第2話 星の開脚

 再び、顎がくいっと持ち上げられる。
 来ると予感した次の瞬間、彼女は予想通りに唇を迫らせていた。それを躱すため、星は咄嗟に横を向くのだが、すると代わりに頬をぺろっと舐めてくる。
 皮膚に唾液を塗られたことで、星は戦慄していた。
 さらに次の瞬間、スカートの中に手が潜った。腰の部分に指先が入り込み、手で探っているのは留め具の部分に違いない。このままではスカートを脱がされる危機を感じて身悶えして、星は咄嗟の抵抗で肩をぶつけた。
 胴体をくねり動かし、密着直前にある女性に体の硬い部分をぶつけるも、彼女は微動だにしていない。ただ空いたもう一方の手を肩に置き、壁に押しつけておくために、一応の力をかけてくるだけだった。
 精一杯の抵抗は封じられ、スカートの留め具が外れる。
 尻を壁に押しつけることで、星はその落下を阻止しようとするのだが、その時には腰に手の平が滑り込んでいた。壁と尻のあいだの隙間を維持され、星のスカートはばっさりと床に落ち、足の周りにドーナツ状のリングを成しているのだった。
「諦めなさい?」
 さらに女性は両手を回し、星のことを抱き締める。
 彼女の豊満なバストが鎖骨の上に潰れてきて、香水の肌のすべすべとした感触もさることながら、香水の香しさも鼻孔に流れ込んで来るのだが、星はそれに酔うことなどなかった。
 むしろ、実感していた。
 自分のことを性的に辱め、体を楽しもうとしてくる相手が、他ならぬ女性であることの実感こそが膨れ上がった。性別など見た目でわかりきっているのだが、こうして抱き締められることにより、ああ女だ、と、当たり前の事実に対する実感が必要以上に大きく膨らんでいた。
 本当に、男ではない。
 同性の手によっての、性的な辱めだ。
 ブラジャーのホックに指が触れている。
 次は乳房を見られてしまうのだと、星が抱く感情は既に無念や屈辱だった。それを阻止することなど出来ず、彼女の思い通りにブラジャーは取り外される。
 下手な抵抗など、簡単に制圧される。
 そのイメージが焼き込まれ、もはや身動きすら取ることなく、無抵抗にホックは外されていた。すぐさま肩紐を一本ずつ下げられて、ブラジャーを取り去られてしまうのだった。
「あら、綺麗」
 そして、女性は一歩下がった。
 露出した乳房を見るために、適度な距離を置いた女性は、満足そうに細めた目を向ける。いかに楽しく鑑賞しているか、すっかり目の喜んだ顔さえ見れば明白だった。
 頬が朱色に染まっていく。
 肉欲に満ちた眼差しから、揉みたい、しゃぶりたい、思うままに扱いたい欲望が嫌というほど伝わって、性的な視線を向けられることの恥ずかしさに陥っていた。ごく普通の同性なら、こうまで感じることはないであろう羞恥心で、星は無念そうに目を瞑り、微妙に横向きで俯いていた。
「あと一枚ね」
 その指摘はますます羞恥心を煽ってきた。
 シャツは後ろ手の手首から垂れ下がり、ただの千切れた布切れと化している。スカートは床の上、ブラジャーは肩紐を千切ってでも取り去ったわけなのだろう。彼女の手にこそぶら下がり、だから下着が相手の手中に収まっていることも気になった。
 たった今まで乳房に触れていたものが、他の誰かの手にあることの、なんと落ち着かない話か。秘密の日記でも握られている気分である。
「さあ、全て脱ぎましょう? 私の前に曝け出すのよ?」
 目の前で、女性は膝を突く。
 次の狙いはショーツである。
 最後の一枚すら脱がされる危機感に、また思わず足を出しかける星なのだが、すると次の瞬間には、女性の体勢が変化していた。
 蹴りを繰り出す直前、女性は急に立ち上がり、素早く人の足を踏みつけていた。キックに使うはずだった足は、そうやって地面に固定され、だから持ち上がることさえなかった。
「駄目よ? クセの悪い足は」
 注意でもするように言われた星は、今度は別の実感に囚われていた。
 ……勝てない。
 この女性は手練れだ。
 こちらも万全な状態なら、まだしも勝負はわからない。それで勝ち目がないとまでは思わないが、今は手錠がかかっているのだ。武器がないのだ。
 状況のために広がる圧倒的な格差のために、たったこれだけの抵抗がいかに無意味かを痛感する。
「さあ、わかったら、黙って私に脱がされていなさい?」
 女性は改めて膝を突く。
 そして、ゆったりと余裕のある手つきでもって、腰の両側に触れてくる。まずは手の平でべったりと包み込み、それから指でわざとらしく探るようにして、指先でショーツのゴムをなぞった。
 しばし、下着の感触を確かめる。
 身に着けているものを調べられ、視姦もされている居心地の悪さと羞恥心を感じているうち、ついにゴムの内側に指は潜って、足首まで一気に下ろされていた。
「…………っ!」
 恥ずかしさで顔が歪む。
 これでもう丸裸だ。
 乳房に加え、性器にも視線が刺さり、星はより大きな無念を顔に浮かべた。
(き、消えたい……)
 視姦されていることで、透明人間にでもなりたい思いを切実に抱いていた。
「可愛い顔ね」
 そんな人の赤らみを、女性はからかってくるのである。
 むっとした顔で軽く睨み返した途端、彼女はまたしても真正面に迫ってくる。今度は一糸纏わぬ体に向かって腕を巻きつけ、その締め付けの中に星は捕らわれた。
 身動きが取れない。
 しかし、女性の方は星のことを意のままに、どこかへと運ぼうとしていた。女性が一方足を動かせば、星の足もそれに釣られて一方動く。踏ん張るような抵抗をしてみても、どうやら力比べでは彼女が上回り、だから手こずらせることはできても、完全に阻止することは出来なかった。
 人の体をどこに移動する気でいるのか。
 この狭い取調室には、行き先となる場所などない。
 きっと、テーブルだ。
 そこに寝かされるのだと思った星は、身の危険を今以上に感じていた。今はまだ、衣服を奪われた屈辱と、視姦される恥ずかしさで済んでいるが、テーブルに押し倒されれば、より大きな恥辱が待っている。
 そんなものは真っ平だ。
 星には同性の手で喜ぶ趣味などない。
 まして、初対面の相手など……。
 だが心の中でどう思っていようとも、星のことを好きに扱うと決めている女性の方は、順調にテーブルへ迫っていた。星の生尻がテーブルの縁に触れ、いよいよテコの原理が働いて、その場に寝かされてしまった星は、その仰向けの姿勢で天井を見上げていた。
 腰の下には、手錠のかかった星自身の両手がある。
「ふふっ」
 女性は星を見下ろしていた。
 裸体に対して、いくらでも視線によって然るべき部位をなぞってくる。目つきのいやらしさを隠しもしない、ニヤついた女性の笑顔は邪悪に見えた。
 彼女は星のことをどうするのか。
 手で好きなだけ触ってくるのか、それとも道具を使って来るか。その答えを示すようにして、女性はおもむろに右手を腰の後ろにやり、手で何かを漁っていた。
 ベルトのホルスターに、何らかの道具を持っていたのだろう。
 取り出されたそれが目に飛び込んだ時、星はより大きな不安と、それを使われることへの危機感を抱いていた。このままでは本当に何もかもが彼女の思い通りで、一矢報いることも、逃げ出すことも、抵抗も何も出来ない。
 だが星の状況では、もはや助けでも現れるのを待つしかない。
 頭の中でいくらアイディアを捻っても、これから起こることを回避する道は見つからず、ただ焦燥が募る一方だった。
 女性が取り出した道具はリング状の物体だった。
 手錠ほどの直径の、しかし銀色の輪に比べれば器具としての太さのあるリングが二つ、彼女の手には収まっている。
 それが何の道具であるか、具体的にはわからない。
 わからずとも、拘束具の一種であろう予感すら出来ないはずもなく、そして今の星は既に腕の自由を奪われている。まだ自由が残っている身体の部位といったら足しかない。
 ひとたび足まで拘束されれば、これからどこを触られようと、もう本当に抵抗など成立しない。必死の必死で身悶えすれば、どうにか手こずってもらえる程度となってしまう。
「言っておくけど、手こずらせるようなら、痛い目に遭ってもらうわ」
 脅迫によって釘までさされた。
 そして彼女は、テーブルから垂れ下がる膝を持ち上げ、足首にかちゃりと、まずは一つのリングをかける。もう一方の足も持ち上げられ、両足のどちらにも器具が装着された途端、星の身には驚くべきことが起こった。

