第3話 日々の映像

 翌日。
 サリアは再び表情を険しくした。
 この店を訪れて、すると店員である彼に所定のテーブルへ案内され、今回の客の相手をする。望みのプレイに応じて体を差し出すわけなのだが、昨日と同様に記憶が飛んだ。
 今回の客は二人だ。
 二人の中年が正気のサリアにベタベタと触ってくる。二人の間に座らされ、両側から伸びる手によって、主に乳房を揉みしだかれている最中だった。
 顔が険しい理由は、しかし胸を触られている事ではない。
 いや、それもあるにはあるのだが、やはり時間である。
 時間が飛んだ感覚で、気づいた時には全裸となり、こうした状態にサリアはあった。
 そして、目の前にタブレットがセットされ、スタンドに立った画面の中で、自分自身がおかしな言動をしているのだ。

『えぇぇ? 毛が剃りたいのぉ?』

 映像が始まって真っ先に、テーブルに乗り上がったサリアの股を広げた姿が映る。足をしっかり左右に投げ出し、M字を披露した中心で、肉貝が綺麗にぴったりと閉じ合わさっていた。
 その少し上にある陰毛地帯に、確かに毛は生えている。
 だが今はどうだろう。
 動画でのサリアが放つ、この自分自身の台詞から、今のサリアがアソコに意識を傾ける。少し俯き陰毛の部分を見てみればツルツルだった。
『オジサンね、剃るのが好きなんだよ』
『そうなのぉ? じゃーあ、あたしがオジサンのシュミに付き合ってあげるねぇ?』
『嬉しいなぁ? じゃあ、さーっそく、クリームを乗せちゃうからねぇ?』
『はーい!』
 理解できないほどノリノリだ。
 明るく活発な人間が楽しい事にでも打ち込むように、動画でのサリアはシェーピングクリームを受け止める。泡の固まりが陰毛の上で膨れ上がって、そこにT字カミソリを入れる時、画面はアソコの拡大へ切り替わった。
 タブレットの画面サイズいっぱいに、白いクリームの山が映し出された。奥に陰毛を隠した泡を画面の中心に、その少し下には肉貝が見切れつつも映っている。
 まるでカミソリの持ち主の視界をそのまま映像化したような、言ってみるなら一人称的なアングルの映像で、突き伸ばされた拳の中にそれは収まっていた。
 握られたカミソリが泡の上端にかかった時、さーっと下へスライドする。
『あぁん! 剃れちゃったぁ!』
 つるりとした肌が現れた。
 T字カミソリが泡をどかして、その一瞬で陰毛さえもが根元から切り落とされていた。通過部位には一本の剃り残しもなく、本当にツルツルだった。
『さぁ、残りもいくからね』
『はーい!』
 シェーピングクリームは今ので右半分が消失している。
 次にカミソリが置かれた時、今度は真ん中を通過して、泡の白い山は左端に少々残るばかりとなる。
 最後にその左端にもカミソリは通されて、毛の一本も生えていない、生まれたてのようなアソコの出来上がりだった。
「ねえ、サリアちゃん?」
 右から声をかけてくる中年の、その声は動画から聞こえるものと同一だった。
「君はね? こんな風に毛を剃ったんだよ?」
 左に居座る中年は、撮影の間は見学にでも徹していたのか、今になって初めて声を聞く。
 そのどちらも、人の乳房を好き勝手に揉んでいる。
 右から来る右手の中に、左から来る左手に、それぞれ乳房が収まって、指の蠢きによって柔らかな変形を繰り返す。
「ねえ、ご感想は?」
「ツルツルになって、すっきりしたんじゃない?」
 望みもしない手入れを勝手にされるなど、屈辱的な話だとしか言いようがない。
「……ふん」
 今のサリアは動画のように媚びへつらってなどいないので、そう鼻を鳴らすのだった。
「あらぁ、今のサリアちゃんも可愛いねぇ?」
「そんな可愛いサリアちゃんは、乳首を苛めてあげようねぇ」
 二人して、乳首を中心に愛撫してきた。
「くっ、んっ……んっ、あっ、んぅ…………」
 摘まんで引っ張り、指圧によって捏ねてくる。マッサージを織り交ぜながら、軽い力でしきりに引っ張る刺激によって、みるみるうちに固くなり、あっという間に最高の硬度に達して敏感になっていた。
「んはぁ……はぁ……くっ、んっ……!」
 もう呼吸が乱れている。
 人の反応を楽しむために、指遣いをますます活発にしてくる彼らに延々と弄ばれる。
 この日のサリアは長らく胸で感じさせられ、やがて閉店時間を迎えるのだった。

