プロローグ

 

「用件は他でもない」

 早朝の教室だった。
 まだ一人の生徒も登校していない、あまりにも早い時間に窓際へ向かって立ち、快晴を見上げて朝日を浴びる少女がいた。
 周防有希。
 私立征征嶺せいれい園高等部の一年生にして、生徒会広報部に所属している。
 そんな有希が朝早くに教室を訪れたのは、人には聞かれたくない話をするためだ。ただそれにしても、必要以上に神妙な面持ちで、何かを気取った風に窓を見つめて、その背後に有希はもう一人の少女を立たせている。カメラが回っているわけでもないのに、彼女なりに絵作りの意識をしているのが明らかな立ち振る舞いで、腰の後ろに手を組んでおくような、気取った仕草までしているのだ。
 有希の背後には、無表情の女の子が控えていた。
 君嶋綾乃という名の従者である。
 ちょうど有希が陽射しを浴びる事により、床へと伸びた影が綾乃へかかって、その無表情な面持ちが陰りを帯びていた。
「とんでもない事態になった。我々には使命が課されたのだよ。必ずやホシを追い詰め、首を持ち帰らねばならんという使命がな」
 目を瞑り、振り向くことなく、有希は背後に向かって告げる。
「そして綾乃、こういう時はこう言うんだ。どう始末なさいますか? と」
「はい、どう始末なさいますか?」
「構わん、消せ」
 有希はポケットからスマートフォンを取り出して、一枚の写真を表示していた。
「承知致しました」
 そこに写る少年に目を留めて、消せという命令を綾乃は了承してみせる。
 その時だった。

 パチ、パチ、パチ、パチ、

 と、何者かが手を打ち鳴らす音が聞こえ、有希は初めて肩越しに振り向いて、綾乃もまた教室の戸に目をやった。
 件の少年がそこにいた。
 有希のスマートフォンに表示されたターゲット、消せという命令の対象、その張本人が余裕を気取り、大仰に両手を広げた仕草によって、太陽のように明るい満面の笑みを浮かべていた。

「へえ? 女の子二人で僕の話かい? これは光栄だなぁ!」

 その登場に有希は眼差しを冷たく細める。
「あら、朝がお早いのですね」
「あれぇ? 切り替えが早いねぇ? まあ、あるよね? 身内同士限定のノリって。僕も外と身内じゃ、結構キャラが違うタイプなんだよねぇ」
「そうですのね。それで、わたくしたちに何のご用でしょう」
有希は目の前の少年を一切信用していない。
 相手は敵だ。
(周防家の機密を盗み出したスパイがごとく――『敵』)
 大きな企業、大きな家、力を持つ所には往々にして黒い話が隠れている。表沙汰になってはならない暗い話を抱えるのは、周防家当主である周防巌清げんせいも例外ではなく、つい最近になって流出してはならないネタを盗み出されたという。
 驚いた事に、その犯人は征嶺せいれい学園の生徒だそうで、祖父である巖清から、有希へと命令が下された。
 この問題を解決せよ、手段は問わない。
 ただし、体を駆使する場合は貞操を守るように、などという要らぬ決まりを添えながら――。
 そもそも、誰が体を使って迫るものかと思った有希は、すぐにこの任務について綾乃を呼び出し、彼女と協力して二人で解決の道を探ろうと考えていた。つまり周防家への不利益が発生しなければ良いのだから、盗まれたデータを返してもらう以外にも、何らかの手段で強烈な脅しをかけたり、弱みを握り返して相互不干渉の約束を取り付けるなど、やり方はいくつかある。
 そのどれなら実現できるか。
 いざ作戦会議という所に、盗み出した犯人その人たる少年は現れたのだ。
「読んでたんだよねー。犯人が学園の生徒なら、あそこの当主は孫娘に命令を下すんじゃないかって。そしたら、どうも読み通りって雰囲気だから、気になって声をかけに来ちゃった」
「そうでしたか。では単調直入に尋ねます。わたくしとどのような取引をお望みですか?」
「取引?」
「あなたはご自身の握ったネタを何かに利用できるとお考えのはずです」
「そうだねぇ? それはそうなんだけど、実は大層なことは何も考えてないんだよね。金を寄越せとか、ウチにとって有利な契約をしろ、みたいな企業の話とか、そういう目論見はなーんもなくてさ」
 少年はヘラヘラとそう語る。
「でしたら、特に大層ではない目論見は何でしょう」
「簡単だよ。君達、二人とも可愛いよね?」
 その瞬間、それでなくとも冷たい眼差しを浮かべた有希は、さらに目つきを薄めて少年を軽蔑する。綾乃の目にも見下げたものへの冷ややかなものが浮かんでいた。
「そうそう言いなりになるとお思いですか?」
 拒む姿勢を見せるなり、少年は面白おかしくてたまらないような顔をして、急にポケットに手を突っ込みスマートフォンを取り出すなり、随分と得意げにその表示内容を突きつけてきた。
「いやぁ、凄いねぇ? これさ、君達の学園生活に関わると思うんだけど、どうする?」
 二人して戦慄した。
 少年が握っているものは、周防家への打撃はもちろん、有希の学校生活にも支障をきたしかねない、本当に最悪なネタなのだった。
 生殺与奪を握られた事実を、有希は突きつけられたのだ。
 これでは下手に動けない。
「何がお望みですか?」
 有希は目つきを険しくした。
「そうだねぇ? パンツ見せてよ」
「……は?」
 険しい眼差しのままに、しかし有希は少し頓狂な声を上げていた。
「だから言ったじゃん? 大層な目論見なんかないって。今回のところは、二人で一斉にスカートをたくし上げ、パンツを見せて欲しいんだよね」
「……そうですか。それはまた、本当に大した目的ですね。正直、驚きました」
 有希はチラリと自身のスカートを見下ろして、手を伸ばしかけてはみるものの、一気に溢れる抵抗感で腕が引っ込み動けない。だが相変わらずスマートフォンに『それ』を表示したまま勝ち誇り、人の下着を楽しみに待ち侘びている少年の、絶対的な優位を思うと、ここで逆らうのはまずいと有希は判断していた。
 二つの拳でスカートの丈を握った。
 握っただけで胸中に恥辱が吹き荒れる。
 綾乃が隣に立ち並び、同じく丈を握って準備に入るが、その横顔から滲み出る感情は、有希と似たようなものであろう。
 丈を握ったなら、あとは持ち上げるのみだ。
 しかし抵抗感を抱く二人は、布を捲るだけの簡単な作業が出来ずに、ぐっと腕を硬くしていた。
「楽しみだなぁ?」
 顔と声音で煽ってくる。
 こんな男に今から下着を見せるのかと、屈辱の念が濁流のように激しくなり、有希は唇さえ噛み締めていた。綾乃は無念で目を瞑り、目尻や眉間を硬くしていた。
 ゆっくりと持ち上げる。
 眉間に皺を刻んだ顔で、太ももの見える範囲を広げれば広げるほどに、それに応じて頬を赤らめていきながら、有希と綾乃の二人はショーツを曝け出していく。
 三角形の先端を徐々に見せつけ、露出面積を少しずつ広げていく焦らしの仕草は、無論意図したサービスなどではない。躊躇いで、抵抗感で、腕の動きがどうしても硬い結果が、だんだんと捲り上げ、最後にはしっかりと公開するたくし上げなのだった。

