第5話 不本意な性行為

 撮影終了後、撮った写真は専用のソフトで画像検査にかけたらしい。視診や触診だけでなく、機械的な判定まで重ねる念入りさは、やはりきちんと検査をしてくれているわけか。
(そりゃ、命がかかっているのに、検査をちゃんとしないなんてね。あるわけないか)
 そして検査が終わったなら、あとは精液を利用した治療なのだが、放出から十数秒以内の精子を使うと聞いている。出したものを素早く紙コップにでも入れて、それを飲用する形だろうか。時間の猶予がない以上、チェンの見ている目の前で、中年医師は自慰行為をするわけなのか。
 目の前でそんな事、一体どんな気持ちで『薬』を飲めば良いだろう。
(まだ、あと少しの我慢だよね。治療さえ終わればもう脱がなくていいはずだし)
 羞恥の地獄からは解放され、ひとまず安心のはずと信じるチェンの前へと、画像検査を終えた中年医師が戻ってくる。
「今までの検査でね? 唾液、血液、尿検査と、今回の視触診や愛液採取、写真撮影の総合でね? チェンちゃんの治療に必要な射精回数が確定したんだよね」
 その言葉で気が重くなってくる。
「うー……。ねえ、それでどうやって投与するの?」
「口内、または膣内に直接注入する事かな」
 チェンは一瞬固まった。
「うーん? えっとさ、お医者さん? すごくヘンなこと言ったように聞こえたけど気のせいかな?」
 言葉そのものはスポイトでも使うと解釈できるが、どうも中年医師の抱くイメージは、それとは違って思えるのだ。
「気のせいじゃないよ? 膣内射精がより確実かな」
 しまいにははっきりと、膣内射精とまで言い出していた。
「えーっと、さ。それ、冗談じゃなくて? さすがにからかうのはやめて欲しいんだけど……」
「からかってるわけないじゃない。チェンちゃん、僕には君をきちんと治療する義務があるんだから」
「ホントに真面目に言ってる? でも待って? 他に方法は考えられない? 精子をアソコに入れるにしたって、超スピードでぱぱーっとスポイトで注入! とかさ」
「確かにね? 外気に触れたからって、精液に保護された精子はすぐに死滅するわけじゃない。ただ、Wウイルスに対する作用は外気とは無関係に時間で減衰する。性行為によってタイムラグを抑えるのが確実なんだ」
「って言っても……。あたしが、お医者さんと? その、口とかアソコで? できれば、スポイトとか紙コップとか、やっぱり他の方法を…………」
「君を確実に救いたい」
「ううっ、そりゃあたしも助かりたいけど……」
「半端な方法では、Wウイルスがある程度生き残る可能性があるんだ。治療したはずなのに、改めて繁殖が進んでステージが進行、また治療をやり直す。ってことになったら、二度も三度も精子を投与しなくちゃいけなくなる。今日限りで確実に治療するのとどっちがいい?」
「そういう話になっちゃうと……そりゃあ…………」
「でしょう? ほら、だからね? チェンちゃん。抵抗は物凄くあるだろうけど、かなりの我慢を強いる事になるけど、そこにベッドがあるから、とりあえず移動しようね」
「う、うん……」
 やはり感染した立場は弱い。
 命が救われるかどうかは治療にかかっている。必要な精子の量、治療後の経過観察、全て医者の判断に身を委ねる方が、体だけは他の誰かと重ねるよりも確実なわけだろう。
 自分が助かるかどうかはこの人しだい。
 そう思えば思うほど、食い下がるにも限度を感じて、チェンは仕方なくベッドに足を向けていた。中年医師と交わる抵抗感で、本当は裸でシーツに横たわる事すらしたくはない。躊躇う気持ちと戦いながら上がっていき、緊張で全身を硬くしながら、チェンは仰向けとなっていた。
 羞恥心についてはもう、どうとでもなれという感覚の方が強い。だがもう、恥ずかしさの我慢というより、もっと別の試練を迎えている。
 性行為、セックス。
 そんな事になろうなど、チェンは思っていなかった。紙コップなりスポイトなり、そういった方法での摂取ばかり想像していたので、挿入を受け入れる覚悟などしていない。
 あるとは思わなかった展開を急に迎え、そう即座に踏ん切りがつくかといえば、まだ心理的には諦めがついていない。中年医師が白衣を脱ぎ、すぐそこで裸になっていようと、頭の中では別の方法を求める自分がいる。
 中年医師がベッドに上がった。
