第2話 五人との邂逅

前の話 目次 次の話




 真崎杏子は闇の空間に閉じ込められていた。
 時間切れになった瞬間、部屋中に黒い煙が湧き出したのだ。どこから噴射されているわけでもなく、ドアや窓の隙間から来ているわけでもない。出所の想像すらつかない煙は、気体の塊が大気に漂うように現れていた。
 まるで本当は有色の煙が始めから存在していて、透明でいることをやめて徐々に本来の色を表していくかのように、漆黒は部屋全体に広がっていた。
「な、なによこれ! なんなの!?」
 みるみるうちに濃度を増し、徐々に杏子の全身が飲み込まれる。
 ついには視界も塗り潰され、それからだった。

「え!? どこよここは!」

 急に煙が晴れた。
 ロウソクの火を一瞬で吹き消すのと同様に、煙だけを綺麗に押し流す突風が吹いたかと思いきや、杏子は視界を取り戻していた。
 しかし、場所が部屋ではなくなっていた。
 建物の中なのか、どういう場所なのか。ここがフィールドなのか、想像すらつきはしない。
 一言で言えば、漆黒の空間だった。
 床も黒ければ周囲も黒い。全てを漆黒に染めたドームの内側にいるように、視界には黒というものしか存在しない。どこに照明があるわけでもない、なのに自分自身の身体は明るい光の下と変わることなくよく見える。
 ドームの内側としか例えようのない空間だが、見渡す限り果てさえわからない。
 地球上から一切の山や建物を取り払い、平地だけを延々と広げれば、距離感さえ掴めない遙かな地平線の果てを見つめることになるだろう。厳密にドームと呼ぶより、そんな不可思議な空間なのだった。
「普通じゃないわね。何か闇の力なの?」
 バトルシップで行われた闇のデュエル、神のカードの力など、超常的なものを見て来た杏子としては、よからぬ力の存在を予感していた。
 あのメッセージカードにも、闇のゲームと書かれていたのを覚えていた。
「遊戯……」
 咄嗟に携帯電話を取り出そうとポケットを探ってみるが、どこにもない。
 部屋に置き去りにしてきてしまったらしい。

「ま、真崎杏子か……?」

 杏子は驚き、心臓が飛び出る思いを味わった。
 その恐る恐ると呼びかけてみるような男の声に、杏子もまた恐る恐ると振り向くと、そこに揃っていた顔ぶれに、杏子は即座に警戒心で強張っていた。
「アンタ達!?」
 顔ぶれを見ただけで、一体何をするつもりだと糾弾せんばかりに睨み付け、両手をスカートに置いて押さえつけさえしているのだった。
 彼らを目の前にしている状況、それ自体がスカート中身を見せまいとする警戒心を呼び起こし、杏子は鋭い視線でその五人組を睨みつけていた。
「お、おい……待てって……」
「俺達だってわけがわかんねーんだ」
「一体何なんだよ。ここは」
「お前、何か知ってるか?」
 それぞれ不安そうな顔をしながら、事情をわかって欲しいかのようにしている彼らは、同じ童実野高校に通う不良の五人組だ。
 トゲのように先端の鋭いリーゼントの一山に、角刈りの二川、紫色のモヒカンを生やした三田、スキンヘッドで唇に傷跡のある四野屋、金髪で鼻にピアスのある五宮。
 五人が五人とも、あまり関わらない方がよい面々であると、本田や城之内からもお墨付きを貰っている顔ぶれで、杏子自身も関わる意思はなかった。
 ただ、この五人組に一方的に標的にされ、散々な目に遭っているのだ。
 しかも、事情はわからずとも、杏子一人に対して男五人という状況は、警戒心を煽るには十分すぎるものである。人目がないのをいいことに、一体何をしてくるかわかったものではないのだった。
「私だって知らないわよ! アンタ達こそ、何かしたんじゃないの!?」
「冗談じゃねぇって、俺は家に女呼ぶ予定だったっつーのに、変なルール書いたメッセージカードが部屋にあってよぉ!」
 必死な言い訳のように、五宮はそんなことを口にする。
 すると、他の四人はその言葉に食いついていた。
「マジかよ! 俺もだぜ!」
「俺っちにも、なんか変なゲームについて書いたもんが机に置いてあってよォ!」
「俺はタブレットだった。詰めデュエルとかいって、解けなかったらこの有様よ」
「ってことは何か? 妙なゲームやらされて、闇のゲームとかいうのに強制参加ってんで、全員揃ってここにいるってか?」
 彼らが口々に語る内容と、杏子も全く同じ状況でここにいる。
「それじゃあ、他に誰がこんなことをするの!? 出てきなさいよ!」
 杏子はがむしゃらに叫んでいた。
 天にでも向かって大声を出して、この状況を作った何者かを目の前に引きずり出したい一心だった。
 その瞬間、闇にモニターが浮かび上がった。

