第2話 石川VSハンター
我が真の目的、それは甘美なる宝石を味わうこと。
さあ、参りましょうか。
私の狙う本当の宝石を頂きに――。
その男は闇夜の中、道化の双眸で警備を見下ろす。
予告状を出した美術館には、何台ものパトカーが集まって、そのパトカーすら囲む人員が溢れている。屋内にも人員は配置され、宝石の周囲もがっちりと、今頃は固めきってあることだろう。
しかし、彼も下見は済ませている。
全ての出入り口を封鎖しようと、なお彼らにとって想定できない、怪盗ならではの侵入経路というものがある。
「ふふっ、もう……ないだろうな」
彼は一人、口角を釣り上げる。
ハンターは自分がいかに絵になっているかをわかっていた。
まず細身かつ背の高いスマートな体格に、白ずくめのスーツとシルクハットの似合ったキザな見栄えが、優れた顔立ちとマッチしている。風に揺らめくマントもやはり純白、しかし裏地は真紅に仕立てた特性の衣装は、その一つ一つが内側を引き立てている。
衣装こそが引き立て役なのだ。
似合わない男が無理にこれを真似すれば、服に着られているとしか言いようはなくなるが、こと彼の場合においては、むしろ身に着けた服こそが付属品、装飾品に過ぎない。
もし地上の誰かがこちらに気づき、屋上に立つ一人の影を見上げたなら、満月を背にしたシルエットの、マントを風になびかせた姿ほど、怪盗として様になった場面はあるまい。
そんな絵格好を誰に見せているわけでもないが、彼は満足そうに目を細め、犯行計画のシミュレーションを脳内に展開する。何通りにもわたって練り上げた計画の、想定外の事態に対する対処も含めた計算は、全て丸暗記の上、紙やデータには残していない。
計画書をこの世に存在させないのは、証拠を残さない基本である。
頭の中だけにあるそれは、ひょんなことで吹き飛びでもしようものなら、メモにも何にも残していないのだから、もう二度と確認できない。忘却はそのまま致命傷に繋がるが、彼はそんな些末なことを不安がる素人ではない。
十パターン、二十パターンに渡る計画の、脳内反復による復習をものの一分で完了させ、彼はいざ美術館へと飛び上がった。
「さあ、ご覧になっていますか?」
誰に聞かせるわけでもない、独り言。
だが、ひょっとしたら、届いていることを期待している。
「盗みに行きますよ。甘美なる宝石を――」
それは人間の跳躍を遥かに超え、まるで山から山へ飛び移ろうとでもするような、あまりにも高い弧を成している。その身体上昇の勢いは、はヒーローがマントで空を飛ぶ瞬間にすら見えかねない。
仮にもただのジャンプである以上、最高到達点に達したところで身体は下降に移り、彼は鋭い風を肌に感じて、着地点へと勢いを増していく。
落下速度の生み出す、自然に吹いているわけではない、自分の肉体が移動してこそ感じる風の、繊維を貫き皮膚に刺さらんばかりの感触さえ、彼にとっては何十回、何百回と感じ続けた日常の一部である。
着地点――通常、人間の身体能力なら、出入り口に使う発想自体が出て来ない、高所の窓ガラスこそが狙いである。壁に並んだ窓ガラスの、そこから侵入を果たしたところで、その高さから館内に着地をすれば、良くて骨折、普通は死亡する高さである。
彼の狙う美術館は、それほどに天井が高い。
高さ何メートルにもなる巨大な絵画、大きな銅像、サイズスケールのある展示品を収納するため、どうしても天井が高くなくてはならない施設の、高い部分に位置した窓ガラスを、壁にキックでも打ち込むように蹴破った。
そして、怪盗ハンターは何らの問題なく、ごく普通の高さを飛び降りたに過ぎないように着地を果たす。
そう、骨折や死亡のリスクがつきまとう高さを、ごく普通に。
彼が人並み外れた超人であるか、さもなくば優れた秘密兵器で身体強化を行っているのは、この一瞬で誰の目にも明らかだった。
