第6話 空間錯誤の脱衣
いいものを見た。
エイジは水着の女子高生が逃げ出すまでの一連の映像を撮影したが、そこに男の姿は映っていない。肉眼では捉えられるのに、カメラには写らない、不思議な現象に改めて驚くが、これは間違いなく痴漢映像だ。
よいものを手に入れたと思ってその場を後に、エイジはしばしベンチで休憩する。
ところで、まだ試していない機能がある。
基本機能である認識阻害は、透明人間も同然になれるわけだが、他にもいくつかの機能が搭載されている。
空間錯誤だ。
認識に影響を与える効果の応用で、対象に選んだ女の子に自分の居場所を誤認させる。そこがトイレだと思わせたり、更衣室だと思わせて、普通なら取らない行動に誘導させる。
これを利用したアイディアがふと浮かんだ。
天から急に降ってきたかのように、考え込んでいたわけでもないのに閃いて、エイジはそれを実行したくてたまらなくなっていた。
だが、それには一つ、クリアすべき問題がある。
何かその点の解消方法はないものかと、エイジは他にも良い機能はないかと探ってみる。
完全認識阻害、という機能があった。
デフォルトの機能では、接触相手には存在を認識されるが、完全認識阻害の場合は痴漢相手にもこちらの姿が見えなくなる。感触を断つわけではないので、女からしてみれば、本当に透明人間から触られている気になるだろう。
(これじゃないんだよなぁ……)
もちろん使ってみたい。
しかし、今探しているのは、もっと別の機能だ。常識を改変すりなり、行動を操るような、都合の良いシステムはないものかと確かめてみた結果、エイジはほくそ笑むこととなる。
これだ、これならいける。
エイジはベンチを立ち上がり、作戦決行に動くのだった。
*
早崎光希は大学一年生だ。
小学生の頃からプール教室に通い詰め、中学や高校でも水泳部、大会で成績を残している彼女は、大学でも活動を継続して、次の大会出場を目指している。
普段は別のプールに通う光希なのだが、今日は少し気分を変え、大型プールランドのフロアの一つ、競技者専用プールに足を運んでいた。
泳ぎの練習という用途は変わらない。
ただ、ここは遊びに来る客が中心で、ハードな練習を求める人は別のプールを使うので、競技者フロアは閑散気味だ。だからこそ、喧噪の少ない穴場として、一部の人には好まれているのだとか。
そんな話を聞いたことがあったので、一度は試してみたかったのだ。
光希は更衣室の入口へと入っていき、半袖のジャケットと、その下にあるノースリーブのワンピースを脱ぎ始める。
(うん? なんか、妙に注目されているような?)
首を傾げつつ、光希は下着姿となっていた。
光希は容姿の優れた部類で、高校の頃には胸や尻も大きくなっていたために、スタイルにもしょっちゅう注目された。クラスメイトの男子に大きな胸を視姦されたり、道端でふと視線を感じて振り向けば、きっとお尻を見ていたに違いない男が歩いていたり、といった小さな体験をいくらでも積み重ねている。
視線を感じることは、もはや日常の一部であった。
昔は不愉快に思ったり、悩みもしたが、今となっては男などそういうものと割り切って、失礼だったり、過度に露骨な視線でもない限り、あまり気にならなくなっている。
だが、ここは女子更衣室のはずなのだ。
なのに何故、妙に視線が集まっているのか。
(うーん……)
確かに、同性からも注目されたことはある。
凛としたツリ目の顔立ちは、少々格好良く見えるものらしく、加えて身長も一七〇を超えるほどには高いので、憧憬の眼差しを向けられやすい。
肩に毛先がかかる程度に伸ばした髪には、軽くウェーブをかけているが、それも似合っているとよく言われる。
周囲からの視線や評価で、それなりに自己肯定感を高めている光希は、どちらかといえば自信家の部類だ。自分は人の注目を引く人間だと、いくらか自負している部分がある。
(なんか、おかしいような)
ブラジャーを外すため、両手を背中に回しながら、心の中ではなおも首を傾げている。
電車、道端。
見知らぬ人の視線が向いてくる経験も、そこそこに積み重ねているのだが、いくらなんでも周りの注目が集まり過ぎている。どうして自分の着替えも忘れ、呆気に取られたような顔で人のことを見ているのか。
(なに? 実は芸能人にでも似てる?)
