第1話 ヒーローで釣り上げて

 エロバラエティに南条光を出したい。
 二十四時間テレビの制作を行うチームから、そんな打診を受けた時、プロデューサーはまず悩んだ。
 果たして、これに許可を出していいものか。
 南条光といえば、出会った場所はヒーローショーだったか。大の特撮ファンである彼女への、そうとわかっての話のようなので、きっと企画は光に相応しいものになる。
 いや、相応しいだろうか。
 何せ、エロバラエティなのだ。
 光の思うような、格好の良いものにはなるまい。
「うーむ……」
 アイドルを裸にさせていいものか。
 その迷いもまずあるが、他にもプロデューサーが思うのは、どうやって南条光を説得するかだ。各方面から重圧がかかってくるので、のらりくらりと逃げ切るわけにはいかず、端的に言うと出さざるを得ない。
 だが、受け取った企画書――まだアイディア段階のものだが、とにかく予定の内容を見てみれば、やはりエロバラエティというだけあって、ヒーローが負ける脚本となっている。
 エッチなものが見たい視聴者のため、ヒーローが敗北して怪人に囚われる。
 ヒーロー番組で子供の夢を守るべきというのなら、エロ番組では男の夢が守られようとしているのだ。
 その仮の企画書を手に話し合いの場を設け、現時点での予定を伝えてみるが、光は予想通りに渋面した。
「ぬぅぅ…………」
 企画書のページを開き、真っ直ぐに見つめながら、光は呻き声を放っていた。
「嫌かな?」
 プロデューサーは尋ねてみる。
「うーん、エロ番組っていうのもなんかアレだけど、それより負けちまうんだろ? ヒーローがさ」
「まあ、企画的にね」
「敗北したヒーローは、しかし必ず立ち上がる。いや、立ち上がって欲しいんだ! 一度は負けても、パワーアップして強敵を打ち破る! それこそが熱い展開なんだ!」
「そういう脚本に……できるかなぁ……」
 二十四時間テレビには様々なコーナーが集まっており、その日の普段の予定番組も放送される。サザエさんの時間にはサザエさんが流れる上で、複数のバラエティの予定が詰まったところへ、果たして南条光一人のために取れる枠はどれほどか。
 敗北からの逆転。
 アダルト動画といっても、陵辱を受けたヒーローが逆転して話にオチを付けることくらいあるだろう。
 尺は足りるだろうか。
 ひとしきり辱めのプレイを行い、胸やら性器やらを放送に流した上で、光の望みそうなオチを付けられるか。
「ま、とにかくアタシは悪い連中に捕まって、そこで色々とされちまうわけだ。胸を揉んだり、パンツを見たり、そういう目に遭っちゃうんだろ?」
「そうなるね」
「ヒーロー役なのになぁ……」
 答えを渋るポイントは、どうしてもそこにある。
 そんな光の反応を前にして、プロデューサーはふと思う。企画書の中には、エロシーンの前段階となるアクションシーンの撮影が予定されているではないか。
 それだ!
 と、プロデューサーは閃いた。
「格好良いアクションは、あると思うよ?」
「お?」
「考えてもみて欲しい。そこらの一般人なんかじゃなくて、格好良いヒーローが捕まるから、そういうのが見たい視聴者にはぐっと来るんだ。つまり強くて格好良くなければ意味がない。エッチなシーンになる前に、きちんとアクションをやるはずだよ」
「おおっ」
「一度は勝つ」
「おおっ!」
「勝つからには格好良いアクションシーン!」
「おおおおっ!」
「ヒーロー番組の撮影はどういうものか、この機会に体験できるんじゃないかな? いや、体験させてみせる。アクション監督を現場に招き、悪役相手にアクションをこなすんだ」
「おおお! やりたい! やりたい!」
 釣れてしまった。
 ヒーローを餌にして、見事に南条光を釣り上げた以上、これからプロデューサーを待つものは、釣った魚への責任だ。光の望むものをきちんと最低限詰め込ませ、エッチな企画はその上でこなしてもらわなければ、南条光というアイドルの売り方にも影響してくる。
 この子はこういう売り方だから……よし、あちらはあちらで、この切り口で攻めていこう。
 仕事の方針を固めたプロデューサーは、かくして光との話し合いを済ませた後日、二十四時間テレビの企画会議に参加する。
 日曜日の朝に関わった経験があるという、まさにその筋のスタッフを集めた撮影に話は決まり、撮影現場やアクション監督の拘束時間、戦闘員や怪人役など出演者の日当に、スーツ製造の発注など、時間をかけて詳細を決定していく。
 やがて、コンセプトデザインが出来た時、それを見た光は目を輝かせていた。スーツの製造が完了して、ヘルメットやグローブを前にした時に光は、もっともっと目を輝かせ、早く着てみたいと無邪気にはしゃぎ始めるのだった。

