第2話 診察の始まり
ハプニングはすぐに起こった。
現在、隔離所として扱っているその場所は、元々は宿泊施設として使われていた。かつては遠方からの人の行き来があったため、それなりの部屋数で建てられたが、いつしか遠地からの訪問が途絶え、やがて廃れて建物だけが残されている。
空気感染や接触感染が明らかになって以来、村長の提案でここが隔離場所として開放され、家族など許可を得た人間のお見舞いや中年医師自身など、限られた者だけが出入りしている。
そして治療法の発見前まで、中年医師はここで幾度となく死亡確認を行い、遺体に縋り付いて慟哭する家族や友人達の姿を見てきた。治療が可能となった今、チェン・センユーの死亡確認などする気はない。
薬剤を飲み込んだ中年医師は、その精液によってチェンの治療を行う予定を立てていた。
問題らしい問題は、治療法に関する抵抗感など、そういった話だけだと考えていた。個室の用意でプライバシーの確保が可能であり、また内側から鍵がかかるので夜這いは出来ず、そもそも邪な気持ちを起こした所で、戦闘オペレーターであるチェンに対して、非戦闘員である中年医師では強姦まがいの真似など出来ない。
諸々の問題が起きる余地などないと、中年医師はそう考えていたわけだったが、残念ながら見てしまった。見てはいけないものが突然のように目に飛び込み、それはどうしても脳裏に焼き付いてしまっていた。
「あー! うっかりしたー!」
チェンが風呂場から飛び出してきたのだ。
「ちょっとチェンちゃん……」
慌ただしく廊下を駆け、人の姿に気づかないまま二階の部屋へ飛び込んでは、パジャマを抱えて風呂場へ戻る。着替えを忘れて風呂に入りかけたのだろうが、忘れ物を取りに戻るのは、出来れば一旦着替え直してからにして欲しかった。
「見えちゃったじゃないか。乳首も、お尻も」
始めに風呂場の戸を開け放ち、勢いよく飛び出して来た瞬間、ぷるっと揺れる乳房に目がいった。階段を駆け上がって行く際の、尻尾のかかった尻にも目がいった。
その翌日はスカートの中身である。
荷物運びを頼もうと思って、いくつかのダンボールを持たせる時、チェンは無防備にも前屈したのだ。
「よいしょっと」
腰を前へと折り曲げて、するとスカートの丈が姿勢の変化に応じて持ち上がり、穿いている白い肌着が思いっきり、尻の形と共に見えたのだ。人が後ろに立っているのに、こうも油断の多いチェンに対して、中年は少しばかりムラっときていた。
(これじゃあ、僕は……)
警戒心の薄いチェンに対して、邪な感情が湧いている。
医師として、抱いてはならない気持ちを抱きかけている。
治療の準備はそんな中での事だった。
午前中には肌着の尻を見てしまったその日の午後。
診察の時間を設け、診察室にチェンを招いて向かい合わせに、椅子に座って膝を突き合わせた瞬間から、昨夜の裸の目撃や朝のスカートの中身が脳裏を駆け抜け、やはり欲望がムクムクと心に膨らむ。
「チェンちゃん。これから行う診察はね、表皮の状態なんかを主に確認するもので、視触診の必要があってね。今回は服を脱いでもらう必要があるんだ」
「えー?」
「頼むよ、チェンちゃん。ほら、とりあえず下着まででいいから、そこで着替えてもらってね」
中年医師は診察台を指す。
そこにはあらかじめ脱衣カゴを置いておき、周りはカーテンで取り囲める。
「しょうがないかー。診ないとわかりっこないもんね」
チェンは仕方なさそうに立ち上がった。
カーテンの向こうに隠れた彼女の、一枚ずつ脱いでいく衣擦れの音が聞こえる。中年医師はそれに耳を傾けて、じっと静かにチェンのストリップを想像してしまい、やがてカーテンが開いた時、脱衣カゴを背に薄水色の下着姿があらわとなった。
「お待たせ、お医者さん。準備できたよ?」
椅子に座り直したチェンは、少しだけ赤らんでいた。特に隠そうとする様子はないが、かといって平然としているわけでもない、ある程度は恥ずかしそうな、薄く染まった頬の色と、明るい性格の伺えるキラキラと光った瞳が堪らない。
悪戯、してみたい。
どこか無防備で、無邪気に見える彼女に対して、ちょっとした悪さを働きたい。そんな欲望を押し隠し、今のところは善良な医師として、表情には生真面目の仮面を張り付ける。
