早朝、まだ五時をまわっていない。
そんな時間に私は友達へ電話をかけ、今まさに勇男はぐーすか眠りこけ、世にも間抜けな寝顔を晒していることを伝える。
二十分後には家へ訪れ、私は友達を招き入れた。
彼女は泉鏡花という中学からの親しい仲間だ。容姿端麗、色めく腰つき。スタイルは私によくにて整っているが、嗜虐性では鏡花に勝てない。なにせ鏡花は何人ものマゾ奴隷を調教している筋金入りの女王様で、実際に豚どもの尻にロウソクを垂らし、鞭打ちを楽しんでいる天性のサディストだ。
私が抱えている奴隷は所詮勇男一匹で、そういう道に関しては鏡花の方がよほど精通している天才である。
あまりのドSぶりはクラスでも噂になり、鏡花のキョウは凶悪の凶、なんてことを影で囁かれているほどだ。
「きゃははっ! こいつの態度が悪いってわけ?」
鏡花は勇男の寝顔を見てクスクス笑う。
「そ。調教を手伝って欲しいの」
身体操作のことは明かせないが、変わりに弟に躾けを行うのだと話してある。そのために大切なデータの入ったスマホの破壊は有効であると説得し、いかに精神的ダメージを与えられるかを、事実をぼかしたまま一生懸命に説明した結果、鏡花は大喜びで賛成したのだ。
「ふーん? こいつが勇男のスマホってわけねぇ?」
私ではどうしても触れられないそれを、鏡花はさも普通に手に取った。
よし、やはり私以外の人物なら触れるという予想は当たっていた。
「そいつを破壊すれば、壊されたショックで泣いちゃうかもね。精神ダメージが勇男の私に対する態度を変える手助けになるわ」
「ふふんっ、弟ってのは姉の奴隷じゃないとね。ねぇ?」
「その通りよ」
「私がぶっ壊してもいいよね? よね?」
鏡花は私にねだってくる。よほど他人の所持品を破壊してみたいらしい。
「もちろん。許可するわ」
「んじゃ、サクッと拘束して目の前でぶち壊してあげよっかねぇ? そのためにわざわざハンマーなんか持ってきちゃった。いざとなったら、勇男ぶっ殺すのにも使えるしねぇ?」
「いい考えね。ちょっとは痛めつけてあげたいわ」
「ふひひっ、んじゃあさっそく!」
鏡花は準備に取り掛かる。
私の初期作戦案では、回収してもらったスマホは私自身がどこかへ投げ捨てるなりする予定であったが、鏡花の要望に合わせて拘束で身動きを取れなくし、目の前で己の武器を失わせてやるプランへ変更した。
結果的に身体操作の手段を失う――はずなのだから、この程度の変更なら支障はない。むしろ勇男を絶望の淵へ叩き込む過程として魅力的なプランですらある。
「手錠をはめて亀甲縛り。えへ」
鏡花はとても手際がよかった。
実は睡眠薬を飲ませたおかげでもあるのだが、鏡花はスムーズな手つきで勇男の両手を後ろ側へ拘束し、持参してきたロープを巻きつけ、亀甲縛りを披露する。鎖付きの首輪をつけ、どこからどうみても調教されたマゾ男の出来上がりだ。
やはり鏡花は素晴らしい。
「ではでは美影ちゃん? 時間が経ったら起こしましょうか」
「そうね。睡眠薬が切れるまでの時間もあるし」
私達は勇男をベンチ代わりにしてお尻を乗せ、しばし雑談を交わしていた。クラスの男子では誰がキモくて誰が根暗か。どの女がビッチでヤリマンか。れっきとした女子トークを交わすこと一時間。深夜に飲ませた時間から計算して、ようやく薬が切れる頃になる。
「じゃあ美影ちゃん? 叩き起こそうか」
「そうねぇ、遠慮なくやってもらえる?」
できれば私自身で手を下してやりたいが、身体操作のトリックが有効になっている限りは勇男に危害は加えられない。
ここは鏡花に任せることとした。
すると、だ。
鏡花はなんと勇男を四つん這いにさせ、パジャマのズボンをずり下げ尻を丸出しにして、持参していたSM用の鞭をしならせた。
バチン!
