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 そんなセリアンヌに情報が入ったのは翌朝だった。
「何? デュックと戦うだと?」
 稽古場で鍛錬を積んでいると、王宮の職員がセリアンヌを探しにやって来て、耳よりの報告をしにきたのだ。
 闘技場でデュックを叩きのめして欲しい。
 彼は以前からふざけた振る舞いを繰り返し、何度叱っても態度を変えない。討伐部隊で仲間に迷惑がかかった時は謹慎処分すら受けていたが、それでもデュックは変わらないのだ。ならば観衆の目の前で曲がった根性を叩き直してやるのはどうか。そういう提案がセリアンヌの元へ持ち込まれた。
「騎士同士の戦いとなれば、エンターテインメント性も上昇します。どうでしょう。この対戦を受けて頂ければ、勝利の暁には討伐部隊への再異動も考えます」
「本当か?」
「ええ、元々セリアンヌさんの力は必要です。見世物にしておくのは勿体無いと意見は多数あったのですが、こちらの方でも揉めましてね」
「なるほど、上も意見が統一しないか」
「論議に発展することも多々あります。ですが、今の議会では討伐部隊の戦力増強の話が出ておりまして、ならばセリアンヌさんを元の部隊へ戻そうかと案が出ています」
「ふむ」
「そこでです。こう言っては難ですが、観客も同じ人物の戦闘ばかりでは飽きるでしょう。もちろんファンも多いですがね。最後に大きな活躍をして頂いて、最高潮のところで一旦幕を下ろします。しばらくは別の騎士様にご活躍頂き、セリアンヌさんは討伐隊へ再配備。実践の場で活躍して頂きたいと思います」
「ならば、是非ともお願いしたい」
 討伐部隊に戻れるなど、願ったり叶ったりだ。もちろん闘技場での政策もわかっているが、やはり見世物という実感しかない闘いばかりである。それよりも、魔物の討伐に出かけた方がよほど人々の平和のために剣を振るえる。
「了解しました。ではそのように計らいましょう」
 これでデュックは変わるだろうか。
 簡単にはいかないだろうが、せっかく機会を頂けるのだ。最低限の努力はするべきだと考えるし、日頃のセクハラを思うと恥ずかしながら私怨が沸かないこともない。恨みで剣を振るべきとは思えないので、怒りに任せぬよう気をつけねばと、セリアンヌは密かに自分に言い聞かせた。
 そして、闘技場へ。
 周囲を客席で囲まれた中心で、セリアンヌは入場してくる一匹の魔物を待ち構える。こここでの目的は騎士の実力を披露することであり、相手が必ずしも人間である必要はない。むしろ異形の存在を斬り捨てて見せた方が、武力のアピールには最適である。
「んごぉおおおお!」
 鎖に囚われたミノタウルスが兵士達に引きづられ、抵抗を抑え込まれてほぼ強引に闘技場へと入場させられてきた。
「悪趣味なものだ」
 セリアンヌは悪態をつく。
 これは闘技の形式を取った立派な魔物の処刑である。捕らえた魔物を引きずり出し、日頃魔物の恐怖に脅かされている公開処刑を披露する。国民の鬱憤を晴らすべく政策の一種だが、わざわざ人前に引っ張り出した上で殺すなどとは趣味が悪い。この決闘という名の処刑をセリアンヌは好んでいなかった。
 確かに魔物達は人間の平和を脅かす脅威であり、人々のためならばこの手を血で汚すことも厭わない。むしろ騎士たる自分達こそ、率先して闘いというある種の汚れ仕事を引き受けるべきなのだ。
 魔物を殺すことは構わない。人々の命を奪っていく邪悪な存在だからだ。
 ただ、こうした形での処刑はどうか。趣味が悪い。魔物相手に同情はしないが、哀れな扱いであるとは思う。あまり納得のいく仕事ではないのだが、これも騎士が引き受けるべき汚れ仕事の一つだろうか。
「来い」
 セリアンヌは長剣を構える。
「ふごぉぉおお!」
 兵士達は鎖の拘束を解き、一様に立ち退いていく。自由の身となったミノタウルスだが、しかし闘技場に逃げ場はない。周囲は頑丈な岩壁で覆われ、出入り口は鋼鉄で塞がれている。当然魔力加工が施され、どんなに尋常でない力をもってしても破壊は不可能にできている。
 行き場の無いミノタウルスはやがてセリアンヌを標的に決め、勢い良く突進した。
