第1話 囚われの星

 星核の埋め込まれた星には災いが起きる。
 万界の癌とも呼ばれるそれは、空間に対する深刻な汚染を引き起こし、裂界と呼ばれる危険な領域を発生させてしまう。
 その星核を調査、回収するため、某惑星に降り立った星は今、最悪のトラブルに巻き込まれていた。
 文明の発達、文化、法律は惑星によって様々だが、星が仲間と共に歩いた町には、どうやら危険な犯罪集団の活動領域だったらしい。
 結論から言えば、星は捕まった。
 情報を集めるべくして、手分けして行動している際、知らぬ間に目を付けられていたらしい。突如として攻撃を受け、応戦する星ではあったが、多勢によって包囲され、武器を捨てての投降を余儀なくされた。
 一体、この武装勢力は何なのか。
 最初は町の治安維持部隊だろうかとも思っていたが、投降直後の星に対して顎に指を引っかけって、くいっと持ち上げ人の顔をまじまじ見てくる男がいた。
 彼はこんなことを言っていたのだ。
「ボスに良い土産が出来た」
 しかもその男は、人の衣服を掴むなり、左右に引っ張り引き裂いたのだ。そのおかげでシャツから下着が剥き出しに、それを隠すことも許されずに連れて行かれた。
 とてもまともな組織とは思えない。
 人を連行するにも目隠しをかけ、自分がどこをどう移動しているかもわからない形で移動させられ、ようやく布を外された時には、殺風景な部屋に閉じ込められていた。
 まるで取調室だ。
 ワンルームほどもない部屋面積の中央にテーブルが置かれ、そのテーブルを挟んだ向こう側には、一人の美麗な女が座っている。人の顔をまじまじ見つめ、妙に楽しそうに唇の端を吊り上げている。
「ここは?」
 星は訪ねた。
「見ての通り、といったところかしら」
「この町には来たばかりだけど」
「知ってるわ。だから犯罪を犯す暇なんてありもしなくて、急に捕まったこともね」
「だったら釈放して」
 星は手錠の感触を意識した。
 この状況で武器や携帯機器を没収されているのは言うまでもなく、こうして拘束までされている。以前は怪しげな男と共にいる場面を見られ、その仲間と誤認されたこともあったものだが、今回は一人で歩いているところに攻撃を受けたのだ。
 何がどうして囚われなくてはいけないのか、星にはまったく事情が見えて来ない。
 そもそも、真っ当な治安維持組織とも思えない。
 倫理や道徳に則る規則によって、誤認や誤解によって捕らわれた可能性はないのだろう。
「あなたに犯した犯罪がなくても、私にはあなたを取り調べる理由があるの」
「どういうこと?」
 真っ当な理由はなくとも、動機ぐらいはあるはずだ。
「ボスへの、いい手土産」
 聞き覚えのある台詞を彼女は囁く。
「手土産って……。もしかして、あんたのことなの?」
「そ、私がリーダーよ」
「一体どういう組織なの?」
「質問をするのは私よ? あなたみたいな可愛い女の子が夜に一人で出歩くなんて、とっても危険じゃないかしら? 一体何をしていたの?」
「別に、ただの散歩」
「答える気がないのかしら? だったら、好きな食べ物の話でもしましょうか」
「なにそれ」
「それとも、好きな色? 好きな動物? 下着の色も聞いてみたいところね」
 女性の目が胸に向く。
 シャツを引き裂かれてから、未だに着替えもタオルも渡されていない、この剥き出しのブラジャーに対する視線が妙にねっとりといやらしい。
「意味がわからないけど」
「わからない子ね。取り調べはとっくに始まっているのよ? あなたという人についてのね」
 目つきが怪しく細められ、星は女性に対する警戒心を強めていた。
 とても普通の目ではない。
 まるで獲物でも見ているような眼差しの相手と、手錠のかかった状態で密室の中、二人きりという状況に悪寒が走る。
 舌なめずりまでしていた。
 少しだけ見えた舌先の、端から端へと移動して、自身の唇を舐める仕草を見た瞬間、星はさらに戦慄した。
「……っ!」
 完全に引き攣っていた。
 最初のうちは、相手が同性なだけまだマシであるように思っていたが、星に対する普通とは言えない眼差しは、身の危険を感じさせるには十分なものだった。
 彼女がリーダーであるからには、星の拘束も彼女の命令なのだろう。
 その動機について、あまり考えたくなくなった。
 目つきやニヤけた表情の怪しさを見れば見るほど、身の危険を感じずにはいられない。
「着替えを用意して欲しい」
 星はそう要求した。
 手錠を外してもらえるとは思わないが、せめてこの剥き出しの胸だけでも隠したい。そうでなければ、このニヤついた女性の前では安心できない。
「あら、どうして?」
「見ての通りだよ。あんたの部下にやられたせいで、服がずっとこのままだから」
