できない……これ以上は無理だから……イカせて…………!」
    
     恥を忍び、プライドをかなぐり捨てた宣言の直後である。
    「それじゃあ、願いを叶えてあげるわね?」
    「んっ、んぁああああ!」
     モスティマは直ちに絶頂していた。
     何をされたのか、どんな魔法をかけられたのかもわからずに、気づけば大きな声を上げていた。アソコに潮を噴いている感覚もしていたが、肉貝同士が擦れ合っているせいで、噴射が塞がれ滴は飛ばす、だからモスティマの絶頂は、サルカズ女性の性器を直接濡らしているはずだった。
    「いいわぁ? すっごくいいものを得られるわぁ?」
    「んっ! くっ、くっ! くふぅぅ……!」
     モスティマはさらに喘いだ。
     イってもなお続く擦りつけの責めにより、モスティマはサルカズ女性の肩に手をやって、しがみつくような真似さえしていた。両足を交差させ、彼女の腰をこの身に保持さえしてしまっていた。
     未だに筋力阻害を受けている体では、力によって押さえ込む力などありはしないが、モスティマなりの今の全力でもってそうしていた。
     時間など忘れていた。
     体が、心が、全て嵐の中に晒されているように、そして必死でしがみついていなければ、どこか彼方へ自分の存在が飛ばされてしまうかのようにして、モスティマは懸命になってサルカズ女性にしがみついていた。
     体は連続で震えている。
     何度も何度も、数分おきにビクビクと、繰り返しの絶頂を行っていた。
    
         *
    
     ひとしきり犯し尽くして、満足したサルカズ女性は、自分の中に力が満たされていくことを感じ取る。
     彼女はレズビアンだ。
     だからモスティマに惹かれたし、付け狙おうと計画した。
     その性癖は間違いないが、しかし狙った獲物を今までに何人も襲った上、これからも続けようと考えているのには、もう一つの理由がある。
     そうすることで、アーツの力が高まるのだ。
     同性を嬲り尽くして慰み者として扱って、絶頂の連続を与えたり、心を堕としてやることで、彼女のアーツはその前よりも力を増す。最初は軽い認識妨害で、せいぜい足し算の答えを狂わせたり、通行人に道を間違えさせる程度のことしかできなかったが、力を磨けば磨くほど、能力は向上していた。
     そして、能力が向上すれば、使い道が増えてより獲物を楽しめる。
     楽しんだらまた、そこから吸収したエネルギーで能力を高め、その高めた力をまた駆使するという素晴らしい循環が出来上がっている。
    
    「さて、次はどんな人を狙おうかしら」
    
     満足しきった顔をして、サルカズ女性はベッドの方へ目を向ける。
     そこには五人にもなる裸のペット達の、手という手の数々によって撫で回されるモスティマの姿があった。
    「あっ、あぁ……もう……無理っ、やめて…………」
     あの余裕を気取ったような、強い力を持つ女特有の何かを崩してやった快感で、見ていて心が満ち溢れる。腕っ節の強い女であったり、心の屈強さであったり、そういったものを持つ同性をへし折って、あんな風に弱らせてやるのが面白くてたまらない。
     彼女はその欲望をまた、果たした。
     あとはペット達に触らせて、その光景を傍から楽しめば十分だった。
     モスティマには見えていないだろう。
     認識阻害を解いていないので、透明人間にでも囲まれて、視認できない腕に触られている感覚でいるはずだった。
    
     …………
     ……
    
     飛行装置が町に着き、モスティマは宿泊でシャワーを浴びる。
     それから、薄暗い表情で鏡の中の自分を見つめ、首や鎖骨の周りに残ったキスの痕跡をぼんやり眺めた。
     全て、あのサルカズ女性に付けられたものだ。
     皮膚に歯を押しつけながら吸い上げて、そうすることで残る口づけの痕跡は、鏡に映りやすい部位ばかりでなく、首のもう少し見えにくい箇所にまで至っている。こういくつも付けられてしまった刻印は、きっと十個を超えるだろう。
    
    「また、遊びましょう?」
    
     そう耳元に言い残したサルカズ女性の言葉がこびりつき、鼓膜の奥に残っていた。
     そのせいか、不安でならないのだ。
     あの認識阻害の力を持つサルカズ女性が、こうしている今にも密かに忍び寄り、またしてもモスティマのことを付け狙ってはいないかと。
     実は既に後ろに立っていて、自分にはそれが見えていないだけではないのかと。
    「まったく、とんだトラウマだよ」
     暗い顔をやめようと、モスティマは笑ってみせる。
     しかし、鏡に映るその笑顔は、どうにもぎこちないものだった。
    「あーあ。しばらくは引きずるな、これは」
     わざとらしいおちゃらけた口調で、軽口のように言ってみせることにより、少しでも気を楽にしようとしていた。
     時間が経てば、傷は薄れていくかもしれない。
     だが、思い出は永遠に残るだろう。
     あのサルカズ女性が再び現れ、自分のことを嬲りに来ないか。あるいは似たような能力の持ち主に目を付けられ、やはり今度は男に犯されるといったことにはならないか。そんな不安が膨らむだけ膨らんで、心に深くこびりつく。
     こんなトラウマと付き合いながら、当分は過ごしていくわけだ。
    「ま、なるようになるさ」
     モスティマはそう言って、鏡に背を向けベッドに向かう。
     眠れば少しは気分も変わってくるだろうと、モスティマは寝間着に着替えて横になり、明かりを落とした暗い天井を見つめながら、やがて目を閉ざしていった。  
    
    
    


     
     
     


  • 第3話 陥落への階段

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     モスティマは息を荒っぽく乱し尽くして、目つきを細めつつあった。
    (うっ、これは……思った以上に……)
     自分がどんな悩ましげな表情となり、快感の浮かんだ色気ある顔となりかけているか。モスティマはそれを思ってぐっと堪え、余計な表情の変化は見せまいとしてみるが、その我慢はあっさりと破られた。
    
