デュックが入場して来る。今回はさすがに鎧を着用していたが、やはり寝癖だらけの頭で平気で人前を歩いているのは変わらない。眠い目を擦りながら脱力した腕で剣を引きずり、そのせいで切っ先が石畳を引っかき、嫌な金属音を立てていた。いかにもやる気がなさそうだ。
「やはりいつもの調子か。デュックよ」
「まあね。鎧が重くて仕方ないッスけど。そういや、お稽古の予約を昨日したッスよね。この決闘が稽古ってことで、どうかよろしくッス」
デュックはようやく両手に剣を握って構えを取る。
「始めるぞ。デュック」
セリアンヌも長剣を構えた。
「その前にいいッスか?」
「なんだ」
「俺、言われたんだよね。セリアンヌちゃんに根性叩き直してもらえって。ひょっとしてそういう話とかされてない?」
「されたぞ? デュック。お前を叩きのめせと頼まれた。悪いが引き受けさせてもらったぞ」
「だったら、こうしませんか? もしセリアンヌちゃんが勝ったら、俺はあなたさんの言う事を何でも聞いちゃおっかなー。きちんとしろとか、寝癖直せとか? そういう命令、みんな聞いてあげますよ」
「ほう? いいのか?」
デュックを甘く見ているわけではないし、実力自体は本物だと認めている。しかし、それでもセリアンヌには自分が上だという自信があった。日々の稽古は決して欠かさず、彼のようにサボりはしない。あらゆる剣術にも、魔物にも、柔軟に対応できるだけの力はあるつもりだ。
「いいッスよ? その代わり、俺が勝ったらセリアンヌちゃんが色々言う事聞いちゃうってことでどうッスか?」
「構わん。条件は対等でなければな」
「そうこなくっちゃ」
ようやく、デュックは構えを取った。
仲間同士で戦う場合、お互いに相手の肌を傷つけてはならないルールがある。攻撃を決める時は必ず鎧の上を叩くか、寸止めで本当には殺さないようにする。要するに命に関わるような怪我はさせない、させるとしても全治数週間以内に治る程度に抑える。王国騎士が肝心な時に出撃できないような事態を防ぐため、稽古場においても同じ規則が設けられている。
セリアンヌの鎧は露出度が高すぎる。腹や腰周りは露出しきって背中も丸見えな上、お尻もTバック状に尻たぶが出ているわけだが、魔力加工によって肌の露出部分にも防御力は及んでいる。ちょっとやそっと斬られた程度なら、どんなに切れ味が良くともそう簡単に切り傷は発生しない。魔力で皮膚が守られるため、棒で叩かれた程度の痛みにしかならないのだ。
魔力加工を考慮するなら、デュック側はセリアンヌの露出した肌を狙っても問題ない。もっとも本気で殺す気で斬れば大怪我になるのだが、デュックもそうわきまえた上で臨戦態勢に臨んでいる。
「んじゃ、まあ軽くやり合いましょっか」
戦闘開始だ。
セリアンヌはじっと相手の動きに集中し、慎重に相手の出方を見た。考えてもみればデュックは真面目に戦おうとはしない分、本領発揮を見た回数は数える程度だ。他の騎士の仲間であれば、固有の太刀筋はほとんど覚えているのだが、デュックがどんな動きをするのかは記憶しきれていないのだ。
逆に、デュックはセリアンヌの太刀筋を全て知り尽くしているのだろう。まともにやればセリアンヌが不利になる。
「んじゃ、行くッスよ」
デュックはまるで突進でもするように、前方へ向けたステップで一瞬で距離を詰めてきた。
速い!
横振りのスイングが襲ってくるが、セリアンヌは思い切り背中を逸らすことで回避する。腹筋に力を込め、反った背中を即座に戻し、そのまま勢いに乗っての反撃を試みた。ちょうどデュックが空振りをした隙が突けるはずだったからだ。
だが、斬りつけてみれば防がれた。デュックも即座に剣を戻し、刀身を盾にしてセリアンヌの一撃を受け止めた。ならばと高速の連続攻撃を試してみるが、全ての攻撃が防がれる。防ぐどころかデュック側からも攻撃的剣を繰り出し、セリアンヌの剣を何度も弾き返してくるのだった。
「やるねぇ? セリアンヌちゃん」
防ぎきるばかりでなく、喋る余裕まであるらしい。
「当然だ」
魅せるための試合に過ぎないだけに、セリアンヌにもお喋りに興じる余裕はある。ただ、戦闘中にお喋りなど不真面目極まりないと思っているため、この場で雑談に応じるような意思はなかったりする。
観客は二人の剣の打ち合いに興奮し、四方八方が沸き立っていた。お互い腕利きな分、相手に怪我をさせない剣の振り方もわきまえていれば、魅せるための剣技もわきまえている。実践というより曲芸的な剣術など、人々を魔物から守る役には立たないが、闘技場で仕事をこなしていくには必要だった。セリアンヌにも魅せるための技は身に付いている。
だからといって、今までの試合で手加減をしていたわけではない。ノルマを消化するべく魅せるだけ魅せたなら、あとは全力で斬りにかかって打ち倒す。このデュックとの試合においても、そろそろ全力で戦うつもりでいた。
――そこ!
