プロローグ
某地域にランドブレーカーが縄張りを広げている。
近隣住民からの報告を受け、該当地域の某村を保護下に置くエンドフィールドとしては、人道の観点及び採掘資源を理由に戦闘オペレーターの派遣を決定。チェン・センユーをはじめとした数名を一定期間滞在させ、その間に工場の建設を進めていく。
工場の建設完了後、武器弾薬の製造ラインを設け、村は防衛能力を獲得する。また、採掘資源を利用した多様な生産を計画しており、村は今後大きく発展する見込みだ。
派遣された戦闘オペレーターは、武器製造ラインの完成までのいわば穴埋めと考えられているが、どうしてそこに女性が含まれてしまったのか。
帝江号に報告は上げていた。
女性にのみ感染するウイルスが存在する。
村人の人口男女比、そのウイルスに感染した性別が必ず女性である統計データから、現状までの研究記録にかけてまで、全て送信していたはずだ。
ところが現着した顔ぶれにチェン・センユーが並んでおり、顔合わせの挨拶が済むなり、中年医師は直ちに帝江号へ確認を行った。
中年医師はエンドフィールドに長年勤める医療オペレーターであり、現在は某地域の某村に配属され、駐在医師として働き村人との交流を深めている。
何故、女性が交じってしまったか。
問い合わせの答えは単純、どうやらポカをやらかした者がいたらしい。職場の共有ミスにより、女性にのみ感染するウイルスの存在を知らない者が配属の手配に着き、たまたま空いていたチェンを面子に組み込んでしまったそうだ。
ミスによる派遣とわかった以上、直ちにチェン・センユーを帰還させるのかと尋ねてみれば、しかし折り悪くランドブレーカーの脅威性が判明した。
話をまとめると、村の周辺地域にランドブレーカーの縄張りが作られ、その拡大が進んでいるため、対策として戦闘要員を滞在させる事が決まった。ただし決定当初としては、具体的な規模や脅威性は不明瞭であり、ちょうどこのタイミング、問い合わせを行ったその日のうちに、敵は強力であるとの報告が入ったのだ。
ランドブレーカーは他の地域から人員を招き入れ、徐々に拡大するように拠点を作り上げている。規模の大きなクランであり、複数のグループにそれぞれ腕利きのリーダーがいて、総大将はそれらリーダーよりもさらに実力が高い。
つまるところ、チェンの腕が必要になってしまった。
女性にのみ感染するウイルスについて、中年医師はWOMENにのみ感染――Wウイルスと名付けている。Wウイルスによる症状が未だ不治のものであったら、来たばかりのチェンを送り返す流れに、さすがになっていたのだろうが、なまじ治療法自体は発見しているから始末が悪い。
「困ったものだね。感染、しなければいいんだけど」
中年医師は座して天井を仰ぎ、ひとりごちていた。
チェンの腕が必要、感染してもどうせ治せる。なるほど、確かにそういう考え方もあるのだが、肝心の治療法について、実は報告には書いていない、未だに伏せ続けている部分がある。
もしもチェンがWウイルスの患者になったら、彼女に『あの治療法』を施す必要が出て来てしまう。
それは、なんとも……。
治療法を説明すれば、きっと冗談に聞こえるだろう。何を頭のおかしい事を言っているのかと疑われ、以後どんな目で見られたものかもわからない。初めて治療を行う際も、患者に向かって何をどう説明したものか、いかに説得したものかと本当に頭を抱えた。
精液こそが特効薬であろうなど……。
その検証データを積み重ねた中年医師自身にも、どうしてそのような現象が起きているのか、未だにさっぱり意味がわからない。何故それで治せるのかも不明なまま、ただそうすれば患者の命を救える事だけが判明している。
某村は川や森林に囲まれた土地である。
木々を伐採して拓かれており、村全体を柵で囲んで、村人の大半は畑を耕すか家畜を育てて生活しており、何割かの少数が狩猟や探索採集、自警団などの活動を行っている。
ウイルスは村から数キロ離れた洞窟の奥で、冒険に出かけた子供の無邪気な気持ちで持ち込まれた。冒険ごっこで物語のように宝物を探し求め、洞窟の土をスコップで掘り返すと、偶然にも煌びやかな原石が出土して、それだけなら一人で勝手に遠くに出かけ、ランドブレーカーに襲われていたらどうするのかと、大人が子供を叱って話は終わりのはずだった。
だが、付着した土に問題に問題があった。
その洞窟はWウイルスの生息地であり、主に土中で繁殖するものの、大気中でも活動を可能としており、子供による原石の持ち帰りを契機に悪夢は始まった。
土中の微生物の事などわかるわけもない、何の悪意のない子供の次に、今度は悪意なき大人がその洞窟へ足を運んだ。原石が採掘できると考え、試しに現場を見に行くなど当然の話であるが、そうして大人さえもが悪夢の種を村に持ち込み、やがて感染は始まった。