    「――ひあっ!」
    
     モスティマは驚いた声を上げていた。
     それはまるで、虫の苦手な女の子が蜘蛛やゴキブリでも目撃して、ぎょっとした顔をする時であるような可愛らしい悲鳴であった。
     そして、そんな声が出て来たことに、他ならぬモスティマ自身が驚いていた。
    「へえ、そういう声も出せるのね?」
     サルカズ女性のしてやったりの面持ちに、モスティマはさっと目を背けた。
    「……お、驚くじゃないか」
     出してしまった声を誤魔化しようがなく、そう答えておくしかなかった。
     アソコを触られたのだ。
     性器への愛撫自体は、どうせ触られることになるであろうと予感して、泣く泣くと覚悟こそしてはいたものの、それは突然の愛撫であった。今は乳房に集中していて、他に目はいっていないのかと思いきや、唐突にやられて体中が跳ね上がった。
    「あはっ、無理に気取っちゃって」
    「うるさいね。常識的な反応くらいするもんさ」
    「でも、いい声だったわよねぇ? あなた、最初は馬鹿馬鹿しいとか思ってたでしょ? 自分が思い通りになるはずない。私の思う通りになんて、感じてヒィヒィ言うわけない。って、そんな風に」
    「……どうだろうね」
     モスティマは険しい顔をしていた。
     まったく、その通りなのだ。
     こうも心を読まれていると、精神系のアーツに思えてくるが、それでも顔や態度で見抜いただけなのだろうか。
     少なくとも、筋力ばかりが操作されている気はしない。
     何かもっと、別の原理があるような――。
    「見て頂戴? あなた、今はこんな感じよ?」
     サルカズ女性は指先を見せびらかす。
     指のあいだにわざとらしく糸を引かせて、モスティマへ自慢げに見せつけてくる。これがお前の愛液だぞ、お前を感じさせてやったぞ。そう言わんばかりの、何かをやってやった顔を向けられ、それに対するモスティマは内心で悔しげにしていた。
    (まったく、いい気分はしていられないものだ)
     屈辱的だった。
     アーツで陥れられて、無理矢理にでもプレイに付き合わされ、裸になっただけでも屈辱に感じるところ、加えて愛液を見せつけられる。どれだけ余裕や無関心を装って、だから何だと言わんばかりの態度でいようと思っても、サルカズ女性の勝ち誇った表情を見ていると、結局は悔しい気持ちが湧いてくるのだ。
    (体さえ動けば……)
     いつも通りの力さえ発揮できれば、決してこんなことにはならない。
     アーツユニットは手元にないが、せめて体の自由さえあれば話は変わる。変わるはずだというのに、それすら得られない歯がゆさに、モスティマは無念の思いへ沈んでいく。
    「ほーら、もっといい気持ちにさせてあげる」
     サルカズ女性の指がワレメに置かれた。
    「んっ、んぅ……別にっ、求めちゃいないんだけど…………」
    「あらあら、遠慮はいらないのよ? 何なら、絶頂でもしてパーっと潮なんて噴いてみたらどうかしら?」
    「あぁ……くっ、んぅ…………!」
     モスティマは歯を食い縛り、快感を堪えていた。
     ワレメに対する愛撫によって、筋が上下になぞられている。指先の軽やかな動きによって、ほどよい摩擦が加えられると、それがアソコから熱を引き出す。擦られれば擦られるだけ、膣の奥では何かが生まれ、それが表面に染み出てくる。
     ぬかるみが広がっていた。
    「あっ、くぅぅ…………くっ、んぅぅ………………」
     アソコが漏らす愛液は、ワレメの表面に少しずつ滲んでいる。それが指に付着していることで、愛撫によって愛液は塗り広がり。ワレメの周囲にかけてもぬかるみの領域は拡張されていく一方だ。
     そればかりか、滑りが良くなっていくことで、余計に気持ち良くなってくる。
    「あっ、ふぁ……はっ、はぁ……はぁ…………」
    「無理しないの」
    「無理なんて……あっ、んぅぅ…………」
     愛液が塗り広がった表面を滑りよくなぞられて、そのタッチが気持ちいいために、またさらに滲んでくる。ぬかるみの層が厚みを増し、肉貝の表皮で光沢を強めると、ますます愛撫は気持ち良くなり、モスティマは呼吸を乱しきっていた。
    「はぁ……はっ、はぁっ、はぁ…………!」
     熱っぽい息が出ていた。
     高熱にうなされでもしているような、しかし快楽こそが実態の表情に、サルカズ女性は狂喜さえ浮かべた顔で興奮する。無理矢理の愛撫で強引に興奮させられるモスティマに対して、そんなモスティマの様子を見ることで、サルカズ女性は己の欲望が満たされつつあることへの興奮を浮かべていた。
    「あぁ、いいわぁ? あなた、強いそうじゃない?」
    「んっ、んぁぁ……あっ、あぁ…………」
    「でもね? どれだけ強くても、無力化されたら意味がないの。それが出来るのが私のアーツ。私自身は強くないけど、誰かの強さを封印できる。あなたはね、私のペットとして存分に喘いでいればいいってわけ」
    「冗談じゃ――んぅぅ……んくぅぅ…………」
     ペットなどと言われて反発心が働くも、その瞬間に愛撫が活発に、ワレメをなぞるペースが上がっていき、何を言う余裕もなくモスティマは唇をきつく結んだ。そうしなければサルカズ女性の喜ぶ大きな声が出てしまうと、そう予感しつつあってのことだった。
    「ここなんてどうかしら」
    「くぁっ、あぁぁ…………!」
     耐えようとした気持ちはあっさり破られ、モスティマは喘ぎ声を上げてしまった。
     クリトリスを刺激されたのだ。
     突起した肉芽をくすぐる指先の、くりくりと弄り抜くタッチによって、腰が震えんばかりの刺激を感じていた。激しい電流が下半身に流れ伝わり、爪先にまで届いて指が開閉する反応さえ披露していた。
    「こっちはどう?」
    「あぁ……あぁぁ…………」
     指が挿入されていた。
     膣に中指が入り込み、そのピストンにモスティマは追い詰められる。とっくに愛液を流していたアソコの中身は、十分な水気を纏って滑りが良い。膣壁の表面にまとわりついた粘液で、指はあっさり、ヌルっと入り込んでいた。
    「あっ、あくぅぅ……うっ、あぁぁ………………」
     ピストンが快楽を引き出している。
     指が根元まで埋まるたび、性器に触れた拳にも愛液は付着する。中指の根元の、その周りにも粘液を纏った光を及び、繰り返せば繰り返すだけ、しだいに糸も引くようになっていく。
    「あっ、あっ、あぁぁ……あぁぁ…………」
    「いいわぁ? あなたのその感じた顔」
    「んっ、くぅぅ…………!」
    「悔しいの? 屈辱なの? 無理矢理されているんだものねぇ? そういう気持ちになるんでしょう? でもあなた、何も反撃できないのよ?」
     サルカズ女性は見るからに興奮している。
     モスティマが感じれば感じるだけ、彼女のテンションは上がっているのだ。
    「どう? このままイってみない?」
     聞くにモスティマは首を振る。
    「んっ、えぁっ、遠慮……するよ……十分、気持ちいいっ、から――ね…………」
     ここまで好き勝手にコケにされ、いいように感じさせられている中で、モスティマはそれでも自分を保とうとしているように、いつも通りの振る舞いをしてみせようとしていた。
    「いいのよ? 遠慮しないで」
     しかし、サルカズ女性は容赦なく、ピストンのペースを上げようとしていた。
    「あぁっ、あぁぁ…………!」
     速度が上がる。
     たったそれだけのことで、自分がいつイクとも知れない予感に囚われ、モスティマはつい反射的に股へ手を伸ばしていた。サルカズ女性の手首を掴み、それを阻止しようとしていた。そんな筋力など発揮はできず、掴んだところで意味がないのも忘れての、無我夢中での行為であった。
    「あらぁ?」
     しかし、サルカズ女性はまるでいけない悪戯を発見したように、楽しくてたまらない口実を見つけたように、おぞましいまでに口角を釣り上げる。
    「何かしら? この手、何ぃ?」
     怒りなどせず、嬉しそうに注意してくる。
    「ちょっと、加減をして欲しいな、なんてね」
    「するわけないでしょう? その手、離しなさい?」
     その瞬間である。
    
    「え……!?」
    
     モスティマは驚愕していた。
     らしからぬ驚きに目を丸め、あんぐりと口を開けながら、モスティマは両手を離していた。その手首から手を離しただけでなく、両腕を頭上にやって、頭頂部のあたりで交差させ、自ら無防備なポーズを取ってしまっていた。
    「ど、どういう…………!」
     肉体を操作したというのだろうか。
     何か見えない力に手首を掴まれ、無理にポーズを取らされた感覚がモスティマにはあった。
     余裕をもって、冷静に頭を使っていられれば、今のが一体何のアーツであり、自分は今までどのように筋力を奪われていたのか。この時点で気づくことができたのかもしれないが、迫り来る快楽の前に、モスティマにはそんな余裕など与えられていなかった。
    