 いよいよ、お互い裸でシーツの上だ。
 来るべき瞬間が極限まで迫り、すぐ目の前に剥き出しの逸物が控えた緊張で、チェンは体中の筋肉を石化のように硬くしていた。
「やっぱり、抵抗があるかな?」
「ない方がヘンだよ。ねえ、今まで助かった患者さんは、よくそういう治療を受けたよね」
 逸物が視界に入る事にすら抵抗を感じて、チェンは顔を背けがちにしていた。
「なんて説明して、なんて説得すればいいのか、僕にはさっぱりわからなかった。試しに女性の学者に相談して、協力を得られなかったら、治療法が見つかったにもかかわらず、今でも患者を死なせ続けていたかもしれない」
「ほーん? 協力してくれた人、いたんだ」
「エンドフィールドの人だから連絡が付くと思うよ。試しに話してみるかい?」
「そう言うってことは、その人も治療法を知ってるってわけだよね」
「知ってるどころか、治療法を証明するため、自ら感染してまで人命救助を行っている」
「偉大な人だ……。うん、そんな嘘は吐かないだろうし、これからする事は本当に必要な事なんだろうけど……」
「やっぱり連絡を取ってみるかい? すぐに繋がるとは限らないけど、その方がチェンちゃんも整理が付くんじゃない?」
「うん、それじゃあ……」
 チェンがそう答える事で、中年医師は通信用の端末を取りにベッドを降りる。連絡を試みて、運良くすぐに繋がって、チェンはその女性学者と言葉を交わした。
 中年医師の研究結果を見せられて、急には信じられなかったこと。だがWウイルスが精子で死滅する瞬間をその目で見て、治療法について確信を抱いたこと。そして、ならば女性患者への説明や説得が必要になると考えたこと。
 それらの話を耳にして、確かに整理が付いてきた。
 チェンには性交の経験がない。
 初体験がこうした形になってしまう。
 思う所でいっぱいではあるのだが、命と天秤にかかっては仕方がない、そんな諦めもついてきた。
 とはいえ、相手は医者だ。
 好いた男というわけではない、たまたま治療を施してくれるだけの医者なのだ。それ以上でもそれ以下でもない、本当なら体を許す展開など起きない相手に股を開き、肉棒を膣で受け止める事を考えると、やはり抵抗感が強く吹き荒れ止まらない。
 しかし、チェンはそれを抑えた。
(……我慢、我慢)
 初体験がこうなるのは本当に無念だが、これはもう諦めるしかない。
 だから、我慢。
 本当はやりたくないセックスだが、受け入れるしかない。
「……ねえ、もう始めるの?」
 中年医師がベッドへ上がり直してきて、チェンは恐る恐るとそう尋ねる。
「どうしても抵抗があるなら、慣れるところから始めるのもありだと思うよ」
「慣れるって、どういう……」
「例えば、手で触るところから、とかかな。いきなり挿入を受け入れるより、段階を踏むことになるんじゃないかい? もちろん、どうするかはチェンちゃんが決めて構わないからね?」 中年医師が言っているのは、手コキという事ではないか。
「それは……。どうしよっかなー」
 引き攣りながら、そこに膝立ちした中年医師の、立派な逸物を一瞬だけ視界に入れて、直後に素早く目を逸らした。
 いつまでも躊躇っていては、一向に状況が進まない。
 我慢して受け入れるしかない。
 頭ではそう答えを決めていても、まだ心が着いて来ない。手コキなどという、本来不要な行為をするかしないか、心を天秤のように揺らがせて、その末にチェンは体を起こす。踏ん切りを付けるため、渋々ながら肉棒を握ってみる事にした。
 中年医師が膝立ちから直立へと移り変わって、チェンは彼の足元に正座する。
 握るため、持ち上げた腕を近づけた。
 迫らせた拳から指を突き出し、指先で恐る恐ると触れてみて、硬さと熱気を感じ取る。勃起した男性器は本当に硬いのだという事実を確かめ、ゆっくりと指を離すと、今度は握ってみせようと、チェンは右手を開いていくのであった。
「えっと、触るね?」
 遠慮がちに、パーとなった手の平を近づけて、接触まであと一センチといったところで、えいっ、と、思い切った風に握ってみせる。
 感触が如実になった。
 指先で確かめた肉の硬さが、今度は拳に収まっていた。
「うわぁ……あたし、本当に触っちゃってるんだ……」
 触りたかったわけでも何でもなく、踏ん切りを付けるにはそうするしかないと思っての接触だ。握った事で愉快な気持ちになるはずもなく、チェンが感じるものといったら、もっぱら抵抗感なのだった。