 ミノタウルスの背丈は二メートルを越えているか。先日の大男などよりよほど屈強で硬い筋肉で覆われており、皮膚も通常の動物よりずっと硬い。その突進力は岩をも砕く威力であり、まともに受ければ人間など即死である。
 しかも、速い。
 ちょうど、本気で走る馬が自分に向かって来るような状況か。それほどの速さでの突進は気を抜けば一瞬で迫ってきて、一呼吸するうちにあっという間に距離は詰められている。セリアンヌが激突寸前で横へ飛び退いたが、衝突を避けてもなお風圧に身体が煽られ、危うく足元からバランスを崩しかけた。
「馬よりよほど速いか」
 とはいえ、速さのあまり自分自身でもブレーキが利いていない。突進したミノタウルスはそのまま壁に衝突し、自分の角を引き抜くのに手間取っていた。
「知能は先日の大男の方がよほど上か」
 再び突進してくる。
 セリアンヌはその足元へ向かって駆けていき、走行で持ち上がる瞬間の足をくぐるようにして、スライディングで器用に股下をくぐり抜ける。ただくぐっただけでなく、通過の際に右足首に一太刀加え、機動力を削いでやった。
「ふごぉ! んごぉおお!」
 痛みによる悲鳴か、それとも怒りの雄たけびか。
 やはり、ミノタウルスは突進してきた。しかし、右足首のしかもアキレス腱を負傷させたのが効果を表し、体格がやや傾いている。いびつなバランスで速度も多少落ちており、先程まではタイミングを誤れば激突だったが、既に楽な気持ちで飛び退き回避できてしまった。
「よもや下手な魔物よりも大男の方が強かったように思えてくる。討伐経験のせいで私も感覚が麻痺しただろうか」
 ミノタウルスは突進以外に能が無い。
 再びスライディングでくぐり抜ける方法で回避しつつ、左の足首にも剣を一戦。アキレス腱を深く削ぎ、走行能力をほとんど奪った。
「んご! んごぉおぉお!」
 それでもミノタウルスは走ってくる。
「無駄だ。散れ」
 軽やかな足取りでセリアンヌは後方へステップを踏み、壁に激突するよう誘導する。自分の角が突き刺さり、抜くのに手間取っている隙をつき、背後から剣を一刺し。心臓を一瞬で貫いて絶命させた。
 同時に観衆が沸き立つ。
「うぉおおおおおお!」
「すごいぞセリアンヌ!」
「アンタ英雄だ!」
 賞賛の声が飛び交った。
「喜ぶべきか迷うところだ」
 今日のスケジュールではあと二対の魔物と戦う事になっている。
 ゴブリンとリザードマンだ。
 ミノタウルスの死体が片付けられ、次に入場してきたゴブリンは棍棒を武器にしている。特殊な樹木で出来たそれは鉄のように硬く、強度としては十分に剣と渡り合える。
「へへっ、女を殺せば解放ってわけか」
 人語を話せるゴブリンは血走った目でセリアンヌを睨み、握り締めた棍棒を片手にじりじりとにじり寄る。
 言葉のわかる魔物に対しては、この闘技場で騎士を倒せば無罪放免と話す仕組みになっているのだ。もちろんそれは嘘に過ぎない。セリアンヌを相手にゴブリンごときでは勝ち目はないがのも一つだが、万が一何かの間違いでゴブリンが勝ったとて、二人目三人目の騎士が投入され、最終的に罪人である魔物が負けて死ぬまで決闘は続くのだ。
 ゴブリンは騙されている。
 もちろん、人々を蹂躙して恐怖に貶めたがために捕獲され、こんな場所に放り込まれて戦わされているわけだ。その点に関しては同情せずに斬り捨てるが、こうした処刑制度はやはり悪趣味だと感じずにはいられない。
「悪く思うなよ? 姉ちゃん!」
 そうとも知らず、ゴブリンは飛び掛ってきた。
「ああ、一瞬で終わらせてやる」
 セリアンヌも同時に飛び掛り、お互いにすれ違う。そのすれ違い様に一撃を加え、見事に相手の首を切り落としたのはセリアンヌの方であった。
 首がゴロンと石畳に転がり、首なしとなったゴブリンの肉体が無残に倒れる。鉄臭い大量の血液が地面に広がり、血の水溜りが円を広げた。
「すげー!」
「セリアンヌ強ぇ!」
 魔物とはいえ、生き物の死を見て喜ぶ人の残酷さもそれなりか。清掃部隊はゴブリンの死体をまるで汚い生ゴミに触れるような気持ちで回収し、袋に詰めて運んでいく。死んだ魔物はそれこそゴミ捨て場のようなところへ葬られ、まともな墓は作られないのだ。
