第3話 傀儡の戦士

 どことも知れない小さな部屋で目覚めた時、斧は当然のように奪われて、後ろ手に拘束までされていた。木製の手枷で手首が痒く、両足すらロープで縛られ、芋虫のようにのたうち回ることしか出来ない中で、ソリテールの顔を見た瞬間に戦慄したのは言うまでもない。
 殺さず生かし、拘束までする魔族の目的はわからないが、何か最悪なものに違いないと思って警戒していた。
 そんなシュタルクが受けた魔法は、心を操るものだった。
 意識の中に、何かが入り込む。
 まるで目には見えないモヤの固まりを帽子のように頭に被せられ、それが頭皮に染み込んでくるように、頭蓋骨にすら浸透してくるものが、そのまま脳を犯そうとしてくる感覚に囚われた。
 シュタルクは抗った。
(違う! 違う! 違う!)
 自分に向かって言い聞かせた。
 頭の中に、急にフェルンの顔が浮かび始めたのだ。
 抱いてはならない考えが必要以上に膨らんだのだ。
 その大きな胸に、尻に気持ちは行き、あの女体を犯したくて犯したくてたまらない、性的な衝動が急に湧いて溢れていた。
 監禁され、すぐ目の前にソリテールが立っていて、そんな状況で湧き出す衝動として、それはあまりにも脈絡がなかった。
 そもそも、目覚めた直後にソリテールの姿を見たせいで、真っ先に警戒心や戦慄の方が湧き立っていた。何の魔法もかかってこなければ、やがてフェルンの安否を気にかけていたであろうシュタルクの心は、むしろフェルンを犯したい思いに突き動かされ、肉棒の勃起すら始まっていた。
 ここにフェルンがいなくてよかった。
 もしいたら、見境のない獣となって、直ちに飛びかかっていたかもしれない。魔法によって与えられた衝動は、それほどまでに大きなものだ。
(ふざけんな! 頭冷やせ!)
 シュタルクは石畳に頭を打ちつける。
「感心だよ」
 そんなシュタルクへの声が降ってくる。
「仲間を襲いたくない一心で、私の魔法にそこまで抵抗するなんて、それが心の強さってものなの?」
 必死に衝動を抑え込み、唇を噛み締めまでしているところへの、実に余裕に満ちた声音である。
「君はフェルンのおっぱいを揉みたくないの?」
 冗談じゃない、何を言っている。
 本当に何を言っているんだ、こいつは。
「お尻を撫でたくないの?」
 お尻だと?
 ふざけるな。
「セックスしたくないの?」
 馬鹿馬鹿しい、そんなもの決まってる。
 決まっているではないか。

「――してぇに決まってんだろ?」

 そんな答えでありながら、シュタルクは眼差しに敵意を込め、ソリテールを睨め上げていた。
「あれ? だったら、どうして抗う必要があるの? 自分は操られただけだって言い訳しながら、これからフェルンとやりたい放題できるでしょう? とっても都合がいいはずじゃない」
 ソリテールは意外そうな顔をしていた。わけのわからないものを見て、理解に苦しんでいる顔だった。
「うるせぇよ。無理矢理なんて、ぜってーしねぇからな」
 魔族にはわからないのだろう。
 大事な仲間だから傷つけたくない。大切に思う気持ちがあるから、手を出したいけど出せなくなる。人間の感覚を魔族がどこまで理解するかは怪しいものだ。
「どうも性欲を満たしたい思いは、悪意に該当するらしいね。本を読んだり、人間の話を聞いたりする分には、性行為は大切なことだって言われているのに、悪いことだとも言われている」
 ソリテールの言葉が頭に入らなくなってくる。
 そんなことより、フェルンであった。
 フェルンを犯したい、舐めしゃぶりたい、あの肉体を思いのままに味わいたい――いいや、駄目だ、何を考えている。湧き溢れる衝動に心が流されかけるたび、シュタルクはストッパーを効かせている。
 今はフェルンがいないから耐えきれている。
 だが、彼女の体が、声が、匂いが、すぐ目の前にあったりしたら、その瞬間にストッパーが外れる自分を想像できる。破裂しそうなほどに膨らんだ肉棒は、まるで必死になってフェルンフェルンと叫んでいるようだ。
 この衝動を沈めきり、いつもの自分を平然と保てるようにならなければ、フェルンと顔を合わせるわけにはいかない。
「普通の人間なら、今の出力でも足りたのにな」
 ソリテールは残念そうに手をかざす。
 まずい、魔力量を増やされる。
 これ以上の力でやられたら――。

