栗花落カナヲ 按摩で絶頂失禁

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 畳の上で膝を突き合わせ、どこか気恥ずかしげに、もじもじとしている少女がいた。
「あの……あの……」
 白いマントを羽織り、蝶の髪飾りで髪を縛ったサイドテールの彼女は、鬼殺隊所属の栗花落カナヲである。
「……私もっと師範と稽古したいです」
 カナヲが気持ちを伝えるなり、その相手は表情を緩めていた。
「カナヲも随分自分の気持ちを素直に言えるようになりましたね。いい兆しです」
 穏やかな口調で物静かに話す女性の名は胡蝶しのぶだ。
 現在、刀鍛冶の里が上弦の襲撃を受け、被害は最小限に留めたものの、復興と移転を急いでいる。こうした事態を想定して、移転を手早く行うために、空里というものがいくつか用意されている。拠点はやがて移し終わるだろう。
 そして、このカナヲとしのぶのやり取りは、緊急柱合会議を終えた後のこと。
 会議の中では、痣の発現についてが報告に上がり、痣を出すための訓練が柱達の課題となった一方で、その他大勢の鬼殺隊の訓練も始まっている。カナヲもまた、柱である胡蝶しのぶによる稽古を望んでいるわけだった。
 その折りのことだ。
「ところで、腕の良い按摩師が来ているそうですよ」
 と、不意にそんな話題を出してきた。
「按摩師ですか?」
「とても腕の良い人で、稽古に疲れた体をたちどころに癒やしてくれるそうです。カナヲも一度試してみてはどうでしょう」
「はい。そのうち」
 この時はそう答え、按摩師の元にすぐさま向かうということはなかった。それよりも稽古に打ち込み、肉体を酷使する中で按摩の話など忘れてしまい、さらには里の警護にも回されて、くつろぐ暇などなくなっていた。
 里の移転が終わるまで、柱以外にも人員を置くことになり、そこにカナヲが抜擢されたのだ。
 そこで、ふと思い出す。
 厠への行き来で屋敷の中を歩む時、昨日まではなかった暖簾がとある部屋にかかっていたのだ。

『ほぐし処』

 そこで按摩を受けたらしい面々が暖簾を掻き分け、満足そうな顔で出てくるところを見てようやく思い出す。
 そうだ、しのぶに按摩を勧めてもらっていた。
 時間が出来たら行ってみようかと、頭の中にこの暖簾のことを留めて警備を続ける。長い時間を見回りに当てた上、交代要員との入れ替わりで屋敷に戻る。
 そうして、再び暖簾の前を通りかかった時だ。

