第3話 寸止め地獄

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 ろくに休みも与えられない毎日が始まった。
 翌朝、今日の娼婦が現れたかと思いきや、連れて行かれた先はいつもと違う。風呂付きの部屋ではなく、どうやら鉄格子の中だった。
 娼婦が鍵を差し込むと、鉄戸が軋んだ音と共に開かれる。
 牢屋の中に揃っているのは、まずは三角木馬にベッドである。壁には様々な拘束具や鞭などが飾ってあり、棚にはロウソクや手錠が見えた。一体どんなプレイが始まるのか、あまり想像したくはない。
「こんな牢屋があるとはね」
「ボスの用意した趣向の一つです」
 今日の娼婦は敬語口調だ。
 生真面目そうな顔で眼鏡をかけているのだが、こうも大人しそうな女でさえ、乳首をギリギリで隠せるだけのブラジャーに、Tバックで尻を丸出しにして出歩いている。
「それで、どうしようというのかな」
「そちらのベッドに寝て頂きます」
「ゆっくりとマッサージでもしてくれるのかな」
「そんな生易しい刺激ではありません。今日は覚悟をしておいて下さい」
「怖いことを言うものだ」
 例によって、モスティマの肉体には薬が打たれ続けている。
 筋力抑制とアーツ阻害の効果が続いているため、やはり逆らったところで、この娼婦にすら暴力では勝てないだろう。
 気持ちは乗らないが、従う以外にないために、モスティマはベッドに寝る。
 すると、娼婦は拘束具の用意を始めて、モスティマの手首足首に取り付け始めた。革のベルトが巻かれると、そこから伸びる鎖をベッドの骨組みに繋げている。両手はバンザイのように持ち上がり、両足も真っ直ぐ下へと伸ばされて、姿勢を変えることができなくなった。
 仰向けのまま、多少の身じろぎをするくらいしか、手足の可動範囲がない。
 動きを封じられたことにより、内心では不安感が広がるも、モスティマはゆっくりと目を瞑って構えていた。
(ま、なるようになるんじゃないかな)
 どうせ、痛みによる拷問などではない。
 どれほどの快楽が攻めて来ようと、結局は気持ちいいのなら、それが心をどうにかするような責め苦になるとは思えない。
(やってみればいいさ。私は性奴隷になんてなりはしないけどね)
 すぐに愛撫は始まった。
 いつもに比べ、乳房に手が及んで来るのは早速だった。
 今までなら、もっと周囲の皮膚を撫で込んだり、腹や背中をじっくりと撫でてから、ようやく乳首や性器を攻めてくる。
 しかし、初手でいきなり揉まれた上、乳首にまで指は来ていた。
「んぅぅぅ……!」
 既に気持ちいいことに、モスティマは目を丸めた。
 ゆっくりと撫で回され、徐々にスイッチを入れられていき、高まった体でようやく快感に喘ぐのが、モスティマにとってはいつもの流れのはずだった。それがいきなり、オイルや媚薬風呂の準備もなしに、最初のワンタッチのうちから気持ち良かった。
「んあっ、あぁ……あっ、なっ、なんで……!」
「散々、媚薬を浴びているでしょう?」
「んっ、んぅぅ……!」
 乳首をつままれているだけで、モスティマはその愛撫に翻弄される。
「毎日毎日、あの湯船に浸かり続ければ、感度なんて簡単に上がってしまいます。ほら、まだ胸を触り始めたばかりなのに、アソコの方はもう濡れていらっしゃいますね? 今日まで調教され続けて、あなたの体はもうここまで仕上がっているのです」
「んっ、んっ、んっ、んぁ……あぁっ、あぁ…………!」
 モスティマはしきりに手足を動かしていた。
 むずむずとするような、痺れるような、乳房が内側からはち切れそうな快感は、乳首を発信源として全身まで拡散する。電流が流れるように、神経を通じて手足にさえ行き渡り、モスティマは身悶えしていた。
 両手が鎖をじゃらつかせ、足もしきりに開閉する。
 色めいた顔を左右に動かし、瞬く間に熱っぽくなった吐息は官能的なものだった。
「では味わってみましょうか」
 そうしてみたかったかのように、娼婦はおもむろに顔を近づけ、その唇に乳首を含んで舌先で責め始める。
「んっ、んぁぁ……!」
 より一層の快感に襲われた。
(う、うそだ……)
 さしものモスティマも動揺していた。
 じっくり、丹念に火照らされ、その末にこうなるなら理解はできる。腹の空いた時間が続けば餓えに耐えきれなくなるように、あるいは水分を撮り続ければトイレに行きたくなるように、生理的な現象の準備が整えば、必ず気持ち良くなってしまう。
 しかし、いきなりなのだ。
(最初からこうなんて……これじゃあ……!)
 一体、時間をかけた愛撫の果てには、自分はどうなってしまっているか。
 その予感はいっそ恐怖を煽ってきた。
 自分が自分でなくなって、どうにかなってしまう未来が見えた気がして、モスティマは初めて心折れる未来の予感を胸にしていた。
(だ、だけど……性奴隷になんて……)
 唇に含まれた先端は、その口内で舌によって舐め回される。舌先が縦横無尽に動き回って、乳輪が執拗になぞられた。上下左右に弾き抜かれて、延々と転がされた。その刺激に翻弄されているうちに、気づけば左右どちらの乳首にも、娼婦の唾液は浸透していた。
 ちゅぱちゅぱと吸い尽くされ、たっぷりと虐め抜かれた乳首は極限まで突起して、少しでも触れられれば、たちまち甘い痺れの爆発を引き起こす。そんな破裂寸前であるような、実に感度の高まった状態は、それが当然のように続いていた。
 そして、アソコも濡れている。
 おねしょでもしたかのように、白かったシーツには愛液の染みが広がっている。ぐっしょりと濡れたシーツの円は、まだ一度も触れてすらいないアソコから、その流れ出て来る蜜によって水気を増し、侵食のように広がっていた。
 熱っぽい愛液で、股の内側が蒸しっぽくなっている。
「下に触れれば、どうなるでしょうね」
 その予告にモスティマは強張った。
(まずい……!)
 今性器をやられれば、どれほどの快感に襲われるか、本人にすら想像がつかなかった。
「では……」
 娼婦は決して容赦しない。
(ま、待って……!)
 と、顔が必死に訴えるが、あくまでもモスティマを堕とすことこそ、娼婦に与えられた使命なのだ。