    *

「ところでさ」
 撮影日が近づいて、アクション指導が始まった時、光はこんな疑問を投げかける。
「手裏剣とかって、どうするんだ?」
 もっともな質問だった。
 白いヘルメット、白いマント、グローブやブーツも全て白い、そこに模様やマークを足してデザイン化したコスチュームは、イラストによるアイディア段階の時から、クナイや手裏剣など忍者モチーフの武器が設定されていた。
 発注から納品後も、撮影に使う手裏剣が小道具として用意されているわけだが、これを使った企画内容は、スタジオに収録映像を流した上で、番組ジャックを狙う怪人との、生放送の中での対決である。
 収録映像の方は予算しだいだが、生放送でCGは使えない。
 カメラマジックも使えない。
 ではいかにして、手裏剣のような飛び道具を使うのか。銃ならば効果音さえ鳴らせばいいが、小道具は実際に投げるのか。それとも、いっそ投げるフリと効果音で済ませるのか。
「なぁに、簡単だよ」
 答えはアクション監督が教えてくれた。
「手裏剣を持ってるつもりになって、思いっきり投げるフリをするんだ。すると……」
 目配せによって、彼は一人の戦闘員を示す。
 光はその戦闘員に向け、投擲のフォームを披露した。何も持っていないのに、手に手裏剣が収まっていたような錯覚を一瞬は見せられるほど、とても綺麗なフォームであった。
 戦闘員は倒れた。
「うっ!」
 と、呻かんばかりに、急に両手で胸を押さえ込み、事切れたように倒れていく。仰向けの死体を前に、あまりに演技が上手いので、本当に人の死を目撃した気分で恐る恐ると近づいてみた結果、そこには手裏剣が生えていた。
 手で傷口を押さえたままの、胸に置かれた手の指に、手裏剣は挟まっていた。
「おおっ! そうやるのか!」
 光は感心していた。
 なるほど、光自身は手ぶらのまま、逆に戦闘員の方が手裏剣を隠し持つ。あとはジェスチャーに応じて死体になれば、武器で倒された戦闘員の出来上がりだ。
「赤いアイツなんて、レッドアローを脇に挟ませてるからね。脇だよ? 脇、胸を貫いた風な演出なのに――脇、でもフリっていうのは立派な手法だし、見ている人にはそれで起こった出来事が伝わっちゃうからね」
 CGのなかった時代から、人は様々な試行錯誤で映像を生み出してきた。思えば舞台なども、部分的に切り抜けば、球技が題材なのに球がなく、打ったフリと効果音だけで表現を賄うのはシュールに見える。だが劇中での出来事は、そうやって体のみで何とか出来る部分も多く、それで物語を成立させる事は可能なのだ。
 光はそれから、すっかり舞い上がっていた。アクションの振り付けを決め、合わせ練習を行う際は本当に張り切っていた。
 もっとも、敗北が脚本で決まっている。
 これはヒーロー番組というより、エロバラエティの企画で作るエロ動画の撮影だ。戦闘員や怪人が現れて、それを相手にアクションを披露するのは、そんな強くて格好良いヒーローが敵に捕らわれ、エッチな目に遭うまでの前段階に過ぎない。
 十分な辱めを撮ったなら、もちろん最後の最後はヒーローの逆転勝利で飾ることも可能である。
 アクション監督や二十四時間テレビの企画者など、何人かの面々には光の望む要素を入れて欲しいと頼んでいるが、果たして本番ではそこまでやれるだろうか。
 会議で要望を出しておいたり、再三訪ねてみた結果、脚本としては用意して、事前練習あると答えてくれた。
 それでひとまずは光も納得しているが、当日になって時間が足りない、やっぱり無理となりはしないかが不安がある。
(テレビ局がなぁ……)
 盛り上がりの様子を見て、もっと辱めを長引かせろ、後ろに控えたシーンなどカットでいい、エッチな部分に尺を割け、などと要求しかねない。
 そういった人物があちらにはいると聞く。
 過去の二十四時間テレビでは、実際にエロシーンを延長させ、他の予定シーンが割りを喰ったことがあるそうなので、光の望みを叶えてやれるか、どうしても不安が残ってしまう。
 果たして、光の念願叶うや否や。
 不確定要素のある中で、収録用の映像は撮り終わり、そして生放送の当日を迎え――。

     *

 南条光――その演じるヒーローの足元には、ピンクのスモークが焚かれていた。
「はっはっはっはっは! 動けまい! 動けまい!」
 サソリ怪人は高笑い。
 番組ジャックを目的にした悪の怪人、そこに駆けつけるヒーローによる戦いが繰り広がり、戦闘員を次々倒す爽快な強さを見せつける。
 だが全ての戦闘員を倒しきり、残るは怪人のみとなった時、そこでサソリ怪人は切り札を使ったのだ。
 それがこの煙である。
 舞台裏のスタッフが流し込んでいるわけだが、設定としてはサソリ怪人の能力で噴出している。その桃色の煙で全身を包んでしまうと、視聴者に対して視認性が悪くなるので、足元だけに充満させているのだが、流れとしては吸っているので、その毒性でヒーローはもがき苦しみ始めている。
「あっ……ぐぅ……く、苦しい……!」
 光は膝を突いていた。
「だんだんと体が麻痺するのだ。もはや戦えまい、逃げることすら出来はしまい!」
 裏設定では、怪人自身には自分のガスは効かないが、戦闘員のために抗体を用意するコストはかけられないので、仲間が全滅するまで切り札は出せなかったものとされている。
 そんな設定説明が劇中に入ることはなく、視聴者が見る映像としては、ただただ強敵に対するカウンターとしてカードを切って見えるだろう。
 ついでに司会者も神経ガスを吸っている。
「あ、あれ? あの、私まで! 私までですね?」
 マイクを握った彼もまた、ヒーローと同じく苦しみながら膝を突き、そこで照明は落とされていく。光度を調整することでだんだんと、徐々に暗くしていくのは、ガスの力で徐々に無力化していく状況を物語る演出の一環である。
 やがて、画面は完全に暗転する。
 それから、スタジオの出演者やスタッフは、薄暗い中で素早く舞台裏へ去っていく。場面転換のために内装や小道具の設置を入れ替え、囚われのヒーローが辱めを受けるという、いよいよ本番に入るためだった。
 そう、ここまでは序章に過ぎない。
 エロ番組である以上、エッチなシーンこそが本番なのだ。