    「あぁぁぁぁぁ…………!」
    
     モスティマはイっていた。
     潮を噴き出し、その滴をサルカズ女性の頬に引っかけてしまっていた。
    
         *
    
     絶頂から間もなく、モスティマは開脚のポーズを取っていた。
    「よーく見えるわよ?」
     それを眺めて、サルカズ女性はわざとらしく羞恥を煽る。
     M字開脚だった。
     両足を左右に投げ出し、あけっぴろげな格好をしていることで、性器が丸見えなのは言うまでもなく、覗き込めば肛門さえ見えるのだ。
    「………………」
     どちらの穴にも視線を感じて、モスティマは無言で顔を赤らめる。
    「さ、次は何をしましょうか」
     サルカズ女性は楽しみそうに、機嫌よくにっこりと微笑んでいた。
     そんな彼女の笑顔に向かってモスティマは言う。
    「……認識阻害」
    「ふうん?」
    「脳に影響を与えるアーツだね。筋力を封印して、相手の強さを奪えるのは、その応用っていうわけかな」
     イった後から多少は息を落ち着ける時間が与えられ、おかげでものを考える余裕ができた。そうやってモスティマは、アーツの正体に気づいたわけだった。
    「それがわかったからといって、術から抜け出す方法まではないんでしょう?」
    「このあたりで、もう十分に楽しんだとは思わないかな?」
    「遠慮しないで? まだまだ、もっと気持ち良くしてあげる」
    「……そう。そりゃあ、しょうがないね」
     モスティマは諦めたように力を抜き、せめて覚悟だけでも決めながら受け入れる。
     彼女の言う通り、アーツの正体がわかったからといって、そこから抜け出す手立てはない。
     だが、大元は認識阻害だ。
     例えば青を赤だと思い込ませるなど、正しい処理や認識を阻害する術なのだが、使い手の技術が高度になり、応用が利けば利くほど汎用性は高まっていく。
     今のモスティマは自分の持つ本来の能力を認識できないのだ。
     本当は大岩を持ち上げる筋力があったとして、しかし脳の方は肉体を小さな子供のものとでも認識している。そんなことが出来うる体をしておらず、脳に与えられた認識通りのパワーしか発揮できない。
     モスティマ自身に自覚はなくとも、今の肉体は筋力の低下しきった肉体であると、脳の方が認識しているはずだ。おそらくアーツユニットが手元にあっても、脳に認識が擦り込まれ、その使い方を知らないことになっている。
     そして、もう一つ。
     認識阻害を受けていれば、視界に入る情報も阻害できる。コップの認識を阻害すれば、テーブルにコップが置かれていても、まるで初めから何も置かれていないかのようにしか捉えられない。
     だが、モスティマは確かに感じた。
     ポーズを無理に変えられる時、誰かの手に掴まれでもしたような感覚がした。
     こうしている今にも、透明人間に掴まれ続けている。
     人の手で触れられている感触は確かにあるのだ。
    「……何人、いるのかな」
     だからモスティマは恐る恐る訪ねてみる。
    「たくさん、よ?」
     人数は言わないつもりらしい。
     しかし、否定するわけでもなく、それがサルカズ女性の答えであった。
    「みーんな、私のペット。私の手で堕ちてきた可愛い子達よ」
    「それがたくさん、ね。恐ろしい話だよ」
    「そうねぇ? 今まで気持ち良くなったり、イったりしてきた様子は、みんな他の人達にも見られていたんだものねぇ?」
     その時だった。
    「――――んっ!」
     モスティマは喘ぎ声を出しそうになり、反射的に唇を結んでいた。急に前触れもなく現れた快感に、驚きで目を大きく丸めていた。
     乳首に誰かの指が来ている。
     サルカズ女性の手ではなく、見えない誰かの指である。
    「あら? どうしたの?」
     わかっているであろうサルカズ女性だが、わざとらしく首を傾げた。
    「いや……別に……んぅっ、んぁぁ……あっ、あぁぁ…………」
    「何を一人で気持ち良くなっているの?」
    「白々しい……ねっ、んっ、あぁ…………」
    「なぁにぃ? 私が何かしているみたいに言うわねぇ? でも、私は何もしていないじゃない? ほら!」
     そうアピールするために、サルカズ女性は両手を挙げてみせている。
     そして、実際に彼女とは関係無く、見えない手の平によって乳房が揉まれ、乳首は刺激され続けていた。
    「あっ、んんっ、んぁぁぁ……!」
     乳首だけでは済まなかった。
    「んぅぅぅぅ………………!」
     アソコにも、透明な指は来ていた。
     クリトリスに指の腹が乗せられて、膣口にも挿入されて、肉貝の皮膚も軽やかに撫でられている。ただ性器を責めるだけで、複数本の指が群がり、その一本一本がくねくねと蠢いているはずだった。
     しかし、モスティマにはその誰も見えない。
     SF映画で見る光学迷彩のように、その部分の景色が歪んでいるわけでもなく、周りには本当に何もなく、誰もいないようにしか見えないのだ。
     だが、認識阻害という原理であれば、何人ものペットとやらに囲まれて、四方八方から視姦されたり、触られているのが実態なのだろう。認識阻害など関係ないカメラでも通したなら、モスティマの視界にあるはずの、本来の景色が見えてくることだろう。
    「あっ、あぁぁ……あぁぁぁ…………!」
     ピストンのペースが上がり、クリトリスを弄る動きも活発となっていく。
     また、すぐにイキそうになっていた。
     モスティマは下腹部を強張らせ、内股も硬くしながら堪えようとするものの、我慢など関係無しに絶頂の予感は膨らむ。
    
    「んぅぅ…………!」
    
     弾けたように、愛液の滴が四散した。
     潮吹きによって撒き散らされた滴のいくらかはベッドシーツに浸透して、またいくらかは空中に消えていた。透明人間の体にあたり、そのまま一緒に透明になったようにして、視界から消え去っていた。
    「やっぱり、いるってわけか……んっ、んぁぁ……い、イったばかり――だっていうのに…………!」
     一瞬は止まっていた愛撫がすぐさま再開されていた。
     性器への刺激は言うまでもなく、乳首への刺激も再開され、モスティマの胸は勝手に動く。感触としては人の手で触られているとわかるのだが、その姿が見えない以上、自分自身の胸を見下ろせば、乳房自身が勝手に変形を繰り返して見えるのだった。
    「あっ、あぁぁ……あっくぅぅ…………!」
    「足がすっごく、くねくねしているわねぇ?」
    「ああぁぁ……!」
    「ピクピクするみたいに、微妙に開閉しているわよ?」
     サルカズ女性はモスティマの反応を実況してくる。
     モスティマの一挙手一投足を楽しく観察しながらの、ニヤニヤとした実況行為に恥辱を煽られ、その都度顔を歪めることとなった。
    「あっんぅ……!」
    「髪を振り抜いた時の横顔、セクシーね?」
    「あぁ……あっ、んぅぅぅ…………!」
    「脚が縮んでるわよ? イクのを我慢しているのかしら?」
     またしても絶頂が近づいて、内股を固くした時、その数センチだけ閉じた脚を我慢の姿と評してくる。そして実際、モスティマは絶頂を反射的に堪えようとして、下腹部と内股に力を込めているのだった。
    「あぁ……んぅぅ…………!」
    「オシッコの我慢に見えるわよぉ?」
    「な……!」
     それほど羞恥を煽る言葉はなかった。
     彼女の言葉はそこまでだったが、お漏らしをしそうに見えると言われた気がして、モスティマはただでさえ火照った顔をより染め上げ、耳にも赤らみを及ばせていた。
    「さて、あと何秒でイクか」
    「あっあっあっあぁぁぁ………………!」
    「当ててあげる」
    「んっ、あぁ……あぁぁ…………!」
    「三、二、一…………はい、イった」
    
    「あぁぁあぁぁぁ――――――!」
    
     サルカズ女性のカウントに合わせ、まさにそのタイミングの通りに腰が震える。ぶるっとした震えを帯びたかと思いきや、次の瞬間には潮を撒き、モスティマのアソコはイキたての熱気を漂わせていた。
    
    
    


     
     
     


  • 第2話 淫婦の魔手

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     モスティマはベッドの上に寝かされていた。
     このベッドの配置は妙なもので、部屋の中央に置かれている。一台きりのベッド以外に調度品がなく、まるで見世物をベッドに置いて、周りから鑑賞するためであるような、そんな配置に思えるのだ。
     サルカズ女性に肩を貸してもらい、やっとのことで辿り着いた部屋の中である。
     言うまでもなくモスティマの荷物はない。こんな状態では、目の前にアーツユニットがあっても手を伸ばす余裕はないだろうが、それにしても武器に触れる可能性を与えてなどくれはしない。
    「さぁて、気分はどう? モスティマさん」
    「そうだね。眩暈は治まってきたけど、どうやら手足が上がらないようなんだ」
     ただ腕を上げてみたり、足を動かすだけの、たったそれだけの筋力が剥奪され、四肢に力が入らない。少し身じろぎしてみるのが限界なのも、彼女のアーツによるものだろう。
    「それは大変そうね」
    「そろそろ、私を狙った理由ぐらいは、話してくれてもいい頃じゃないかな」
    「理由? そうねぇ、言葉で語るよりは、体で直接語った方が早いと思うわよ?」
    「拷問でもしようって?」
     モスティマは半ば真面目にそう予感していた。
     人を狙い、助けも呼べない状況下で無力化するのは、そういった手合いのはずだと、ごく当たり前に考えていた。
     だから、その瞬間にモスティマは驚愕で目を見開いていた。
    