「あら、栗花落カナヲちゃんね?」

 按摩師の女性がちょうどよく顔を出し、偶然にも鉢合わせる形で優しげな目を向けてきた。
「……あ、はい」
「いつも警備ご苦労様。大変でしょう?」
「いえ、なかなか鬼も来ませんし」
「でも鬼が来たら命懸けよね。あなたも按摩を受けていかない?」
「え、いいんですか?」
 にこやかに勧められ、カナヲはどこか遠慮がちになってしまうが、しのぶにも勧められたものには興味がある。
「柱の方にも好評よ? いつ上弦が来てもおかしくないんだから、少しでも万全にしておかなくちゃ」
 戦いに備え、肉体を整えておくことも務めだろう。
「お願いします」
「ではカナヲちゃん。先に温泉に入ってきてもらえるかしら」
「温泉、ですか?」
「そうよ。まずは血行を良くして欲しいの」
 按摩師はカナヲに説明した。
 温泉の効果的な成分に身を浸して欲しいこと、身体を温めて血行も良くして欲しいこと、そのあいだにもろもろの準備をすること。それらの話を聞いたカナヲは、さらに着替えまで受け取った。
 浴衣のような形の、しかし帯を巻くわけではない施術着と、さらには西洋のものらしい白い下着を与えられ、カナヲは温泉に向かっていく。
 熱い湯の中では、カナヲは一人くつろいだ。
 他の隊のみんなも、こうして事前に温泉に浸かるようなことをしたのだろうかと、ちょっとしたことを考えながら、ひとしきりの時間を過ごして体を拭く。
 施術着と下着を身につけて、温泉から上がったまではよかったが、ここにきて自分の格好が気になり始めた。
 はしたなくはないだろうか。
 これの内側は下着一枚、ほとんど裸だ。
 いいや、普通にしていれば、中身が見える恐れはない。気にせずに堂々としていればいいのかもしれないが、そうはいっても厚みのあるわけではない薄い白の施術着だ。なんとなく透けそうな気がして、大丈夫だろうかと自分の胸元を確かめる。
(よかった。透けてない)
 しかし、今度は尻が気になった。
 布の当たってくる感触は、歩行に合わせて前後に揺れる。着てみれば丈も短かいせいで、気をつけなければ見えやすい。といっても、激しく脚を動かしたり、階段のような傾斜のある場所で気をつければいいだけだが、普段の服装に比べて心許ない。
 夜風の中を歩んでいき、屋敷へ戻る道のりのあいだ、カナヲは何度となく手で丈の短さを気にかけ、ささやかな風に合わせて、ついつい押さえている。
(やっぱり、気になる……)
 屋敷の影が見えてきたおり、カナヲはふと顔を強ばらせた。
 目の前から、二人の少年の雑談が聞こえてきたのだ。
 かといって、ただすれ違うだけの話で鬼殺隊の仲間を避けるのもおかしい気がして、カナヲはコインを投げようかと思いつく。表が出たら遠回りでも何でもいいから異性を避け、裏ならこのまま堂々とすれ違う。
 両手に抱える着替えの中から、すぐにでもコインを出そうかと考えたが、カナヲはふと思い留まる。その理由は単に間に合いそうにもないこともあったが、能力に彼の顔が浮かんだのだ。
 あの時、何度でもコインを投げ直すつもりだったらしい彼の言葉が蘇り、カナヲはこのまま堂々と進んでしまおうと心に決めた。
 いくら気になるとはいっても、少しばかり太ももが出ているだけで、胸はきちんとしまっている。恋柱に比べれば大した露出はしておらず、その恋柱が奇異の目で見られているわけでもない。
 意識をしすぎているだけだと、カナヲは自分に言い聞かせた。
「あ、どうも」
「ちわーっす」
 二人の少年がカナヲに気づき、軽い会釈を交えてくる。
「……」
 カナヲもまた、黙々と前に進んだ。
 そのまま、お互いにすれ違い──

 ひゅう、

 と、強めの風が吹いたのは、そうして二人の少年を背にした時だった。
「やっ!」
 驚き、カナヲを後ろに右手を回す。
 ものの数秒のうちに風はやみ、無音が周囲を包み込む中で、カナヲは心中穏やかではない。丈が確かに持ち上がり、下着越しの尻に風が通り抜けていく感触があったのだ。
「……」
 恐る恐る、肩越しに振り向く。