「そうね。着替えさせてあげてもいいけど、まだその手錠を外すわけにはいかないわ」
「……そう」
「でもまあ、タオルで隠すくらいのことは考えてもいいわ」
「ありがたいね」
「だから、ちょっと立ってもらえる?」
「……?」
 要求の意味がわからなかった。
 この流れで、このタイミングで、立たされることにどんな意味があるのか、星には想像がつかなかった。
 嫌な予感がする。
 彼女の言葉にあまり従いたくはないのだが、ただ椅子から立つ程度のことで逆らっても仕方がない。ここは敵地で、なのかや丹恒がこちらの状況に気づいているか、助けが見込めるかどうかもわからない。
 不安ながらに星は立つ。
 すると女性も立ち上がり、星の真正面まで迫ってくる。その今にもぶつかってきそうな勢いに、思わず一歩後ずさると、逃げることは許さないように肩を掴まれる。
 全身が強張った。
 ニヤニヤといやらしい目で見てくる女の、その手が体に触れている状況に、一気に緊張感が高まっていた。
「このシャツはもう駄目よね。取り替えましょう?」
 女性はシャツを左右にはだけさせてくる。
 前にびりっと歪な亀裂が走っての、ほつれた糸がいくらでも伸びた隙間には、胸からヘソに至るまで、全てがチラチラと覗けて見える。例えるなら下着の上に直接上着を羽織っての、ボタンを全開にしてあるような状態から、袖に隠れていた肩が剥き出しとなった。
 だが脱げても、シャツが床に落ちることはない。
 後ろ手に手錠がかかっているので、それ以上は下がることなく垂れ下がり、尻やふくらはぎに布は触れてくるのであった。
 上半身をブラジャーのみにされてしまい、星は少しばかりの羞恥心を抱いていた。同性の視線を本気で気にすることはほとんどないが、彼女のいやらしい眼差しだけは別だった。明らかな性的好奇心が滲み出て、どこか鼻の下すら伸びようとしている面持ちは、これでは男性に視姦されているも同然だ。
「いい顔ね」
 今度はそっと、頬の上に手が置かれる。
 優しげな手つきであった。
 それが無二の親友なり、愛する恋人の手であったなら、どれほど心地良いことだろう。
 しかし、相手は初対面だ。
 名前すら知らない人物から、好奇に満ちた視線を一方的に向けられて、その上で顔に触れられたことの不快感に、星はさらに強く引き攣っていた。
「タオルは?」
 語気を強めに星は尋ねる。
「そう慌てない」
 頬から顎へと手は移った。手の平がまんべんなく、べったりと触れていた状態から、指だけを引っかけて、くいっと顎を持ち上げる仕草に切り替わり、星は少しばかり上を向かされる。
 自分より背の高い女性の顔に目を向けて、彼女は一体何を考えているのかと、警戒心を高めていたその時、不意にそれは起こるのだった。
(え……!)
 唇が重なっていた。
 すっと顔を近づけて、星はまず固まってしまっていた。急にそう来るとは予想せず、逃げるよりも、逆らうよりも、身も心もフリーズすることで反応が出来なかった。
 頭が真っ白になることで、自分の身に起こったことが一瞬理解できなかった。
 そして唇の触れ合う状況に至り、女性の豊満なバストが星の肌に当たってくることで、ようやくキスをされていることに気づいていた。
 目つきが怪しいとは思っていた。
 何か企んでいそうな気配も感じていた。
 しかし、急に唇を奪われてしまったショックに動揺して、しばし瞳を震わせた星は、次の瞬間には反射的に蹴りをかましていた。手錠がかかっている代わりに、思わず足を出していた。相手の膝を蹴った上で、星は壁際にまで飛び退いていた。
「何をするの!」
 先ほど以上に警戒心を剥き出しに、身構えた眼差しで星は女性を見据えていた。
 危険だ。
 この女と同じ空間で過ごすのは本当にまずい。
 薄々と予感はしていた。
 キスをされる瞬間まで、きっとそういうわけではない、何か別の理由があるに違いないと、そう信じたくもあったのだが、もはやそんな希望はない。
 彼女は体目当てだ。
 同性愛者なのだ。
 心に、頭に、警戒信号が激しく点滅を始めていた。
 逃げたいが、ドアにはきっと鍵がかかっている。仮にかかっていなくとも、この部屋から飛び出たところで、廊下がどうなっているのかはわからない。この場所がどういう建物の何階なのか、上階なのか地下なのかも知ることができない中で、脱走を試みても見込みは薄い。
 それでも彼女と一緒にいたくない。
 大きな身の危険を前にして、ならばリスクも承知でドアにタックルをしようかと、頭の中には考えが浮かんでいる。無謀は承知でも、これから起こる身の危険を回避したかった。
 しかし、星にはそれを試みる暇さえ与えられない。