たったの一撃でミミズ腫れが出来上がる。
「――いっ! 痛い! いってぇええええ!」
勇男は悲鳴を上げながら起き上がった。
「おっはよー! 私は泉鏡花です。お姉ちゃんの友達だよ?」
「おはよう。とってもいい朝だと思わない? 勇男くん」
ふふ、気分がいい。
やっぱり、私は弟を見下す偉大な姉でなくてはならない。ようやく本来の形に戻り、自分の座席へ座り直せたような気分だ。
「お、お前ら! 姉ちゃん! なんのつもりだ!」
「なにって、これからいいものを見せてあげようかと思って。ね? 鏡花」
「いいものだと?」
勇男はこちらを睨んでいる。
ああ、私は今までこういう表情をしていたわけか――ルックスは美人の私に似ても似つかないほど不細工だが。
「じゃんじゃじゃーん! このハンマーで今から勇男君のスマホを壊してあげまーす!」
鏡花は本当に楽しそうな笑顔でハンマーを手に握り、スマホと一緒に見せびらかす。
「や、やめろ! ふざけるな!」
勇男は必死になってこちらへ飛びかかろうとしてくるが、手錠で両手を、ロープで全身を拘束されているのだ。動こうにも立ち上がることさえ出来ず、ただベッドの上から無様に転がり落ちるだけである。
「無駄無駄。どれくらい無駄かっていうと、パロディのジョジョネタ的に無駄無駄無駄無駄無駄無駄って何十回くらいは唱えてもいいくらい無駄なんだよ? 私の結び方はちょっとしたコツを施してあるから、君はもう決して私達には抵抗できないのだ。きゃははっ!」
「そんな解説は聞いてねーんだよ糞が! おい、人の物を壊す気か? 今すぐこれほどけ! ほどいてスマホをこっちに返せよ!」
「だーめ」
鏡花は小悪魔のように微笑む。
「てめぇ! っざっけんな! ぶっ殺すぞ! 返せっつってんだよ!」
まるで猛獣が吼えるような勢いだ。
ま、どうで抵抗できない状況で威勢ばかりよかったとしても、檻の中の虎やライオンを怖がる子供がいないのと同じように、私だって勇男ごときクズが切れても怖くはない。
「おお、怖い怖い」
鏡花もニヤニヤ笑いながら言っていた。
「ふざけるな! おい、姉ちゃん! そいつを止めろ! 止めやがれ!」
あーあ、今度は私に命令だよ。
なるほど、スマホは間違いなく最大にして最強の武器というわけだ。こいつがここまで焦りながらキレまくっているのが、その証拠だ。このまま破壊されてしまえば、もう私に身体操作のトリックは行使できない。
「私に何かをさせたかったら、アンタにはいい方法がなかったっけ?」
「――テメェェェェエエエ!」
どれだけ吼えるのだろうね。この負け犬は。
「じゃあ、やってくれる? 鏡花」
「あいさ。見てて? 美影ちゃん」
鏡花は床に漫画を敷き詰めた上へスマホを置き、ハンマーを振り上げる。普通にやったら床が痛んでしまうので、敷き物として利用している漫画は勇男が一生懸命集めたものだ。
「おい! やめろ! ふざけんじゃねーぞ! 人を縛って、しかも物を壊すだァ? 立派な器物破損だろうが! あとで訴えるぞ! おい、聞いてんのかクソ女! おい!」
なんという必死さだろう。醜いったらありゃしない。
「残念ですが、ぶち壊しまーす!」
そして、鏡花は振り下ろした。
ゴキン!
破壊音が天井へ響き、スマートフォンの板の形状が大きく歪んだ。ひび割れた画面から破片が飛び散り、ただの一撃で無残な残骸になり果てる。
バキ! ボキ!
鏡花はさらにハンマーを振り下ろし、ブラックアウトした液晶の破片が散った。露出した中身も大きく損壊し、フレームもボロボロに砕けている。
「テメェェエエエエ! 何をやってるんだァアアアア! ふざけるなァァァアアアア!」
必死すぎる形相で怒りをあらわにするところなど、まるでデスノート最終回の夜神月を彷彿させる。漫画やアニメの中では、敗北へと追い詰められた悪役キャラというのは、得てして獣のように吼えまくり、自分を追い詰めた存在に対して必死をこいて罵声を浴びせて小物のようになっていくが、これが絵になると面白い。
シリアスなはずのシーンがギャグに見えるようなネタ的瞬間というのは、ネットでもよく取り上げられたりするわけだが、勇男の有様というのはまさにそれ。必死に吼えまくっている姿なんてこっけい以外の何者でもなく、正直言って笑えるのだ。
どこぞの動画サイトにはセーブデータを消された子供の動画なんてものがアップされ、そこでは子供が憤怒の表情で暴れまわっていたのを思い出した。消された本人はたまったものでないのだろうが、ネット動画として他人の立場でそれを眺める分には、悪いが面白動画でしかありはしない。
今の勇男はネット上の面白動画そのものだ。
録画用にビデオカメラを用意しなかったことが後悔される。
「美影ェエエエ! 笑ってんじゃねぇえええええええ!」
いや、笑うから。
とうとう姉を名前で呼び始めたけど、普通に面白すぎて腹がよじれるから!
