第4話 快楽耐性半減

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 フォリニックが怒りをあらわにしたのは言うまでもない。
「最低ね!」
 飲んだ直後の第一声がそれだった。
「おやおや」
「苦しいじゃない! どんな扱いよ! 要望には応えているでしょう!? それなのに人を物みたいに!」
「いや、すまないね。君がそこまで怒るとは」
「ふざけているの!? あんな真似をして、怒るとは思わなかった!? 貴族のやることを市民は当然受け入れるとでも思っているの? そんな考え方だから、平気でそんな言葉が出て来るに違いないわ!」
 やはり、彼はウォルモンドの悲劇を生んだ一員である。
 結婚式などという理由で集めた憲兵を早々のうちに街に返せば、少なくとも治安悪化に連なる騒ぎや暴動などはなかっただろう。
 だが、この男はきっと、それについては何も思っていないのだ。
 面倒ごとが起きたことに対しては、せいぜいため息をついた程度だろう。
「ま、君がどれほど怒ったどころで、体の方は興奮しきっているはずだ」
 男は肩に手を伸ばし、指先で触れてくる。

 すりっ、

 と、肩を少し擦られた程度で、妙な快楽の電気が走り、フォリニックは頬をぴくりと弾ませていた。
「……っ!」
 快感に驚いて、その直後にフォリニックは表情を強張らせる。
「ほら、気持ちいい」
「ふざけないで。今日はもういいでしょう?」
 もうこれ以上、こんな男の相手はしたくない。
 せめて、今夜だけでも、これで終わりにして欲しい。
「そうはいかないね。君がこんなに、アソコをヒクヒクさせているんだから」
 肩に伸びていた手が下へと移り、おもむろにワレメを撫でてきた時、より大きな電流がせり上がり、脳さえ痺れて体が震えた。今の一瞬で絶頂しかけたような気がするほど、恐ろしく気持ち良かった。
「やめて……」
「だったら、そうだね。これから一分、イクのを我慢できたら、今夜は終わりということにしてあげよう」
「なんでもいいわよ! 早く終わりなさい!」
「それじゃあ、せいぜい我慢してごらん?」
 男はいかにも余裕ぶっていた。
 自分は女をイカせて当然であるような、これから示す結果を信じて疑わない表情に、フォリニックは苛立ちを膨らませる。
(イクわけないじゃない……)
 確かに、気持ち良かった。
 媚薬成分が回っている以上、快楽そのものは避けられない。気持ちいいことはどうしようもないことだが、だからといって好き勝手にイカされるなど冗談じゃない。いくらなんでも、そんなことがあってたまるかと、フォリニックはどこか意地になっていた。
 相手の人格を認められない。
 貴族として、高貴に振る舞ったり、知識人としての教養も備えているのだろうが、それらを取り除いてみた結果として残るのは、傲慢で人を見下した品性の無さだけだ。
 そんな相手からの快楽など求めはしない。
 できることなら、全ての快感を遮断しきって、ただ我慢しているだけの時間を過ごしたい。望んでもいない性行為で感じるなど、何ら本意などではなかった。

     *

 得意げになった男の指が膣に収まり、フォリニックは仰向けで横たわる。
「じゃあ、タイマーもセットしたことだし」
 男は携帯端末の画面から、タイマー機能のセットを行っていた。一分という制限の中で人を絶頂させる自信がよほどたっぷりあるようだが、思い通りになどなる気はない。
「あなたって、約束は守るんでしょうね?」
「守るとも。でないと、君も抱かれ損だろう?」
「……そうね」
 抱かれ損など、それほど考えたくない話もない。
 後から破ろうとしたら許さない。
 そのつもりで、フォリニックは身構えていた。
「始めようか」
 男はフォリニックの頭の横で、端末のタイマーを起動する。
 同時に指が動き出し、顔のすぐ横で進んで行くカウントと共に、膣の中ではピストンによる出入りが繰り返された。
「な……!」
 その刺激はフォリニックにとって信じられない大きなもので、思わず驚愕の眼差しを浮かべていた。
 テクニックそのものは、決して特別でも何でもない。
 この男は経験豊富で、普通より技術はあるのかもしれないが、触れられただけでどうにかなるような、離れ業の域というわけでもなかった。最初の挿入前に受けた愛撫と、技巧自体は違いがなかった。
 だが、それなのに気持ち良すぎる。
「あっ、あぁぁ…………!」
 まずい――と、フォリニックはすぐさま危機感に駆られていた。
 太い指の出入りによって、膣壁に対して生まれる摩擦は、フォリニック自身が分泌している愛液によって滑りが良い。ぬるっ、ぬるっ、と、負荷なくスムーズに出入りすることで、下腹部には甘い痺れが弾け渡って、それは瞬く間に激しい電流となって全身に行き渡る。
 快感のあまりに脚が震えた。
 太ももの筋肉が痙攣じみてビクビクと震えた上に、足首も激しく反り返り、フォリニックはたったの十秒で悟っていた。

 イカされる――――。

 どう足掻いてみたところで、体のどこにどんな力を加えたところで、決して押さえ込めるものではないと、フォリニックはもう既に確信していた。イカされようとする予感一つで、来るものに対して身構えて、覚悟の上で受け入れる以外の道などないと、こうも早いうちから悟らされていた。
(なんで……! 媚薬って、こんなに……!)
 確かに成分表示は確認した。
 そこに羅列されていた成分は、どんな効果をもたらすものか。知識の上ではよくわかっていたつもりだが、実際に体験したのは初めてだ。まさか、ここまで強力なものとは思わず、フォリニックは驚愕していた。

