エッチなものが平気になったのがいつ頃か。
昔は全てのエロスを汚いものと思って嫌悪していた記憶があるのだが、いつの間にやら激しい拒否感は消えていて、典子はむしろ興味を持つようにすらなっていた。
本当にいつのまにやら、興味に変わっていた。
興味といっても、もちろん人並みの興味に過ぎない。相手がいたらしてみたいという程度の話だ。
確かに露出性癖は変態的と言わざるを得ないのだが、男とのセックスに関しては、健全の範囲を超えない誰しもが持ちうる好奇心に収まっていた。
ただ典子は、露出の他にも女の子の体に興味がある。
クラスメイトの女体に目が及んだり、服の中身に想像を巡らせてしまうバイセクシャルだ。
健全だろうか。
それは男の妄想に例えるなら、好みの女の子がそこにいたなら、頭の中では生々しいことをしてしまう。しかし、想像は所詮想像で、恋人でもない限り本当には手は出さない。
男であれば、間違いなく普通の好奇心。
それを女の典子が持つのは、果たしてどうか。
理解を示してくれる人間はどれほどいるのか。
事実を明かせば引かれるであろう点だけが典子を縛り、この秘密を打ち明けたことは一度も無い。例えば親友だと思って信じて相談を持ちかけたのに、同性愛者と知れた途端に態度を変えられてしまっては、ショックで生きてはいけないからだ。
その上、典子はノーパンで一日を過ごしもする。
パンツを履かずに行う階段の上り下り、風が吹く日の捲れてしまわないかの心配などが、不安となって典子を締め上げ、典子の心を夢中にさせる。
要するにマゾ気質とも言えるのだ。
バレたらどうしよう、恥ずかしくて生きていけない。
そう思う人並みの羞恥心を持ちながら、それでもパンツを履かずに学校に来てしまったり、ましてや職員室の戸の前でお尻を丸出しということまでしてしまった。
それは自分で自分を鞭打つ、言ってみれば一人SM。
マゾっ気があるからこそ、わざわざ恥ずかしくて死ぬような思いを体験しようとしているのだ。
性癖が芽生えて以来、典子は様々なミッションを考え出しては自分自身に向かって命令を下し、遂行してきた。
例えば、スカートをミニにして駅の階段を上ってみた。
誰もいない暗い校舎で、誰もいない教室の前に立ち、スカートを高々とたくし上げてクラスメイト全員にアソコとお尻を見せる想像をした。
照明写真の撮影機のカーテンの中、布一枚を隔てた向こう側にたくさんの通行人がいるのを感じながら、そこでスカートをたくし上げた。この時は上半身も裸になり、わざわざお金を支払い乳房の写った写真までもを記念に持ち帰ったものだ。
プリクラでおっぱいを撮ったこともある。
透けやすい服を着て、その中に色のはっきりしたブラジャーを付けて街中を歩きもした。
さすがに危険性の高すぎる方法は避けてきたが、実に色んな自己ミッションをクリアしている。
さすがに全裸徘徊の経験までは無いとはいえ、典子は確実に露出上級者といえるのだった。
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