      *

 一日目は五人組の客。
 二日目は二人の中年相手に剃毛や乳首責め。
 そして、三日目はオナニーショーの曜日であった。
 この二日間でも十分に屈辱的なものだったが、自慰行為を見世物として見せびらかすなど、今までにも増してプライドを傷つけられる。
 さしものサリアも気を重くして、本当はこんな所になど来たくない、強く強烈な思いを胸に店を訪れ、いつものようにテーブルへの案内を受けるのだった。
 今日の客の顔ぶれは、女一人に男二人。
 同性愛の性癖なのか、女性であっても娼婦が披露する痴態を見たがる者はいるらしい。
 これから、記憶が飛ぶ。
「ちーっす! 君、サリアちゃんってゆーんしょ?」
「今日はオナニーショーがテーマだからさー」
「あたし達の前で、たーっぷり自分を慰めて?」
 三人の客達がノリ良く元気に求めて来る。
 そんな彼らの前で、サリアは着衣を手放して、裸で秘部を弄り始めるわけなのだが、もう二度も時間が飛ぶような体験をしているのだ。
 数十分や数時間、未来へと送り飛ばされるような感覚は、一体どのタイミングで発生するか。
 サリアは身構える思いで服に触れ、もうこの瞬間にも飛ぶだろうかと、どこか警戒しながら脱ぎ始める。
 そして、飛んだ。
 ただ脱ぎ始めただけの、まだ肌をどこも露出していないはずの段階から、急に全裸の自分へと変わっていた。
 それだけではない。
 アソコがぐっしょりと濡れている。
 股を閉じれば、ねっとりとした汁気が潰れて皮膚に広がり、逆に開くと何本もの糸が引く。股から香りが立つほどに、たっぷりと体液が分泌されていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!」
 たった今まで全力疾走でもしていたはずであるように、サリアは息を切らしていた。肩が上下に動く呼吸で、肺いっぱいに酸素を吸い込み、そんな息遣いが乳房を大きく前後させていた。
「いやぁー! いいオナニーだったよ!」
「サリアちゃんイキまくりだったねぇ?」
 やはり男は両隣に座っている。
 それから少しだけ距離を置き、女の子もまた同じベンチ型のソファに座っている。
「エッチだったなぁ……」
 感心した風に、女の子は呟いていた。
 そして目の前にはタブレットだ。
 既にスタンドの上に置かれて、動画再生のタイミングを待つばかりであった画面の中に、サリアではないサリアが映し出された。

『あぁぁん! すごいのぉ!』

 指で存分にアソコを弄り、快楽に浸った女がいた。
 誰だ、これは――と、自分自身の姿とわかっていながら、改めてそう思わずにはいられない。
『いっぱい濡れちゃうの! ヤバくなーい?』
 こんなにも楽しそうに、人にオナニーを見せびらかす事などあるだろうか。
 テーブルに乗り上がり、足をM字に広げた中心で、右手がアソコを嬲っていた。
『見て見てぇ! サリアのすっごいオナニー!』
 縦筋に置かれた指が勢いよく上下している。そのあまりにも活発な自慰行為は、しかし噴き出るような愛液のおかげで、皮膚に負荷などかけていないのだろう。
『あぁっ! イっちゃいそぉ!』
 動画でのサリアは悩ましげな顔でうっとりと目を細め、それを画面越しに見つめる今のサリアは、頬が硬くぷるぷると震えるほどに表情を強張らせる。
 こんな顔を自分は見せていたのかと、そう思うと本当に耐え難かった。
『イっちゃう? イっちゃう?』
『おれ、サリアちゃんのイクところ見たいなー!』
『あたしもあたしもー!』
 そんな三人の声がかかってくると、ショーの演者はとびっきりの笑顔で答えていた。
『うっそー! じゃーあ、恥ずかしいけど、イっちゃうくらいオナニーしちゃいまーす!』
 さらにもう少しだけ右手が加速して、もはや愛液をかき混ぜていた。触っているのは肉貝の表面なのに、表皮の上で厚みを持つほど噴き出た愛液がくちゅくちゅと音を立て、よく見れば泡立ちすらしているではないか。
『あっ――あぁ――あっ――――あっ――――――――』
 そして、指が入った。
 膣口へのピストンに移った時、右手の甲が画面に向かって前後する。自らの指で穴を犯し、自身を絶頂に近づけようとする激しくも狂おしい自慰行為は、ますます演者を悩ましげに、髪を振り乱す仕草も活発さを帯びていた。
 やがてサリアは絶頂する。