     唇を重ねられた。
    
     仰向けのモスティマに対し、ベッドの隣に立つサルカズ女性は、まるで人工呼吸でもしてくるように重ね合わせて、うっとりと目を閉ざしていた。唇で触れ合うことに、何か甘美な悦びでも覚えているように、頬には恍惚の色が滲み出ていた。
    「な…………!」
     驚くあまり、長く唇が重なって、ようやく離れて行く瞬間にかけてまで、見開いた目で始終瞳を震わせていた。
    「わかったかしら?」
     サルカズ女性のモスティマを見下ろす顔に、深い影がかかっている。それは明かりを頭上にして、ただ角度のせいで暗いだけではある。自然と生まれた影が彼女の心をそのまま表現しているはずもなかったが、モスティマにはの笑顔が邪悪に見えた。
     可哀想な患者を見る目でも、恨みのある相手を見る目でもない。喰らい尽くすべき獲物を見つけて、ひどく口角を釣り上げた悪魔の笑顔には、目の前の玩具でどうやって遊んで楽しもうかと、かえって無邪気さが現れていた。
     無邪気であるが故の邪悪であった。
     モスティマを面白い玩具と認識して、幼児期のような天使の笑顔で、心の底から楽しみそうに手を伸ばす。手に入れた玩具で遊べることが嬉しくて堪らない、純粋無垢な喜びに見えて、その感情を彼女は人に向けて来ている。
     まずは指先だけで頬に触れ、肌触りを確かめながら、徐々に周囲を触れる手つきに、モスティマは鳥肌を広げていた。
    (やばいね……この子は……)
     モスティマは頬に汗を浮かべていた。
     手の平によって頬が包まれ、少しずつ確かめていくような、ゆったりとした手つきで指を首筋にスライドさせる。ジャケットの肩を触り始めて、それから鎖骨を撫で始めたかと思いきや、何の遠慮もなく乳房を揉み始める。
    「いいわぁ? あなた」
    「私の気分はそれほどよくないけどね」
     同性に乳房を揉まれる。
     友人がしてくる悪戯なら、まだ受け入れる余地があるだろうか。見知らぬ異性の痴漢に遭うよりは、ずっとマシには違いないだろう。だが、こうして今ここで揉んでくるのは、モスティマを付け狙い、拉致同然の真似をして無力化してきた性犯罪者だ。
     女同士であろうと、これを性犯罪と呼ばなくて何と呼ぶか。
    「とっても良い感触ね。気に入ったわ」
    「それはどうも。ま、胸が目的なら安いものだよ」
     すっと、モスティマは目を瞑る。
     無力化されて、ろくに戦えない状態に陥れられ、その上で密室に二人きりだ。つい先ほどまでのモスティマが想像していたのは、実はどこかで恨みを買っていたか、ラテラーノに勤めるサンクタの拉致に何らかの意味があったか。それとも、誰かが何かの秘密や物でも探していて、それをモスティマが知っているとでも思っていたか。
     そんな何らかの思惑に巻き込まれてのものと想像してみれば、実際に与えられる危害といったら、拷問というわけではなく、ただ乳房を揉まれているだけなのだ。決して気分は良くはなく、立派な被害そのものだが、想定したものに比べれば極めて安い。
     もっとも、モスティマの内心の緊張は解けていない。
     胸を揉まれることの不快感は大いにあり、その緊張の一部は、好きで受け入れているわけではない点にある。
    (ま、胸で済めばね)
     しかし、モスティマは予感していた。
     彼女はつまり、犯罪を犯してまで同性に手をつけるレズビアンであり、ただひとしきり全身を撫で回すだけで済ませるとは思えない。もっと激しく生々しいことをしてくるのではないかと、そんな予感がしてならない。
     だからこそ、服の上からで済むのなら、逆に大喜びしたいくらいだ。
    「いい肌触りね? どこも、かしこも」
     乳房を揉んでいた手が移動して、シャツの内側に潜り込む。腹を撫でてくる手つきを感じた時、モスティマは何となく感じていた。
     これはまだまだ、序盤もいいところだ。
     サルカズ女性の中では序章の半分にも至っておらず、本番に突入する頃には、きっと服も下着も脱がされている。穴という穴までしゃぶり尽くす勢いの、激しい欲望の熱気に全身が炙られるようだった。
     指をフックのように折り曲げて、サルカズ女性はモスティマのシャツを持ち上げる。
     徐々に腹が露出していき、ジャケットのはだけたあいだから、黒いブラジャーが曝け出された。漆黒の生地をベースに青い薔薇のワッペンを縫い込んで、紐をレースで飾った一際オシャレなブラジャーだった。
    「まあ、いいわね」
    「ふーん」
    「私のツボを突いてくれるじゃない」
    「お気に召しているみたいだね」
     モスティマにとって、彼女の喜びなどどうでもいい。
     ただ、この時間がいつになったら終わるかどうか、それだけに興味がある。果たして解放してもらえるのか、それ以外のことに今は何も関心がなかった。
    「いい生地ね。それに、揉み心地もすごくいいじゃない」
     サルカズ女性は興奮にうっとりと目を細め、息遣いを荒くしながら揉みしだく。
     その細やかな五指により、モスティマの胸は揉まれ続けた。
    
         *  
    
     サルカズ女性はもっぱら服の上から触るばかりであった。
     シャツはたくし上げられて、その後はショートパンツのチャックも降ろされる。穿いていたものを膝まで下ろされ、下着は上下共々見られてしまっているが、今のところはそれだけだった。
     下着や服の上からの愛撫が延々と、何十分も行われている。
     素肌を直接撫でる時は、触れるか触れないかといった具合の、くすぐろうとでもしているようなタッチで皮膚を刺激する。五指によるフェザータッチがへその周りや腰を撫で、手の平全体を当ててくる時には、技巧あるマッサージのようにしてくるのだ。
     それらの手つきは、全て上手かった。
     サルカズ女性の上手なタッチは、もしも性感帯を集中的にやられていたら、今頃ははっきりと感じていることだろう。
     しかし、今のところは乳首やアソコはやられていない。
     乳房や太ももこそ触られても、それ以上のところに触れられる気配はなかった。
    「どう? 気持ち良くなってきた?」
    「どうかな。マッサージだとでも思ってみてはいるけど、まあまあってところだね」
    「あら、これじゃあ足りないね」
    「訂正しようかな。十分気持ちいいよ」
     モスティマはすかさず答えを言い直す。
     まさか、このまま服や下着の上からだけで済むなどと、甘いことは思ってこそいないのだが、万に一つでもそれで満足してもらえる可能性があるのなら、それに越したことはない。
     確かに彼女は、上手いのかもしれない。
     だが、いくら手先の技術があろうと、本心から受け入れているわけではない。好きで体を許しているわけでも何でも無い、自由を奪われ、他にどうしようもないから触らせているだけの状況で、心から愛撫を楽しんでいるわけがなかった。
    (さっさと終わらないかな)
     というのが本心ですらある。
    「余裕って感じね?」
    「そりゃあ、もっと酷い暴力を覚悟したからね」
    「そうなの。私がギャングか何かの仲間と思った?」
    「そんなところだけど、実際どうなのかな?」
    「私は本当に、ただの案内役場の勤め人よ? ただ、いつも素敵な女の子を探し求めているだけの一般人ね」
    「ただ運が悪いだけときたもんだ」
     相手の言葉を全て鵜呑みにできるとは限らない。
     とはいえ、その言葉の通りなら、こうなった理由を突き詰めれば、たまたま彼女の視界に入ったから、などという話になる。獲物を物色している肉食獣の目に付いたから、それだけの理由でモスティマは今こうして体中を触られている。
     再び、乳房が手の平に包み込まれた。
     相変わらずブラジャーの上からばかり、直接触られずに済む分だけ、マシといえばマシであっても、プライベートゾーンには変わらない。心を開いた相手でも何でもないのに、不快感はそれ相応のものだった。
    「いつまで我慢していればいいんだか。そんな顔ね」
    「ご明察だね。飽きないものかな」
    「安心なさい? 嫌でも楽しんでもらうことになるんだから」
    「嫌でも、ねえ」
     そんなよほどの快楽を与えてくるとでも言うつもりか。それはまったく、遠慮したいところであるが、こっそり手足の様子を確かめても、激しい動きが出来る状態にはなさそうだ。上半身を起こしたり、立って歩いたりできれば上出来といった程度にまで、モスティマの筋力は調整されてしまっている。
    (で、このアーツって……)
     本当に筋力低下なのだろうか。
     相手の筋肉から出力を奪う、そんな原理のアーツと考えていいのだろうか。
     何か、違う気がする。
    「……っ」
     その時、モスティマは頬をぴくりと強張らせた。
    「あら、反応しちゃったかしら?」
     得意げに尋ねてくるサルカズ女性の、その指は乳首をつまんでいた。ブラジャー越しではあるものの、ついに乳首の場所を集中的に擦り始めて、モスティマはその刺激を感じる羽目になっていた。
    「反応ってほどでもないね」
    「そうかしら? 一瞬、快楽が走ったように見えたわよ?」
    「それは気のせいってもんさ」
     わざわざ、相手の悦ぶ反応を見せる気もしなかった。
     それで解放される保障でもあるならいざ知らず、ますます調子に乗って楽しんでくるかもしれない。それは下手に我慢して、意地を張っても同じことかもしれないが、どちらに保障があるわけでもない以上、やはり反応してやるつもりはない。
     体のどこが反応しても、ブラジャーの内側で乳首の突起が始まっても、それを伝えてやる必要など感じなかった。
    「いずれ、素直になるわよ? あなた」
     誇らしげに、勝ち気な笑みまで向けて来る。
    「自信たっぷりだね」
    「今までのは全てお遊び、準備運動。だんだんと本番が近づくわよ?」
     つままれた乳首へと、ブラジャー越しの刺激がくる。指圧の強弱によってしばし揉まれて、爪を使った刺激を与えられると、乳房には甘い痺れがかすかに走る。
    「…………」
     モスティマは静かに唇を結ぶ。
     いつかは呼吸が乱れてきて、声でも出そうな予感はするが、まだまだその領域には程遠い。この程度の刺激なら、目でも瞑って過ごしていれば終わるだろう。
     ブラジャー越しの刺激が続く。
     指圧の強弱と擦り抜かんばかりの愛撫は、適当な間隔で交互に繰り返され、いつまでもいつまでも乳首は嬲られ続けている。乳房の中には甘い痺れが走り始めて、ピリっとしたかすかな電気の気配が満ち始める。
     いよいよ感度が上がってきて、さすがに肉体のスイッチが入り始めているのかとモスティマは予感する。
     しかし、その時になってサルカズ女性は手を離した。
     急に乳房への愛撫をやめ、どうするのかと思いきや、下の方に手を移した。下腹部のあたりや内股など、性器に近い部分の露出した肌に触れ、指や手の平で撫で回す。指先だけで触るときには、やはり産毛だけを辛うじて触っているような、くすぐるようなタッチをしてくるのだ。
    (随分、時間をかけてくれるみたいじゃないか)
     乳首に触ってきたのさえ、胸を何分もかけて撫で回し、時間が経ってやっとのことだ。ならばアソコに触るのも、周りばかりを散々に愛撫して、数分なり十分以上なりが経ったところで、ようやくとなるのだろう。
     モスティマはその来たるべき刺激に備えていた。
     アソコに触れそうで触れて来ない。ショーツのかかった肉貝の膨らみに、指が接近してくることはあっても、はっきりと触れてくることは決してない。布の外端にほんの少し触れたと思ったら、もうその位置から指は遠のき、別の場所を愛撫する。
    (そんなにしても、面白いとは思えないけどね)
     声が出る瞬間は、ひょっとすれば来るだろう。
     触られてさえいれば、生理的な反応はあるので濡れもするかもしれない。
     だからといって、絵に描いたような派手な喘ぎで、いかにも淫らに狂った感じ方をするとでも思うのだろうか。
     こうも時間をたっぷりかけて、熱心に愛撫してくるからには、本人はそれを目指しているのではないかと思うが、そんなことになるものかとモスティマは考えていた。
    (馬鹿馬鹿しいね)
     付き合っていられない。
     だから付き合いたくないわけだが、いくら時間が経ったところで、モスティマの身体にかかったアーツは、時間経過によって解かれるわけではないらしい。よしんばそうだったとしても、その都度かけなおされて終わりのはずで、手足が自由になる機会はやって来ない。
     どうしたところで、嫌でもこのベッドに寝そべって、サルカズ女性の愛撫を受けているしかなさそうなのだ。
    (しょうがない。とにかく、マッサージでも受けていると思って、ゆっくりさせてもらうとしよう)
     モスティマはそのつもりになりきって、体を休めようと意識していた。
     せっかく、横になっているのだ。
     少なくとも、痛みを伴うことはされていないのだから、だったら今をリフレッシュの最中だとでも思えばいい。どこかのエステにやって来て、そのサービスを受けているのだ。
     動けないからそうしようという、それは合理的な割り切り方だった。
    