連続斬りによる多数の斬撃のうち、その一撃分でセリアンヌはデュックの手首を狙った。斬り落とすわけではない。剣の側面で強打するに過ぎないが、相手の武器を叩き落すには十分だ。当たればほぼ勝負は決まったも同然の一撃だったが、セリアンヌの狙いを読んでか、デュックは手首を引っ込めるようにして守りに入り、後ずさりのように後方へ下がり始めた。
今のは駆け引きであり、わざと攻撃を読ませたのだ。読ませることで相手の動きを誘導し、自分に有利な流れを作り出す。優勢になったセリアンヌは一歩一歩前進しながら攻撃を繰り返していき、デュックはとにかく後ずさる。一歩ずつ後方へ退いていき、壁際へ追い詰められるのも時間の問題となっていた。
「ったく、本当にやるねぇ……」
喋りかけてきたというより、焦りながらの独り言だ。
セリアンヌは隙を見つけて左肩を狙う。すかさず防御で弾かれるも、慌てていたデュックは完全には守りきれない。切っ先が鎧の表面を強く掠めて鉄を抉り、小さな傷を作り出す。同じように右肩、左脇腹を狙い、防がれたとはいえ表面に傷をつける。身体は無傷でも、鎧は着実に傷にまみれていた。
セリアンヌが勝っている。誰に目にも明らかだ。
「いけー! セリアンヌ!」
セリアンヌのファンは甲高く叫ぶ。
「なにやってんだデュック!」
「反撃してくれぇぇえ!」
デュック側の勝利を望むファン達は、あまりの劣勢に悲痛の叫びをあげていた。
そして、セリアンヌはさらなる隙を見つけ出す。相手の守りが緩み、確実に攻撃が決まる瞬間を見つけ出し、デュックの顔面へ回し蹴りを決めた。見事にこめかみに命中し、デュックは勢い良く吹き飛んでいき、石畳に背中を叩きつけられる。
剣ではなく、蹴りを入れたのはわざとだ。
手加減こそする気はないが、セリアンヌはデュックの腑抜けた根性を直したい。少しでも真面目になるよう教育するには、ここで決めるには早すぎる。もっともっと叩きのめして、とにかく反省させるのだ。
「立て! デュック!」
「っけ! はいはい」
事実上、今のでデュックは負けている。悔しいに違いない。あえて試合が続くよう仕向けたことなどデュックにもわかっている。明らかに剣を決められた局面で蹴りを使うなど、手加減でなければ長引かせる目的しかありえない。
デュックは立つ。
「はぁ!」
素早く剣を一閃させ、今度は確実に相手の武器を叩き落し、デュックの握っていた剣は石畳へ転がった。
「け、おいおい……」
デュックは焦り、明らかに悔しがっている。
「さあ拾え、まだ試合は終わっていないぞ!」
丸腰の相手に斬りかかれば、やはり勝負は決まってしまう。セリアンヌはあえてとどめは刺さずに剣を拾うだけの時間を与え、構え直した瞬間を狙って再び剣を一閃させる。次は守りきれたようだが、デュックはもはや防御ばかりだ。反撃の隙を見出せないまま押されに押され、とうとう壁際に追い詰められる。
「ったく、本当にお強いんッスから……」
「喋っている暇があるなら、真剣にかかって来い! だが、何度やろうと私は貴様を圧倒し、倒し続けてやるぞ!」
剣を叩き落したのを数えれば、セリアンヌは既に事実上の二勝を取っている。二度も本当は勝っているのに、試合はわざと長引かされ、その度にデュックは押されている。
デュックも悔しいことだろう。
そうだ。その気持ちを胸に刻んでいけ。敗北に打ちひしがれ、悔しさを晴らすべくして今後は己を鍛え直す。徹底的に叩きのめすことにより、今のままではいけないのだとデュックにわからせることができるはず。セリアンヌはそう信じていた。
「おいデュック!」
「なにやってんだ!」
「しっかりやれー!」
健気に応援し続けているファンも多いが、あまりに劣勢ばかりを披露したせいだろう。中には罵声を飛ばす客が現れ、デュックはますます顔を歪めていた。
「いいぞセリアンヌ!」
「最高だー!」
対して、優勢なセリアンヌのファンは歓喜している。強敵のはずのデュックがここまで簡単にやられている姿を見て、実にすがすがしい気持ちになっているのだろう。
「あーもう、これ以上の醜態は晒せないね」
ここまでの惨めさを味わって、デュックはようやく本気の眼差しとなった。鋭い眼光がこれまでにないほどセリアンヌを射抜き、これからくるデュックの猛反撃を予感させる。
「来い!」
迎え撃つべく、セリアンヌはより一層気持ちを引き締め、全ての神経をデュックへ集中。指先一つの挙動から、皮膚の内側の筋肉の動きさえも見逃さないつもりで剣を構え、瞬きすらせず相手を見据えた。