「はい、ではね? 当たり前のことだけど、あくまで診察のために視診や触診を行っていくからね。患部の場所が場所だけに不快な思いをすると思うけど、そこはどうしてもね、診察なので我慢して下さい、という事になってくるかな」
目の前の下着姿があろうと、あたかも何も感じていない、ただ診察の準備が、仕事の準備が整ったに過ぎない風に振る舞っていた。
いいや、普段は振る舞うまでもない。
そういった感覚が当たり前になっていたはずだ。
診察で胸を出させる機会があり、その相手が若い女性だったところで、医師として職場にいる自分と、外でプライベートの時間を過ごす自分で切り替わり、いくら魅力的な乳房があろうとも、仕事中に股間が反応する事はなかった。
魂にまで切り替えが染みついて、それこそWウイルス患者の治療のため、勃起するにも苦労したくらいのはずが、今回ばかりは何故だか心が医師になりきれていない。表面では普段通りに振る舞っているのだが、チェンの薄く染まった頬をもっと赤くしてみたいなど、思ってはいけない事を思う自分がいる。
「じゃあ、よろしくね。お医者さん」
チェンの面持ちに疑念がない。
ああ、信用されている。
あくまで診察に過ぎないから、下着姿にさせられても、それを我慢する気でいる。
「はーい。ではね、一度立ってもらえるかな?」
そう告げると、チェンは何の疑いもなく立ち上がり、おかげでショーツの柄をじっくりと確認できた。
普段のチェンはスカートの中身を大胆にチラつかせ、それを気にしていない風なのだが、どうやらの白い肌着の下には、きちんとしたショーツを穿いていたらしい。
水色のブラジャーとショーツには、青い龍のプリントがされていた。
蛇のように胴の長い、そして短い手足を生やした龍がその体躯を少しだけうねらせている。青いシルエット状の柄がショーツの場合はゴム沿いに、フロントリボンのすぐ下のライン添いに伸びている。
ブラジャーの場合は医師から見て、右側のカップから、左側のカップにかけて続いている。最右端の尻尾に始まり、カップとカップの狭間で一旦は胴が途切れて、最左端に頭部を置き、肩紐の部分はそんな龍のシルエットと同じく青い。
(何をやっているんだ? 僕は)
視姦の様子を表には出していない。
性的な感情など一切抱いていない風を装って、ただただ仕事をこなそうとしているに過ぎない、それ以上でもそれ以下でもない仮面を顔に張り付けて、その実、下着をばっちりと確かめていた。
その上、まだ次の目論見を胸に潜ませ、それを理性ある医師の仮面で覆っている。
「チェンちゃん、さっそく始めるからね」
中年医師は手を伸ばし、腰のくびれを確かめた。
スベスベの肌だ。
皮膚に指を走らせると、ベタ付きがなくサラサラ滑る。柔らかい砂であるような、良い触り心地へと手の平全体を張り付けて、くびれのカーブを上下に摩る。
「うひゃぁ……。ヘンな感じだなぁ?」
「我慢できそうかな?」
「いやぁ、するしかないって。だって、放置してたらあたしもあの写真みたいな感じになるんでしょ? そっちの方がよっぽど怖いし、なんとか大丈夫だから続けちゃってよ」
困った風なチェンの腰へと、揉むような指圧を加え、摩るばかりか指の強弱もかけていた。表面にある皮下脂肪の柔らかさと、鍛え抜かれた筋肉の具合を手触りによって確かめると、やがて全身の締まり具合に意識が及ぶ。
剣の稽古を積んだ肉体だ。
武術のために仕上がった足腰の、腰の引き締まった形もさることながら、足のラインも曲線美だ。魅力に富んだ体でありつつ、触れればしっかりと筋肉の存在が読み取れる。他の多くの患者に比べ、この体が運動能力の高さがわかる。
「はーい。ではね、今よりもう少し我慢が必要になるけど、今度は後ろを向いてもらえるかな?」
チェンが振り向き、尻が中年医師へと向けられる。そのぷりっとした膨らみに沿うような尻尾のカーブは、曲線が手前に向かって突き出ていた。尻尾からはみ出て見える尻たぶも、肉厚ぶりによって突き出ていた。
ショーツのゴムに目が引かれる。
尻たぶの下弦に程良く食い込み、ぷにっと押し潰された柔らかな肉が太ももと尻の境にある。それに惹かれていくように、そっと手を伸ばしてお尻に触った。
