第3話 データ収集

 指の出入りはスムーズになっている。
 増すばかりの汁気によって、もはや摩擦に引っかかることはなく、実に軽やかに滑っている。潤滑油の層が厚みを持ち、滑りを良いものにしていく分、ホタルは刺激を感じていた。
(だめっ、気持ち良くさせられて……)
 好きで感じている快楽ではない。
 身動きが取れず、それを良いことに挿入された指での快感など、ホタルにとって屈辱に他ならない。気持ちいいことの悔しさに歯を噛み締め、そんな顎の力で頬を硬く震わせていた。
「くっ……」
「おや、何か不満そうなお顔ですね? いえ、こちらからは顔は見えないのですがね」
「……だろうね」
 確かに見えないはずだ。
 お尻の向こう側に立っていて、男が見ている景色はお尻に太もも、肛門にアソコ、いやらしいものの詰め合わせだ。
「ですがまあ、なんとなく感じましたよ? あなたの何か不服でいらっしゃる感じ。どうやら、私ごときの指など、お気に召さないといったところでしょうか」
 指が抜かれていた。
 指による愛撫は、ここで終了したのだろうか。
「こんな形で、こんな風にされて、悦ぶ人がいると思ったの?」
 お気に召す可能性などあるはずもない。
「そうは言いますがね? 体は正直と言いますか、お汁はたっぷりと出ていますよね? 指で弄っているあいだ、今にもくちゅくちゅと音が鳴りそうでしたし、それに今、指とアソコのあいだには糸だって引いているんですよ?」
「そんなの知らないから」
「せっかくです。見せてあげましょう。ほら、あちらの画面を見て下さいよ。今から表示しますから」
「別に頼んでない」
 わざわざ、見たくもない。
 なのに自然と気になって、引力に釣られたように視線は動き、ホタルは一台のモニターに目を向けてしまっていた。
「やっ……!」
 そこには確かに写っていた。
 周囲にある三脚台のカメラ、天井から伸びるイソギンチャクの触手、そのいずれかのレンズが映した光景が、ホタル自身へと突きつけられた。
 男が述べた通りの光景だった。
 そのカメラアングルを例えるなら、男の隣にもう一人の男がいて、横から人の愛撫を覗き見た場合のようである。ホタルの下半身が丸々と、そして膣から指を抜いた直後である手の甲が写っている。
 画像が拡大された。
 見るべきポイントを伝えるべくして、指先とアソコのあいだに糸が垂れ下がっている。愛液によって形成された透明な糸は、下垂したアーチとなって、下へ下へと徐々に向かっているのであった。
「おわかりですか? あなたはそれなりに悦んだのです」
「悦んでない!」
「ムキになったところで、いいことはありませんよ? どうせ調教が行われ、感じやすく、イキやすい体に仕立て上げられる運命にあるというのに、怒ったりしても疲れるだけです。気持ち良くなりましょう? 素直に感じて、性的な快楽を嗜めばいいではありませんか」
「そんな人攫いの都合なんて……」
「まあ? そういった精神的な態度はご自由ですが、いずれにせよ次は二本の指で快楽を感じて頂きます」
 肉貝に指が置かれ直した。
 最初と同じく、二本を束ねたものが膣口へ押し入って、その幅の広さによって穴の直径を押し広げる。収まれば収まるだけ、下腹部の中身が膨らんでいく感覚に、いいように扱われる屈辱に苦悶していた。
「おやおや、痛みを感じられていますか? いえ痛くはないのでしょうが、まだきついようですね。ふーむ、これだけほぐせば、もしや気持ち良くなれるかと思いましたが、まあいいでしょう。本来の目的は、今のところ快楽ではありませんから」
 負け惜しみを……と、思いきや、指が抜かれた直後に、男は視界の端で入力作業を行っていた。ホログラム上のキーボードに指を踊らせ、おそらくは二本を挿入した直後の感触について、何やらモニターに文章を走らせている。
(なんの記録だっていうの……?)
 疑問に思い、直後にホタルは顔を顰めた。
(どこまで気持ち悪いの?)
