第1話 奥口エイジ

 小さい頃から侮られ、下に見られながら生きてきた。
 まず見た目が悪いのだ。
 生まれつきの骨格なのか、反り返った豚鼻はからかいの的となり、幼稚園の時から豚だ豚だと言われ続ける。小学校で学年が上がった時には、異世界ファンタジーの影響からオークとあだ名されることが増え、モンスター退治という名目のごっこ遊びで苛められた。
 それは単なる虐待と言えた。
 笑いながら、面白がって小突き回して、経験値やドロップアイテムの獲得と言って消しゴムや鉛筆などを奪う。しかもそれを見た教師は、どういうわけか友達同士の微笑ましい一幕であると本気で勘違いしていたので、一言の注意すらしなかった。
 いざ先生に相談しても、あんなに楽しそうだったくせに、何がそんなに嫌なんだと、逆に説教気味に言われたくらいだ。
 エイジにとって、それほどの衝撃はなかった。
 勇気を出したと思ったらその扱いで、イジメについて打ち明けることが以来トラウマになっている。
 そんなエイジが自信に溢れた人間として育つはずもなく、勉強も運動もあまり出来ない。絵や音楽、工作といった特技もなく、自己肯定感の極めて低い、普段は声も小さくボソボソとした人物として育つのは、決して不思議なことではなかった。
 いつも下を向いて歩き、弁当は一人で食べ、周りに友達がいないので、はしゃぎもしなければ喋りもしない。
 その手の人間は残念ながら、周りからは気持ち悪く見えがちになる。特に女子には遠巻きにされやすく、男子すら積極的には寄ってこない。
 しかも、てっきり同類と思った他の男子は、同じように一人で弁当を食べたり、休み時間は静かに過ごしているはずなのに、そちらには声をかける女子がいたりする。
 馬鹿な、自分と彼で一体何が違うのか。
 このことがエイジの持つ劣等感をますます大きなものにした。
 自分は絶対にモテることはない。
 彼女を作って明るくはしゃぎ、色んなところに出かけていって、などと青春を謳歌したい願望こそあるものの、そのような贅沢品は、エイジのような劣等種からしてみれば、貴族達が独占した高級品も同然だ。
 そうした人間にも性欲はあり、彼女が欲しい、セックスがしたいといった欲望は立派に膨らむ。
 もはや周囲を妬み、恨みすらしている。
 自分は劣等人種だ。
 親がどうというわけでも、実際の人種がどうということでもないが、何故だか劣等種として生まれてしまった不幸の人間だ。親は同じ人種同士のはずなのに、そこから生まれた自分は突然変異による別の人種だ。
 自分にはそんな生まれつきのハンディがあり、だからまともに女子の友達が出来ず、彼女を作るなど夢のまた夢だというのに、クラスの男子の何人かは彼女持ちだ。
 ……ずるい。
 まともな人種に生まれることが出来て、本当にずるい。
 いつしか、そんな怨念すら抱き始めて、その邪気は性格に歪みをもたらしていた。

 ……自分は不幸なのだから、レイプに走っても仕方がない。

 そんな風に思い至って、特に行動に走ったわけではないが、エイジの思考はそのようになっていた。恋人を作るなどという、正当な手段で満たすことは不可能なのだから、犯罪にでも手を染めるしかないではないか、といった歪みが中学生の時点で大きくなった。
 レイプには走らなかった。
 だが、それよりも手前の行為には走ることになる。
 エイジの初の犯行は、中学校のプールであった。
 プールの授業中、たまたま水中に潜った際の、ゴーグル越しに眺めた女子の尻に惹かれてしまい、エイジはついつい触ってしまった。
 衝動的な行動だった。
 魔が差したとしか言いようがなかった。
 たちまち女子から悲鳴が上がって騒ぎになり、その行為は学校中に知れ渡る。痴漢という理由で職員室に呼び出され、果ては両親まで呼び出されたショックは大きなものだが、悪いのはエイジである以上、当然エイジが悪者として扱われた。
 説教され、白い目で見られる。
 そんなことは当たり前だが、その自業自得によってエイジはますます大きな歪みを抱えることになる。元から歪みがあったがために魔が差して、そこからさらに歪むという、負の循環は既に始まっていた。
 中学時代の三年間、彼はエロジという蔑称を付けられて、そのついでのようにエロ豚やエロオークといったあだ名も加えられていた。
 奥口という名字は、誰かにオーク呼ばわりを思いつかせるきっかけだった。
 こうして複数のあだ名を持って過ごす期間は、果ては高校生活にすら及ぶことになる。なるべく遠い、中学時代の知り合いが誰もいない場所を選んだはずが、どういうわけか知られていたのだ。
「なあ、中学でエロオークって呼ばれてってマジ?」
 と、急に一人の男子に聞かれたのだ。
 どうやら、同じ中学の人こそいなくても、他校に友達を持つ誰かがいたために、そこからエイジの過去が知れたらしい。
 ただでさえ、見た目で一歩距離を置かれやすいのに、痴漢の過去まで知れてはお終いだ。
 高校での三年間も、エイジにとっては暗い青春になった。

      *

 そしてバイトを探し始める時期、いくつもいくつもの面接に落ちながら、エイジは日雇いの仕事を点々とする。
 そこでも、当然のように軽んじられた。
 日雇いだからと、正社員から妙に舐められ、その一方で四十歳の中年が同じく日雇いの立場で働いているのに、そちらの方には気さくな声がかかっている。中年の周りは和気藹々と、エイジに対しては辛辣な目が向けられる。
 似たような立場だと思っても、エイジだけが軽視され、他の人間こそがまともな扱いを受け続ける。
 もはや自分はそういう星の生まれらしい。
 やがて安いアパートで一人暮らしをするようになり、その時にはバイトの面接にも合格していたが、そのバイト先では歳下の店長に叱られる。客には理由もなく惹かれ、君には他に向いている仕事があるんじゃないかと、とても遠回しに退職まで勧められた。
 そのバイトが嫌になり、別のバイトを何とか見つけ、しかしそこでも良い扱いなど待ってはいない。
 そんな毎日を送り続けて、ろくに就職もできないまま三十代の半ばを迎えたエイジは、やはり歳下の店長に叱られる。その一方で、二十歳そこそこのバイトは好意的に扱われていた。
(僕とそう変わらないのに……)
 驚くことに、エイジとそう変わらないほど醜悪な外見で、なのに明るくニコニコと、休み時間のお喋りから漏れ聞こえた会話によれば彼女までいるという。
(何が違うっていうんだ……)
 自分と同じように、ろくに友達もいない様子で、一人で弁当を食べていた男子に女子からの声がかかって、エイジには声がかからない。同じ日雇いの立場で働いて、四十歳にもなって就職していないオッサンは好意的な態度で接してもらい、エイジへの接し方は辛辣だった。そして同じだけ醜悪な外見でも、やはりエイジの扱いだけが悪い。
 やはり自分はとびっきりの劣等種だ。
 歪みを大きくする一方のエイジだが、しかしある時、急な転機が訪れる。

「認識阻害アプリ……?」