典子が露出に目覚めたきっかけは、きっとあの記憶――。
思い出としては、本当なら最悪の部類に入る。二度と体験したくないはずの気持ちを味わい、それが典子のマゾっ気ある露出趣味の起源となった。
それは中学一年生の頃……。
典子の通う学校では、内科検診が上半身裸ということになっていた。理由は色々書かれていたが、要するにブラジャーを外した状態で体操着に着替え、内科医の前で上を脱ぐ。一糸纏わぬ胸と背中に聴診器を当ててもらう手順であった。
それ自体は仕方なかった。
当日は欝な気分になるだろうが、みんなで脱げば怖くない。恥ずかしいと思わなければ大丈夫だと、典子は配られたほけんだよりを見ながら言い聞かせていた。衣服無しで肌に直接聴診器を当てたほうが診察は正確になるらしいことを、典子は偶々知っていたので、そのためだろうと嫌々ながら納得していた。
しかし、当日――。
結論から言うと、典子は学校を休んだ。
体調を崩したせいで学校へ行けなくなり、無理をして登校するのもまずいと母親に判断され、残念ながら学校検診のその日に休むという結果になった。
となると、内科検診はどうなるのか。
典子だけ別の日取りで実施された。
放課後だった。
六時間目の授業が終了し、担任から保健室へ行くよう指示を受けた典子は、少しばかり嫌な気分で廊下へ出た。
どうして、私一人なんだか……。
せめて他にも休みがいれば、脱ぐのは自分一人じゃない。誰でもいいから、自分と同じ目的で脱いでくれる方が、なんとなく気分が楽になる気がしていた。
しかし、典子は一人。
たった一人、脱ぐことになる。
その事が足取りを重くして、遅く歩けば検診が消えるわけでもないのに、典子は意味もなくのろりのろりと緩やかな歩調で廊下を渡っていた。
そして、着いてしまった。
別に到着したくもなかった保健室に、典子は着いた。
戸をノックすると「どうぞ」と声が聞こえて、典子は中へと立ち入った。
「えーっと、水内典子ちゃんね?」
白衣を着た養護教諭の女性は、きっと三十代くらい。
「あ、はい」
「じゃあ、内科医の方も来て下さっているから、ちゃちゃっとやっちゃいましょうか」
陽気というべきか、明るいというべきか。
欝な気分の典子にとって、気さくで人の良さそうな同性が同じ部屋にいてくれるのは、たったそれだけで心強い。別に脱げても仕方のない気がするのだが、これならきちんと脱げる自信が沸いてきた。
きっと、たった一人で男の前にでも出されたら、ワイシャツのボタンを外すだけでも時間がかかってしまう。
「さっ、こっちこっち」
案内されるようにして、典子は丸イスの上へ導かれる。まるで実際の病院診察でもするかのように、内科医の前へちょこんと座った。
相手は男、中年だ。
女医じゃないのが残念で、やっぱり気分が下がってしまう。
けれど、大丈夫。
きちんとできる。
「では水内典子さん。上は全て脱いで下さい」
「はい」
この検診は典子一人のため、体操着になる指示はない。なので制服のブレザーから脱いでいき、内科医には背中を向けつつワイシャツのボタンを外していった。
「はい、預かるわねー」
脱いだものは養護教諭が回収して、脱衣カゴへと畳んでいく。
ブラジャーのみになった典子は、とうとう乳房を出すことに緊張しつつもホックを外す。腕で胸元をガードして、その隙間から引き抜く形でブラジャーを取り去り、養護教諭へと手渡した。
ああ、脱いでしまった。
どうせ見せることになるのだが、なんとなく両腕をクロスさせ、すぐには見せない形で内科医を向く。
「よろしくお願いします」
と、礼儀上の挨拶。
これが少し嫌だった。
思春期の典子としては、おっぱいを見てもらうお願いなどしたくもない。頼んでまで男に裸を見てもらうなど、援助交際でもあるまいのにどうしてだろう。
もっとも、医師としてはあくまで診察を受け持つだけだ。
そんな気持ちが沸いてくるのは、ただ自分が恥ずかしいだけだからと、典子はきちんと自覚していた。
隣には女性もいる。