「おっと、逃げちゃ駄目よ?」

 女性が目前まで迫っていた。
 壁に押し当てた両手によって、星の顔は挟まれていた。
「あ、あんたが悪いよ。急にキスなんて……」
「確かに、いきなりすぎたわね」
 ぴたりと、頬に指が当たった。
 柔らかな肉をぷにりと軽く押し潰し、そのまま撫で上げてくるタッチによって、彼女の指の腹は唇の端に触れていた。そのまま唇はなぞられて、端から端まで人差し指が渡りきると、次にその手はブラジャーの紐に移った。
 指のフックが引っかかり、鎖骨の部分で紐が浮かんだ。
 星は改めて、捕らわれた際の言葉を思い出す。
 ――ボスに良い土産が出来た。
 あれも、こういう意味だったのだ。
 星は上納品としてボスに捧げられた。
 目の前にいる女性は同性愛者で、だからその部下は良さげな女を発見すると、捕獲のために行動した。どんな犯罪を犯したわけでもなく、何を疑われる状況にいたわけでもなく、本当に理由なく星は捕まったのだ。
 強いて言うなら、運が悪かったことが理由か。
 もしや彼女の命令などなくとも、めぼしい獲物さえ見かけたら、こうして拉致しているのかもしれない。
「そんなに警戒しなくて大丈夫よ?」
 再び顔が迫ってくる。
 またキスかと、星は強張った顔で固まりつつ、唇が触れようものなら、すぐさま横を向くつもりでいた。だが唇は狙いでなく、ただ耳元に顔が近づいていた。
 相手の頬を、星の頬が微かに感じる。
 触れるか触れないかといった具合の、実に微妙で薄らとした接触感を頬が感じる。長く綺麗な髪も当たってきて、その艶やかさを知ることとのなる星だが、彼女の美貌や髪質の良さなど関係ない。
 そんなことより、これから何が起こるのかが重要だった。

 もみっ、

 と、乳房が掴まれる。
 右手によってブラジャーのカップもろとも、軽やかな指圧によって揉み潰される。
「楽しみましょう?」
 耳元に囁いてきた。
 甘い息遣いが、耳の穴へと入り込んでいた。
 だがその美しい声に酔うことも、心を溶かされることもなく、星はただひたすらに警戒心だけを働かせていた。
「思い通りになんて……」
 どんな陵辱を試みていようとも、最後まで堪え抜けば、きっと助けはやって来る。
 その時までの辛抱だ。
 武器はなく、手錠をかけられ、そして密室で二人きり、彼女のことを邪魔する人間は誰もいない。おかげでろくに抵抗できないことは悔しいが、耐え抜いた最後には、きっと希望が待っていると信じるのだ。
 今の星に出来るのは、これから何が起きようと、折れずにいることだけなのだ。
「なるわよ? 私の思う通りに鳴いて、思う通りに息を荒くするようにね」
 それは宣言に聞こえた。
 彼女が一体、何をどこまで考えているわけなのか、もうそこまで予感している星にとって、お前を快楽の虜にしてやるという宣言に他ならなかった。
「何があったって、私は……」
 思い通りの玩具になどなるものか。
 きっと耐え抜いてみせようと、心に意地を抱く星に対して、女性が向けてくる眼差しは、可愛いものを愛でるものでしかないのだった。