僕が放課後に連れてこられた場所。
それは体育倉庫であった。
「ここなら、落ち着いて話せるでしょ?」
どうやら、予備倉庫のような扱いでしかない、体育館を離れた屋外に設置されているこの倉庫は、使用率が極端に少ないとのこと。ここでお弁当を食べて過ごしたり、サボりの生徒が昼寝に使うことが多いため、先輩やら友達を通して、琴宮さんもこの場所を知ることとなったのだそうだ。
「確かに話しやすいけど……」
マットとか置かれている密室で、女の子と二人っきり。
よからぬ考えをちょっとくらいは抱いてしまう。
「ほら、閉めるよ。九条君も手伝って?」
と、琴宮さんは鉄の両戸を閉めるだけでなく、外側からは開けられないようにするため、なんと跳び箱を押して戸板を固定した。
そこまでする? やりすぎじゃない?
とは思うけど。
アンタもやれという無言のプレッシャーをかけてくるので、僕も仕方なく跳び箱を押してずらして戸が開かないように固定する。
ああ、完全に密室じゃないか。
「これ、いいのかなぁ?」
本当に色々と……。
まずい気がするけど。
「いいのいいの。さ、話すよ?」
琴宮さんはマットの上へ腰を下ろして、スカートなのに体育座りで、太もものチラつくお行儀の悪い格好を取り始める。あまり見えやすい位置に立っていると、パンツが見えたりしないか興味が沸いて、ついつい覗こうとする意志が働きかねない。そんな邪悪な欲望に突き動かされるよりも先に、僕はさりげなく足を移動する。
「うん。まあ、話そうか」
そして、僕も琴宮さんの隣に座った。
もちろん、肩がぶつかりかねない距離感で座るなんてことは到底できず、微妙に距離感を開いたポジションに腰を落ち着けた。
「で、どっちから?」
「うーん。僕から?」
「別にどっちでもいいけど」
「琴宮さんから?」
「アンタからで」
「了解」
さて、何をどう話そう。
まず大切なことといったら、これだろう。
「僕が琴宮さんを嫌うってことは有りえないよ。嫌う理由なんてないし、その……。ほら、琴宮さんは女子の中でも綺麗な方で、よっぽどの理由がなきゃ、嫌いだなんて気持ちにはなるわけがないんだよ」
「き、綺麗って……。ばかっ」
少し不機嫌じみたような、けれど照れ臭そうに見える赤面ぶりで、琴宮さんは僕の顔から目を逸らす。
「ああ、一般的にというか。なんていうか。誰が見ても可愛い部類に入ると思うし、よっぽどの中身が判明しないと、嫌うなんてまずないよ」
「そ、そ、そうよね! 一般的にそう見えたのよね!」
ルックスなんて褒めたせいだろうか。
琴宮さんはやたらと上ずっている。
「まあ、ね」
「それでも! ば、バカのくせにいいこと言うじゃない!」
「……僕は琴宮さんを褒めたのに、なんかこっちは侮辱されてる」
「バカバカ! そういうバカじゃなくて、ほら……。照れるじゃない!」
ドキン!
なんだ今日の琴宮さんは――。
いつもより可愛いぞ?
「えーと、とにかく! 僕の琴宮さんに対する表情が違うとか気まずそうとか。それっていうのは、僕にそんな気はなくて……。ただ、僕が琴宮さんに睨まれたりしているような気がしてそれが気になって……」
「気になって?」
「だから気まずいかなーって」
「そっか……」
すると、琴宮さんは落ち込むかのようにうな垂れて、体育座りで立てられた膝の上へと顔を埋めてしまう。
「…………別に睨んでないし」
小さな声で、琴宮さんは言った。
「昔から、顔が怒って見えるとか不機嫌そうとか言われたことはあるけど。別に睨んでないし、アンタのことも嫌ってないし」
「……睨んでない?」
「そうよ! 要するにそれを勝手に勘違いしたってことでしょ? それじゃあ、アンタの勝手な思い込みで、自分は私に嫌われてるって誤解しただけじゃない!」
あれ? 結局僕が怒られてる?
「えっと、ごめんなさい?」
「そうよ! 謝んなさいよ! バカ!」
「……すみませんでした」
「よろしい!」
ん? 解決?
琴宮さんは言葉を荒げてそれっきり、エネルギーを使い切ったかのように萎れて膝に顔を埋め直す。
しかし、しばらくすると顔を上げ、ホッとしたようなため息をつくのだった。
「……よかった。九条君に嫌われてなくて」
「ああ、そうだね。僕も嫌われていたわけじゃないとわかって、なんか安心した」
「そ。よかったわね」
……本当に良かった。
今日まで色々と――別に語るほどのエピソードもなかったけど、嫌われているのではと思い続けた僕の不安は、こうして解消されたのだった。
本当に嫌われていたら、こんな風に人を呼び出してまで誤解を解くための話し合いをする必要なんでどこにもないし、むしろ琴宮さんとしても誤解されたままではいたくなかったのかもしれない。
だって、琴宮さんもまた僕に嫌われていると思っていたらしいわけだし。
お互い嫌い合っているだなんて誤解は、無いに越した事はない。
「でさ! 九条レン君!」
琴宮さんはスイッチでも入れ直したかのようにテンションを復活させ、大きな声で、しかしやたらと上ずりながら、言い始める。
「もう一つあるんだけどね?」
「うん」
「あるんだけどね?」
「何?」
「そう! あるんだけど……」
ある、ある、あるが三回も続いているぞ。
そんなに切り出しにくい話題ということなのか。
「私ってね。つまり九条君を嫌ってはいないわけでしょ?」
「そうなったね」
「でしょ?」
「うん」
「だから! 嫌いじゃないの! 嫌いではないの! ノット嫌いということは、何を意味しているか理解できてる?」
意味? 理解?
ふむ、まず嫌いの逆の言葉はあの言葉で、今は二人きりで、琴宮さんは放課後に僕のことを呼び出していて……。
あれ? まさか?
いやいや、そんなことは……。
ない…………。
よね?
「つまり、私はあなたが――。す、す、す、す……。すすっ、す……」
もしかして……。
「す――好きじゃない! じゃない! そうじゃなくて、嫌いの逆の言葉!」
疑う余地無し!
これって確定じゃん!
「は、はい!」
あまりのことに、僕まで声が上ずっている。
「わかった?」
「理解しました!」
「本当に?」
「嫌いの逆は英語スペル的にはライクともう一つしかありません!」
「わ、わかってるじゃない! そうそれよ! その……。英語的にはライクではない方のアレよアレ!」
「僕も好きです!」
「バカァ! そんなにハッキリ言わなくていい!」
お、怒られた!
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