ああもう、最高!
今まで散々な目に遭って、死にたくまでなったほどだったけど、報復っていうのがここまで気持ちいいだなんて知らなかった。下手をすればオナニーなんかよりもよっぽど快楽を味わえているんじゃないだろうか。今の私は。
軽く、今の気分だけで絶頂してもいいくらいだよ。
「美影! 美影ェェエエエエエエエエエエ!」
勇男は憎しみを込めて私の名を叫んでいた。
ああもう、だから面白すぎて笑い死ぬんだってば。もしかして、そういう作戦? 人を笑い殺すためにわざと怒ってんじゃないの? もう、それしか残ってないもんね。せこいトリックの使えなくなった今のアンタは、そういう芸を披露するしかないもんねぇ?
ははっ、最高!
「すっごくいいわ。ありがとね。鏡花」
「どういたしまして――って、まだまだ調教はこれからでしょ?」
「そうね。お願いするわ。鏡花」
「あいさ!」
鏡花は敬礼のポーズを取る。
そして、勇男へにじり寄り……。
パチン、
と、ペンチでロープを切断した。
「え?」
どうして切っているのだろう。
パチ、パチン。
刃の大きなペンチを使い、太いロープを一本一本切断しては、何故か勇男を解放しようと拘束を解いている。
「あのー。鏡花? 調教は? それ、切ってどうすんのよ」
「これから行う調教はね。美影ちゃんが受けるんだよ?」
「は、はあ?」
ますます意味がわからない。
「ちょっと! 駄目よ解放しちゃ!」
さすがに、私は鏡花の愚考を止めようとする――が、動かない。手を伸ばし、鏡花の肩へもう少しで触れるところまではいくのだが、何故だが鏡花を止めるという行動が実行できない。何故だか、止めるという動作に限って体が不自由になっている。
この感覚は、まさか!
「っぷはははははははははは! 最っ高! 姉ちゃんってばさァ、マジで勝ち誇ってやがるんだもんよォ。もう笑いを堪えるのが大変だったぜ!」
とうとう全ての拘束から解放され、手錠を外された勇男が何事もなかったかのように立ち上がる。
「どういうこと?」
「どうもこうも、みーんな俺の作戦。姉ちゃんをわざと泳がせて反撃作戦をやらせたのも、少しは逆転の夢を見せてやったのも、全ては俺! 俺が考えた趣向だったのさ!」
「な、なによそれ! 意味がわからない!」
私は狼狽した。
だって、私は姉で勇男は弟。
ただ本来の形に戻ろうとしただけなのに、どうしてそれが達成されない?
理解できない。
「俺は催眠アプリを有効に活用し、姉ちゃんの考えていた作戦は最初っから何もかも俺に筒抜けになっていたんだよ。バーカ!」
「筒抜けって……。頭の中で考えただけなのよ? どうやって覗いたの!」
「なーいしょ」
勇男は気持ち悪く微笑む。
「鏡花! どういうこと?」
私は彼女へ詰め寄った。
勇男のロープを切り取ったのはこいつだ。
どうして鏡花が勇男に手を貸したのかがわからない。
「私ね……」
鏡花は、うっとりと目を細めていた。
メスの顔だ。
オスを求める恍惚した女の表情で勇男の足元へ這っていき、サディストだったはずの鏡花が他人の足を舐め始める。舌を伸ばしてペロペロと、勇男の指の隙間に唾液を塗りつけるようにしているのだ。
私は戦慄した。
「まさか、鏡花のことも最初から……」
「当たり前だろ? 一人しか操れないと思った? 残念。姉ちゃんがクソ下らないクズみてえな作戦を考えているあいだに、俺は他の女で童貞だって卒業しちゃっているわけよ」
「なんですって?」
だとすると、鏡花は既に勇男に犯されているとでもいうのだろうか。
「どうして姉ちゃんの処女を取らなかったかわかるか? 姉弟のよしみでバージンだけは許してやって、代わりに別のそこらの女でセックスしてたってわけよ。もう何人ものクラスメイトを犯してきたが、気持ちよかったぜ? その泉鏡花とかいうマゾ女もよ」
「違う! 鏡花はサディストよ?」
「それ、過去の話な。今は俺専用のマゾ奴隷だから」
勇男がアゴで合図を出すと、鏡花は四つん這いのまま勇男へ尻を差し向けて、スカートを捲りパンツを下ろす。
勇男は丸出しの尻に肉棒を挿入し、私の目の前で性行為を始めていた。
「そんな……。嘘、よね……」
目の前の現実が信じられない。
夢でも見ている気分だった。
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