『あぁぁぁぁ――――――――――――』

 ビクっと弾み上がるようにして、テーブルにべったり置いた尻を浮き上げる。同時に潮を巻き上げて、降り注いだ滴がレンズにかかった。タブレットの大きな画面のいくらかが、滴の付着によるぼやけを帯びて、その間で演者は目をとろっとさせ、甘い余韻に浸っている。
『はぁ……イった……サリア、イっちゃったかも……!』
 語尾にハートマークすら付いていそうで虫唾が走る。
 これが自分の言動である事が、やはりサリアには信じられない。何かの間違いではないか、実は双子ほどによく似た他人がいて、その人物の映像ではないのか。無理のある可能性を挙げてでも、これが自分である事を否定したい気持ちが吹き荒れる。
 だが、やはり映像の中の、このオナニーショーの演者は、他ならぬサリア自身なのだろう。

      *

 ブィィィィィィィィ!

 駆動音がはっきりと聞こえてくる。
 今度の映像は高い位置から見下ろした斜めのもので、きっとカメラマンは椅子にでも立っていたのだろう。背丈ある角度から真っ直ぐ見つめるアングルの中、サリアのアソコを太いディルドが辱める。
『あぁぁん! あっ、イキそぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
 なんとみっともないのだろう。
 膣口から生えた電動式ディルドのグリップは、回転の仕組みでもあってかぐるぐると踊っている。振動の刺激を味わうサリアは、動画内における自分ではない自分は、一心不乱に髪を振り乱し、そしてどこか恍惚としていた。
『あぁっ! イっちゃう! サリアイっちゃう!』
 その時、ビクっと胴を跳ね上げて、ディルドの刺さった穴から滴を飛ばす。降り注いだそれがサリア自身の肢体を穢し、その直後に画面外から男の腕が伸びていた。
 ディルドのスイッチを切って引き抜き、すると長い長い糸が伸びていく。
『サリアちゃん。どうだった?』
 質問が行われると、顔の拡大へと切り替わる。
『うんっ、すっごく良かった! マジでヤバイかも!』
『ディルドハマっちゃう?』
『ハマるハマるぅ! また使いたい!』
『いい子だねー! サリアちゃん。じゃあ、もうちょっと遊んであげるね?』
『はーい! サリア楽しみぃ!』
 こうして動画の中のサリアは、二度目のディルドを味わい始める。挿入された途端に悦び、嬌声を上げながら前髪を乱す自分に対して、今の冷静なサリアが向ける目といったら、やはり非常に険しいものなのだった。

      *

 映像は積み重なる。
 毎日毎日、店へ行くたび時間が飛び、日課のようにタブレットの画面を見せつけられる。画面内にいるサリアは、必ずといっていいほど理解不能の口調や声音をしているので、これが自分であるとはどうしても認めがたい。
 こうした日々を送る一方で、任務である再調査は続けているが、今のところ不穏な情報は掴んでいない。張り込ませた調査員からも、何も特別な報告は上がって来ず、物資や人員の動きの監視もしているが、怪しいところは見つからない。
 以前は仮にも問題を発見したが、今は痛くもない腹を探っているだけなのか。
 それならそれで、何も見つからない事をドクターに報告するのが仕事である。サリアの任務は暴くべきを暴く事であり、ありもしない出来事を捏造する事ではない。
 何もなければ、それはそれでいい。
 ただ、不審な点は何もないと報告するにも、何事もない状況をもう少し、観察結果として積み重ねる必要があるだろう。
 サリアにとって、一番の問題は犯人だ。
 店の中では『支配者』などと呼称したが、あんな風に人を操る事が出来るなら、確かに犯人とは支配者だ。
 十中八九、精神系のアーツだろう。
 催眠術で暗示を擦り込み、自分をそういうキャラクターだと思い込ませる方法なのか。洗脳によって人格を改変できるのか。いずれにせよ、サリアには自分が自分でない時の記憶がない。
 怖いのはそれだ。
 記憶が飛ぶのを良いことに、犯人はもう既に、何か都合の良いことをサリアにさせてあるのではないか。機密情報の流出、何らかの工作、暴力、恐喝、何にどう加担させられていたとしても、その記憶がない以上、ものの始めから罪を自白する事すらできないのだ。
 いっそ調査員に命令して、自分自身に監視を付けてしまおうか。そう思いもしたのだが、犯人がどこからどのようにサリアを見張っているかわからない。自分を監視させる行為など簡単にバレるだろう。下手な反抗を試みたものと見做され、どんな見せしめが行われるかもわからない。
 下手な手は使えない。
 一番良いのは、サリアの状況を上手く察して、こちらから命じるまでもなく、勝手に監視に付いてくれることだが、連れて来た調査員の質では、それほどまでに高度な立ち回りは期待できまい。
 いや、しかし――。
 もし犯人が予想通りであってくれれば……。