「そのまま扱いてごらん?」
「……こう?」
 物は試しのように拳を動かし、非常にたどたどしい奉仕を始める。
「そうそう、気持ちいいよ? チェンちゃん」
「ほーん……。そうなんだ……」
 気持ちいいと言われても、目的は中年医師を満たしてやる事ではない。男性器への接触慣れ、挿入に対して段階を踏むために過ぎない。
 男には快楽があるのだろうが、恋仲からの性行為ではない以上、感じてもらえて嬉しい気持ちは湧いて来ない。
(あたし、何やってんだろうな)
 と、そんな思いも湧いてくる。
 握っていて、皮膚がざわついていた。
 細胞の一つ一つが砂のように細やかな虫となり、激しく蠢いている感じがする。心ばかりか、肌にも焦燥が表れている感覚に、本心では今すぐにでも手を引っ込め、石鹸でよく洗いたいくらいである。
 中年医師はチェンをニヤニヤ見下ろしている。
 人に肉棒を握らせて、この状況を彼は面白いと思っているのだ。それを感じてしまったチェンとしては、反比例のようにつまらない気持ちになっていく。
(悪いけど、なんかホントにムリって感じだなぁ。別に好きな人ってわけでもないのに、こういうことになるなんて、やっぱ体が受けつけないよ)
 手首から指先にかけて、やはり今すぐ後ろへ引っ込みたいような、拒否反応が薄らと漂っている。
「もうすぐ出るよ?」
「えっ、出るって……」
 チェンはぎょっとして引き攣った。知識ではわかっていても、この手で握ったものの先端から、本当に白いものが飛び出してくるのかと動揺していた。
「最初は経口摂取かな? 僕自身が飲んだ薬で、精液の治療効果を上げると説明したのは覚えてるかな?」
「……うん」
「経口摂取によって、体内のウイルスにきちんと届くようになっているから、まずはお口からいこうか」
「うっ……口かぁ…………」
 チェンは一度、ぎゅっと目を瞑る。
 それから開き直してみたところで、覚悟の決まった自分へと、そう綺麗に切り替わってはくれていない。まだまだ強い抵抗感が根付いたまま、チェンは強張りを帯びた面持ちで顔を近づけ、亀頭に口を付けようとするのであった。
(うぅぅ……。ホント、キツいよこれは……)
 会って数日程度の男のものを咥える。
 手で握る以上の抵抗感が肌中を駆け巡り、触れる前から唇の内側に嫌悪が満ちる。まるで細胞が汚染され、黒ずんだ何かが内部で渦巻くような嫌な感覚は、唇から頬や顎にまで広がって、チェンの浮かべる険しさは硬さを増していく一方だ。
「あむぅぅ…………」
 だがどうにか、チェンは咥えた。
 口の中に亀頭を含め、知識上だけの存在だったフェラチオを行っていた。
「んっ、ずぅ……ずむぅ……ずっ、じゅっ…………」
 頭を前後に動かすと、舌にべったり当たった棒が前後に這いずる。まず陰茎の太さで唇が丸く広がり、そして舌がどうしても密着するので、前後運動さえしていれば、必然的に唾液を塗りつけていた。
「ふじゅっ、ずぅ……ずむぅ……じゅっ、ずぅぅ…………」
 こうして口に含めているだけでも、今すぐにでも吐き出してうがいをしたい、綺麗に濯ぎたい気にさせられるのに、精液を飲むなど考えられない。
 だが、そうしなければ……。
 チェンの脳裏には、やはり症例写真が焼き付いている。あれらの衝撃を思えばこそ、飲まされるとわかっていながら前後運動をやめなかった。
「もう、出るからね?」
「じゅっ、ふっずぅぅ――――」
 前もっての言葉を耳にしても、実際に口の中に出てくるまで、チェンは頭を動かし続けた。

 ドクッ! ビュルン!

 いざ口内に青臭い味が振り撒かれ、ようやく動きを止めた彼女は、決死の思いで喉を鳴らした。
(うぅ……! ホントにキツい!)
 精液の飲用など、出て来る場所は同じ以上、オシッコを飲めと言われたほどには抵抗を強く感じる。実際に味を感じて、嚥下によって喉の内側を通していると、心理的な抵抗ばかりか肉体さえもが拒絶反応を起こしてきそうになっていた。食道の通過を喉が拒んで、喉仏が反射的に力んでいた。
 だが、チェンは飲み干した。
 口に溜まったものを腹に収めて、即座に唇を後ろへ引っ込めると、まだ味が残った感じに引き攣って、うえっ、と嘔吐でもしたいかのように舌を突き出し俯いているのであった。