第4話 恐怖の確信

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 太野のことがだんだんと怖くなってくる。
(気のせいだよね……大丈夫だよね……)
 そうであって欲しい祈りを胸に宿して、大人なのだから問題ない、平気に決まっているではないかと、有香は自分に言い聞かせる。
「有香ちゃん?」
「は、はい……」
「じゃあ、次はオナニーについて、詳しく話して欲しいな」
「あ、うぅ……」
 本当にここから消えたい。
 未だポーズを解く許可も出ないまま、屈辱の上にさらに屈辱を重ねられ、実に耐えがたい状況で有香はオナニーについて語らされた。初めてオナニーしたのは何歳の頃か、下着の上から触ったのか、指の挿入は、クリトリスへのタッチは……。
 どんな風にオナニーをするのかの、細かい話をひとしきりさせられた上、それらの内容も書類に書き込まれていっている。
「特に気持ちいい場所は?」
「く、クリトリス…………」
「週に何回やるのかな?」
「週というか……決まった回数なんて……」
「だいたいでいいんだよ?」
「四回、くらい……」
 もう耐えきれず、有香は初めて嘘をついていた。
 本当は週に五回くらい、だと思う。
 必ず決まった回数をしているわけではなく、気分によってはしない時もありはするが、基本的にはオナニーにハマっている。もはや趣味の一環と化しており、一度始めると長々と楽しんでいたりする。
「自分は一度に何分くらいしていると思う?」
 そんな質問をされた時、日々のオナニー生活についてより深く暴露する羽目になっていた。わざわざ時間の計測などしておらず、だから自分でも何分かはわかっていないが、三〇分から一時間はしているはずだ。
 それをしょっちゅう、おおよそ日常的にやっているのだ。
「じゃあ、プロフィールなんかには、趣味はオナニーって書かないとね?」
 そんな冷やかすような言葉に、有香の心はさらに大きく傷ついた。
(やだ……なんでこんなこと言われなきゃいけないの……)
 オナニーなどしていたり、エッチなことに興味を持っていたから、こんな目に遭わなくてはいけなくなったとでもいうのだろうか。
 あんまりであると、有香は感じていた。どうしてこんな目に遭う必要があるのだろうかと、恨めしささえ湧いてくる。神様がいるなら神様が憎い。この運命も、太野のことも憎らしくなってくる。
 そして、それが顔に出てしまったのか。
「おや? 何かな、その顔は」
 心がひやりとした。
「え、いえ……何も……」
 何も浮かべていないはずだと、自分でも思っていた。
 だが、知らず知らず、無意識のうちに何かを顔に出していたのだろうか。
「まあいいや。エッチな有香ちゃんには、このままオナニーを見せて欲しいね」
「え……」
「さあ、やってごらん?」
「急に……言われても…………」
 嫌だった。
 人前でオナニーなど、いくら何でも抵抗が強すぎる。それにここまで質問に答えてきて、調査に協力しているのだから、もう十分ではないかという気持ちがあった。ここまで多くの質問に答えたのに、これ以上まだ何かを求めてくるのかと、そう訴えかけたい気持ちまでもが湧いてきていた。
 その瞬間である。

 ばん!