 運ばれていくゴブリンに対し、セリアンヌは哀れみの視線を送った。
「少しは同情しよう。だが、魔物もまた人の命を奪っている。こういった報いもあろう」
 まだ相手は残っている。
 リザードマンだ。
 続いて鉄門の向こうから入場して――否、させられてきたリザードマンは、サーベルと盾をそれぞれ両手に構えている。
「へん! 俺にチャンスを下さるとは、人間ってのも意外と優しいなぁ? こんな女なんかを殺すだけで無罪にしてくれるっつーんだから、ありがたいぜ」
「ほう? 女か」
 セリアンヌは長剣を構えた。
「そうだろ? ふへへ、テメェは楽には殺さねぇぜ? 裸にひん剥いて犯してから首を落としてやんよ。んで、勝者を解放して下さったお礼にこの町の人間どもを殺戮して差し上げるって予定なわけよ俺。つまり俺ってこのあと多忙なのよね」
「なるほどな」
「ま、そんな忙しい俺が時間を割いてまでテメェをこれからレイプするんだ。感謝の一つでもしてみろ姉ちゃん」
「誰がするものか。下種な奴め」
 魔物とは総じてこういう連中だ。であれば、中には残酷な処刑法を思いつき、実行したがる人間も出てくるのだろう。まさしくセリアンヌが刑の執行官となっているように。
「へいへい、じゃあ行くぜ? 覚悟しな姉ちゃん」
 セリアンヌの強さを知らないのだろう。何の情報もないリザードマンからすれば、なるほど女になら簡単に勝てると思い込むのも仕方が無い。リザードマンは自分が優位でいる気になり、余裕の笑みを持ってゆったりと近寄ってくる。
 一歩、また一歩。
 リザードマンが歩むことで二人の距離は縮んでいき、そして一定の距離圏内に足を踏み込む瞬間を見計らい――
「はぁあ!」
 ――セリアンヌは飛び掛った。
 高速の連続斬りだ。剣を振るごとに手首を返し、即座に二撃目三撃目を一閃させる。右へ左へ往復させ、突きを交えて上下に斬る。その剣速のあまりにリザードマンは反撃できず、盾もサーベルも両方守りに使い始めた。
「なな、なんだテメェ! もうちょっとゆっくり……」
「問答無用!」
 セリアンヌは剣速を上げ、全てを防ぎきれないリザードマンは少しずつ切り傷を負っていく。
「や、やべぇ……!」
 リザードマンは焦りを見せた。
「そこだ!」
 そしてセリアンヌは胴体に向かって斬り付けて、まともに攻撃する暇すらないままリザードマンは深手を負う。傷は内臓まで達しており、トカゲのような牙の口からだらりと鮮血を吐き出した。
「そんな馬鹿な……俺……この町……みなごろ……し……」
 リザードマンにはまだ動く気力があり、ほとんど力の入らない腕でサーベルを振ってくる。攻撃にすらなっていない一太刀だ。こちらが先にトドメを刺すなど造作もなく、セリアンヌは剣をもう一閃させさらに胴体を切り裂いた。
 バタリ。
 と、リザードマンは倒れていき、絶命する。
「セリアンヌ! セリアンヌ!」
「セリアンヌ! セリアンヌ! セリアンヌ!」
「セリアンヌ!」
「セリアンヌ! セリアンヌ!」
 会場にネームコールが広がって、セリアンヌは観衆の声に手を振り応えていった。内心気持ち良くはなかったが、表面上笑顔を絶やさず、人々の応援を受け止めた。
「残酷なのは人間だけでも魔物だけでもなく、争い自体……か?」
 考えている暇はない。
 セリアンヌは思考を振り払い、次の決闘に向けて身構えた。
 次はそう、デュックだ。
 騎士同士の戦いが企画され、今朝聞かされていた話のように、これからデュックが入場してやってくる。そういうスケジュールになっているはずだ。
「それではみなさん! 今回は特別な趣向を凝らし、王国騎士セリアンヌと、そしてデュックの気高き闘いをご覧に入れましょう!」
 司会者が高々と声を張り上げ、観客はより一層沸き立った。
 ファンからすれば、夢の対戦なのだろう。
「セリアンヌ! セリアンヌ!」
「デュック! デュック!」
 両者ともファンは多い。二人の名をそれぞれのファンが声高に叫び、戦闘はまだたというのに、そもそもデュックの入場前だというのに、もう会場は盛りに盛り上がっている状態だった。



 
 
 

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