予想通り、窓が侵入経路になろうとは、警察も予想していなかった。それを想定した布陣は見当たらず、単なる巡回が目の前で唖然としているのみだが、とはいえ警報装置は作動して、館内には怪盗の出現を知らせるブザーが鳴り響く。
今の一瞬で警察全体が怪盗ハンターの登場を知り、たちまち動き出していることだろう。
ハンターもまた、予告状に書いた宝石の元へ――しかし、真の狙いというわけではない宝の元へ、マントを翻しては駆け出した。たかが巡回一人など置き去りに、もちろん後ろから追ってはくるが、みるみるうちに距離は離れる一方だ。
そして、ハンターは宝石の前へと踊り出る。
天窓からの月明かりをスポットライトに、ガラスケースに保護された台座の中身は、煌びやかな光を放っていた。それを当然、警察隊がぐるりと一周囲んでいるが、標的が警戒されているなど、それこそ想定の範囲内だ。
警察達の群れに向かって、ハンターは迷いなく一直線に迫っていく。
「く、来るぞ!」
「絶対に逃がすな!」
数人の警察は、我こそが挑まんばかりに向こうからも駆けて来る。また数人は守りを固め、ハンターの進路を塞ぐ壁を強固にしているが、それしきのフォーメーションが通じるのは、常人に毛が生えた程度の身体能力だけである。
「私には通じませんよ?」
彼はポケットからトランプを取り出した。
手裏剣のように投げつけて、紙製でありながら大理石の床へと突き刺さると、たちまち鋭い光が誰しもの網膜を貫いた――閃光弾だ。果たして、咄嗟に反応して、目を守ることのできた警察は、一体何人いることか。
光がやみ、眼前から腕をどかした先に、もうハンターの姿はない。
見失った面々としては、もちろん唖然として周囲をきょろきょろと、人の姿を慌てて探し求めることだろうが、それを後ろから見守るハンター自身にとって、これ以上に滑稽な景色はない。
これだけの人数がたった一人に翻弄されていることの、これが滑稽でなければ何であろうか。
だからここには、ハンターの狙う真の宝石は存在しない。
もっとも、警察の布陣は宝石の周囲ぐるりであり、ハンターの姿を何も全員では見失っていない。数人やそこらとの格闘など、彼にとっては何らの苦にもなりはしなが、鬱陶しいことには変わりないので、一秒すら惜しいように素早く盗みの作業へ移る。
彼はガラスケースの中に拳を打ち込み、そこに飾られた宝石を握り締めていた。強化ガラスで作られて、銃弾さえも貫通できないはずのガラスが、腕力によってあっさりと打ち抜かれていた。
「馬鹿な!」
「もう盗られているなんて!」
「に、逃がすな! まだ捕まえられる!」
ガラスに空けた穴から腕を引き抜き、ハンターは飛び上がる。ふわりと優雅に、マントの揺らめきと共に浮き上がると、彼は警官の一人の肩を足場にして、さらに高くへ飛び上がる。
より高くへ身体を舞い上げ、彼はスーツの袖からワイヤーを射出――それが最初に破った窓にフックを引っかけ、巻き戻す力がたちまち身体を引き上げる。釣り糸が一瞬で獲物を引き上げてしまったように、ハンターは館内から消えてしまう。
この犯行にかけた時間は、三〇秒を切っていた。
それほど素早く、華麗に盗み出したハンターに取り残され、目の前で犯人を逃がした警官達は、今頃は呆気に取られていることだろう。
ハンターは美術館さえ後ろにして、満月に向かって飛び上がった。
その身体上昇の勢いを見る分には、マントで空を飛ぶヒーローのようにして、しかし盗んだばかりの宝石を右手にして、彼はビルの屋上を目指していた。
見据える先は、ただ満月。
しかし、視界の外から自分に向かい、もう一人の影が飛んで来るのに、彼はすぐさま気づいていた。
「待っていましたよ? 真の宝石」
彼は自分に迫る影に対して、歓迎のように腕を大胆に広げていた。向かってくるものを抱き留めて、抱擁で迎えてやらんばかりの大仰な身振りに対し、しかしその迫った影は、まさか抱きつくために飛び込んだわけではない。
二つの影が、満月を前にすれ違う。
