プロローグ

 某惑星で星核の存在が確認された。
 計画立案。
 分担完了。
 各自、行動開始。
 都市に降り立ち、一人街を行く少女は、この国、この街を見て回っている。じきに星核ハンターとしての行動を起こすため、治安の良し悪しや警備の存在、賑わう場所やそうでない場所、下見というものは欠かせない。
 そんな下見を兼ねた観光で、アイスクリームやポップコーンの店を前にして、少女は憂いを浮かべていた。
(一人、か……)
 少女の名はホタル。
 ホタルにはとある思い出があった。
 あの時、あの場所で出会った相手――付き合った時間は短くとも、不思議と大切な友達になってしまった、あの時の彼女の面影が脳裏に浮かぶ。
 アイリス家の役者を名乗り、出演の仕事がない時はガイドをやっていると述べ、案内と称して彼女を連れ回しているうちに、もっと一緒に過ごしたい気持ちが溢れかえった。
 記念に撮った写真は大切に保存している。
 スマートフォンを点灯させ、ロック画面を解除すれば、待ち受け画像として表示されるのはホタル自身と、その隣にあるもう一人の少女――星の顔だ。
 仲間はそれぞれ、別行動を取っている。
 単独で街を行き、そして周囲の雑踏を感じていれば、どうしても自分の孤独を意識する。友達連れ、カップル、楽しげにしている通行人がいくらでもいる中で、寂しく一人歩いているせいで、ぽっかりと空いた心の隙間に思い出が膨らんでいく。
 膨らんで、膨らんで、いつしか隙間を大きく広げ、小さかった穴をいつの間に拡張してしまう。
 だんだんと、心がどんよりとした薄暗さに沈んでいく。妙に悲しい気持ちになり、憂鬱な面持ちを誰にも見せたくないかのように、やがてホタルは俯いてしまっていた。
 人混みの中を、下を向いて歩いていた。
 思い出が綺麗な分だけ寂しくなる。
 寂しさこそが思い出の大切さであった。
(妄想、しちゃうな)
 実は星もここに来ていて、ばったり出会い、また一緒に街を歩くことにならないか。もしも星が隣にいたら、そんな想像を膨らませて、ホタルは顔を持ち上げた。
 例えば、あのアイスクリームの店。
 トラック型の店舗の列に並んで、一緒に注文するとしたら、彼女はどんな味を選んで、自分はどの味にするだろう。ポップコーンの店もフレーバーが色とりどりだ。
 ……会いたい。
 寂しさが願望となり、衝動へと変わっていく。
 だが、ここにいるはずがない。
 こんな気持ちを抱いたところで、やり場のない衝動だけが胸に残る。
(考えないように、しないと……)
 今は思い出に浸る時ではない。
 ただの観光ではなく、これは下見の役を兼ねた行動だ。
 どこに何があるのか、少しでも知る必要がある。データの地図を確保するのと、頭の中に地図があるのでは勝手が違う。実際に歩き、実際に見て回り、知り尽くした景色の方が、いざという時、より反射的に動きが取れるというものだ。
 警備兵の巡回が多い場所、少ない場所、裏路地や町外れなどに体感的な治安も確かめる必要がある。物思いに耽って、役目を忘れるわけにはいかない。
(集中しよう)
 頭の中から、今は星を振り払おうとした。
 思い出に浸りたければ、それはもっと別の時間にすればいい。
 妄想はここまでだ。
 集中、集中――。
 だが、固めようとした集中が霧散した。
 それを見て、その衝撃に当てられれば、目を見開かないわけにはいかなかった。

 ――星!?

 人混みに横顔を見た。
 この雑踏の中、人口密度の隙間に辛うじて見えた横顔は、一瞬にして消え去っていた。
 いいや、星のはずがない。
 確かに人は横切った。だが走っていたようなので、顔立ちはおろか、性別さえも判然としない。なのに少しでも星の横顔に見えたのは、思い出が恋しいあまりの幻覚だ。
 そう、人は通った。
 ただ、そこに幻覚の仮面を張り付けて、自分の見たい世界を見ただけだ。きっと遠目に見る分には、実際に星に似て見える人物なのだろうが、近くで見れば丸っきりの別人なのだ。
 星に見えたのは気のせいだ。
 追う必要はない。
 頭では自分にそう言い聞かせているのに、ホタルの足は星の幻影を追い始めた。違うはずだと思っているのに、つい先ほどの衝動が両足を突き動かした。
 やり場のなかった衝動が、やり場を見つけてしまった。
 人が駆け去ったその場所へ、みるみるうちに足は迫った。
 その時である。
「あっちだ!」
「あのバッドの女!」
「必ず捕らえてやる!」
 心臓が飛び出そうだった。

 ――バッドのって!