「人間と魔族の精神構造は違うから、かなり無理矢理やるけど、そこまで抵抗されたら仕方ないよね」

 その瞬間、濁流のように押し寄せてきた。
 フェルン、フェルン、フェルン、フェルン、フェルン、フェルン、フェルン、フェルン、フェルン――ヤりたい、ヤりたい、ヤりたい、ヤりたい、ヤりたい、ヤりたい――――。
(や、ばい…………)
 辛うじて、薄らと残った正気の部分で、危機感が最高潮に達していた。
 脳に染み込む何かによって、自分の存在が塗り潰される。
(俺が……消える……!)
 どうにか踏み止まろうとするシュタルクだが、それは津波の前で両手を広げて立ち塞ごうとするようなものだった。大魔族の持つ魔力を直接注がれ、精神に影響を与えられては、これ以上は抗いようがなかった。
(……俺が……消えるって、なんだ? そもそも、俺って誰だっけ…………)
 自分の名前が思い出せなくなっていた。
 誰に鍛えられ、どうやって戦士になり、どうしてフリーレンやフェルンと共に旅をしていたかも、わからなくなっていた。シュタルクという男の歴史が、シュタルクの頭の中で別のものへと塗り潰され、代わって心を埋め尽くすのは衝動ばかりだ。
 フェルンのおっぱいを揉みたい。
 フェルンの尻に触りたい。
 フェルンとセックスしたい。
 フェルン――フェルン――フェルン――フェルン――フェルン――フェルン――フェルン――フェルン――――
 そうして、シュタルクは変わった。

 ――フェルンと交わりたい衝動を持つだけの生物。

 鳥が空を飛ぶために生まれ、魚は泳ぐために生まれるとするなら、これで今のシュタルクは、フェルンと交わるためだけに生まれてきたようなものだ。
 ソリテールの魔力によって、シュタルクはそのような存在になり果てていた。
「まあ、頑張った方だと思うよ?」
 フェルンとのセックス。
 他の何も必要ない。
 とにかく、フェルンとヤレさえすれば何でもいい。
「精神構造を理解した相手でないと、本来は使えない魔法だからね。意志の強さで抵抗されると、余計にかかりにくくなっちゃうけど……」
 それにしても、大魔族の持つ魔力で力ずくでやってしまえば、無理を押し通せるはずだった。ごく普通の男性が相手なら、目が覚めた時点でとっくに操られていてもいいくらいだ。
 それなのに、想定以上の魔力を消費させられた。
 人間の中には、ここまで抵抗の強い男がいると、ソリテールは研究記録にこの事実を書き留めることとなる。
「やっぱり興味深いよ。君達は」
 貴重なサンプルの入手によって、ソリテールはご満悦なのだった。