「――――――――――――っ!」

 声すら発せなかった。
 まるで何かを叫ぼうとしたように、口だけが大きく開き、しかし何の声も出ていない。ビクビクとした痙攣に合わせて胴体は持ち上がり、アーチとなった背中が何秒もかけて浮き上がり、宙で震え続けていた。
 潮が噴き、その滴が男の身体やフォリニック自身の内股を汚していた。
 頭は真っ白だった。
 その瞬間、悔しさも衝撃も、喜怒哀楽に属するどんな思いも抱く余裕はなく、脳の痺れが薄れていき、やっと何かを考えられるようになっても、絶頂の余韻は色濃く残った。
「ほら」
 男は画面を見せつけてくる。
 そこにはフォリニックがイった時点で停止して、カウントダウンの止まった数字が出ていたが、【40:02】という、二〇秒と持たなかった証拠を示していた。イってから実際に画面に触り、停止させるまでの微妙なタイムラグを考慮したなら、一秒かその程度の時間をさらに差し引き、あとほんの少しだけ早く絶頂した計算になるはずだった。
「約束は守るんだろうね?」
「…………っ!?」
 フォリニックの脳天には、怒りの熱が込み上げた。
 直前に自分の言った言葉をそのまま返され、こんなにも悔しい思いをしたことは今までなかった。
「それとも、約束を反故にしたいかい?」
 明らかな挑発だった。
 ニヤニヤと、勝ち誇った笑みで人を煽る言葉になど、乗ってやるだけフォリニックには特がない。
 だが、指でこれだけ気持ちいいのだ。
 肉棒まで入れられれば、一体どこまで連れていかれてしまうか、まるで想像がつかなかった。こんな屈強な肉体の相手をして、朝を迎えるまで続けても、自分の体が持つのかという不安は大いにあった。
「……好きにすればいいじゃない」
 そうとだけ答えた時、フォリニックに再び肉棒が迫って来る。脚を持ち上げ、M字にさせられた股へと押し込まれての、正常位の繋がりを果たした時、ただ挿入されただけですら、体中に電気が行き渡っているような、指先まで痺れ尽くす快感に見舞われていた。
 挿入時の摩擦は言うまでもなく、もはや結合しているだけで気持ち良かった。
 膣内を温めてくる熱気と共に、ぴくりとヒクつく脈動の、ちょっとした刺激でさえも、フォリニックの下腹部には快感として伝わっている。温まれば温まるほど、熱の浸透していく細胞は、じわじわと溶かされるように染まっていき、ピストンをするまでもなく心地良い。
「しかし、あっさりイったね?」
「…………」
 フォリニックは何も答えず、顔を背ける。
「気持ち良かったんだろう?」
 男の顔が迫っていた。
「……」
 しかし、無言で横顔だけを向けたまま、フォリニックは男から目を逸らし続けている。
「あと何回イクんだろうね?」
「……薬に頼ってるだけじゃない」
 やっと吐き出した言葉は、覇気の抜けきった弱々しいものだった。
「でも、イったね。そして、これから何十回も絶頂する」
「少しは加減しなさいよ」
「君が気持ち良すぎて許しを請うようなら、考えないこともないね」
「ふざけてるわね」
 こんなことで人を屈服でもさせたいのか。
 下らない、ありえない。
 追い詰められて、命乞いでもするかのように、必死になって許しを求める無様な姿でも想像しているのだろうか。
 しかし、男の動こうとする気配を感じた時、フォリニックは体中に激しい力を込めて、全身で強張りながら身構えていた。

「あぁぁぁ――――――!」

 たった一突きで、背中が弾み上がっていた。
「あん! あぁん! あぁぁん! あぁぁぁん!」
 瞬く間に頭は快感に染まり変わって、フォリニックは何も考えられなくなっていた。目玉が飛び出る勢いで目を見開き、大きく開けた口から搾り出される喘ぎ声は、天井を貫かんばかりに高らかだった。
「いやっ、あ! あん! あっ、あぁ……だ、だめ……! あぁぁ……!」
 フォリニックはすぐに身体を震わせていた。
 ビクっと高らかに跳ね上げての、胴体のアーチをそのまま震わせ、男の股にイキ潮を噴きつけていた。お互いの股が接し合っていたことで、潮は潮とならずに男の下腹部だけを愛液で汚していた。
「あっ、あぁぁ! いやぁぁぁ!」
「早速、一回」
 男は構わず腰を振る。
 イキたてのアソコに対しての、休みも入れずに続行されるピストンは、フォリニックの体内に高圧電流を流し込んでいるようなものだった。貫くたびに激しく喘ぎ、開ききった口から唾が飛ぶほどの感じようで、今のフォリニックの頭には快楽以外の何もなかった。
「あぁっ、あぁぁ! イク! またっ、あぁぁ……!」
 無意識に口走っていた。
 正気であれば、決して言わないはしたない言葉が平気で出て、その直後には全身が痙攣していた。シーツを掴む両手により一層の力が籠もり、フォリニックはあらん限りの愛液を拭きだしていた。