         *
    
     モスティマのアソコが濡れ始める。
     黒いショーツだからわかりにくいが、アソコの周囲を弄られ続け、ついには愛液の分泌が始まっていた。触れそうで触れてこない、さながら焦らし続けるようなタッチによって、膣の奥には熱が溜まって、うずうずとした期待感が蓄積していた。
     早くきちんと触って欲しい。
     モスティマの心とは裏腹に、肉体にはそのような反応が現れていた。
    (これは参ったな……)
     表情にこそ出さないが、感じ始めてしまったことで予感する。いずれ実際にアソコを触られた時、このサルカズ女性に調子付くきっかけを与えることになる。それはなかなかに面白くない展開だ。身体のどこかにスイッチでも付いていて、感度をオフにできたらいいが、そう都合よくコントロールなどできはしない。
     もう時間の問題だ。
     今はまだ気づいていないサルカズ女性は、やがてアソコを触る始める。そしてショーツを脱がせた上で、ワレメを直接確認してくるはずなのだ。
     モスティマは心の中で身構える。
    「わかるわよ?」
     その時、サルカズ女性は言う。
    「うん? 何がかな?」
    「あなたはもう濡れている」
     勝ち誇った顔で、言い当ててやったと言わんばかりに、サルカズ女性はモスティマを見下ろしていた。
     まず感じたのは、見抜かれていたことへの驚きと、それを指摘されてしまったことの恥ずかしさだった。
     だが、モスティマはすぐさまいつもの表情に立ち戻る。
     一体、何がそこまで誇らしいのか。
     生理的な反応を引き出すことで、何を大手柄でも立てたような顔をするのか。
    「はいはい。濡れた濡れた」
     モスティマはそう返す。
    「ふふん? あなたの態度がこれからだんだん変わり始める。まだ、これはほんのきっかけに過ぎないのよね」
     サルカズ女性はモスティマのブーツを脱がせ始める。
     そして、今になってショートパンツを下ろしていき、膝にかかっていたそれを完全な形で脱がせきる。下半身はショーツのみになったところで、そのショーツのゴムにも指を入れ、彼女はゆっくり、実にゆっくり、下ろし始めた。
     愛液が接着剤の役目を果たし、クロッチがアソコに粘着していた。
     下ろせば下ろすだけショーツの生地は裏返り、黒が裏地の白へと変わっていく。最後には完全に裏返しに、それまでアソコに付着していた布は、ぴんと引っ張られることにより、ようやく離れ始めていた。
     ワレメと布のあいだに粘っこい糸が引く。
     性器を見られ、しかも愛液まで確認されている恥ずかしさに、モスティマは薄らと赤らみつつあった。そんなモスティマの顔を見てか、サルカズ女性はくすりと笑い、嬉しそうにショーツを脱がせきる。
     剥き出しになったアソコへと、サルカズ女性の顔が迫った。
     一気に距離を詰められて、至近距離からの視姦が始まり、モスティマはますます羞恥を煽られ赤らみを広げていく。
    「やーっぱり、やらしーことになってるじゃない」
     サルカズ女性は嬉々としていた。
     嬉しくてたまらないものを見て、興奮に上擦った声を上げていた。
    「それはよかったね。ご満足?」
    「気取っちゃって。いつまで持つかしら? ふふっ」
     サルカズ女性は心の底から楽しみそうに、モスティマの身体に抱きついてくる。急な密着に引き攣っていると、その背中に回った腕に抱き起こされる。お次はジャケットを脱がせるらしく、袖があっさりと両手の向こうへ遠ざかり、シャツもたくし上げられていく。
     さらにはブラジャーのホックも外された。
     背中でぱちりと外れた瞬間、直ちに緩んだブラジャーのカップは、サルカズ女性の手によって取り去られる。乳房さえもが曝け出されて、あっという間に丸裸となってしまったモスティマは、恥じらいを抑えようと唇を引き締める。
    「さあ、次からは直接触るわよ?」
     サルカズ女性は改めて抱きついてきた。
     そのドレスの繊維が素肌に直接当たってきて、モスティマの胸に向かって彼女の乳房も当たって来る。乳房同士で潰し合い、モスティマの耳には頬が触れ、両手は改めて背中に回し直されている。
    「ねえ、モスティマ? あなたはどんな声で鳴くかしら?」
     ゆっくりと押し倒していく形で、再びベッドへ寝かされる。
     またしても仰向けになるモスティマの、その表情をサルカズ女性は真上から覗き込む。彼女の妖艶な顔立ちが視界を塞ぎ、垂れ下がってくる髪が影を成す。モスティマの表情を愛おしそうに眺めつつ、指先を乳首に触れさせてきた。
     その瞬間、今まで以上の痺れが走る。
    「んぅ…………」
     危うく、はっきりとした喘ぎ声さえ出そうであった。
    「あら? いいのよ? 遠慮無く鳴いて」
    「そう言われましてもねぇ?」
    「ふふっ、少し焦っているわね。このままじゃ、どこまで感じることなっちゃうか、だんだん不安になり始めているわ」
    「ご想像にお任せするよ」
     とは答えてみるものの、サルカズ女性の言葉は当たっていた。
     乳首に指が掠めてきた一瞬で、ビリっと弾けるような電気が流れたのだ。その甘い電流は神経を伝って胴まで流れ、腹に届いてくる勢いだった。これほどの快感があるというなら、しかも乳首でこれだというなら、敏感な膣やクリトリスに同じことをやられた時、自分は一体どうなってしまっているか。
     そのさすがの不安を表には出さずにいたつもりが、どうやらサルカズ女性は敏感に察していたらしい。
    「ほら、我慢しないと、声が出ちゃう」
    「…………っ」
     モスティマは歯を噛み締めていた。
     今度は両方の乳首を触られ、どちらも指につままれる。すりすりと、つまんだ状態で優しげな摩擦を与え、かと思えばデコピンのような方法で、ピンと弾いてくる刺激に、乳房の内側には電流が走り続けた。
    (ま、まずいね……思ったより…………)
     覚悟していた以上の快感に、モスティマは焦燥していた。
    「声、出してもいいのよ?」
     サディスティックな悪魔の笑みがそこにはあった。
     獲物を罠にかけてしまい、あとは思い通りになるのを待つだけの、勝者の持つ余裕の態度が滲み出ていた。
    「……気が向いたらね」
     そうは答えてみるが、既に声は出そうであった。
    「…………んっ、んぅ」
     かすかに、息が乱れる。
     乳輪をなぞったり、乳首に指を置いて押し込んだり、そんな刺激の数々が繰り返されればされるほど、走る痺れのピリっとした感覚に身体が反応する。
    「ほーら、我慢しなくたっていいのよ?」
    「んぅ…………んぅ…………」
    「だんだん可愛くなってきているわよ? リンゴみたいなほっぺたで、美味しそう」
     愛おしいものでも眺めるように、サルカズ女性はうっとりとした眼差しで顔を近づけ、そして頬をぺろりと舐める。
    「うっ……」
     急に舐められたことに引き攣った。
     モスティマの頬には、皮膚に唾液の通った光沢の筋が残されていた。
    「じゃあ、次はこっちを食べてみようかな」
     サルカズ女性は乳房を頬張る。
    「んぅ……んぅぅ…………」
     ますます声が乱れそうになってきた。
     身体に唾液を付けられていることへの嫌悪感に、モスティマは頬を固く強張らせているものの、吸い上げんばかりの刺激に肉体は反応している。
    「ちゅぱ……ちゅぱ……」
     と、吸い取る音が聞こえるたび、乳房全体に痺れが走る。
    「うっ……くっ………………」
     気持ち悪いはずなのに、やはり肉体は反応する。
     心では受け入れていない、思い返せば名前すら聞いていない相手によって、身体を吸われたり、唾液を付けられるなど、抵抗感しか湧いて来ない。それ相応の拒否反応が出てもいいはずが、それとは裏腹の快楽に体はビクっと弾みそうですらあった。
    「んぅ……んぁ…………」
     サルカズ女性はもう片方の乳首にも吸いついてくる。
     唾液濡れとなった片方の乳首には、先端に触れる大気がひんやりと感じられ、もう一方には吸われての刺激が走る。歯の当たり方も巧妙で、決して痛みを与えてこない、適度な加減でしきりに掠めてきているのだ。
    「あっ、んぅぅ…………」
     舌も当然のように使われている。
    「ちゅぅ……ちゅぅ…………」
     吸い上げる際には、唇の力を駆使して揉むようにされ、それもまた刺激となっている。
     モスティマの乳房はますます感度を上げていた。
    「ひぁ………………」
     余っている方の乳房に手が来ると、小さな声がとうとう上がる。
    「あらぁ? 今のは喘ぎ声かしら?」
    「べ、別に……んっ…………」
    「ふふっ、もう声を我慢しているのね?」
     サルカズ女性はさらに嬉しそうな顔をして、嬉々として乳房を吸い上げる。ちゅぱっ、ちゅぱっ、と吸引の音が続くにつれて、モスティマの表情は少しずつ変化していく。紅潮した頬で何かを我慢して、堪えんばかりにしている顔付きは、本人がどんな気持ちでいようと関係無く、確かな色気を醸し出していた。
    