もし万が一、目の前にいるのが少女に猥褻を働く変態医師だとしても、これなら何もできはしない。典子は自分に言い聞かせるためにそんな事を考えて、自分を納得させながら両腕を横へと下ろした。
乳房を解放した。
まだまだ発達が始まったばかりで、去年までは平面だった典子の胸は、初々しい膨らみをもって低め山を成している。桜色の乳首を頂点に、遠目に見たならやっぱり平面に見えそうな、しかし内科医の距離なら確実に膨らみ具合が確認できる。年頃らしい膨らみかけがそこにはあった。
恥ずかしくて、目の前の内科医と目を合わせられない。
今すぐ隠してしまいたい。
クラスにはもっと成長の早い巨乳がいたり、大きいとまではいかなくとも、きっと典子などより綺麗な形をしていそうな女子がたくさんいるのだ。
それと比べて、典子のものはどうだろう。
胸を見られているだけでも、単純な恥ずかしさが典子を赤面させていたが、典子は自分の乳房をクラスでも劣っているものと思っているのだ。
劣るも何も、貧乳を趣味とする男性からすれば、典子の胸は十分に美しい。
しかし、当の典子は自分の胸に自信がない。例えるならみんなはテストで平均以上を取ったのに、自分だけが赤点であるような気まずさが、恥じらいの中には含まれているのだ。
だから典子は嫌だった。
自分で気にしているものをわざわざ見せるなど、典子の胸中にある感情は、テストの悪い点数を親に差し出す情けなさとよく似ていた。
その時だった。
コンコン、
人の手の甲が、保健室の戸を叩く音。
「はーい。今は検診中ですよー」
と、養護教諭が対応。
「ああ、我々ですよ。是非とも検診の様子を確認したいと」
「あらあら、あなた達ね。オッケー! わかったわ」
――何? どういうこと?
典子は焦燥した。
検診の様子を確認したい?
戸の向こう側にいる男が言ったそんな言葉に、女性であるはずの養護教諭が許可を出している。
そんな馬鹿な。
だって、その人達は男性で、誰かが見学に来るなんて話も聞いていない。
しかし、焦ったところで焦る以外の何ができるというわけでもなく、開かれる戸をただ見つめるしかなく、そして現れる男性群を前に典子は反射的に胸を隠した。
入ってきたのは、三人の男。
二十代の若手担任。
髪が一本もない校長。
白髪まみれの教頭。
「え? あのっ、これって……」
わけもわからず、すがるような気持ちで典子は養護教諭を見た。
「そういえば伝えてなかったっけ? ほら、検診がどんな様子で行われているか。教師としてはきちんと把握しておきたいでしょう?」
「で、でも……。みんな男……」
「はいはい。早く終わらせないと、いつまでもその格好のまんまよー」
きっと、これさえなければ、単純に恥ずかしいのを我慢して終わりのはずだった。
真っ平といえばそうなのだが、典子の精神力でも十分に耐え抜ける程度のものだった。
将来は乳がん検診や婦人科検診を受け、乳房どころか性器を晒す機会だってあるかもしれない。そういう恥ずかしさを一足早く体験するだけだと、典子は出来る限り軽く考えようとしていた。
軽く考えて、さっさと忘れようと計画していた。
そんな典子に対する追い討ちが、三人の男の見学。
内科医も男なので、ここには合計四人の男。
そして、養護教諭は女性だが、カウントすれば五人もの人間が典子の裸を見ているのだ。
最悪だった。
五人もの服を着た人間に囲まれながら、典子だけが上半身を晒しているなど、これは何の罰ゲームだろう。
こんな目に遭わなくてはならないほど、典子は別に悪いことなどしていない。
それなのに、どうして……。
「はい。診察始めるよー」
内科医は容赦なく、事務的に述べる。
その内科医の背後に回る形で、明らかに乳房が見えやすいポジションに三人の男は立っている。
この状態で腕を横へ下ろすだなんて……。
視線を苦痛に思いながら、典子は泣く泣く乳房を見せた。
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