「んおあぁっ! あぁぁぁ……!」

 腰が大胆に跳ね上がった。
 まるでブリッヂをやろうとするように、アーチのように反り上がる。
「クリトリスがお硬いですね」
「あっ、あぁ! あぅ! あぅぅ!」
 滑稽な声が出てしまう。
 激しい刺激に翻弄され、腰が上下に動いていた。左右にも振りたくられ、やたらに動き回っているのは、娼婦の愛撫から体が自然と逃げようとしてのものである。熱いものに触れば手が引っ込む、条件反射であるようにして、娼婦の指から遠のこうとしているのだ。
 だが、指は決して離れない。
 ワレメの上端をくすぐることで、クリトリスを刺激している指先は、モスティマがどんなに激しく腰を揺り動かしても着いて来る。まるで磁石でくっつくように、動きに合わせて手も動き、どこに逃げようとも愛撫は続く。
「んぅぅぅぅ……! んああっ、い、イク………………!」
 あまりにも早かった。
 絶頂の予感はすぐさま迫り、アソコの中で見えないものが弾ける予感は近づいていた。

「え……」

 だが、その手は止まる。
 絶頂直前になって、娼婦はわざと手を離し、愛撫を中断しているのだった。
 おかげでアソコが切ないまま、うずうずとヒクついている。得られるはずだったものが得られずに、不満足のまま刺激を求めて、膣壁が収縮している。突起しているクリトリスからは、早く愛撫を続けてくれと言わんばかりの信号が発信され、愛撫が欲しいと訴えかけているはずだった。
(まさか……)
 すぐにモスティマは予感した。
 きっと、そうに違いない。
 娼婦達が行う仕事は、モスティマの体を単に鍛えるものではない。ただ感度を良くするだけなら、とっくに感じやすくなっている。
 最終的な目的は、モスティマの心を堕とし、ボスの性奴隷とすることだ。
 そのための寸止めに違いなかった。
 いずれ、お願いだからイカせて欲しいと懇願するまで、何度でも寸止めを繰り返し、長時間かけてじっくりといじめ抜くつもりに違いなかった。
 その未来を感じたことで、体は熱い一方で、心は冷え切りそうだった。

