第7話 風の平均台渡り

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 エレベーターが止まり、下りた階にあったのは、平均台をいくつか並べただけの、何ら難しいとは言えないステージだった。
「……これだけ?」
 いっそ、拍子抜けするほどだ。
 ロープを張って、その上を歩くというなら、サーカスの一員でもない杏子には、さすがに難しかったことだろう。しかし、学校に置いてあるような平均台は、幅も十分に広く、よほど運動神経が悪いのでない限り、あんなものから落ちるわけがない。
 まして、杏子はダンサーを目指している。
 体幹を鍛えている人間に対して、平均台をいくつか適当に並べて、それをミッションとして出してくるなど、人を甘く見ているにもほどがある。
(まあいいわよ。確実にクリアできる方が都合がいいもの)
 しかし、平均台に目を奪われていた杏子は、次の瞬間になってふと気づく。

 何台もの送風機が置かれていた。

 それも家庭用のサイズでなく、女子の背丈ほどある大きな送風機だ。家電として売られる
扇風機より、遥かに風力が強いのは言うまでもない。
 それが平均台の周りにあるということは……。

『杏子ちゃーん! 平均台を渡りきれば即クリア! とっても簡単なステージだよ! 少しでも早くクリアして、僕に会いに来て欲しいなー!』

 いちいち言い回しが気持ち悪い。
「何が会いにいくよ! アンタなんか本当は顔も見たくないわよ!」
 スピーカーの声に対して言い返す。
『ま、一応制限時間は三分とでもしておこうか。ないとは思うけど、失敗しても時間さえ残っていればやり直しは自由とするよ。時間のカウントは、平均台に足が乗った時点でスタートだからね? 頑張ってねー』
 こうなると、浮遊カメラと浮遊モニターの存在が本当に鬱陶しい。
「……負けないんだから」
 杏子は平均台に乗り上がる。
 これでカウントが始まったのだろう。
 同時に送風機も動き出し、一気にスカートが揺らされ始め、杏子は咄嗟に両手で押さえにかかっていた。
 上か、下か。
 強風の中で、隠せるのはどちらか一方のみである。
 そして、スカートの下には何も穿いていない以上、消去法でブラジャーの胸を丸晒しにするしかなくなる。杏子は怒りと羞恥に赤らみながら、風の中を歩き始めた。
 浮遊カメラは胸を中心に撮り始め、だからモニターには下着越しの胸が中継されている。杏子の真正面に浮遊してくるため、自分自身の胸を見ながら進まざるを得ない。
 こうした辱めの趣向さえ差し引けば、やはり問題にもならない。
 髪が乱れ、二本の腕ではスカートの暴れようも完全には抑えきれない。
 この風力が身体に当たって来れば、意外にもバランスを崩されそうではあったが、杏子の能力なら風の中で体幹を保つのは造作もなく、だから結局は難易度などあってないようなものである。
 ただただ、辱めの時間であった。
『うーん! プルプルって胸が揺れてるねぇ!?』
「う、うるさい!」
『風が横から当たって、微妙に向きが変わろうとしているのと、歩いている振動とで、ちょっぴりだけど揺れてるよね。ほら、杏子ちゃんも自分で見てみなよ。目の前のモニターでさ、プルプルしてるところを』
「だから黙りなさいってば!」
 杏子は唇を噛み締めて、モニターを睨みながら前に進んだ。
 平均台は二十メートル分にも及んでいたが、杏子はそれを問題なく渡りきり、ステージをクリアしてみせる。下りるなり腕のクロスを組み直し、逃げるように次のステージへ進んでいった。