 二人の少年と目が合って、二人は慌てて目を背けていた。

 そんな反応を見てしまえば、カナヲは顔を赤くせずにはいられない。
「やだ……!」
 カナヲは丈を抑えたまま、早歩きで早々に屋敷の中へと逃げ込んでいた。

     *

 ほぐし処に顔を出し、温泉に浸かり終えたことを伝えると、按摩師の女性はカナヲに一杯の湯を与えた。様々な薬草を煎じた特製のものらしく、施術の効果を高めると言いながら、湯飲みの一杯を手渡してきたのだ。
 それを口にしたカナヲは、身体が芯から温まるのを感じた。
(ポカポカする……)
 カナヲは顔をぽーっと薄く赤らめ、少しばかりぼんやりとしたような、くつろいだ表情を浮かべていた。
「さあ、こっちよ」
 部屋の奥まで案内され、施術台に横たわる。
 仰向けとなって天井と向かい合い、いよいよ施術が始まって、按摩師の女性は香カナヲの身体に触れてくる。
「始めていくわね。カナヲちゃん」
 まずは手だった。
 右手が女性の両手に包まれ、手の平から指先にかけて、ぐにぐにとした指圧が行われる。関節のまわりをもみほぐし、手首から肘にかけてを揉み始める手つきは、いかにも手慣れた技巧を感じさせる。
「刀を握るための手、振るための腕。それに姿勢を支えたり、力を安定させるための足腰という風に、最初は末端から行っていくの」
 女性は説明を行いながら、施術着越しに二の腕を指圧して、ツボに指を食い込ませる。それは痛いほどの食い込みだったが、効果を出すためなのだろうとカナヲは堪えた。
「さあ、次はこっちよ」
 女性は寝台の反対側へと回り込み、左手を両手に包む。まずは優しく、要所要所には強めに指を食い込ませ、手の平から順に筋肉をほぐしていく。指の細かな部分にかけても力を加え、適切に効果を与える手つきを感じていると、身体に溜まった何かがすぅっと消えていくのがよくわかる。
 それが足の裏側や指にかけて行われ、ふくらはぎや膝の周りまで丁寧にほぐし込まれて、末端が軽くなっていくことをカナヲは感じた。
(凄く、感じが変わってる)
 指の動きが軽やかで、今なら刀がいつもよりも軽くなっていそうだ。
「さて、カナヲちゃん?」
 女性は不意に施術着に指をかけ、前をはだけようとしてくる。
「えっ」
 カナヲは軽く驚いていた。
「今からね。肩から胸にかけてやっていきたいの。直に触った方が効果があるから、我慢してもらえないかしら?」
「それは……」
 乳房の露出を求められ、カナヲは戸惑った。
 同性とはいえ、肌を曝け出すことには抵抗を覚えたが、これも身体の機能を増すためだ。いざという時の備えのため、より良い状態を目指すべきだろう。
「……わかりました」
 しかし、こんな施術があるというのか。
「あら、可愛いお胸さんね」
「あ……」
 前をはだけさせられて、戸惑いを隠せずに、カナヲはほんのりと赤らんだ。
 胸を見られる恥ずかしさは、薄らとした桃色のように頬に現れ、伸びる両手は乳房を揉んでくるのではと、カナヲは一瞬身構える。しかし、最初のうちは肩を揉まれて、いきなり乳房に触れられることはなかった。
 肩の肉を解きほぐし、首や鎖骨に、腋周りの筋肉が指圧され、部位によってはぐいぐいと強めに指が入ってくる。
 乳房には触れそうで触れない。
 脇下や肋骨の肉をほぐすため、すぐ近くに指はくる。数センチ、数ミリ、それだけずれれば乳房に指が触れるような際どい位置が指圧され、揉まれている。その施術によって皮膚が前後や左右に動き、それに乳房も連動して、かすかな揺れだけが生じていた。
(あっ、んぅ……)
 そんなタッチの中で、カナヲは何かを感じ始めた。
(なんだか、体が……)
 カナヲは知らない。
 先ほどの湯には一体何が含まれ、本当はどんな効果を持っているのか。この按摩師が本当はどんな目で少女を見ていて、カナヲに対してどんな目論見を抱いているか。女性は何らのボロも出さず、だからカナヲ自身は何も気づいていない。
(な、なにこれ……)
 しかし、媚薬の効果は確実に現れ始めていた。
 まだ乳房にさえ触れられていないのに、乳首には徐々に血流が集まって、しだいに突起を始めている。
(やだっ、胸が……)
 カナヲは乳首の突起を自覚して、赤らみを強めていた。
「感じはどうかしら?」
「え? ええっ、気持ちいいです」
 と、あくまでも按摩が気持ちいいだけで、おかしな感覚などありはしない。そんなつもりでカナヲは答える。
「乳房の方にも触れていくけど、れっきとした施術の一環だから」
「……はい。わかってます」
 按摩師の女性が意味のないことをするなどとは、カナヲは夢にも思っていない。まして、同性が自分のことを性的に見てくることも、まったく想像していない。そんな無警戒から乳房への接触を許し、実際に揉まれ始めても何も言わずに、ただ効果だけを期待していた。