     *

 ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅぅぅ…………。

 娼婦の数が増えていた。
 今日の娼婦は生真面目な眼鏡一人かと思いきや、途中から二人目が現れて、モスティマの乳首は二人がかりで吸われている。

 ちゅぅっ、ちゅるぅぅ…………。

 まるで赤ん坊が母乳を吸いたいように、何かを吸い上げようとする口使いで、ちゅぱちゅぱと刺激が続いている。
「んぅぅぅ……! んあっ、あぁ……いやぁ……!」
 モスティマはそれに髪を振り乱し、汗を滲ませながら感じていた。
 アソコから染み出る愛液は、シーツの円をますます広げ、もはや性器に触れずとも、布の方に触っただけで濃密な糸が引くに違いない。
「あっあっ、あぁ…………んぅ……んおっ、おぁぁ…………」
 感じた声を上げていると、おもむろにアソコを触られる。

「あぁん!」

 その瞬間、激しくビクンと弾み上がるのだ。
 そのままイカされそうになり、絶頂寸前になって指は離れる。頭の中身が快感の熱に満たされ、イクことしか考えられなくなった直後の寸止めで、お預けを食らうたび、モスティマは情けのない間抜けな顔をしているのだった。
(……なんでイカせてくれないの)
 調教の一環で、わざとやっていることなどわかっている。
 だが、イキそうでイけなかった直後のたび、イけないことへの気持ちは、自然と反射的に湧いてしまう。そのまま続けて欲しかった。盛大に潮を噴かせて欲しかった。その気持ちが顔にまで滲み出て、その数秒後になってやっとモスティマは気づくのだ。
(だ、駄目だ……思い通りになっちゃいけない……)
 心までコントロールされてはいけない。
 モスティマは気を引き締め、気持ちだけでも保とうとしてみるが、またアソコに指が来た時には、必ず脳に熱が充満する。快感の荒波に頭の中身を押し流され、保とうと思った心がどこかに消えて、イキたいイキたいといった心の悲鳴が上がり始める。

「あぁぁぁ………………!」

 クリトリスへの愛撫で、腰が弾むと共に声も上がった。
 だが、その大きな喘ぎ声は、決して絶頂によるものとはならなかった。ただ普通に気持ちいいだけの声が大きく絞り出されていた。
 もちろん、途中で指は止まる。
「あ……」
 また、イけなかった。
 アソコへの愛撫が止まれば、ものを考える余裕は戻ってきて、思い通りになってはいけない気持ちを改めて固められるが、絶頂が近づくたびにその心は押し流される。
「んぅ! ん! んぅぅぅ……!」
 クリトリスに指が来た瞬間から、固めたばかりのはずの気持ちは溶かされ、イキたいイキたいと心が叫ぶ。お願いだからイカせて欲しい、今度こそ寸止めはやめて欲しい。その強い願いが表情にまで滲み出て、しかし寸止めされた途端、モスティマはひどく悲しげな顔をする。
 大切な人と死に別れでもしたような勢いの、涙ながらの眼差しがそこにはあった。
(だ、だから……流されちゃ駄目だ……!)
 また、気持ちを固め直す。
「んぅぅぅ……! んあっ、ぬぉおん!」
 滑稽な声まで上げ、それはまた溶かされる。
 溶かされた気持ちを固め直すことの繰り返しで、実に数十分以上は経過していた。決してイカせることなく焦らし続けて、二人の娼婦はたまにクリトリスを触る以外、延々と乳房を吸い続けていた。
 乳首の周りにはキスマークまで付いていた。
 歯を立てて吸い上げることで出来上がる刻印は、丸っこいカーブの上にいくつも散乱して、見れば首筋にまで似たような跡が残されていた。
「そろそろ休憩にしましょう」
「そうね。休もうじゃない」
 今になって気づくのは、いつの間に一人増えていた娼婦は、昨日の勝ち気な女であった。
(そうか……休めるのか……)
 まだ、アソコがうずうずする。
 イキたいイキたいと、欲望を連呼するかのように膣壁がヒクヒクと唸っているが、休憩さえ挟まれれば、そのあいだに身体の熱は鎮まってくれるだろう。アソコの疼きが少しでも収まれば、絶頂したくてたまらない感覚も薄れてくれるかもしれない。
 休憩への期待を密かに抱くが、しかし次の言葉がモスティマを絶望させた。