 穴に指を入れた直後に記入する記録なら、膣壁に触れた感触や、締まり具合など、指で読み取れる限りの情報に違いない。見たところモニターには、かなりの長い文章がすらすらと書かれているが、彼はそうまでして人の膣口を詳しく解説しているのだ。
 商人を名乗る男が手がける膣口についての文章は、もしや商品紹介のためではないか。すると顧客は紹介用の文を読み、人のアソコについて想像を巡らせることになるのだろう。
(嫌……)
 嫌悪感が膨らんだ。
 この男の饒舌さも、記録を取る行為も何もかも、不快感や拒否感を煽るものばかりだ。
「ではお次は何をすると思います? もう予想がついているのではありませんか? ええ、そうです。きっと、あなたの想像は正解です」
「……ふん」
「そう、肛門ですよ? 肛門、お尻の穴」
「そんなところにまで、指を入れるつもりなの?」
「お気遣い頂かずとも、私はこれが仕事ですから、何も問題はありません。これまで幾人もの女性の肛門に、繰り返し繰り返し、指を入れて来た身ですから」
(誰があなたのことなんて……)
 汚い場所に触るのは抵抗があるのでは、などという心配は誰もしていない。
 そんな場所まで触られると思っただけで、身の毛がよだつ思いをしているだけだ。
「さて衛生のため、ビニール手袋を嵌めまして、きちんとジェルも散布した上で挿入します。なにせ、そこは出す場所であって、物を入れる場所ではありません。本来、物が入るのは、その下の方なのですからね、はははっ」
 冗談めかしたつもりだろうか。
(ちっとも面白くない)
 後ろ側へと消える男の、道具を準備している気配が耳に伝わる。ビニールの擦れる音、どこからか用具を取り出す引き出しか何かの開閉の音が聞こえてくる。
 そして、肛門に指は触れてきた。
 二本束ねの指先が皺の窄まりに押し当てられ、皮膚を軽く押し潰す。穴への挿入が目的なのに、軽い力がかかって終わるはずもなく、男はさらに力をかけてきた。
 突き刺すために、強く強く、すると進行の力に合わせて穴は広がり、ホタルの肛門は男の指を飲み始める。表面にジェルがまぶされていることもあり、摩擦による抵抗感は取り払われ、つるりと潜り込もうとする作用が働いていた。
 ジェルがあろうと、苦しいものは苦しかった。
「うっぐ……」
 指の二本分に合わせて幅が広がり、さらに根元まで収まった時、ホタルは痛みを感じていた。まるで皮膚の伸びる限界を無視して、それ以上の拡張によって裂けようとするような、もしや皺の狭間で血でも滲むのではないかと思う痛みに、ホタルは目尻に涙を浮かべつつあった。
「いやぁ、興奮します。いえ、ここから顔は見えませんがね、私には何となく、気配でわかるんです。嬉しい顔、嫌がる顔、表情を直接見なくとも、後ろ姿とかで、何となく――それで、今のあなたの少しだけ泣きそうになっている痛みの顔、実はとっても私の好みで、本当はもう少しだけ、痛みを伴う方法で意地悪をしてみたかったりもするんですよね」
 あえて意識などしていない。
 だが、収まった指を締め出したい、体の自動的な反応が働いていた。暑ければ汗をかくのが当然であるように、肛門への侵入者を外へ押し出そうとする力が籠もり、ホタルの尻は指の追放を試みていた。
「おっと、肛門に嫌われている。力を抜いていったらどうなるでしょうねぇ? ああ、押し出される。指がぎゅうぎゅう締め付けられて、そのまま押し出されていきますよ。なるほど、確かにここは、入れる穴ではなく、出す穴ですから、こうやって追い出す力を働かせるのは、肛門括約筋の得意分野ですよねぇ」
(嫌な言い方……)
 排便を思わせる言い方も、きっと人を煽るためにわざとなのだろう。
「さぁて? 追い出されてしまったところで、次は別のことを始めましょうか。お客様は必ず、自分の買う商品のデータを気になされます。食べ物にしても、機械にしても、人間にしても、品質を知りたがる者は知りたがるのです」
 その時、またしてもホタルの穴には、何かの先端が触れてきていた。
 指ではない。
 男の手は確かに離れ、それどころか体でさえも、ホタルから距離を置いている。視界の端にギリギリで捉えた彼の背中は、機材の操作を行っていた。
 人間の手ではない、何らかの器具の先端が触れている。
 それも、アソコと肛門の両方だ。
「ぐぅ……!」
 ホタルは痛みと苦しさに歯を食い縛った。
「経膣プローブに肛門用のプローブです。通常は医療器具なのですが、ここでは医療の意図はありません。あなたの膣は、あなたの肛門は、どのような品質をしているのか。それを調べるための測定が行われているのです」