    
    


     
     
     


  • 第1話 飛び立ち、空の罠

    目次 次の話

    
    
    
     彼女を一目見たその瞬間から、嬲り尽くしたい衝動に駆られていた。
     そのサルカズの女はレズビアンで、昔から同性に対して劣情を抱く気質にあった。それも色恋や愛情の繋がりというよりも、気に入った獲物をこの手で調教して、思いのままに喘がせてやりたい欲望の炎が燃え上がるのだ。
     普段はそんな素振りも見せずに振る舞って、自分が同性愛者であることも、わざわざ言い触らしてなどはいない。そう打ち明けることで同じレズビアンの仲間を寄せ集めるより、見つけた獲物を捕らえて辱めることこそが、彼女にとって楽しくてたまらないことなのだ。
     外面を装う仮面の裏には、猛獣が肉を求めて彷徨うような、剥き出しの牙からヨダレを垂らした本性を隠している。
     下手に本性を曝け出せば、同性愛を苦手とする女にたちまち避けられチャンスを損なう。むしろ、普段は同性にとって親しみ安い存在を演じつつ、その仮面の内側にこそ牙を隠し持つのが彼女のやり方だ。
     ただの友人を装い、言葉巧みに誘い出し、二人きりになったところを襲う手口で、過去に何人もの同性達を喘がせてきた。
     これまで、獲物に惹かれてきた理由は様々だ。
     顔が気に入った。声が気に入った。手が綺麗、唇が綺麗。何かに食指が動いた時、その相手を襲わずにはいられなくなる。一度生まれた衝動は、発散しない限り消えることはなく、だから彼女はあの手この手でターゲットと決めた相手に近づいて、必ずどこかに連れ込み調教する。
     一度は交友関係を作り上げ、遊びに誘い出すのが基本的な方法だ。
     そして、彼女は今回もそれをやろうと試みていた。
    
    「ねえ、あなた」
    
     狙いの獲物は青い髪のサンクタだ。
     角の黒いサンクタを初めて見かけ、一瞬サルカズと見間違えつつ、その横顔が視界に入るや否や胸を撃ち抜かれた。すぐにでも青い髪のサンクタを手に入れて、思うままに調教したくてたまらなくなっていた。
     胸の中に燃え上がるこの炎は、狂おしいまでに腹を熱して、この肉体を内側から焼き尽くしてしまいそうな、実に激しい衝動だった。
     初めてのことだ。
     同じような衝動は何度もあったが、それがここまで強烈で、今にも体の内側で発火でも始まりそうな感覚には、何よりも彼女自身が戸惑っていた。
     自分で困惑するほどに、あまりにも巨大な衝動は、今すぐにでも晴らさなければ、狂おしさのあまりに心がどうにかなってしまう。そうしなければ自分を保っていられない、切実な思いさえかけての接近に、彼女はかつてないほど心臓を高鳴らせる。
     これでは、まるで初恋の乙女だ。
     王子様に恋い焦がれ、愛おしくてたまらない時の乙女というのは、これほどまでに切ない気持ちでいるのだろう。そして、その恋する相手が目の前にいる時は、胸がどうにかなりそうなほどに心臓は激しく高鳴るのだ。
     彼女の中には、そんな熱があった。
     激しく高ぶる感情は、もはや勝手に起動してしまったエンジンだ。とっくに点火は済まされて、あとは推進力を放出しきる最後まで、決して止まることの出来ない衝動に、彼女は囚われているのであった。
     彼女はすぐに青い髪のサンクタを追いかけて、咄嗟に声をかけていた。
    「旅行者かしら? トランスポーターといったところ?」
     外からやって来た者への、基本的な声のかけ方はわかっている。
     案内任として町の中を紹介して、良い店を教えたり、危険と安全についての助言を与える役割には一定の需要がある。一見、治安が良さそうに見えて、何も知らない旅行者を狙った悪党の手口にはいとまがない。
     ギャングの徘徊の多さから、どの道を歩いてはいけないのか。どこなら旅行者に優しく、どの店なら旅行者からふんだくろうとしているか。情報を知り尽くした案内任によるガイドがあれば、ぼったくりや犯罪のリスクをかわしたルートを辿っていける。
    「そうだねぇ、外から手紙を届けに来たってところかな」
    「私は案内役場の仕事をやってるの。もしお決まりでなかったら、私に任せてみない?」
     最高なことに、彼女は正式な職務の立場に就いている。
     肩書きのおかげで余所者の信用を買い取ることは簡単で、そしてひとたび案内を任せてもらえれば、外向的な性格を駆使して距離を詰め、一気に好感度を勝ち取りながら、いつのまに友人のような存在として、狙った相手の心の中に君臨する。
     きっと、思ってもみないことだろう。
     旅行者やトランスポーターに安全を与えるための、案内役場の肩書きを持ちながら、その案内任こそが危険な牙を隠し持っているなど。
    「確かにありがたい話だね」
    「そうこなくっちゃ! さっそく話は決まったようね」
    「いいや、そうとも限らないかな?」
    (え……)
     内心で引き攣った。
     彼女は今まで、この時点で失敗したことがない。見栄えの良い服装と、真面目すぎずふざけすぎない髪型に、声色から表情の作り方まで計算して、丁寧に磨き上げた第一印象は、初対面の相手から信用を勝ち取る最高の武器である。
     磨くことを怠らず、懸命に身に着けた腕前で、過去何人の女を落としてきたか。
    「この町は初めてじゃなくってね。だから、一人で十分っていうわけさ」
    「そうなの? 残念ね」
    「申し訳ないけど、そろそろ行かせてもらうよ。急ぎ旅というほどでもないけど、仕事を早く片付ければ、少しは遊んでいられるからね」
     そう言い残し、青い髪にサンクタは行ってしまう。
    「あ……」
     待って欲しいような気持ちに駆られ、思わず手を伸ばしそうな自分がいた。
     だが、そうすることに意味はない。
     ジャケットの背中を見送りながら、彼女は最後の最後まで、プロの意地で営業スマイルは保ってみせたが、心の中は荒れ果てていた。
    
     なんで!?
    
