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 一回目。
「あ、あの……」
「何? 話しかけないでくれる?」
 隣の席から声をかけ、そっぽを向かれてあっさり撃沈。

 二回目。
「あのー。琴宮さん。ちょっとお聞きしたいことが……」
「うっさい! 黙れ! バカ!」
 放課後に校舎で待ち伏せ、出て来たところへ声をかけたら、またも酷い態度を取られた挙句に早歩きで逃げられた。

 三回目は翌日の朝。
「お、おはよう! 琴宮さん」
「はあ?」
「ちょっと聞きたいんだけど……」
「用がないなら話しかけないでくれる?」
 まさに用事を伝えようとしていたっていうのに、その一言で会話そのものを蹴られ、やっぱり何も話せはしない。

 四回目、再び席から話しかける。
「ちょっと琴宮さん」
「死ね」
 消しゴムのカスを投げる攻撃を受け、僕は精神的なダメージによって撃退された。

 五回目。
「何よ。こっち見ないで」

 六回目。
「うざい」

 七回目。
「いい加減にしてよ」

 僕は琴宮さんに嫌われる理由を突き止めたい。
 ちょっとやそっとの好き嫌いなら、顔が駄目とか性格が合わないとか。さしあたって突き詰めるまでもない、ありふれた理由なんだと思う。
 問題なのは、毎日のように睨まれたり、冷ややかな視線を隣の席から送られ続けるほど、深い嫌われ方をする理由だ。
 しかし、聞き出そうにも話しかけただけで生理的な拒否反応を発揮され、どうやらまともに喋ることもできそうにはない。理由を知ろうにも、それを聞くことすら許されないとは、世の中は上手くいかないのもほどがある。
 よもや、完全に諦めた方がいいのだろうか。
 ただ恋が叶わぬばかりか、何が駄目なのかを知ることさえも許されない。
 なんだか悲惨な気分だけど、仕方ないよね……。
 全七回に渡るチャレンジで挫け続けた僕は、とうとう挑戦する心を失い、次の日からは琴宮さんに話しかけることを一切やめた。
 相変わらず、席に座れた隣から睨む視線がやって来る。
 その理由は今でも気になる。
 けれど、声をかければああなるのでは、もうどうしようもないじゃないか。こうなると喋ることすら嫌がられているとしか思えないので、話しかければかけただけ、琴宮さんにとっては迷惑なのかもしれないのだ。
 さすがにこれ以上は続ける気力がない。なので僕は諦めた。
 そんな時だった。

「こっちこそアンタに聞きたいことがあるんだけど」

 琴宮さんの方から、唐突に声をかけられたは朝の教室だった。
 みんなが来るのが遅いのか。それとも僕や琴宮さんが早起きなのか。ともかく、朝のうちは僕達は他のクラスメイトよりも早めに教室に到着して、少しだけ二人きりになってしまう時間があるのだ。
 そういえば、どうして僕と二人きりになるとわかって、琴宮さんもこんなに早く登校してくるのだろう?
 僕は過去、寝坊で遅刻をした事があるから、過ちの反省という意味で、毎日早起きを心がけて早めの登校を心がけている。琴宮さんに睨まれて、気まずい気分になるのはわかっているけど、それでもきちっとした生活リズムを優先している。
 必ず、七時半から八時のあいだに教室へ着くように行動している。
 だから、たぶんそのタイミングを狙っての話。
「ええと、何?」
 僕は恐る恐る隣を向いた。
 うわぁ、やっぱり視線が怖い。
 不機嫌そうに頬が強張り、なんだか怒って見える表情を向かい合っていると、僕は何かしたんだろうかという気持ちになる。
「アンタは私が嫌いなの?」
「……へ?」
 僕はきょとんとした。
「だ、だって! 人の顔見るたびに気まずいみたいな顔してさ。この前、私がアンタを嫌いかとかいうのを聞かれたけど、それはこっちの台詞だし」
 それはまるで、今まで出来なかった質問を思い切ってしてみたような、勇気を振り絞って聞こえる声であった。
 どういことだ?
「え、でも……」
 そんなに気まずい顔してる?
 いや、してるか。
 でも、それは琴宮さんが僕を睨むからで、好きでそんな表情をするわけない。僕の方から琴宮さんを嫌うだなんて、そんなわけがないのだけど、どうしてそんな発想になるのだろう。
「アンタさ。他の人と喋ってる時はそうでもないのに、私にだけ変な顔する」
「それは琴宮さんが……」
 睨んでくるからじゃないか!
 とは言いにくい。
「私が嫌いだから?」
「……違うって」
「だったら、なんなの」
 琴宮さんは強く迫ってくる。うやむやなど許さないような強い口調で、なんとしてもはっきりと答えて貰おうとする態度に出られ、僕は精神的に萎縮した。
「それは……………………」
 臆病者のように肩を縮めた。
 だって、もはや凶眼の領域というかね。大きく開かれてた瞳で、見るもの全てを圧倒せんばかりの最高レベルの睨みなんて聞かされたら、誰だって怖いと思う。
「答えて」
 しかし、琴宮さんは迫ってくる。
 ……答えよう。
 このまま時間ばかりを待って、他の誰かが教室に来るまで耐え抜けば、それでも最終的にはうやむやになるかもしれない。
 そうすれば、逃げることもできた。
 だけど、考えてみれば僕にとってもチャンスじゃないか。
「ええと、つまり僕が琴宮さんに対してだけ表情が違う。それで、僕の方こそ琴宮さんが嫌いなのではというのに答えればいいんだよね」
「そうよ」
「わかった。それに答える変わりに、僕からも琴宮さんに聞いていい?」
「何を?」
「どうして、その……。しょっちゅう睨んだり、冷たい目で見られてしまうほど、すごい嫌われ方をしてしまっているのか。やっぱりわからなくて……」
 僕は懺悔のような気持ちでそう告げた。
 これだけ心当たりがないわけだから、本当は僕が申し訳なさそうな気分に陥る必要はないのかもしれない。むしろ、僕の方こそ琴宮さんに対して強気に出ても良いくらいなのだろうけど、どうも僕はそんな性格には出来ていない。
 恨まれる筋合いがないとはわかっていても、自分が何かしたんだろうかという気分になる。
 頭で色々とわかったところで、心がそれとシンクロしてくれない。
 なので僕は弱気だった。
 弱気なりに気持ちを振り絞ってみたつもりはあるけど、そこまで覇気は出せていないのだろうなぁ……。
「……そう。やっぱり、私ってアンタのこと嫌いなんだ」
「え?」
 やっぱり、ってなんだ?
 なんか、さっきから、僕と琴宮さんのあいだには噛み合わないものがある。
「いいわよ。教えてあげる。で、九条君も私の聞きたいことに答える。それでいい?」
「うん」
「じゃあ、放課後ね」
「放課後?」
「今から話しても、時間来ちゃうし。人に聞こえる場所で話してもしょうがないし。だから放課後ね」
「わかりました」
 放課後かぁ……。
 なんか、わざわざ二人きりになるみたいで気になるけど、そうでもなければ話しにくい気もするし、その方がいいんだろうな。



 
 
 

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