 二人して白だった。

 有希の場合は両サイドに銀のリボンを飾り付け、光沢ある糸の刺繍で柄が輝く薔薇入りのショーツである。
 綾乃の場合は、白をベースに黒いフロントリボンを飾り、刺繍の糸にも黒を使ったゴシック寄りの、同じく薔薇の花びらを刻んだデザインだ。
「へーえ? いいじゃん?」
 少年は嬉しそうにしゃがみ込み、まずは有希とばかりにぐっと顔を近づける。
「うっ……」
 その至近距離からの視姦に有希は赤らむ。熱でも照射されているような、ショーツの内側の皮膚がじりじりと焦がされていく感覚に、ますます顔を歪めていると、今度は隣の綾乃へ移って、そちらのショーツも至近距離からじっくりと観察する。
 見られ放題。
 こんな言う事を聞かされて逆らえない悔しさに、たくし上げるために使った拳を有希は震わせ、綾乃も無念で唇を丸め込み、目の前の少年へと恨めしそうな眼差しを送っていた。
 その時だった。
「顔は撮らないから安心してねー?」
 スマートフォンがショーツへ向けられ、撮影の音声が鳴らされていた。
 綾乃の下着が、撮られていた。
「しゃ、写真なんて……」
 唖然とする有希の前へ移ってくるなり、そのショーツにもスマートフォンを近づける。カメラレンズが下着に迫り、あとはボタンを押すだけの、まるで銃を向けられ身動きが取れないような緊張が走った時――。
 そして音は鳴らされた。
 撮影音によって、自分の下着がそのスマートフォンに収まった事が伝わり、表情を赤く歪める有希へ向かって、少年は写真を見せつけてきた。
 突きつけられたスマートフォンを眼前に、有希はそれから顔を背けた。
 くっきりと、ショーツは写っていた。
 下着だけをアップにして、確かに顔の入り込む余地のない撮り方の、その代わり繊維を細かく観察可能な、画質の良い写真となって、有希のショーツは画面の中に収まっていた。
 続けて綾乃にも見せつけるため、先ほどの写真へ切り替え隣へ移り、顔へぐっと近づけ突きつける。その写真に綾乃は顔から火が噴き出し、恥ずかしさで瞬時に俯いてしまっていた。
 そして二人の写真を握った少年は、有希と綾乃の間を悠々と通り抜け……。
 がしっと、後ろから尻を握った。
 二人の肩が同時にピクっと蠢いて、少年の手の平は柔らかな尻たぶを掴んでいる。始めはスカート越しに揉んでは撫で回し、やがて内側に手の平を潜らせショーツを掴み、下着の繊維と柔肉を味わう指遣いに、有希は悔しげに歯を食い縛り、綾乃は無念そうに俯いていた。
 べったりと張り付く手の平の、這い回ってくる感触と、指に強弱がつく揉みしだきの感覚を、二人はそのまま向こう数分、味わう羽目になるのだった。