「ひゃっ……! うん、そこも……触られるのは、わかっていたんだけど……」
手と手の間に尻尾を挟み、中年医師は尻を揉む。表面を包む繊維の感触と、その内側にある柔らかさに指が悦び、今にも単に味わうだけの手つきになりそうだ。
中年医師はそれを抑え、頭の中に触診の手順を蘇らせる。既存の症状とは違い、Wウイルスについて探る場合の、自分なりに積み上げた経験を活かそうと、膨らみの表面に指を走らせ、しこりや炎症の有無を調べ始めた。
(診察、診察……)
あるいはチェンとて、我慢のために心の中で唱えているかもしれない言葉を、中年医師の方がぶつぶつと呟きかねない状態だった。
(ああ、お尻が柔らかい……張りがあって、だけど指を押し込めば、筋肉もしっかりあって……)
診察など関係無く、単に欲望のために揉みしだきたい。その衝動がむくむくと、もう股間はとっくに硬くなっている。
(こうじゃ、なかった……はずなのに……)
触診を続けるうちに、少しずつチェンの様子が変わっていく。あまり長くお尻を触っているからか、微妙にもぞもぞとした腰使いで体が小さく動いている。嫌がっているのがひしひし伝わる。
「ちょっと辛いかな?」
密かに勃起までしていながら、中年医師はまだ理性を装っている。
「いやいや、触診なんだよね? あたしとしては耐えるしかないっていうか。ああでも、納得がしやすいように、それで何がわかるのか教えてもらえる?」
「簡単に言うと――」
と、説明を行う直前、中年医師はおもむろに、ショーツのゴムの内側へと指を潜らせ、布をずらし始めていた。皮でも剥くような気持ちで、中身の生肌をあらわにさせ、Tバックの形へ近づける。そんな尻の割れ目に飲まれた布が、垂れ下がる尻尾に隠される。
中年医師は生尻に手を置いた。
「皮膚やその内側に症状が出たら、炎症とか変なしこりが出来たりする。それは昨日の血液検査や唾液採取ではわからない事だから、こうやってお尻を揉むことで、第一にしこりの有無を確認しているよ」
説明ながらに指をぐにぐにと蠢かせ、そんな自分自身の五指の隙間に、中年医師はじっと視線を注いでいる。
丸出しに見えなくもない。
いや、尻たぶはもう丸出しになっているのだが、布が尻尾に隠れている事で、見えているのはT字でいう横線部分だ。それさえ除けば、下着を穿いていない状態に見えなくもない。
「じゃあ第二は?」
その時、中年医師による接触は、両手を上下に滑らせるものとなる。親指は二本とも中央に、べったりと張り付けた手の平を延々とスライドさせ、まだまだ触診としての意思を保っていた。
「痛みとか、ヒリヒリする感じのチェックだね。もし炎症か何か出来ていたら、指が触れる刺激に反応する可能性がある。おかしな違和感とか、痛みみたいなものがあったら教えて欲しいってことになるね」
という、仮にもそのための接触に、単に触っていたい気持ちがどんどん入り込んでいる。手つきそのものは触診から逸脱しないように抑えているのだが、今にも指が欲望で蠢きそうだ。
ああ、やりたい。
やはり単に揉みしだく目的で触ってしまいたい。
「今のところ、なさそうかな」
「なら大丈夫かな? 念のため、あと一分ぐらい我慢してね」
とうとう自分の中の欲望の、引き金を引いてしまった。
そう口にした瞬間から、触診の意味を成さない指遣いで五指を存分に蠢かせ、中年医師はお尻を捏ねていた。好きなように指の強弱をつけて揉みしだき、その味わっている間中、落ち着きを失うチェンの、そわそわとした感じがいくらでも伝わってくるのだが、おおよそ一分経ったと思うまで、中年医師はその両手を止めなかった。
これだけ好きに触っても、邪悪な考えが止まらない。
むしろ、一度心の引き金を引いた分だけ、悪化してしまったのか。
「ちょっとね、もう少し詳しく診ておきたいから、前屈をしてもらえるかな」
中年医師は今、チェンにはしたないポーズを取らせようとしていた。
「前屈? あっはは、困ったカンジになっちゃうなぁ……」
肩越しに一瞬だけ振り向くチェンの、本当に困った風な赤らんだ表情は魅力的だった。
どうしても……。
もっと恥じらわせてみたい、もっと困らせてみたい、そんな欲望を抱かずにはいられないほどに。