しばらく経つと女性にのみ病気が流行った。
何故だか男性には感染せず、乳房や女性器を持つ人間だけに発症し、局部に形成された病巣が肉体を蝕んでいく。その症例写真はどれもむごたらしく、治療の手立てがわからず流行初期の女性は一人として救えなかった。
病気は待ってくれない。
一人、また一人と感染者が増える中、中年医師は寝る間も惜しんで研究に打ち込んだ。そういえば――と、流行時期と原石発見の時期が符合している事にふと気づき、土中の微生物を調べたところ、患者を蝕むウイルスと一致していた。
ではどうして、今まで特定の洞窟の中ばかりで繁殖していたのか。大気中でも活動する上、洞窟の中と外では湿度など環境が異なるのに、どうして村の中でも変わりなく繁殖するのか。そして、洞窟外でも問題なく繁殖するにもかかわらず、これまで繁殖域は拡大しなかったのか。
女性にのみ感染するメカニズムは何なのか。
何故、男性は影響を受けないのか。
それとも、男女で潜伏期間に大幅な差があるだけで、これから数ヶ月後、あるいは数年後、時間が経ってようやく男性の患者が出て来るのか、どうなのか。
わからない事を挙げればキリがない。
最も優先的に判明させたいのは、何といっても患者を救う治療法だが、既存の薬品から思いつきの調合まで、試せるものは何でも試し続ける間にも葬式は繰り返された。
初めてWウイルスの患者が出て来た初期フェーズから、少しは研究を進めた第二フェーズでも誰も救えず、中年医師はプレッシャーを抱えていた。
――頼む! どうか娘を救ってくれ!
――アンタ医者だろ? どうして誰も救えないんだ!
――私も死んじゃうの!?
村人達の懇願と、怒りや悲しみ、恐怖を浴びて、それを背負う重さと寝る間を惜しみすぎた睡眠不足で、きっとおかしくなっていたのだろう。
何を思ってか、自慰行為で出した精液をスポイトで垂らし、Wウイルスがどう反応するか顕微鏡で観察した。
わけがわからなかった。
精子がウイルスを追いかけ駆逐するという、荒唐無稽な光景を目の当たりに、疲労の溜めすぎで幻覚でも見え始めたものと思った。
だが、それから何度か検証を重ね、やはり精液が治療の鍵だと気づいてしまい、それはそれで頭を抱えた。
どうやら放出から数十秒以内の精液でないと効果がなく、膣内射精や経口摂取の必要性が考えられた。メカニズムはまったく不明なまま、そうすれば治療できる可能性についてだけが判明して、だからといって、こんな話を患者に向かって、どう説明すればいいのか、どう説得すればいいのか、何もかもわけがわからなかった。
医者としては、患者を救わないわけにもいかない、
こんな話をする事で、一体何を言われるか、どんな顔をされるだろうかと、本当に恐る恐ると一人の女性の学者を家に招いた。その女性は分野の異なる植物学者で、医療に明るいわけではないが、囓る程度には精通しており、ずぶの素人からなら専門家に見えかねない。
そんな女性に研究資料を読んでもらい、実際に精子によるウイルス除去を顕微鏡で覗いてもらった。その女性が驚愕したのは言うまでもなく、そして本当に何とも言えない、気まずいような困ったような顔をしたのも言うまでもなく、だが最終的に彼女が口にしたのは、まだ救える患者について説得を手伝うというものだった。
その女性はあえて自ら感染してまで、村人を救うことに尽力してくれた。実際にそれで治ったとする証人でもいなければ、いくら事実を説明しても患者は戸惑うばかりだろうと、まさに体を張ってくれたのだ。
第二、第三の治療成功例を積み重ね、そうすれば治るのだという話は女性の間に、主に患者の間に何とか浸透していって、現在では恋人などパートナーの精液で治療させるため、男性への説明を行うケースもある。
協力してくれた女性学者は現在、村を去っている。
元々あらゆる地域の植物を研究するため、常に転々としていたので、この村への滞在期間も始めから決まっていた。
彼女が去って、入れ替わりのようなタイミングで、チェンを含む数人の戦闘オペレーターが村にい滞在を始めたわけだ。
チェン・センユーへの『治療』……。
果たして、そのような機会が発生してしまうのか。まだ何も知らないチェンに対して、その場合はどうやって説明や説得をしたものか。
治療記録という名の性行為の記録を送信する躊躇いから、帝江号には未だに具体的な真実を明かしていない。
だが、明かすべきだったか。
明かさなかったから、チェンがそのまま滞在して……。
「ねえ、お医者さん! この村に――えっ!?」
「ちょっ……!」
鍵をかけ忘れていた。
突如、診療所に駆け込んできたチェンが、ドアを開け放ったのだ。
実験で使う精液のため、自慰行為の真っ最中に……。