屋上への着地直前の、空中でのすれ違いで、ハンターの行く先をより素早い影が横切る形となる。常人の視力であれば目視すら許さない、忍者とでも呼ぶに相応しい速度を見届けて、ハンターは目的の屋上に降り立った。
そして、すぐさま別のビル、数十メートルは先の、高さを同じくした屋上へと目をやって、真の狙いたる少女の影に目をやった。
その影は――消える。
一瞬、像がブレたかのように見え、その瞬間にはもうシルエットはそこにはなく、少女はハンターの目前へ、同じビルへと現れていた。
「浜の真砂は尽くるとも――世に盗人の種は尽きまじ」
「あなたたち盗人の種を狩る――石川五右衛門、君は何代目にあたるのでしたかな?」
「!」
少女の続けようとした言葉を、しかし途中で彼が引き継ぎ、不敵な笑みを浮かべて両手を広々左右に伸ばす。
「こんばんは? 私の真の宝石」
「真の宝石? 狙いは美術館の宝石じゃない? あなたは一体……」
「申し遅れました。わたくし、世界の様々な宝石、美人探偵や美人FBI、美人警察から美人怪盗、あらゆる美を堪能してきたソムリエのようなもの。便宜上、怪盗を名乗っていますが、怪盗という肩書きに特にこだわりはありません。ただ、ハンターとのみお呼び下さい」
「ハンター……?」
彼が対峙するその少女。
見たところ年端もいかない、おそらく一五かそのあたりであろう女の子の、和装に扮した姿を前に、ハンターは宝石を手にした瞬間以上に目を細め、口角をより高く吊り上げる。美術館の宝石など、本命を引きずり出すエサに過ぎない。
「アンビシャスとは無関係の宝石ですが、きっと放ってはおくまいと思いましたよ? この宝石を搬入する裏側には、様々な策謀、利害、政策が絡み合っていましたからね」
見せびらかさんばかりにして、ハンターは手の平の宝石を月明かりに曝け出す。芸術として磨き抜かれた表面は、その光を存分に反射して輝いていた。
それは挑発だった。
先ほどの一瞬、少女は空中でのすれ違いざま、これを奪い取ろうとしていた。
だがハンターは阻止したばかりか、その手に代わりを握らせたのだ――一枚のトランプ、ジョーカーの絵柄を浮かべた余白の部分には、真なる予告状が書かれている。
少女はそれをハンターの目の前で読み上げた。
「今宵、宝石の光で照らし出し、闇夜から一人の少女の尊厳を頂戴する――怪盗ハンター」
「探偵ともマフィアとも、騎士や盗賊を名乗ったことなんかもありますが、今宵の私はご覧の通り怪盗です」
「あなたの真の狙いは、一体どういうものですか」
「それはすぐに理解出来ますよ? 身をもってね」
改めてハンターは、少女に宝石を見せびらかす。
これがこの手にある限り、少女はハンターを追わざるを得ない。
「さあ、おいでなさい。第十六代石川五右衛門――本名、石川弥栄」
†
古くは徳川の時代から闇夜を駆け、今なお沙幌の地に暗躍する石川家。
その末裔、盗人を狩る盗人。
それこそが石川五右衛門、代々引き継がれてきたその名を持つ少女は、表向きには石川弥栄というただの学生。
しかし今、弥栄ではく五右衛門として立つ少女は、青と白に彩られた和装を纏い、長いマフラーに口元を隠している。開けた胸元や脇下は、その内側に身に着けたものがなかったなら、乳房が見えてしまっているだろうが、黒いリング状のインナーがぴったりとフィットしている。
丈の短い下半身の、両側のスリットから覗けて見える太ももは、ともすれば穿いていないように見えてくる。
いささか刺激の強い装いで、太もものヒップバンドにクナイを突き刺した風体は、忍者と呼ぶに相応しい。
これこそが真に求めた宝石、つまり美少女。
ハンターはそのうら若き肢体を見据え、己に迫る突風にすかさず反応――まばたきの瞬間には姿を消し、気づけば自分の傍らを通り過ぎようとする神速に、しかしハンターは同じく神速で一歩飛び退く。
ハンターの眼前を影が横切る。
