第4話 撮影の果て

 ――とある場面の撮影。

 そのクリーチャーは媚薬ガスを噴出する設定だ。原作では細かな説明や性的な興奮状態の描写が書かれている。だが映像媒体において、その説明に尺を消費するわけにはいかず、細かな情報はパンフレットの記載となる予定だそうだ。

 ジュディの前に、球体のような怪物がいた。

 元は人間だったのだが、生物をクリーチャー化する実験により、本来の容姿などわからないほどまで変貌して、胴体が気球のように膨張している。
 全身が桃色に変色して、体表が溶けかかったヘドロのような見栄えとなっての、大玉から足を生やした怪物は動きが鈍い。戦闘力としての脅威はないが、しかしジュディが弾を撃ち込めば、空いた穴からガスが噴出する。
 それを吸ってしまったジュディは、息遣いを熱っぽく、頬も赤らめ始めるのだ。太ももを擦り合わせ、快楽に戸惑う演技をすることで、具体的な説明を挟むことなく、媚薬効果のガスであることを示唆していた。
 球体怪物はみるみる萎んだ。
 すっかり普通の人間と変わらない体格となって倒れ込み、醜いピンクの死体となって転がった。
 その隣をジュディは通り抜け、潜入した施設の奥へ奥へと突き進む。
 そこで待ち受けるのは、より強力なクリーチャーだ。
 生物を怪物化するどころか、両腕をチェーンソーとする機械改造まで施された凶悪な怪物は、咆吼を上げながらジュディに襲いかかる。

     *

 ジュディス・ランスターはアクション担当を相手に立ち回る。小道具である銃を片手に、ワイヤーアクションを挟んで華麗に舞い、鮮やかな身のこなしで狙いを定め、弾倉の入れ替えも手早く格好良く決めている。
 いわゆるボス戦の撮影だ。
 主人公ジュディは黒幕の待つ根城に突入して、魔界都市計画の元凶を倒すべくして進むのだが、その道中を阻むのが中ボスのクリーチャーだ。
 デザイン上は両腕をチェーンソーに、その細やかな刃を回転させ、肉食の猛獣じみた牙を生やして咆吼で威嚇する。
 そのCGでなければ表現できない怪物は、撮影時にはアクション担当の人間が動きを作る。両腕には木の板を紐で巻きつけ、まるで腕から剣を生やしたように戦うが、編集によるCG処理ではそれが凶悪なチェーンソーに置き換わる。
 まだCGの皮を被っていない、人間が滑稽な装いをして動く場面は、傍からすれば面白おかしい光景と映るだろう。だがこれを仕事として、真剣にこなすスタッフや監督の面々の中に、それを笑う者はいない。
 当然、ジュディスも笑わない。
 ただ振り付けとして決まったアクションをこなして駆け回り、繰り返し引き金を引き、時には華麗なキックを決めるまでの話である。
 しかし……。
「んっ、んぅ……!」
 その時、ジュディスは軽く喘いだ。
(こんな方法で撮るなんて……)
 アクション担当の振り回す板が迫る。ジュディスは大きく背中を反らし、頭が床に触れかける姿勢でかわしてみせる。そのまま床に両手を突き、後転運動と共に放った蹴りで、本当に当てるわけではないが、クリーチャーの顎を蹴り上げる。
 喰らって仰け反るアクション担当の、ダメージを受ける様子はただのフリだが、編集後の映像では喉に爪先が入っていることだろう。
 そして、この後転運動を終え、元の立った姿勢に戻った直後、ジュディスはビクっと腰を震わせ喘ぐのだった。
「んぅ……」
 衣装はボディスーツである。
 体のラインにぴったりと沿い合わさり、腰のラインや尻の形が如実に浮き出る装いで、胸元のチャックを少しだけ下ろしている。セクシーな衣装で色気を出しつつ、アクションによって格好良さを演出する。
 その最中にジュディスが喘ぐ理由は、媚薬ガスを吸った設定だけではない。