『やあ、諸君』

 浮き出るように現れて、そのまま宙に浮かんだそれを全員が見上げた。
『君達には今、闇のゲームに参加してもらっている』
 砂嵐のような画面から、発せられるのは合成音声である。ノイズの混じった機械的なものに変声した声からは、相手の性別さえもわからない。
「どういうことよ。闇のゲームって」
『私は闇の生け贄を求めていてね』
「生け贄!?」
『もっとも、ただ魂を集めればいいというものではない。儀式を経て、吸収に適した状態にしたものを取り込まないと、私は生き長らえることができないわけだ。よって君達にはその生け贄の候補となってもらう』
「冗談じゃないわよ! なんでアンタの勝手に付き合わなきゃいけないわけ!?」
『諸君ら五人の行っていたゲームと、その標的となった真崎杏子には興味が湧いたものでね。君達の意思には関係無く、私のゲームには嫌でも参加してもらう』
「ふざけんじゃねぇぞ!」
 四野屋の怒りを皮切りに、さしもの五人組も怒声を上げた。
「なにが生け贄だ! とっととここから出しやがれ!」
「引っ込んでねぇでテメェ自身の面を見せたらどうだ!」
 一山と二川がそう叫ぶと、残る面々もそれぞれ口汚い罵声を合わせ、顔を出せ、ぶっ飛ばすなど、喧嘩をしようと粋がった台詞がいくらでも飛び交っていた。
 しかし、その瞬間だ。
『少々黙って頂こう』
「うっ! ぐっ、ぐおおおお! あっ、あああああ!」
 三田が突如として白目を剥き、自らの喉を搔きむしった。その場に倒れ込み、苦悶の顔でのたうち回る。
「お、おい!」
「どうなってやがる!」
 それに仲間が駆け寄って、傍からそれを見ていた杏子は戦慄していた。
 本物の闇の力だ。
『この通り、君達の命は自由にできる。ただ、ゲームを介さずして死なれては、生け贄としてその魂を吸収できないのでね』
 ここで呪縛を解いたのか、三田は急に苦しむことをやめ、その代わりに恐怖で震え上がっていた。
「や、やべぇ……俺っち達、どうすりゃ生きて帰れるんだ……」
 いつでも殺せることを示すため、苦痛を与えられていた三田は、この一瞬で既にトラウマを抱えていた。
 気持ちは全員同じだろう。
 この場にはいない、顔や性別すら不明の存在が、いとも簡単に自分達を殺せるのだ。これを恐れない人間などいない。杏子も冷や汗を浮かべていたが、しかし一つの思いがあった。
(ゲームってやつをやらないと、どうにもならないってことでしょう?)
 そして、こんな状況になりながら、遊戯達には頼れない。
 ならば自分で戦うしか道はない。

「アンタ! 私とデュエルしなさいよ!」

 杏子は力強くモニターを指して凄んで見せる。
「お、おい……」
「マズいっしょ……杏子ちゃん…………」
 四野屋が、五宮が、杏子の蛮勇に傍から震え上がっているが、その震えた様子こそ杏子は睨み飛ばしていた。
「何よ! 男が五人揃いも揃って! どうせゲームをするしかないなら、元凶と戦った方が早いに決まってるでしょ!?」
「そりゃそうだけどよ……」
 三田の杏子を見る目がどこか震えている。
 殺されかけた当人にしてみれば、杏子が正気に見えないのかもしれなかった。
『ははははっ、面白い。実に面白い』
 モニターの音声からは、実に愉快そうな笑いが聞こえて来た。
「やる気になったみたいね。さあ、早く出てきなさいよ!」
『いいや、すぐに相手をするのは面白くない。君達には私への挑戦権を駆けたゲームをしてもらい、その勝者こそが私と対戦するものとしよう』
「私達で争わせる気?」
『ルールは簡単だ。チーム分けを行い、勝ったチームが私に挑み、そして私に勝つことができたなら、無事に元の世界に返すことを約束しよう』
「負けたらどうなるのよ」
『もちろん、闇の生け贄となってもらう』
 その邪悪に杏子は顔を顰めた。
「最低、条件に一つ付け加えさせて欲しいわ」
『聞くだけは聞こう』
「その最後まで勝ち残るのが私だった場合、負けた方も含めて全員を元の世界に戻しなさい!」
 杏子にとって、彼ら五人には恨みしかない。
 性的被害を与えてきた連中など、腹の底ではどうなっても構わないようにも思っているが、しかし闇の生け贄となって魂を吸収されるなど、いくら何でも過剰である。制裁は受けて欲しいが、そこまで望むのは違うだろう。
『いいだろう。ただし、ならばチームは男女で分かれるものとしよう』
「男女って、女は私一人でしょう!?」
『だが、そうすると五人組の方は、わざと敗北して真崎杏子に挑戦権を譲るという道が出来てしまう。そこで、さらにルールに補足を加え、最後に私を倒すのが男性チームだった場合でも、全員を解放するものとしよう』
 チーム分けの不公平に関する訴えは無視して、モニター音声は淡々とルールの説明を続けていく。
『さらにそれぞれに勝利の特典を与える。真崎杏子に与えるのは、痴漢や盗撮を行った彼らに対する制裁。それも、君が望む程度のレベルで、なおかつ私の闇の力で実現可能な内容の罰を与えてやろう』
 自分の裁量で罰の程度を決められる。
 それはいいが……。
「男共が勝ったらどうなるのよ」
『彼ら五人の勝利特典は、君を性奴隷にする権利だ」
「っ!?」
 杏子は即座に引き攣った。
 警戒心をあらわにして、杏子は五人組に目を向けるが、やはりこの状況にも関わらず、揃いも揃って下劣でニヤニヤとした目つきを浮かべていた。
「あ、アンタ達……まさか…………」
 杏子は悟った。
 目の前の五人組は勝利を狙ってくる。
(負けないわ……絶対……)
『さて、どんなルールにするにせよ。私を倒すものが一人としていなかった場合、君達全員を闇の生け贄としよう。どうするかな?』
 敗北のリスクは恐ろしい。
 だが、何もせずにいても助からない。
「やるわよ! 最後は私が勝つんだから!」
 杏子が強い決意を言葉にした時、その腕にはデュエルディスクが出現していた。