「うぉおおおおおお!」
デュックは雄たけびを上げながら駆けて来る。ならば迎え撃つまで。ここで勝負を決めてやる。セリアンヌも一直線に走り出し、すれ違い様に剣を一閃。剣を振り抜いた二人はそのまま静止し、沈黙の空気の中で固まった。
果たして、どちらが勝ったのか。そもそも、今のでどちらかの剣が決まったのか。本当に勝負はついたのか。
観客もまた、静かに二人を見守っている。
「…………」
「………」
「……」
沈黙は続く。
そして……。
「ぐっ、うぉぉおお……」
痛みに呻くような声をあげているのはデュックであった。腹を抱え、膝からくず折れ倒れていく。
「どうやら私の勝ちのようだな」
セリアンヌが勝ち誇った。
その瞬間であった。
ポロリ。
乳房を支える鎧の胸元がぱっかり外れ、石畳に落下し金属の雑音を立てた。豊満な乳房が曝け出され、外気の涼しさに晒される。果実でいうならメロンほどの大きさをしたセリアンヌの乳房は実に丸く、見るからに柔らかい。芯がしっかりしていてか、垂れることなく真っ直ぐ前を向いている。淡い乳首の桜色がほのかに輝き、きめ細かな乳肌が人目を引く。
あまりに想定外の事態のせいで、セリアンヌの頭は一瞬真っ白になっていた。一瞬だ。消えかけた思考は即座に蘇り、自分の身に起こったこの状況を理解すると同時に顔を赤らめ、耳まで真紅に染め上げながら、大慌てで腕で乳房を覆い隠した。
「――っ! な、な、なんてことを!」
観衆の前。大勢の国民が見ている中。
これほど多くの人間が集まる中で乳房は晒され、今の一瞬でもおよそ数百人に見られていることは間違いない。
「デュック! 貴様ァ!」
セリアンヌはすぐに怒りを剥き出した。
「え? 俺ッスか?」
つい今まで痛みに呻いていたはずのデュックだが、憤怒の表情を向けられた途端にケロっとした顔つきとなって立ち上がり、余裕の笑みを浮かべてくる。さっきまで抑えていた鎧の腹部にはごくごく浅い傷しかなく、表面しか斬れていない。身体にダメージを与えるほどの一撃にはなっていなかったのだ。
「貴様がわざと切ったのだろう! この痴れ者が!」
紐を結んで着用するタイプであったセリアンヌの鎧は、結び目が切れれば外れてしまう。だからこそ縛るときはキツめに結ぶし、紐自体も丈夫で太めの皮製だ。自然に劣化して切れることはありえない。仮に劣化していても、普通は小まめに状態をチェックする。こうして戦闘中にいきなり紐が切れるなど、相手が故意にやらない限り起こり得ないのだ。
「ああ、すんませんね? 肩らへんに攻撃を決めるつもりが、どうも俺の剣の入り方が甘かったみたいッスね? 俺だって今ので勝つ気はあったのに、ちょいと失敗かな」
「お、己ぇ……」
明らかにわざとだ。
セリアンヌは鎧を拾おうと手を伸ばすが、それよりも先にデュックが駆け出し、素早い足振りで鎧を遠くへ蹴り飛ばす。
「デュック! どういうつもりだ!」
鎧がなければ、セリアンヌは上半身裸のままになってしまう。
「せっかくなんッスから、そのまま涼しい格好でいるのはどうかなって。その方がお客さんには良いサービスになるんじゃないかと、ね」
「ふざけるな!」
怒りに任せて斬りかかるも、そんな単調な攻撃では当たらない。しかも、羞恥心から片腕で胸を隠しながらの攻撃だ。怒りと恥じらいで真っ赤になりながら振り回し、そのことごとくを避けられ続けるセリアンヌは、観客には良い見世物と化している。
「ははっ! 楽しいねぇ!」
デュックはあえて剣を捨て、単調な太刀筋を読んで手刀を繰り出す。手首を打つことでセリアンヌの剣を打ち落とし、丸腰になったところで背後へ回る。抱きつくようにして身体を捕らえ、腕を強制的に広げさせ、丸い乳房を露出させ、セリアンヌを晒し者にして衆目の視線を引き寄せた。
「う、うぉおおおお!」
「おっぱいだ! セリアンヌのおっぱいだ!」
「すげーぞデュック!」
「アンタ見直したぜ!」
普通なら拝む機会などない女騎士の乳房に観客は興奮し、セリアンヌを見事に辱めたデュックへの声援が周囲に広がる。
「デュック! デュック! デュック! デュック!」
セリアンヌの応援はがくんと減り、会場はデュックコールに包まれた。
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