 乳房は肩や肋骨の筋肉と連なっている。
 きっと、胸を揉んでほぐすのも、それが理由なのだろうとカナヲは想像していた。
「んぅ……んっ、んぅ…………」
 かすかで小さな甘い声が出てしまう。
「あら、大丈夫?」
「え、はい。平気です」
 カナヲはそう答えるが、下から持ち上げるような包み方で揉み込まれ、指の強弱による五指の食い込みを感じているうちに、しだいに表情に快楽が見え隠れしていた。
(嘘っ、気持ちいい……)
 もちろん、単に施術としても気持ち良さもある。
(なんで……)
 しかし、カナヲが今こうして薄らとした危機感のような、はたまたは焦りのような、何か落ち着かない感情を抱いているのは、性的な気持ち良さで乳房の内側に甘い痺れが走っているせいだ。
(もし……乳首、触られたら…………)
 この快楽を感じるうちに、カナヲは想像していた。
(一体、どうなるのかな……?)
 怖いようでいて、それでも好奇心を煽られる。
 カナヲはそんな感覚に見舞われていた。
「はい。胸は一旦終わりね」
 そして、だからといって実際に乳首に触れられることはなく、女性はカナヲの胸から両手とも離してしまう。
「あっ……」
 それに少しでも名残惜しさを感じてしまい、カナヲはそんな自分を恥じていた。
「あら、どうしたの?」
「……いえ、なんでもないです」
「そう。じゃあ、このまま続けていくけど、これは全部脱いでもらえるかしら」
 脱衣の指示だった。
 たった一枚の施術着だけで肌を隠していたカナヲである。これを脱いだが最後、あっという間に下着一枚のみとなってしまう。
 若干の躊躇いが湧くも、とはいえ施術の腕を信用して、カナヲは施術着を脱いでいく。
 西洋の白いパンツだけを身につけて、カナヲは仰向けに横たわった。
「さて、と。手足は一通りやっていくのと、胴体や背中なんかも指圧して、色んなところに刺激を与えていくわ」
 改めて手の平から包み込まれて、指先から肩にかけての施術が進む。右腕が手早くスムーズに、左腕も順々に、そして両脚の施術は太ももにまで手圧と指圧が行われ、カナヲは体温の上昇を感じつつあるのだった。
「そういえば、痣の発現っていうのがあるんでしょう?」
 柱が上弦と戦う際に起こった話を、どうやらこの女性も知っているらしい。
「普段の血行を良くすれば、体温も上がりやすくなるわ。色々とやっておくだけ、別に損もしないことだし」
 腹筋に手圧をかけ、震わせて振動をかけてくるような刺激を与えてくる。内臓まで健康にするという説明を唱え、女性はへそ周りの手圧を繰り返し、ひとしきり済んだところで指圧によって指も突き刺す。
 そのうちに、再び施術の位置が乳房に近づき、カナヲはドキリと硬くなっていた。
 乳房への刺激を想像して、思わずごくりと息を呑んでいた。
(今度こそ……乳首……)
 心の中で求めてしまい、カナヲはハっと目を覚ます。
(ま、また……なに考えて……)
 乳房の周りがさすられた。
 円のラインを撫でる手つきで、指先だけですりすりと、ぐるりと一周していく形で刺激され、その弱々しい快感がもどかしくてたまらない。乳山へと指が上がって、もっと柔らかい部分へのタッチが始まる。先ほどまでよりは強めの刺激を感じるものの、まだどこかで物足りない。
 乳首に触れられたい願望が膨らんでいた。
(だめっ、おかしいこと、考えちゃってる…………)
 カナヲは自分の願望を恥じていた。
 ただの施術であり、身体の健康や疲労の解消を目的としているのに、何故いやらしい期待をしてしまうのか。カナヲはその恥ずかしさに赤くなり、顔や仕草をモジモジとさせていた。
「どうしたの? カナヲちゃん」
「い、いえ……」
「言いたいことがあるなら、言ってもいいのよ?」
 言えるわけがない。
 乳首を触って欲しい、乳首で感じたい。
 それはとてもおかしな願望で、ともすれば変態的ですらあるのではないかと、カナヲは自ら危惧している。こんな気持ちになってしまう自分自身を戒めて、ぐっと抑え込むべきだと考えている。
「なんでもないです」
 きっぱりと答え、顔に余計なものが浮かばないように我慢強くいようと努めた。
 考えないように、考えないようにと、頭の中に願望が浮かぶたび、意識の外に追い返す。乳房やその周辺への施術は、そうした心の中の戦いと平行して、数分にわたって続いていた。
 その数分間は全てが戦いだった。
 感じてはいけない、いやらしいことも考えてはいけない。
 乳房から手が離れ、そんな戦いもようやく終わったと、カナヲが安心した時である。