「あら、休むのは私達だけよ?」

 その言葉にモスティマの表情が凍りつく。
「はは……それは、冗談かな……」
「冗談なわけないじゃない? あなたに休憩なんてないの。ハードメニューに変わったんだから」
 では二人がいないあいだは、どんな風にモスティマを辱めるのか。
 交代の娼婦でも入って来るのか。

 答えは電動式のディルドであった。
 実物の男性器そっくりの、皮が伸び縮みすることで、膣内で伸縮してピストンを繰り返す。自動ピストンの機能を持ったディルドが差し込まれ、言うまでもなくモスティマ自身には抜き取れない。
 手足が拘束されている以上、スイッチに触れることすらできず、まるで挿入されたかのような感覚を味わった。
「あぁぁぁ…………!」
 モスティマはより甲高い声を上げていた。
「それではまた」
「せいぜい、いっぱい喘いでね」
 二人の娼婦が去っていき、鉄格子の戸が閉まる。
 鍵のかかる音までして、モスティマは牢屋の中で激しく髪を振り回した。ベッドから動けずとも、それでも身体の可動が許す限りのたうちまわって、やらたに腰を弾ませていた。
「あっ、あぁ……あぁぁ……あぁぁぁ…………!」
 徐々に何かが膨らんでくる。
 そうだ、今なら寸止めはないはずだ。
 手慣れた娼婦による感覚で、上手いことタイミングを見計らっての寸止めは、電動式ディルドであれば行えない。
 ひとまず、これから絶頂できる。
 その後もディルドはディルドは動き続けるだろうことを思うと、なかなかにぞっとしないが、今はイけることだけを考えた。
 切ない感覚が溜まりに溜まり、もどかしくて仕方のなかった状況だけでも、ひとまずは発散できる。
 と、そう思っていた。

「え………………」

 だが、急にディルドは停止していた。
 ブィィィンと、今まで聞こえていた駆動音が急に鳴り止み、そしてモスティマ自身の喘ぎ声もなくなることで、牢屋の中は急に物静かになっていた。
「止まった? 電池、切れ?」
 まず、バッテリー不足を疑った。
 だとしたら、絶頂こそできなかったが、ディルドが動いた状態で放置され続けることもなくなった。物事をプラスにでも捉えようとした瞬間、それを覆すようにディルドは再び動き始めた。
「んっ! なっ、んぁぁ! な、なんでぇ……!」
 また腰がビクビクと震え始める。
 ディルドが動きさえしていれば、いずれは絶頂が近づいて、今度こそ弾けるはずだった。二度も停止するはずはないと思って、イクことを覚悟していた。
 いや、期待していた。
 それなのに――。

 再びディルドは停止していた。

 偶然、だろうか。
 一度止まると、数分以上は静寂が流れていく。モスティマ自身も喘ぐことがなくなるので、本当にしんと鎮まるのだ。
 今度こそ電池切れか、それとも何か不具合か。

 ブィィィィン!

 ところが、再び動き出した時、モスティマの脳裏にはまさかの予感が浮かび上がった。
 そして、その予感が正しいことは、時間こそが証明してくれた。

 このディルドは自動寸止め機能がある。

 仕組みはわからない。
 何か生体機能を読み取る仕掛けがあって、自動的にオン・オフが切り替わっているのだろうが、とにかくモスティマがイキそうになるとディルドは止まる。停止から数分後に動き出し、またイキそうになったところで停止する。
 モスティマには地獄が続いた。
 いつ終わるとも知れないディルド地獄で、どんなにイキたくなっても直前に振動が停止する。その繰り返しの中、モスティマの中で絶頂への渇望は大きく膨らみつつあった。