 星はM字開脚を披露していた。

 まさか自分の意思で開脚などしない。
 それに言葉で強要されたわけでもなく、ただ足首にリングが付いたという理由だけで、星の股は左右に大きく開いていた。剥き出しのアソコが目立つポーズにさせられて、ただでさえ感じている恥ずかしさは、より一層のものとなるのだった。
「初々しくていいわぁ? あなたみたいな、経験の少なそうな子が好みなのよ」
 リングに浮遊機能があるのだろう。
 原始的な手錠のように、鎖がついているわけではない。見た目には単なるリングで、ファッションとしての意味しか成さないものに見えなくもなかった。
 そんな見た目通りのものでは、もちろんなかった。
 リング自体が自由自在に浮遊して、空中でぴったりと静止することにより、装着者のポーズを固定するのだ。
 星が味わった感覚は、ほとんど力ずくで開脚を強いられるものだった。
 足を動かせない。
 膝や股は動いても、リング部分は空間に固定している。まるで壁に穴を空けておき、そこに足首を嵌め込んでしまったように、装着部分だけはその場所から動かせない。
 そうして星は、足の自由を制限された。
 それでもポーズの恥ずかしさで、股は自然に閉じようと動いている。内側へ縮まろうと、もぞもぞと動く光景を見ることで、女性はニヤニヤと楽しげだった。
「アソコも、お尻の穴も丸見えね」
「なっ……!」
 星はより赤らんだ。
 見えているのは性器と乳房だけかと思いきや、肛門さえも視姦の対象になっていることに、赤らみは耳まで及ぶ勢いとなっていた。
 たまったものではない。
 これでは全ての恥部を見られていることになる。
「さ、もう少し開いてみましょう?」
 リングが動く。
 その可動に合わせて、無理にでも足は左右に広がっていく。膝の浮かんだM字開脚は平らに近づき、股関節の柔軟性を超えて引っ張られ、痛みに苦しさを覚えかけた時、女性はそんな星の顔を楽しそうに眺めてきた。
 痛みを訴えても、きっと無駄なのだ。
 そう感じされるには十分すぎるほどの、それは意地悪な笑みなのだった。