プロローグ
任務から帰投して、その翌日にサリアは驚愕した。
とある任務でクルビアの製薬会社に立ち入って、社の様々な調査を行った。与えられた任務をこなして引き払い、帰投後すぐに報告書を仕上げたサリアを待っていたのは、まるで身に覚えのない映像だ。
『みんなー! あたし、サリアっていいまーす!』
わけがわからなかった。
電子端末が受信したファイルを再生すると、どこかのステージに立つヴイーヴルの女が裸で脚光を浴びていた。盛り上がる観客を前に大胆に足を開いて、その手を自らのアソコに置き、縦筋をなぞるような真似を始めるのだ。
『サリアちゃんのオナニーショー! はっじまっりまーす!』
理解不能の映像としか言いようがない。
この映像の場所をどれだけ細かく観察しても、こんな場所に居た覚えはない。暗がりをスポットライトで照らし出し、観客の注目を一身に受け止めるステージなど、ただの一度も訪れていないはずだった。
『見て見て? どうですか? サリアちゃんのオナニーはどうですかぁ? 興奮しますかぁ?』
自分の見ているものが信じられない。
これは瓜二つの別人ではないだろうか。
自分の事を名前で呼び、あまつさえちゃん付けまでするような言葉遣いなどしていない。この自分とは思えない自分を前に、サリアはいつまでも驚愕に目を見開き、その瞳を震わせていた。
「なんだ……これは……」
それしか言葉が出て来ない。
さしものサリアも激しいショックと動揺に駆られていた。
そんなサリアの前で映像は進んでいき、オナニーショーと称した自慰行為が活発となっていく。愛液が出ているのか、最初はまだゆっくりと嬲っていたところを、やがて素早く摩擦して、いかにも狂おしい快楽に浸ったように頬を火照らせ、目つきはうっとりと緩んでいる。
『あぁ……いいぃ……気持ちいいのぉ……!』
品などなかった。
快楽を味わう満足げな表情で、大胆に髪を振り乱し、腰をどこかくねくねさせる。自分が気持ちいいだけではない、ショーと言うからには観客の熱気を煽ろうとするパフォーマンスの入り交じるオナニーに、サリアがどれほど引き攣っているかは言うまでもなかった。
拳に力がこもる余りに、指が画面に亀裂を走らせていた。液晶の破損だけでは止まらない端末は、片隅のひび割れにも関わらず映像を流し続けた。
『あぁぁん! いい! いいのぉ……!』
一心不乱にオナニーに励む画面内でのサリアは、淫らな顔でだんだん素早く右手を上下させている。快感がヒートアップするにつれてか、最初は床に置いていた尻がだんだんと浮き上がり、次の瞬間に目を丸めた。
『あっ! ひあぁぁぁぁ……!』
潮吹きで滴が舞った。
その瞬間に歓声が湧き上がり、まるでアイドルがステージをこなしたような盛り上がりだ。この理解出来ない空間の、自分とは思えない自分の姿に、いつまでも驚く気持ちが引かず、サリアはかつてないほど引き攣っていた。
「意味がわからないぞ! なんなんだこれは!」
絶頂を最後に画面は暗転、音も何も消えてゆき、ただの真っ黒だけが動画として流れている。だが再生時間の表示には、まだもう少しだけ時間が残っていた。
まだ、何かあるというのか。
冷や汗を吹き出しながら見つめていると、急に画面は人影を映したものに切り替わる。どこの誰の顔でもない、ただ目や鼻の形の通りに凹凸を作った黒い人型から、声紋分析が出来ないように加工したのであろう声が発せられ、サリアは緊張感を持ってその言葉に耳を傾ける。
『サリア――この動画を確認したという事は、状況は理解しているな? そう、お前にとって心当たりのない記録がある。行った覚えのない場所で、やった覚えのない行為を働いた映像がこうしてある』
犯人からのメッセージというわけだ。
まずは乱痴気騒ぎの映像を見せびらかし、自分の持つ力を誇示した上で、おそらく脅迫でもしてくるのだ。秘密をバラされたくなければ言う事を聞け、とでも言うつもりか。
『先ほどのオナニーショーは、たとえお前の記憶になくとも、確かに実際に起こった出来事だ。合成でもCGでもなく、双子のような瓜二つが存在したわけでもない。お前自身がステージに居て、人にオナニーを見せびらかした。お前自身があのような言動を口走った。この意味がわかるか?』
つまり、言った覚えのない台詞をいくらでも口走っているわけだ。音声合成技術で作ったフェイクなら良かったが、先ほどの映像を見る分には、サリア自身の口から様々な言葉が放たれている。
それはどこかの企業にとって都合の良い台詞か、政治的問題を起こしうる発言をさせてあるのか。身に覚えのない言葉を、それでも本人に喋らせるなどという芸当は、知能犯にとって特上の武器になるだろう。
裸の映像どころではない。
既にどんな弱みを握られているか、わかったものではなかった。
『あなたにはやがて次の任務が来る。私はそれに応じて、お前に新しいメッセージを送るだろう。その内容にお前は従うしかないわけだ』
ここではまだ、詳しい用件は伏せるらしい。
『くれぐれも、妙な気は起こさない事だ』
加工された音声で、犯人は最後にそう言い残し、そこで動画の再生は終了した。
「どこの何者だ?」
裸や自慰行為の映像を目の当たりに、ならばたとえ記憶がなくとも、もっと様々な痴態を犯人は握っているかもしれない。人をあんな風に操る力があるのなら、誰かと誰かを性交させる事すら簡単だろう。スキャンダルを見つけるのでなく、製造できるというわけだ。
実はサリアの体には誰かの肉棒が出入りして、膣が存分に使われている可能性が大いにある。
想定に考えを及ばせるほど、気持ちが悪くなってくる。
「ただではおかんぞ」
妙な気は起こすな、そうはいかない。
こんな真似をして、許してなどおくものか。
何より、こんな力を持つ悪意ある人間など、危険すぎて放置できない。
必ず正体を暴いてやると、サリアは決意するのであった。