 ローターが入っているのだ。

 ボディスーツの股間部分、そのさらに内側にあるショーツの中には、ピンクの卵形の器具が震えている。
 これも監督の命令だった。
 媚薬ガスの効果をよりリアルに、それっぽく演出するために、主人公ジュディの本当に快楽を感じた表情を作ろうとしているわけだ。
 ローターが震えた状態で駆け回り、気持ちいい状態で攻撃をかわし、喘ぎ声が出そうな中で銃を構える。媚薬ガスのせいで動きが鈍っている設定なので、ここでのジュディは劣勢気味で、このあとは執拗なチェーンソーの攻めに逃げる一方という段取りになっている。
 飛び退いた。相手の頭上を飛び越えるほどのジャンプをこなし、背後を取る形で攻撃をかわした。追いかけられ、逃げ回り、その間のジュディスは延々と熱っぽい息を吐き出していた。
 やっと撮影が終わり、控え室で着替えを行う時、ボディスーツの内側にあるショーツは、愛液でぐっしょりと濡れていた。
「穿き替えね……」
 替えの下着があって良かったと思いながらに脱ぎ去れば、クロッチに付いた楕円形の形がよくわかる。それにローターにも愛液がまぶされきっていた。

     *

 そして、次の撮影シーンとなる。
 場所はケビンの家――という設定の、一軒家を借りたロケ地である。原作通りのキャラクターを意識して、ケビンの趣味の通りに私物を揃え、調度品を並べた家の中、ジュディスやケビン役の男と時間を過ごすこととなる。
 ケビンの家で過ごす場面は、作中でいくつかある。
 序盤や中盤、物語が結末を迎えたエピローグでも、二人幸せに過ごす時間は描写されている。だが撮影をストーリー順にできるとは限らない都合上、一軒家を使用した撮影はこの一日で全て撮り終える予定である。
 他の映画を撮影する他の監督も、どうやらこの家を押さえようとしており、一日で取り切らなければ、明日にはもう順番を譲らなくてはいけないそうだ。
 シーン数を考えれば、そう無理な話ではない。
 だが、ジュディスは昨日の出来事を思い出し、ケビン役の男と顔を合わせることが嫌になっていた。
(撮影中はなんとか取り繕うとして……)
 肉棒を本当に挿入されたのだ。
 その思い出のために、今朝は顔を合わせるなり目を背け、挨拶もしていない。
 撮影が始まれば、主人公ジュディはケビンを愛しているのだから、愛想良くしないわけにはいかない。プロとして役に入り込み、脚本の台詞も述べていくのだが、どこかぎこちないと言われて何度かやり直しをさせられた。
(本当に……上手くいかないわね……)
 そもそも、犯されたのだ。
 実際に挿入することの合意などしていないのに、無理に入れられてしまったジュディスとしては、裁判でも起こしたいほどの気持ちでいる。その相手と共演して、役柄は恋人同士など、なんという地獄であろうか。
(それでも、あたしはプロなんだから)
 俳優としての根性で、ジュディスはあくまで仕事をこなす。時間はかかっても、撮影を繰り返すうちにようやく切り替え、カメラが回っているあいだだけは恋人になりきった。
 だが、ケビンとの濡れ場はあの一回だけではない。
 ストーリー順ではもっと手前の、撮影順としては今日となる家の中での撮影で、ジュディスはケビン役の男に向かって、頭を前後させなくてはならないのだ。

     *

 ケビン役の男はほくそ笑む。
 ピッグマン監督とはグルなのだ。
 エロシーンであろうと臨場感やそれらしさを優先したがる監督と、かねてから女性に目がないケビン役の男は、良くも悪しくも気が合った。ピッグマン監督の作品には何度も出て、そこに濡れ場があろうものなら、良い思いをさせてもらった。
 ある時、監督は言ってきたのだ。

「本当に挿入してみないか?」

 映像の質を追求するあまり、ベッドシーンでは実際に女優を犯させようと考えた監督からの、そんな誘いに男は乗った。
 それ以来、ラブドラマで本当にセックスした。ホラー映画の濡れ場でも射精して、そして今回のケビン役でもジュディス・ランスターの中に挿入した。
(まさか処女とは思わなかったがな)
 かのジュディス・ランスターの一番乗りになれるとは、なかなか光栄な話である。
 あの動揺といったらない。
 経験を積んでの手腕により、何度も絶頂させた上での挿入に、抗うだけの体力もなく、ただ狼狽していた時の顔は本当に面白かった。
 そして露骨に様子が変わった今日、最初のうちは演技が明らかにぎこちなく、昨日のことを気にしているのがひしひしと伝わってきた。
 だんだんと普段の通り、プロらしく演技をこなすようにはなってきたが、ケビン役の男に言わせれば、やはり本調子とは言い難い。
 そんなジュディスの演技でも、ピッグマン監督が満足するだけのシーンは撮れているようで、スケジュールは滞りなく消化されていく流れとなる。
 やがて迫るのが次の濡れ場だ。