 肩越しに振り向けば、まるで触手を伸ばして来たように、一台のマシンがプローブを押し込んでいた。内部に骨格を組み込んだホースが触手となり、カーブなどの形状を自由自在に、その先端をプローブとしたものがしだいしだいに、どちらの穴にも埋まっている。
「うっ、ぐぅ……」
 どちらも、二本の指を束ねたよりも太かった。
 穴を無理にでも拡張される苦しさと、伸びるあまりに裂けそうな痛みが走り、額には冷や汗が滲み出る。
「おっと、いけません。あなた、これで処女を失ってしまわれましたねぇ? いやはや、あなたの貞操観念は存じませんが、もしも大切にしていたなら、これはまた悪いことをしてしまいました」
 ちっとも悪びれもせず、完全な口先のみでヘラヘラと、からかうための謝罪がホタルの神経を逆撫でする。
 破瓜の痛みがあった。
 太ももに何かの滴が通るくすぐったさは、もしや処女の血が流れてのものかもしれない。
「……っ」
 苦悶するホタルは、さらに顔を顰めた。
 乳房にも器具が取り付いてきたのだ。
 それはやはり、ホースを触手としたものに搭載された先端部の器具なのだろう。胴体の下へ潜った触手によって、乳房はそれに包まれていた。
 プラスチックか何かの素材で、乳房がドーム状のものに包まれていた。冷蔵庫に貼る吸盤を大型化したような、そして乳房の形状にも合わせたような、大きな何かに包まれて、吸引のような力も加わってきた。
 乳房が引っ張られている。
 下へ下へと、微妙な力が働いて、それに乳首までもが引っ張られている。
「さあ、読み取っていますよ? 先ほどは指の感触による記録を取りましたが、今度はもっと正確な機械的データです。締まり具合を数値化して、現在の感度も算出しています。感じさせるのに適切な男性器の太さなんかも、ここで計算可能なのですよ?」
 ピリピリと痛いような痺れるような、微細な電流が流し込まれる。直腸や膣壁にそれら電気が流れることで、ホタルは頬を硬くしていた。
「――っ!」
 一瞬、強い電流が走る。
 全身の筋肉をビクっと弾ませ、お尻や脚も激しく反応させていた。
 それよりも弱い、しかし最初に流し始めたものよりは強い電流が長々と、何秒もかけてじっくりと流される。その刺激に膣や肛門が震わされ、軽く焼かれるような痛みを覚えた。
「体の反応も測定して、自動的にデータ化しています。電流の強さによって、痛みを感じればその記録が、もしも快楽を感じるようなら、どの電圧でどのくらい気持ち良くなったのかも、細かに数値化されるのです」
 肉体について調べられ、記録を採取されている気持ちの悪さといったらない。体重やスリーサイズの比ではない、もっとそれ以上のデータを合意もなしに、こんな人をからかう非合法の商人に取られるなど、屈辱以外の何でもなかった。
 しかも彼は言い出すのだ。
「おっと、忘れていました」
 一体、何を忘れていたのかと思いきや、かなりの最悪な話であった。
 できれば、知りたくなかった。
 いや、だからこそ、この男は――わざと、ホタルにその情報を囁きたくてたまらなかったのだろう。
「ここで起こっている出来事は、特定のお客様に向けて生放送されています。つまりあなたの肛門も、アソコの穴も、乳房の形や乳首の具合も、全て何もかも、不特定多数の視聴者にまで晒されているのですよ?」
 それを示すべくしたホロウィンドウが、ホタルの眼前に突如として浮かび上がった。
 画面の内容は、生配信に使われている映像と、その隣に視聴者数の数字を記したものだった。
「視聴者の皆様は、おそらくあなたの買い手になります。最終的にどこのどのような人物の手に商品が渡るのかは、運命しだいとしか言いようがありませんが、皆さんきっと、よほど大金を出さなければ、こんなにも高価な品は買えないと、覚悟なさっていることでしょう」
 美しいものを愛でる手つきで、またしても尻に手が置かれた。
 ゆっくりと、とても優しく撫でられて、しかしホタルにとって彼の手つきは不快なものでしかないのだった。
「腸や膣の立体データも採取しています。なので、あなたの穴を正確に再現したオナホールも発売される予定がありまして、なのであなたの中に男根を挿入する未来の人数は、一人や二人ではない事になるでしょう」
 人のアソコと肛門を商品化するなどと、またさらに気持ちの悪いことを言われて、ホタルはひどく顔を顰めた。
「本当に細やかなデータが取れています。穴の深さ、子宮の位置、直腸の健康状態、肛門の皺の本数。もちろん乳房だって形状を正確な記録にして、あなたを再現したアダルトグッズのオッパイも発売されます」
 もはや顔を歪める一方だった。
 気持ちの悪い事実がこうも次々述べられては、かえって何の言葉も浮かんではこなかった。