     ありえなかった。
     失敗したことが――いいや、違う。
     きっかけを作り、心の距離を詰めていき、友人のような立場を勝ち取る。その初手で躓いたことに対しても、確かにありえないと思う気持ちはある。
     だが、そうじゃない。
     一番ありえないことは、あの最高の獲物をみすみす取り逃がすということだ。
    
     だいたい、初めてじゃないって何!?
    
     彼女は憤っていた。
     あんなにも人の衝動を煽るような、素晴らしい獲物が一度はこの町に来ているのに、その時は見かけもせず、存在を知ることすらなかったのだ。そんな途方もない損失を知らず知らずにしていたことも、まさにありえないことの一つである。
    (いいわ。取り返してやるわ)
     まだ、ここで終わったわけではない。
     初手で挫いても、偶然を装いながら、またどこかで会えばいい。青い髪のサンクタに近づくための手口など、まだまだ他にいくらでも思いつく。
    
     待ってなさい?
     必ず……。
    
     彼女はその背中が見えなくなる最後まで、サンクタを見送っていた。
     何故だか角の黒い、しかし惹かれるものを持つサンクタへの、親しみを込めた営業上の笑顔の裏には、ドス黒いものを隠していた。
    
     絶対、調教してあげるわ!
    
     彼女はもう完全に、獲物として見做していた。
     必ずや食らいつき、味わい尽くさなければ気が済まない。そうしなければ生きていけないほどの、あまりにも強い衝動を彼女は抱えているのであった。
    
         *
    
     天災トランスポーターの役目を果たし、無事に一通の手紙を届ける。
     早々のうちに仕事を終えたモスティマは、あとは目論見通りに町の中を見て回り、出店で美味しいものでも食べてみようと考えていた。
     初めてではない町なので、既に知っている店もいくつかある。
     最初に来た時には、まだ食べていなかったものを探して商店街を練り歩き、漂う香りを鼻孔に吸い上げる。客の前で肉を焼いてみせる店主の店に目を向けて、そのジュージューと油の弾ける音に耳を傾ける。
     気晴らしの時間を満喫しているうちに、これはと思うものを見つけて金を払い、その味を楽しんでいた。
     そして、出店をひとしきり回った後、モスティマは飛行装置のレンタルに目をつけて、便利に移動を済ませようと考え始めた。
     飛行装置は貴重なものだ。
     源石によって移動を行う航空機は、空を飛ぶという性質上、地上に危険なルートがあっても無視できる。その代わり、天候に左右されるなどの問題は生じるが、嵐の中での移動が困難なのは、徒歩でも車でも変わらない。
     この町ではそんな飛行装置のレンタルが行われている。
     移動都市同士で契約関係にあるらしく、だから移動可能なルートには制限がある。持ち逃げを目論んで、範囲エリア外に出ようとすれば、自動的に発進場所まで戻り始める上に、犯人が逃げられないようにドアにロックがかかる仕組みらしい。
     要するに、駅の決まった鉄道やバスのような使い方が基本となる。
     指定エリア内を自由気ままに飛び回ってみるのに使っても構いはせず、そういう道楽もあり得るものの、モスティマとしてはちょうどよく次の移動都市へ移ろうと考えていた。徒歩での移動も当然のように可能だが、途中にある地形を考えると、どちらの方が楽かは言うまでもない。
     そこで商店街を離れていき、この移動都市の出入り口付近にある施設へ向かう。
     レンタルの手続きをしようと建物に入ろうとして、その時だった。
     急にまた、通りがかりの女に声をかけられた。
    「あら、あなた」
     聞き覚えのある声だった。
     町に入ったばかりの時も、歩き出して数分のうちに、早速のように声をかけられたので覚えている。
     案内役場に勤めるというサルカズ女性であった。
    「おや、また会ったみたいだね」
     モスティマが目で微笑む。
     このサルカズの女性は、実に妖艶な美女である。長身でスタイルが良く、大きなバストとくびれた腰で、美しい曲線が成されている。上質な繊維で仕立てた紫色のドレスは、まるで貴族や貴婦人のパーティーに出席する衣装のようだが、外面を重視した仕事の場合、この町では高級な服装が普通化しているようなのだ。
     サルカズとラテラーノには長きにわたる確執があるとはいえ、彼女はそんなことをまるで気にせず、ただ純粋に、個人的に声をかけてきているのだろう。
    「飛行装置を使うのね」
    「まあね。届けるものは届けたし、見て回りたい場所も一通り回ったからね」
    「そして、もう出発を考えているってわけね?」
    「ま、そういうことさ」
    「だったら、今度こそ私が案内しましょうか?」
    「君が?」
    「案内役場の勤め人が一緒の方が、手続きはスムーズになるわよ? 飛行装置ってほら、ハッキングでシステムを破って盗難しようとする人もいるから、そうなるとビジネスどころか大損でしょ?」
    「そりゃ、損失額なんて考えたくもなくなるだろうね」
    「で、ある程度の審査があるわけだけど、案内役場の私なら、人格に問題無しってお墨付きをつけやすいのよ。案内時に一緒に行動することが多いから」
    「もし、君を頼らずに手続きをしたら?」
    「もちろん、身分や支払いが確かなら通るけど、審査には半日以上かかるわね」
    「さて、別に急いではいないけど、どうしたものかな」
     モスティマは少し考え込む。
     元々、その審査にかかる時間も含めて確かめに来ていたので、ここで答えがわかってしまったのは儲けものだ。半日以上かかるというなら、そのつもりで予定を組んで、出発日を決めるまでの話だ。
     ただ、物事がスムーズにいくのなら、その方が良いといえばよい。
    「ねえ、私も仕事で点数を稼げるから、お互いの得になるのよ」
     と、サルカズ女性は自分にも利益があることを主張する。
    「なるほどねぇ」
     モスティマは特に彼女を疑っていない。
     案内役場の正式な肩書きを持つ相手なら、トラブルの確率は低いだろうと、そう漠然と考えていた。ただ皆無だとも思っていないので、サルカズという種族はともかくとしても、見知らぬ他人に対する品定めの気持ちは少なからずあるのであった。
     こうして親切な顔をして近づいて来た者が、実は何かを企んでいる。
     そういった話はよくあるもので、長年トランスポーターを続けていれば、過去には何度か勉強になってしまったこともある。
     なので少々考え込み、迷いで決めかねていたわけだが。
    (ま、別にいいかな)
     なまじ、危険な地域での空気感を体験して、リスクに対する嗅覚を養ってきた経験がある。その経験則から、この町で何かに巻き込まれる確率は低いと感じて、だからモスティマは油断していた。
     言い方を変えるなら、治安の良さという香りによって、かえって嗅ぎ分けにくい環境になっているとも言う。
     町そのものは本当に安全なのだ。
     無論、犯罪がゼロの都市などどこにもなく、安全性はただ高いに過ぎないが、治安整備によってギャング達の肩身が狭い。その追い打ちのようにして、案内役場の者に旅行者の安全を保障させ、危険をゼロに近づけている。
     その安全性が生み出す空気感は、モスティマも大いに感じ取っていた。
     だからこそ、不意に現れる悪意に気をつけようとは思っていても、町全体に空気に紛れてリスクの気配が嗅ぎ分けにくい。モスティマは比較的に勘の良い部類であるが、ならば騙し欺く側もプロであったなら、果たして目論見を見抜ききれるか。
     騙すプロ、見抜くプロがぶつかり合ったとして、どちらが勝ってもおかしくないのだ。
    「うん、決めたよ。今度は頼らせて頂くよ」
     モスティマはそう決めた。
     そして、彼女がいかに内心ではほくそ笑み、口角を醜く吊り上げていたとしても、モスティマにはそれを見抜けない。巧妙に作り込まれた物理的な表情は、優しく親しみやすいオーラばかりを放出して、内面に隠れた邪悪をいくらでも覆い隠していた。
    「嬉しいわ。さ、こっちよ?」
     その笑顔はまさしく、自分が人の役に立てて嬉しいものにしか見えなかった。
    「ご厚意に甘えさせて頂くよ」
     モスティマはサルカズ女性の案内に着いていき、建物の中へと進んでいく。
     清潔な廊下を歩き、サルカズ女性を伴っての受付は、確かに彼女自身が言っていたように、ものの数十分という早さで済んでしまった。
    「これはたまげた。今すぐにでも出発できてしまうってわけだ」
     と、モスティマは関心しきっていた。
    