 フェラチオのシーンである。

 原作ではがっつりと、舐めたり頬張ったりしている描写が書き込まれ、そこには挿絵まで入っている。その描写通りの映像を撮ることは出来ないが、映画館で放映できるギリギリを狙い、ピッグマン監督が考えたのは、背中や後頭部だけを映すアングルだった。
 ジュディスを全裸にさせ、壁からはみ出して見える尻、滑らかな背中や後ろ髪の、胴体に向かって前後する様子を撮ることで、起こっている出来事を伝えるのだ。
 本当に咥えている必要はない。
 だが、それではピッグマン監督は納得しない。たとえ咥えた唇を映すことはなくとも、フェラチオという出来事には本当に起こっていて欲しい。フリで済むことを本物にしたがるこだわりで、監督はジュディスに同意を求めた。
 もちろん、喜んで同意する女優はいないだろう。欲し
 普通ならいくらなんでも拒まれたことだろうが、ジュディスにはちょうどいい濡れ場がある。
 挿入したのだから、その映像を握っている。
 あのセックスの中、ケビン役の男はシーツをどかし、何の誤魔化しもなく腰振りの場面を撮影させた。カメラの中には紛れもないセックス映像が収まって、女優としてはそんなものに流出されては困るわけだ。
 ネタさえあれば、ピッグマン監督は上手く口車に乗せたのだろう。

「頼むよ? 僕のジュディ?」

 役になりきり、愛しい恋人を撫でる手つきで髪に触れ、耳の裏側に指を絡める。
「ええ、ケビン。今日も元気ね」
 ジュディスも役になりきっていた。
 その唇を亀頭に近づけ、ちゅっ、とキスをしてみせるなり、そのまま頬張り――。

     *

 抵抗感は猛烈だった。
(あたしが……こんなこと、してるなんて……)
 頭を前後に動かして、ケビン役の男に快楽を与える最中、ジュディスの脳裏には昨夜の出来事が蘇った。
 てっきり、縦筋に擦りつけ、素股の形で腰を振るかと思っていれば挿入され、そのまま本当にセックスを撮影されてしまったショックといったらない。
 そして次の日にはフェラチオである。
(あたしはいつから……)
 アダルト系の女優になった覚えはない。
 なのにジュディスは肉棒の太さに合わせて口を開き、口内にそれを収めている。
(なにか……塗ってあった……?)
 妙な味がした。
 ローションでもまぶしたような、少しぬるっとした感触は、前後運動を繰り返すうち、舌や唾液の摩擦に消えている。果たして何が塗ってあったのかはわからないが、奉仕を続けているうちに、ジュディスの体はだんだんと火照り始めていた。
 アソコが疼く。
 触ってもいない部分が気持ち良くなってきて、何故だか愛液が滴り始める。汗が少しずつ表皮に滲み出て来るように、ワレメや肉貝がしっとりと水気を帯びつつあるのだった。
「んっずぅ……じゅぅ…………」
 ジュディスは頬張ったものに向かって顔を押し込み、前後運動に伴い交代させる。視線は愛する恋人に向けるのだが、これを撮るカメラの存在が、監督やスタッフ達の視線が、肌にじりじりと突き刺さる。
(なん……で……)
 少しだけ意識が朦朧として、それ以上に興奮していた。
(なんで……こんな形で……)
 メスとしての本能が男への奉仕を悦んでいる。ケビン役の男が気持ちよさそうにすればするほどに、ジュディス自身もまた満足感を覚えている。
 やがて、頭ががっしりと掴まれて、口内へと解き放たれる。
 その青臭い味にむしろ興奮を煽られて、気づけばジュディスはコクコクと喉を鳴らしていた。

      *

 監督と男優でグルである以上、仕込みを用意しておくことは容易い。
 ケビン役の男の肉棒には、媚薬をまぶしてあったのだ。
 日常シーンの撮影でも、酒を飲むシーンでは実際にアルコールを飲用させ、ジュディスには少しばかり酔いが回っている。酒の力で判断力が低下して、媚薬によって興奮して、本能が剥き出しになりつつある彼女は、精液を飲み干してなお満足していないようにして、何かを求めたような媚びた目つきで彼を見上げている。
 どうやら薬は強力な効果を発揮している。
(今なら……)
 と、そう判断したケビン役の男は、周囲のスタッフ達に目配せを行った。
 するとスタッフ達は、途端に目の色を変え、鼻の下も伸ばして躙り寄る。一人一人の手がジュディスへと伸びていき、たちまち始まるパーティーは――。