その速さは人体の形さえ視認し難く、常人の動体視力からしてみれば、何が通ったかさえも判別できない。もはや見てから動いては避けきれる余地がなく、予備動作を事前に見抜き、未来を予知したほどの反応でかわさなければ、一瞬にして全ての流れを掴み取られ、体術によって組み伏せられることになるだろう。
そして、やはり弥栄の狙いは宝石だった――が、本当の意味で宝石を狙っているわけではない。怪盗ハンターの身柄を押さえ、警察にでも捧げようというのが、おそらく最終的な目的である。
ハンターの手から宝石を狙うのは手段に過ぎない。
宝石を奪ってしまえば、ハンターは必ず自分を追うはずだと思っている。獲物を逃がさないための手段こそ宝石の奪取だろうが、そもそもハンターにとっての狙いは石川弥栄だ。
むしろ獲物を逃がしたくないのは、ハンターの方である。
「いやいや、お見事お見事。あなたのその素晴らしい身のこなし、果たしてこの私の足で逃げ切れるものなのか。是非とも試してみたいところです」
「大人しく捕まって下さい」
「そうはいきませんよ? 弥栄ちゃん」
わざとらしいちゃん付けをした瞬間、むっとしたように顔を顰める。
「あなたにそんな呼ばれ方はされたくありません」
「これは嫌われたものですが、この輝きが私の手にある以上、あなたは私を追いかけるしかありません。さながら、王子様の背中を求める乙女のように」
指につまんだ宝石を見せびらかし、その直後にはマントを翻して、ハンターは即座に地面を蹴り抜く。高い跳躍力が身体を舞い上げて、すぐさま隣のビルへと――それも、事前に解放してある窓へと飛び込む。
屋上でなく、屋内へ移った。
それを追い、弥栄もまたすぐに目の前に現れている。ハンターの着地直後には、もう弥栄の右手は伸びており、危うく宝石を取られかけたところで、辛うじて腕を引っ込め、ギリギリながらにそれを避けきる。
ここに飛び移った時点でもう、着地後には追いつかれているつもりで動かなければ、やはり間に合わなかったことだろう。
「さすが――」
素直な称賛を呟きながら飛び退いて、ハンターは弥栄から距離を取る。
ハンターの速度もまた、弥栄ほどではないにせよ、一般人なら影が一瞬にして過ぎ去ったように映りかねない。
「ここで捕らえます! サスケ!」
と、弥栄が叫んで、しかし何者もその声には答えない。
「サスケ……?」
「はて、はてはて! サスケとは歴史上の猿飛佐助のことですかな? それとも、あちらに飾られているお人形のことでしょうか?」
わざとらしく肩を竦めて、ハンターは壁に視線を送ってみせる。
弥栄が肩越しに振り向く先、サスケと呼ばれるAIロボットはトランプというトランプの数々で、衣服を壁に縫い付ける形で串刺しだった。そのついでにただ一枚が胴体に突き刺さり、機能を停止させていた。
ハンターの持つトランプの一枚一枚、紙の薄さにギミックを仕込んでいる。美術館で使った閃光に続き、今度は電気を纏ったトランプで、サスケの内部機能を狂わせ停止させたのだ。
「サスケ!?」
「どうやらお嬢様のお助け役は、その機能を失っているようで」
すれ違う一瞬だけで、何かしら小細工ができるのはお互い様だ。
見れば弥栄の太ももには、ホルダーに刺したクナイが減っており、ハンターのマントの端には小さな小さなミリ単位の切れ込みが走っている。咄嗟にマントを引っ込めて、貫かれないようにしておかなければ、壁か天井に縫い止められ、身動きを封じられていたはずだ。
一瞬、たった一秒でも身動きが取れなくなるのは、忍者同然の彼女を前に、それ自体が致命傷に等しい。
「……!」
許さない、とでも言わんばかりに、弥栄はハンターを睨みつける。
「さあ、ここは密室。あの窓から飛び出すか、それともドアノブを握って回転させ、開け放った向こう側に行くのでなければ、お互いにこの空間から出ることはままなりません。逃げも隠れもできない状況、それはあなたにとっても望みのはず――かかってきなさい」
ただのドアの開閉作業について、わざわざドアノブを握る行為まで説明して、たったそれだけのことが何か大変なことのように語っている。