 本当にせいかもしれない。
(嘘? こんなことあるの)
 いいや、それでも別人かもしれない。
 追いかけた先に待つのは、どれほどの落胆となるか。頭の片隅ではわかっていながら、確かめないことには、この気持ちは収まらない。
 バッドの女を追っているらしい、三人の男達の背中を追い、ホタルもまた駆け出した。人を追跡している面々としては、自分もまた誰かに追跡されるなど、そうそう思わないことだろう。
 三人組は鬼気迫る表情でもしているのか、その駆ける姿を見て、海を切り裂く奇跡のように人混みに通路が生まれている。だが尾行がバレてはいけないので、なるべく距離を取ったホタルが駆ける時には、その奇跡も閉じかけとなっていた。
 人口密度が直線状に薄れたルートへ飛び込んで、少しばかり人を避けながら、ホタルはそのさらに後を追いかけた。
 彼らの足は人混みを離れ、裏路地に向かった。
 何度か道を曲がる彼らを見失うことがないように、かといって近づきすぎない、適度な距離を保っていたホタルは、そこで急停止して身を隠した。
 曲がり角から飛び出さないよう、建物の影からそーっと、顔だけを出して様子を窺う。
(本当に星なの!?)
 ホタルは驚愕していた。
 また会えるなんて――しかし、喜ぶべき状況ではなかった。

 星は巨漢の肩に担がれていた。

 捕まっているのだ。
 どんなトラブルに巻き込まれたのか、三人の男から逃げていた星は、待ち伏せによる攻撃を受けたのだろう。簡単にやられる彼女ではないはずだが、あの巨漢にも相応の腕前があるということなのだろう。
(助けなきゃ……)
 ホタルに迷いはなかった。
 見間違いではない、本当に星だ。
 ならば、見捨てることは出来ない。
 問題は行動の取り方だ。
 様子を窺い、彼らのアジトを突き止めるか。それとも、今この場で堅牢な鎧を纏い、星の身柄を奪還するか。
(アジトを突き止めれば、侵入した後、隠密的に助け出す方法も探れるけど……)
 今この場で仕掛けるのと、アジトへの潜入、比べてどちらに敵が多いかは言うまでもない。
 武力行使なら今なのだ。
 そして、迷っている時間はあまりない。
(三人は大したことない。たぶん、一般人よりも喧嘩に慣れている程度。問題は大きい方。気配に敏感に見える。あたしがここに隠れているのも、下手な物音一つで気づかれるかも……武器は拳、怪力で何でも貫く。刃物を取り出したり、銃で狙いを定めるアクションは挟まない)
 判断は素早く、せいぜい数秒ほどで結論を出さなければ、彼らはこちらを待ってはくれない。すぐにでもアジトに向かって歩き出すだろう。
(その道中を襲う? それがいいかも、そうしよう)
 あの巨漢の背後を狙うタイミングを伺って、奇襲をかけて取り返す。星の身柄を確保したら、無理に戦闘を継続せずとも離脱すればいい。
 無論、殲滅という選択肢もある。
 星の救出さえできれば、細かいことは状況しだいだ。
 ホタルはデバイスを握り締め、男達の動向を窺った。歩き出す彼らの後を追い、その背後を確保するため、ひとまずは時を待っていた。
 三人の男と、星を担ぐ一人の巨漢は、細い道へ向かって進み出す。どうやら彼らの行き先は、こちらに戻ってくるのでなく、さらに奥へと進む道のりになるらしい。
 不幸中の幸い、その方がホタルにとって都合が良い。
 背中が小さくなり始めるのを見計らい、ホタルは影から体を出した。
 その瞬間だった。
「――っ!」
 ホタルは大きく目を見開いた。
 あらゆる驚愕が、その眼差しには宿されていた。

 頭に鈍い衝撃が走ったのだ。

 何者かに殴られての、突然の事態に驚く思い。今まで何の気配も感じさせずに、これほど接近してくる敵の存在。ではあの巨漢だけでなく、他にも腕利きの仲間がいるのではないかという戦慄。
 気を失うまでの、ほんの一瞬の時間の中で、ホタルの中でそれらは駆け巡った。
 だが、最後に浮かんだのは――。
(星……)
 思い出に向かって手を伸ばし、ホタルはそこで気絶する。地に伏した彼女は石畳を掴んでいた。