まさか、一度も言われたことはない。
見間違えるほど似ている著名人などいないと思うが、それでも誰かと間違えられて思えるほどに、視線はジロジロと注がれている。
(変な居心地になってくる)
光希はショーツを脱ぎ、全裸となった。
ロッカーの中にこれまで脱いだものを仕舞い込み、そして競泳水着を着ようとしている光希だが、彼女は自分の取っている行動に気づいていない。
普段の彼女は、服の内側で下着を外したり、タオルの内側で脱ぐなどして、肌を見せないように着替えている。中学や高校の時から、そんな着替え方を当たり前に繰り返してきたはずなのに、今回だけは何故か全裸になっている上、自分の行動に疑問を抱いていないのだ。
(そんなにおかしいことでもある?)
ここまで疑問を抱き続け、心の中で何度も首を傾げた光希なのだが、とある瞬間のことである。
急に何かを切り替えたようにして、光希の反応が変わっていた。自分の行動には疑問を抱かず、周囲に対してばかり不思議そうな思いを向け続けてきた彼女が、突如として困惑に陥っていた。
(え? えっ、いや、なんで!?)
突然、ぎょっとしていた。
みるみるうちに顔が赤らみ、頭を沸騰させんばかりであった。
*
エイジはニヤニヤしながら脱衣を眺めた。
自分が男子更衣室にいるとも知らず、何の疑問もなくストリップを披露していることに、周囲の他の男達は面白いほど困惑していた。
頭のおかしな女が現れたとしか思わないだろう。
それとも、奇跡的なまでによっぽどとぼけたものと思われて、ひどく驚いているといったところか。
なんだ? どういうことだ?
と、そう言いたげな反応が見るからに広がって、その中心で女の方は周囲に対して首を傾げる。何をそんなに不思議がっているのかと言わんばかりの表情で、何の疑問もなくブラジャーまで外したのだ。
乳房が飛び出る。
それをエイジはより見えやすい位置から鑑賞していた。認識阻害を起動して、自分の存在だけは打ち消し、ストリップをすぐ近くで視姦する上、おまけに動画撮影まで行っていた。
なかなか大きな胸ではないか。
それにショーツが下ろされる瞬間の、腰が少しだけくの字になって際立つお尻にも目がいった。エイジはすっかり鼻の下を伸ばしてニヤニヤして、然るべきタイミングを見計らっていた。
空間錯誤の他にも、脱ぐ枚数を操作するコマンドがあったのだ。更衣室や温泉の脱衣場など、元から着替えようとしている女にしか効かないらしいが、その脱衣時の動きをコントロールして、全裸になるよう誘導することができるのだ。
女には丸裸になってもらった。
その上で、彼女が競泳水着を着ようとする瞬間、エイジは狙い済ましたように空間錯誤を解除する。
今の今まで、女には周りの男が全員同性に見えていたはずだ。説明にはそのように書かれており、自分はごくごく普通に女子更衣室で脱いでいると思いながらに裸になったわけである。
さて、それでは全裸であるこの瞬間に効果を解き、本当は男子更衣室にいたのだと悟らせたら、果たしてどのような反応をすることか。
「は!? え!?」
女はひどく驚いていた。
ぎょっとした顔をして、急に腕で大事な部分を隠してしゃがみ込む。
「なっ、な……な……な……!」
ひどく動揺していた。
彼女が置かれている状況は、バトル漫画や何かのアニメの世界のように、幻術能力にでもかけられて、それが急に解かれたことと同じである。
ここで初めて、おかしかったのは周りではなく、自分の方だったのだと気づいたのだ。
その恥ずかしさといったらないだろう。
みるみるうちに顔は赤らみ、頭が沸騰しているであろう強い羞恥心がひしひしと伝わった。
「…………ここ、男子更衣室だけど」
周りでじろじろと見ていた男のうちの、ただ一人がそーっと、恐る恐るといった具合に指摘する。
「…………」
女は凍りついていた。
真っ赤な顔のままフリーズして、しばしはぴくりとも動かなくなっていた。
「――し、失礼しました!」
その後はあっという間だ。
大慌てで下着を着け直し、元の姿に戻って更衣室を飛び出すまで、十秒もかかっていない。
(いやぁ、面白いものを見たよ)
エイジは女の狼狽した様子に満足しきっていた。エロティックな裸もさることながら、自分より良い人生を送っているであろう、充実貴族の慌てふためく姿といったらなかった。