事実、大変なのだ。
お互いにお互いの隙を狙い、付け入る機会を窺っている最中、悠長にドアの開閉を行う時間さえ、簡単には作れない。ご丁寧にドアノブで開くのでなく、蹴破ることで身体を向こう側に貫通させる方が、この状況ではよほど安全と言えるだろう――お互いに。
ならば覚悟を決めてのことか、弥栄は真正面から向かってくる。
「――かかりましたね?」
そして、弥栄がハンターの身体に手を触れたり、宝石を奪い取ることはなかった。それどころか、手の届く距離にすら到達できず、向かって来る途中で足を止め、その身動きですら停止していた。
罠にかけたのだ。
「まさか、最初から――」
弥栄は驚愕していた。
「いかにも! 私の狙う真の宝石はあなたです! あなたのように可憐で美しく、そして強かな輝きにこそ手を触れたい! 我が真の欲望の夜が今こそ始まるのですよ!」
ハンターは口角を釣り上げていた。
事前に仕掛け、この部屋に張り巡らせていたワイヤートラップが、今まさに弥栄の身体に絡んでいる。両腕が吊り上げられ、胴体や両足にも絡みつき、透明かつ視認できないワイヤーは、よく目を凝らしてみることで、やっとのことで月明かりの反射で暗闇から浮かび上がる。
「こ、これは……!」
弥栄は焦って身を捩る。
「おっと、無理に動けば、皮膚の内側に食い込みますよ?」
そう告げた瞬間に、弥栄は強張った顔で身動きを停止する。
〇.数ミリと細い糸だが、使いようによっては人体や器物切断にすら使用可能な代物で、ピンと張った蜘蛛の巣があったとして、弥栄の速度で突っ込むのは、自分の肉体をサイコロステーキに変えようとすることと同じである。
全身に絡みついたワイヤーに、無理に力ずくの抵抗を行うのも危ういわけだ。
「ご理解頂けたようで。それでは」
ハンターは悠然と歩を進め、この室内に用意していたもう一つの物へと手を伸ばす。角に置いてあるそのバケツは、大量の媚薬ローションに満たしてある。
「それ!」
ハンターはバケツの中身をぶちまけた。
弥栄はその中身を顔から被り、白い和装をまんべんなく濡らされていた。衣装の帯が、両腕の袖が、口元を隠したマスクが、どれもぐっしょりとローションを吸い込んで、その表面にぬかるみを纏い始める。
これだけの水分を吸った衣装は、濡れによる染みをみるみる広げ、水気は皮膚にも及んでいるだろう。これで乳房やアソコすら、ローションの成分を吸い始めているはずである。
そう、媚薬成分を。
ただ単に、ヌルヌルにしたいだけの理由でローションをかけたわけではない。
「私が狙いなんて、一体どういうことですか」
と、弥栄は問う。
そこには実に険しい顔が浮かんでいた。
「知れたこと。この世に価値のある宝石とは、他のどんな花よりも美しく、強かな輝きを放っているものではありませんか? そう、あなたのように。あるいは女王の座に君臨しているスポーツ選手、徒党を統べる女性リーダー。わかりますか? 私の理想が」
「わかりません。そのためだけに、こんなことをするなんて」
弥栄の頬は薄らと、赤らみを帯び始めている。
ここまで言って、なるほどハンターの目論見がわからないはずもないらしい。その予感が既に弥栄の趣致心を煽りつつあるわけだ。
「真っ当な人生を送っていては、手にできないものがあるでしょう? たとえ意中の誰かとお近づきに、果ては思い合うことができたとして、触れることのできる宝石には限りというものがあるのですよ」
ハンターは弥栄へと迫る。
「っ!」
その接近に弥栄は明らかに警戒して、反射的な身じろぎをしてはみせるが、ワイヤーの食い込みを感じてか、力の入った両手から、あえなく筋力を緩めていく。
抵抗できず、自分に向かって伸びる両手を前にして、それをただ受け止めることしかできない弥栄の、強張った表情といったらない。
「では堪能させて頂きましょう。真なる宝石の肌触りを」
その両手は弥栄の乳房を揉み始めていた。