 と、それは机を手の平で叩いた音だった。
「…………っ!」
 有香は戦慄した。
「さあ、もう一度言うよ? オナニーを見せてごらん?」
 太野は実に穏やかに、妙に優しそうな表情で命じてくるが、その命令の内容は受け入れがたいことこの上ない。
 人前で、オナニーなど……。
(でも、やらないと……この人、怒るんじゃ……)
 有香は恐怖していた。
 そうしなければ、もっと怖い脅し方をしてくるのではないかと、恐怖に背中を押される形で有香はオナニーを開始した。元からアソコの方にやり、ワレメを開き続けていたのを、そのままオナニーのために使い始めた。
「すみません……やります……から……」
 震えた手でアソコを触り、ワレメのラインを上下になぞる。
 すりすりと摩擦の音を立て、どこか顔色を窺うように、すっかり萎縮しきった状態で行うオナニーだ。自分の世界に入り込み、妄想に耽っている時と違い、なかなか快感には集中できず、感じ始めるまで時間がかかる。
 続けていれば、そのうち生理的な反応で感じてくるのだろうが、今すぐというのは無理な話だ。
(で、でも……でも……)
 もし、感じないせいで怒られたらどうしよう。
 一度机を叩いた太野なら、いつまでたっても愛液が出ないという理由でも、やはり怒るのかもしれない。その恐怖で感じよう感じようとは意識するも、数分経っても愛液は出て来ない。それだけに有香は焦り、それ故に指を活発にしていた。
「うんうん。協力的で素晴らしいね?」
 有香のオナニーを太野は満足そうに眺めてくる。
 良かった、怒られる気配はない。
 などと有香は安心感を抱いてしまう。
 しかし、続けても続けても、やがて数分が経つ頃になっても、まだ愛液は出て来ない。やっとのことで体の反応が見受けられ、濡れようとする気配ぐらいは出て来たが、いつもならとっくに糸を引いている頃である。
 太野は何も言ってこない。
 ただただ、楽しそうに有香のことを眺めてくる。
(面白がってるの……?)
 薄らと疑念が蘇る。
 先ほどの、急に大きな音を立てられた衝撃で忘れていたが、邪悪な表情を見るたびに有香は太野を疑わしく思っていた。もしかしたら、この人には子供を性的に見る性癖があって、有香の裸を実は楽しんでいるのではないか。
 疑念が改めて胸に広がった時、オナニーを見せびらかすことへの、ただでさえ強い抵抗感が余計に強まり、もう続けていたくなくなった。
 だが、許可もなく手を止めればどうなるか……。
「あーあー。人の顔色ばっかり、窺っちゃってさ」
 ドキリとした。
 背中に氷でも触れたような悪寒が走った。
「有香ちゃん? 僕が机を叩く前から、人を疑わしそうに見てきたよね?」
「ち、ちが……!」
 有香は戦慄していた。
 バレていた? 悟られていた?
 特別、疑念を顔に出したつもりなどなかったのに、こうして指摘してくるということは、心の内が見抜かれていたのだ。見透かされてしまった驚きと、そのことを追求されることへの恐怖感に、有香は肩を小さく縮め、ますます萎縮しきっていた。
「違わないと思うね。まったく、本当はオナニーだって、真面目にやっていないんじゃない?」
「真面目にって……いえ、その……私はちゃんと……」
 真面目なオナニーとは何なのかと、一瞬の困惑もありながら、しかしそれよりも有香は言い訳を口にしていた。言い訳というよりも、そもそも形だけはいつものように、きちんと自分で自分を濡らそうとはしているはずなのだ。
「ま、いいよ? ちょうど試してみたいこともあったし、調査ついでにこういうものでも使ってみようかな? お仕置きも兼ねたりしてさ」
 太野は一度有香の目の前から離れていき、机の引き出しを開け始める。
 一体、何を持ち出してくるのかと思っていると、太野が握っているのは電気マッサージ器なのだった。
 その用途を有香は知っている。
 肩や腰など、れっきとしたマッサージのために使うのが本来だが、振動部分をアソコに当て、性玩具として扱うこともある。有香が今まで読んだことのある性描写でも、電気マッサージ器が使われたことはあるのだった。
「なんだかわかるかな?」
「はい……」
 小さく震えた声で有香は答える。
 太野が一体、どちらの用途で使うつもりでいるのかも、この状況なら察しがつくというものだ。
 有香は直ちに不安にまみれ、表情を引き攣らせる。
 実のところ、道具を使った経験は一度もない。
 生まれて初めてオナニーをした時は、せいぜいワレメやクリトリスなど、いわば外側に触っただけだった。膣口に指を入れたのは、何度か経験を重ねた上の話で、しかも初の指挿入には痛みがあった。
 小指で慣らせば、そのうち慣れると思って自己開発を進めた結果、膣口でも感じるようになったわけだが、何もせずにいたなら今でも膣で感じることはできなかったはずである。
 そして、痛みを感じた経験を持つ有香は、未知の体験に対して潜在的な不安があった。
 好奇心自体はあり、いつかは試してみたい気持ちはあったのだが、それは自分のペースでゆっくりと、好きなように加減しながらの話である。自分自身にとってちょうどいい、無理のない具合でやる分には、不安ながらに試してみたい気持ちはあった。
 言うまでもなく、それはあくまで一人の時間を過ごす際の話である。☆
 大事な部分、それもデリケートな箇所を人に触らせることへの不安感と、未知に対する怖さに加え、しかも太野自身のことも先ほどから恐ろしい。
「ほーら、動かない」
「や……!」
 それを近づけられるだけでも、軽く悲鳴を上げてしまっていた。
 そして、スイッチの入ったマッサージ器を押し当てられ、その振動がもろに注ぎ込まれた時には、まるで稲妻でも走ったような衝撃の快感に、有香は全身をビクっと弾ませていた。
「ああぁッ!」
 と、人が聞けば激痛の悲鳴と勘違いしそうなほどの、実に壮絶な声だったが、次の瞬間には有香の頭は真っ白となっていた。脳が一瞬にして弾け飛び、しばらくはものも考えられないようにぐったりと、無造作に手足を投げ出してしまっていた。
 ぼんやりとした頭が元のように立ち戻るまで、一体何秒かかったことか。
 あるいは一分以上もかかってようやく放心から立ち直り、有香は今の自分に起こったことを理解していた。
 今のはアレに間違いない。
「おやおや、今のは何かなぁ?」
 太野が楽しそうに、わざとらしく尋ねてくる。
 わかっているくせに、それでも有香の口から言わせるために、きっとあえて尋ねているのだ。
「い、イキました…………」
 まるで悪事を告白させられる気持ちであった。
 そして、その白状の言葉を聞いた瞬間、太野はおぞましいほどの笑顔を浮かべ、実に嬉しそうに鼻の下を伸ばしていた。鼻の下が下へと突き出て、入れ替わるように口角が吊り上がることにより、唇が綺麗なU字を成そうとしていた。
 見るに体毛が逆立つ。
 もはや有香は確信していた。

 この人は本物のロリコンだ。

 今のもきっと、調査の一環などではなく、自分が女の子にイタズラしてみたいばかりに行った行為に違いなかった。
「一瞬でイっちゃったね?」
「それは……あの、私は……自分でも驚いていて……」
「そっかぁ。でも、今のでイクってことは、よっぽど素質があったんだねぇ?」
「うぅ……」
 否定できない。
 オナニーについて散々白状させられて、生まれて初めての指挿入は痛かったことも、その痛みがなくなるように慣らしていき、やがて感じるようになったことも、調査の名の下に全て喋らされている。
 それら全ての真実を握った太野の言う『素質』とは、人をエッチなことに興味津々の、はしたない少女と見做した上での言葉に決まっていた。
 そして、興味津々であることは否定できないだけに、性格的な問題ばかりでなく、純粋に返す言葉もないのだった。