     *

 フェルンは場所を移動させられていた。
 乳房への責めを切り上げ、他の内容に移ろうとするソリテールの、まず取った行動は、残る衣服を全て剥ぎ取り、人を丸裸にすることだった。
 そして手枷に通った鎖を外すと、フェルンのことを魔法で浮遊させながら持ち運び、とある一室へと移したのだ。
 そうして、フェルンはベッドに横たわっていた。
 丸裸で、寝室らしきベッドに体を置かれ、一体何が始まるかといったら、想像しうる展開は一つしかない。
(きっと最後まで……)
 フェルンが仰向けとなるすぐ隣で、ソリテールは立ってベッドを見下ろしている。
「やっぱり、綺麗な体だよ」
 人の体つきに対して、ソリテールは感想を言い始めた。
「美巨乳だね。アソコも綺麗だ。腰のくびれた感じもいいし、文句なしのスタイルだよ。世の中、何人の男がこういう体を求めているんでしょうね」
 聞きたくもない品評を聞かされながら、視線も裸体に走ってくる。手枷のせいで耳を塞ぐ自由もなく、ただ耐えていることしかできないフェルンは、静かに顔を強張らせていた。
「じゃあ、そろそろ入って来てもらおうかな」
 裸の女をベッドに寝かせてすることなど、一つしか想像できないが、ソリテール自身には生えていない。生やす魔法が使われるわけでもない。
 だとしたら、ここに招き入れられるのは、男という存在しかあり得ない。
 その男とは誰か。
 フェルンと共に囚われた男の顔しか、頭には浮かんで来ないのだった。
 だからフェルンは、小声でぼそりと口にする。
「シュタルク様がそんなことをするわけ……」
 そう、しないはずだ。
 魔族に命令されたからと、そういう行為に走る男ではないはずだ。むしろ命令に逆らおうとして、けれど怖いから腰を抜かすのがシュタルクという男だ。
 ドアが開く際の、板の軋んだ音が鳴る。
 まさか入って来たのかと、横目でドアの方向を見やるなり、ソリテールが体をどかす。その先に見えたシュタルクの双眸に、フェルンはぞくりと悪寒を走らせた。
 目が獣になっている。
 猛獣が獲物の前でヨダレでも垂れ流し、欲望を剥き出しにしているような、いつものシュタルクからは想像もつかない気配が漂っている。
 そんなシュタルクの前に置かれて、一糸纏わぬ姿であるフェルンには、抗う手段が何もない。これでは本当に餌として与えられている状況だ。
「シュタルク様……!」
 正気に戻って欲しいと、呼びかける声を出そうとした時、すぐさまシュタルクはベッドに飛び乗り、上から覆い被さってくるのであった。
「やっ……!」
 フェルンは恐怖を感じた。
 シュタルクも服を着ていない。
 然るべきものをそそり立て、息は荒く、目は欲望で血走らせたシュタルクの手が、強く両肩に食い込んでいる。恥ずかしさより恐怖の方が先に立ち、フェルンは完全に凍りついていた。
 手が動く。
 次の瞬間には力強く胸を揉み潰されるのは想像に難くない。どんなに荒々しく、乱暴にやられるかと、戦慄していた矢先、しかし急に手は引っ込み、体すら遠ざかっていた。
 覆い被さり、肉体を押しつけんばかりにしていたシュタルクが、弾けたように膝立ちに代わっていた。
「ふぇ、ルン………………!」
「シュタルク様?」
「ま、まほ……精神、こう……ぞ…………!」
 シュタルクは自分を抑えていた。とっくに正気など無さそうに見えながら、本来の心が残っているのだ。
「驚いたよ」
 感心の声を上げるのはソリテールだった。
「シュタルク様をどうしたんですか」
 フェルンは横目で魔族を睨む。
「見ての通りだよ。魔法をかけて操って、君とセックスしたがるだけの生き物に変えたと思ったのに、まだ抗う意志が残っていたなんて驚きよ」
 ソリテールがシュタルクに向けているのは、珍しくて興味深いものに対する眼差しだった。
「すぐに戻して下さい」
「どうして?」
「そういう行為を見たいだけなら、わ、私がシュタルク様を誘います。操る必要はありません」
「ああ、そうか。そういう方法もあったね」
 思いつかなかった手立てに感心して、しきりに頷いているソリテールだが、魔法を解こうとする気配はない。
「解いて下さい」
 繰り返し、フェルンは言う。
「解かないよ? もう精神構造は壊しちゃったし、たぶん元には戻らないから」
「……っ!?」
 この時ほど、顔を強張らせたことはない。大きく目を見開いたまま、フェルンはこれ以上なく凍りついていた。
「だから今の意見は、次の参考にでもさせてもらうね。貴重な助言をありがとう」
 その時、とうとう最後の糸が切れたのだろう。
 シュタルクの体が迫り、再び覆い被さってくるのだった。