         *
    
     飛行装置の手続きを済ませ、せっかくなので早いうちからモスティマはそれに乗り込む。操作パネルのボタンを押し、目的地に向けて発進させると、あとは自動運転に任せてのんびり過ごすことにした。
    「そうだ。中の設備でも拝見させてもらおうかな」
     モスティマは席を立ち、航内を散策する。
     個人の移動にさほど大きな飛行装置である必要はないのだが、たまたま空きがあったのがこれらしく、集団を想定した収容人数なので、一人で乗ると随分広い。就寝用の部屋も並んでおり、トイレやキッチンなどの生活空間も見受けられ、快適に過ごせる作りである。
     それから、モスティマは窓辺に行き、地上を見下ろす。
     時速数十キロといった速度であるものの、この高さから眺める地上は、景色が随分とゆっくり動いて見える。この飛行装置の増したにある岩山の連なりは、あいだあいだに人の通れる道のりこそあるものの、迷路のような微妙な入り組みがある。
     地図もあるので迷いはしないが、道のりを真っ直ぐに行くことができずに、やたらに右折左折を繰り返し、ジグザグに移動してようやく突破となる地形である。そんなところを通っていけば、地上ルートでかかる時間は計りきれず、逆に空中から直線コースを辿ってしまえば、その時間短縮もまた計り知れない。
     モスティマはしばし景色を眺めていた。
     だが、それも数分もすれば飽きてきて、他に暇つぶしを求めて部屋を目指す。自室の荷物に本などが入っているので、時間は十分に潰せるはずだった。
     窓の並んだ廊下を突き進む。
     のんびりと、何を読もうか考えながら、機嫌良く歩いていたモスティマの足取りは、しかし不意に停止していた。
    「あれ?」
     立ち止まり、モスティマは頭を手で押さえていた。
     急に頭がくらっとしたのだ。
     てっきり、立ちくらみかと思い、モスティマは落ち着いて呼吸をする。どうして急に足元がふらついて、倒れそうな気分になったのか。歩行時の足がふらっと狂い、転びそうな予感はしたものの踏み止まる。
     窓際の壁に手を当てて、寄りかかり気味になりながら、モスティマは頭の揺らめきが収まるのを待っていた。
    「おかしいね。一体、どうしちゃったのやら」
     少なくとも、寝不足にはなっていない。
     トランスポーターの仕事で手紙を届け、そのついでに行った宿泊で、十分すぎるほどに眠ったはずだ。それでも長い移動疲れが残っていて、それが体調に現れたのか。脳に見えない何かが渦巻いて、頭をかき混ぜてくるような、妙にゆらゆらとする時間が続く。
     少し耐えれば引いていくと思ったが、その様子もなく視界まで霞み始めた。
    「これは……よくないね……」
     こんなところで眠る気はない。
     休むならベッドでと、モスティマは眩暈に耐えながら歩き出し、一歩進もうとするのだが、前に踏み出した瞬間だった。
    「え……!」
     さすがに驚いていた。
     歩こうとしたはずが、モスティマは片膝を突いていた、急に力が抜けて、立つこともできずにモスティマは座り込んでしまっていた。
    「これは……いや、おかしいね…………」
     おそらく、体調不良などではない。
     もっと別の理由で力が入らなくなっている。座ってしまったモスティマは、立ち上がろうと足腰に力を入れようとはしているが、どうしても足が立たない。それどころか真っ直ぐに姿勢を保つことさえ辛く、壁に肩を寄りかける始末であった。
     いくらなんでも、ここまで疲れてはいない。
     多少のことなら、自覚がなくても疲労が溜まっていたのだろうと思うわけだが、ここまでくるとその度合いを超している。
     どこかで、何かの薬でも飲まされたか、さもなくば――。
    
     ――アーツだ。
    
     アーツにせよ、薬にせよ、こんなことをする以上、モスティマを狙う誰かが密かに乗り込んできているはずだ。どこに隠れているかはわからないが、モスティマが弱ったところを狙い、何かを仕掛けてくるのだろう。
     モスティマのアーツユニットは、杖は部屋に置いてある。
     手元にはない武器を思い、自衛のことを考えながら、モスティマは改めて立ち上がろうとした。壁に手の平を当て、壁伝いに這い上がるようにして、腕の力まで使って立とうとするが、腰を少し浮かせたところで筋力が限界を迎えていた。
     改めて確信する。
     やはり、これはアーツだ。
     脱力に逆らって、意地でも立とうとしたところに、そうはさせないかのように、より一層のこと力が抜けた。狙い済ましたように眩暈は強まり、景色が霞むあまりにぐるぐると回転まで始めたのだ。
     アーツによって、何かの術をかけられている。
     一体、何者か。
     どこの誰であるにせよ、このままでは危険なはずだ。モスティマの動きに合わせて術を強めてきたのなら、つまりモスティマの様子をどこからか窺っている。それが例えば、カメラで遠方の様子を見ながら、超長距離にかけられる射程の長い術ならともかくだ。
     そうでもなければ、モスティマのことを視認可能などこかにいる。
     それこそ、たった今、もう真後ろにいるかもしれない。
    
    「あら、大丈夫かしら?」
    
     その予感を裏付けるような声を聞き、モスティマは戦慄の汗を噴き出した。
    「……や、やあ。まさか、こんなところでまで会うとは予想外だよ」
     まさか、本当に背後に立っているとは思わなかったが、聞こえて来たその声は、町でモスティマに近づいて来たあのサルカズ女性のものに間違いない。
    「ねえ、立てる?」
     口先では体調を気遣う言葉を選んでいるが、その口調はあまりにもサディスティックだ。人を虐めるのが大好きでたまらずに、何かを見下しながら発する意地悪な女王様の、加虐嗜好に満ちたサディストの声だった。
     同一人物の声だとはわかっていても、その豹変ぶりはまるで別人だった。
    「個人的な恨みは買っていないと思うんだけど、サルカズとラテラーノ人だから、だったりするのかな?」
     余裕を気取った軽口で、取り繕った笑顔は浮かべてみせているものの、内心では気が気でない。こうも隙だらけの状態で、まともに立てもしないまま、後ろに敵が立っているのだ。これをピンチと言わなければ、周りを手練れに囲まれることもピンチのうちには入らない。
    「何の話かしら? 種族の確執が今ここで関係あるのかしら?」
    「いやぁ、とりあえず思いつきはするでしょ。そういう理由じゃないかって」
    「傷つくわね。私はそもそも、同乗者の体調が悪そうだから、心配をしているだけなのよ?」
     あまりにもわざとらしい、初めから言い訳をする気もサラサラない、人を煽っているだけの台詞である。
     同乗者などいない予定の船内に他人がいれば、それは立派な不審人物だ。
    「だったら、術を解いてくれると嬉しいんだけど」
    「へえ、私のアーツのせいなのぉ? 私には、あなたが一人で勝手にフラついているようにしか見えないけどぉ?」
    「だとしたら、体調不良の看病でもしてもらえるのかな? 同乗者さん」
    「そうね。私がきちんと看てあげるから、私に任せておきなさい」
     かつっ、かつっ、と、靴の裏側が床を叩いての音が響くと、サルカズ女性の纏う紫色のドレスの丈が、モスティマの視界に入り込む。まさに見覚えのあるドレスの生地を見て、モスティマは我ながら呆れていた。
     手が差し伸べられた。
     そのすっと現れる手に合わせ、ぼやけきった視界が元の焦点を取り戻し、目の前にある綺麗な指先がはっきり映る。
    「ま、今は大人しく看病されておこうかな」
     モスティマはそんなサルカズ女性の手に、自分自身の手を置いた。
     相手の目的はわからない。
     一つ確かなのは、モスティマがしくじったということだ。町で初めて声をかけられた瞬間から、きっと既に狙われていた。親切そうな笑顔の中に、こんなにも意地の悪い悪魔のような顔を隠して、その本性を今になって曝け出したのだ。
     危険を見抜き、回避できなかったのはおろか、アーツユニットが手元になく、術に対処することすらできない。
     今はサルカズ女性の言うことを聞き、その要求を聞いてみるしかなさそうだった。