これは千斗いすずにとって、かつての体験――。
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いすずは古くからの部門の家の出身だ。
今ではこの甘ブリに務めているが、その前は魔法の国メープルランドで近衛兵をやっていた。
兵士であった以上、当時の軍規は厳しかった。
何せ身体検査の際は女だろうと全裸になり、頭の上から足の指先まで、それこそ体中をくまなく調べていく。国をお守りする兵士に健康問題があっては務まらないから、普通の診察や健康診断なんかより、よほど詳しく診るわけだ。
検査官の元へ入室して、服を脱ぐ。男性担当者が見守る中で上下とも白の下着姿となり、まじまじとした視線を気にしながらブラジャーを取り外す。ショーツを脱ぐことで丸裸となったいすずは、それでもいたって平然としてみせた。
地上の言葉でポーカーフェイスというのだったか。
いすずはそういう顔をしてみせながら、胸やアソコを隠そうとする気配すらなく、きちんと両手を下に伸ばして、気をつけの姿勢で背筋を正していた。
もちろん平気なわけがない。
自分はどうも、非常事態の時ほど冷静に振舞える気質のようだ。だから過剰に恥ずかしがって喚くような真似は決してしないし、すぐそばで爆弾が爆発しても、顔色一つ変えずにいられるだろう。
しかし、これほど恥ずかしいことはない。検査を実施する担当者は男性医で、立ち合うためにもう一人の男がいる。検査の進行に合わせて書類を記入する係として、さらにもう一人いるから、合計三人に囲まれていることになる。
服を着た異性の中で、それも密室で、自分だけが全裸だなんて落ち着かない。誰にも見せたことのない胸が名も知らぬ男の視線を浴び、お尻やアソコにも痛いほどに突き刺さる。死ぬほど落ち着かないし、そわそわする。何より、恥ずかしさで死にそうだ。
相手も仕事でやっていることはわかるのだが、きっと欠片の下心も持つなというのは無理な話で、事務的な表情をした裏では何を考えているのかわからない。
いや、見慣れているから、もはや何も感じなかったりするだろうか。
せめて、そうであって欲しい。
いずれにせよ、三人の男の視線は全ていすずに集中していた。
最初は目や鼻の検診から始まり、歯を診たあとで、だんだん肌を調べていく。呼吸器や心臓のために聴診器を使い、側弯症を調べるために背骨と骨盤を観察する。
それから、胸郭異常のチェックで触られる。
男が淡々と、いすずの胸を揉む。べったりと包むようにしてきた男の手が、自分の乳肌に指を沈めて、乳房を調べている。皮膚を調べるために表面をそーっと撫で、乳輪に指を当ててぐるぐるまわる。乳首を押したり、摘んで引っ張ったりもした。
下から持ち上げ、ぷるぷる揺らし、乳揺れの観察までされてしまった。
とても辛いものがあった。
腕や足、腹や背中も含めて、まさに全身の視触診を受けるのだから、乳房だけでは終わらない。両腕を触れまわされる分にはまだいいが、そこが終われば別の箇所を触られて、腰のくびれも撫でられる。
アソコとか、お尻といった箇所も、当然やられる。
男が自分の背後にしゃがみ、お尻に顔を近づけた挙句に尻たぶを鷲掴みしてきた時には、より恥ずかしい気持ちになった。
お尻の穴まで見られてしまう。
いすずの尻の丸みに合わせ、表面をひとしきり撫で込んだ後は、さらに指を沈めていたる箇所を揉み込んでいく。まずはまんべんなく揉みしだき、あとは上の方から下の方まで、摘むような揉み方でチェックを進めたあとは、とうとう肛門の視触診だ。
割れ目を開くことでお尻の穴をじっくり見られ、指でぐにぐにと触られる。門なんかに男の指の感触があるなんて、いすずには全く信じられないことだった。
いっそ死にたい。
だが、これを耐えても性器の確認が待っている。
今度は茂みを掻き分けるようにされ、秘所の割れ目を指でなぞり上げられた。中身を開いて観察し、血色を確認している。
「問題ありませんね」
まるで商品の状態チェックであったかのように、男は事務的な顔でそう述べた。
「あとは直腸を確認しますので、壁に両手をついて下さい」
「…………こうかしら」
いすずは冷静な顔つきで従ってみせたが、やっぱり平気なわけがない。
全裸のまま尻を思い切り突き出す姿勢だなんて、果たして何の恥じらいも抱くことなくやれる女が世の中にいるのだろうか。
男は医療用手袋をはめた指にワセリンを塗り、滑りをよくした指先を肛門に突き立てる。
「んっ、んぅ……」
尻に異物が入り込む違和感に、喉を引き絞ったような呻きが漏れ、男の指が根元まで挿入された。
いすずは今、かなりの屈辱を体験しているのだ。
そして、尻穴に指の入った光景を、残る二人の男もまじまじと眺めている。こんな自分の状況を思うと、恥ずかしいやら情けないやら、そんな感情で溢れて頭がどうにかなりそうだ。
ずぷっ、ずぷぅ……。
穴を出入りしながら、男は指先で腸壁を探っている。
それは完全に、品質チェックを行う仕事の顔だ。
この場にいる三人の男性の気持ちは、家畜の健康管理でもしている気分にすぎないのだ。
ずぷ、ずぷ……。
いすずは必死に堪えていた。
壁にあてた両手を拳に変え、爪が食い込むほどに力を加えて震わせて、唇を丸め込んだ表情で耐え忍んだ。
ぬぅぅ――。
と、指が抜かれる。
「終了です」
一瞬、力が抜けて、くたりと倒れそうになる自分がいた。