     *

 荒々しく胸が揉まれている。
 その激しい指遣いに恐怖と痛みを感じて、フェルンはひたすら強張っていた。反射的に手枷で殴ろうとしてしまったが、シュタルクの腕はそれを受け止め、ベッドに押しつけ食い止めていた。
 両手が頭上で封じられ、そしてシュタルクは空いた片方の手を使い、荒っぽく揉みしだく。握力を込められて、その五指の隙間から、乳肉は大きく盛り上がっているのであった。
「んっ、い、痛いです……やめて下さい……シュタルク様……」
 そう口にせずにはいられない。
「シュタルク様! こんなこと……!」
 無駄かもしれない。
 そう頭では思っていても、ふっと我に返る瞬間が来るかもしれないと、一縷の望みに賭けて繰り返す。
「シュタルク様……シュタルク様……!」
 だが、揉みしだく指遣いは一向に止まらない。それどころか、腰を押しつけるようにしてくるので、その硬くなっているものが脚や下腹部に当たってくる。
「君には赤ん坊でも生んでもらおうかな」
 ソリテールは少し離れて椅子に座って、ベッドの見学に徹していた。
「交配実験もしてみたくて、人間には親の才能が受け継がれるっていうじゃない?」
 ペラペラと語られる言葉が届いてくるも、フェルンはもうそれどころではない。精神魔法にやられてのこととはいえ、シュタルクに犯されようとしている状況に、あるのは焦りや動揺ばかりであった。
「人間の子供には、親の才能が引き継がれるって、たまに聞くでしょう? だったら、私を傷つけた魔法使いと、恐怖しながら勇敢に戦った戦士とのあいだに子供が出来たら、どのくらい凄い子になるのかな」
 ソリテールがいくら喋っても、内容が頭に入らない。
 そんなことより乳房が痛い。荒々しい息遣いで乱暴に触られて、今のフェルンが味わっている気持ちは、肉食の猛獣に押し倒されたものと同じであった。
「んんっ!?」
 唇が重なってきた。
 それが優しいキスのはずもなく、やはり荒っぽく貪るような、歯も当たってくる乱雑なものだった。舌をねじ込み、絡めようとしてくる行為に、この日のうちに二度も唇を奪われたショックを受けながら、フェルンは息苦しさに顔を歪めた。
「んっ、んぅ――――」
 歯と歯がぶつかる。
 胴体も密着してくるために、胸板によって乳房が潰されて、脚や股に当たっている肉棒も、同じだけ密着度合いを高めていた。
 その唇が離れ、舌同士のあいだに糸が引いた直後には、今度は乳首が貪られる。吸い上げる力が強く、歯の当たり方にも痛みを感じて、フェルンは涙目を滲ませていた。
「シュタルク様! お願いです! 元に戻って――」
 呼びかけても通じない。
「い、痛いです! 怖いです!」
 さらに口を突いて出て来たのは、痛みや情を訴える言葉だったが、それさえも通じない。何も聞こえないかのように、シュタルクはなおも吸引を続けてくる。
「じゅっ、ちゅぱっ、じゅぱっ!」
 と、吸い上げる力で持ち上げられ、乳房が上へと引っ張られる。限界まで皮膚が伸び、もうそれ以上は上がらないところですっぽ抜け、ぷるっと揺れつつ元の形状に戻った直後、また改めて持ち上げられる。
 その扱いは決して優しいものではない。
 だというのに、痛み以上に快楽が行き交って、フェルンの乳首は相変わらず突起していた。ようやく唇が離れ、乳房への責めが終わった時、そこには歯形のような赤らみが残されていた。
 フェルンはぎゅっと目を瞑る。
 このまま今度は、股に手が伸びてくると思ったのだ。抵抗して閉じようにも、鍛え抜かれた腕に力ずくでも開かされ、乱暴に挿入されるに違いない恐怖を抱いていた。
「…………」
 だが、シュタルクは沈黙していた。
 荒っぽい息遣いの、呼吸音が聞こえる以外、しばしの静寂に部屋は満たされ、フェルンは恐る恐る薄らと目を開く。
 シュタルクが自分を抑えていた。
 まるで拷問にでも耐えているような、苦悶に満ちた表情で、自分自身の衝動と戦っていた。
「まだ自制心が残っているなんて、大したものだよ」
 ソリテールが椅子から立ち上がり、ベッドへと歩んで来る。
「や、やめ……!」
 フェルンはひどく焦った。
 自分を取り戻そうと必死なシュタルクへと、一体何をする気でいるかといったら、考えられることは一つしかない。

「仕方ない。もう少し壊しちゃいましょう」

 ソリテールは手の平を突き出し、シュタルクの頭へかざしていた。そこから放出される魔力が入り込むなり、シュタルクはより壮絶な表情を浮かべていた。
 それがどんな苦しみなのか、もはや想像もつかない。拷問を受ける人間の表情を観察したら、本当にこういう顔をしていそうだ。
(魔力を……魔法を……!)
 無駄だとわかっていながら、フェルンは思わず魔法の行使を試みて、やはり意味など成さなかった。枷に込められた魔封じの力は、魔力の露出や制御を根本的に阻害していた。
 歯がゆくてたまらない。
 魔法さえ使えれば、何かできるかもしれなかった。少なくとも、今こうしてシュタルクを壊そうとしている、その行動くらいは邪魔できるはずだった。
 それすらできない、魔法がなければ無力な自分が悔しかった。
「仲間を想っての反射的な行動だね」
 ソリテールの視線がフェルンを向く。
「絶対に許しません」
 フェルンは鋭い眼差しを魔族に返す。
「素晴らしいね。今までなかった観察結果が得られそうだよ」
 人の心がまだ折れていないところを見て、むしろ満足そうにしている顔に、フェルンは改めて悟るのだった。
 魔族は所詮、魔族だと。

「ふぇ、フェルン……ごめ…………」
「シュタルク様!?」

 一瞬だけ、期待した。
 だが、ここで謝罪の言葉が出て来る意味にすぐさま気づき、少しでも希望を抱いたフェルンの顔は、絶望に変わっていた。
 かくんと、シュタルクの頭が落ちている。
 ベッドに両手を突いた四つん這いで、首をすっかり脱力させて、前髪が鎖骨をなぞってくる。糸が切れた人形のように、そのまま動かなくなったと思った直後、その首が持ち上がる。
 シュタルクの双眸は、最初に見た猛獣のそれと同じであった。
「シュタルク様…………」
 フェルンが抱く感情は、ひらすらに悲しみに染まっていた。