第6話 剥奪という祝福

 レーナは絶望していた。
 絶望を通り越して、全てを投げ捨てた諦めの念さえ抱く。
「どうして……こんな……」
 レーナは今、清潔な白いベッドの端に座って、緊張で心臓をバクバクとさせながら、悲しくて仕方がなくなっていた。
 あの面談の場で、処女の性器を肉眼で解き明かされてから、レーナに帰投命令が下った本当の理由が明かされたのだ。

 エイティシックスと結ばれるという不幸を正し、然るべき『祝福』によって、人間モドキに奪われた心を取り戻す。

 高潔な志でも語るようにして、あの場にいた男達はそう言った。
 そして、その計画を最初に考え、新型レイドデバイスという成果と引き換えに、レーナと寝る権利を手に入れた男こそ、マイアーレ・グラッソというわけだった。
 白銀種同士の子供ができれば、レーナはきっと目を覚ます。
 そんなことを語って『処置』の決定を言い渡し、レーナに下った命令は、マイアーレとセックスを行い妊娠せよというものだ。
 今すぐに逃げ出したかった。
 しかし、レーナに装着されたレイドデバイスは、強い命令を行えば、体がその通りに動いてしまう。深い暗示もかけられており、命令に抗おうと思ったり、嘘をつこうとするたびに、命令遵守や虚偽発言禁止などの文字が脳裏にしつこく反芻する。
 それらの力で脱走は封じられていた。
 そもそも、レーナ自身には逃げ出す武力は初めからないけれど。
 逆らうこともできず、みすみす部屋に連れ込まれ、ご丁寧にシャワーを浴びる命令までされた上、レーナは今ここにいる。マイアーレの私室で下着も脱ぎ、全裸となってうなだれていた。

「おまたせ」

 マイアーレもまたシャワーを浴び終わり、レーナの隣に座ってきた。脚や肩がくっつくほどの、遠慮のない距離に詰められて、レーナは明らかに強張っていた。
 しかも、肩に腕まで回されて。
 これから起きることへの緊張で、心臓は今にも破裂しそうなほど鼓動を早めている。恐怖で顔中は強張って、両手も震えている。
 シン……。
 繰り返し繰り返し、愛しい顔を思い浮かべた。
 これから起きることは、もう避けられない。
 マイアーレに与えられた『報酬』は、軍全体の決定のようになっていて、そして『処置』まで決められて、共和国軍はレーナを基地内に閉じ込めている。レイドデバイスの力があってもなくても、力ずくでやりこめられてしまったら、か弱い少女の腕力ではどうしようもない。
「……あの」
 レーナは言う。
「処女は……初めてだけは…………」
 わかっている。
 どうせ、そんな願いが叶うわけではないと。
 どんなにわかっていても、諦めきれずに口を突いて出て来た言葉がそれだった。
「大丈夫だよ? 優しくするからね?」
 マイアーレの答えはそんなものだった。
 奪われてしまう。
 かつて、エイティシックスから尊厳も何もかも剥奪して、長く戦い抜いてきたはずのスピアヘッド戦隊には、建前では遠征と言いつつ死ねと命令して。今度は白銀種のレーナからさえ、恋の果てにあるはずだった甘い体験が奪われる。
 どうしてこんなに、誰かから奪ってばかり。
「さあ、はじめようか」
 マイアーレの手に押し倒され、レーナはベッドに背中を沈める。
 悲しみと諦観ばかりが浮かんだ顔には、涙が溢れ出てきていた。目尻から溢れるものが、筋となって頬を伝い、たくさん流れ落ちていた。
 マイアーレによる愛撫が始まる。
 さも優しげに、いたわっているつもりのような手つきで乳房を揉み、アソコにも手を伸ばす。時間をかけてじっくりと撫で回し、レーナの肉体を少しずつ高めようとしているが、レーナには快感も何もなかった。
 快感どころか、逆に不快感すらない。

 シン……ごめんなさい……シン…………。

 レーナの感情はそればかりだった。
 乳房の上に手が置かれ、五指が沈んでくることで、レーナは嘆き悲しんでいた。アソコに指が来ることで、やはり心で慟哭した。初めて乳房を揉ませる相手は、シンのはずだったのに。アソコを触らせる相手は、シンのはずだったのに。
 手や指が触れてくる瞬間、レーナの全身を満たしてくるのは、剥奪されたことが悲しくてたまらない感覚だった。
「……………………」
 レーナはじっと、顔を背け続けていた。
 マイアーレの顔なんて、せめて見ないように。
 こんな形でのセックスなど、ちっとも望んでなどいないことをアピールするのが、レーナにできるたった一つの抵抗だった。
「濡れてきてるね?」
 マイアーレは言う。
 レーナにその感覚はわからない。気持ちいい自覚もない。自覚はなくても、どうやらアソコに愛液はあるらしく、指のあいだで糸を引かせたものを、マイアーレは自慢げに誇らしく見せつけてきた。
 それでも、感じたつもりはなかった。
 肉体的には興奮して、生理的反応で乳首が突起していたり、クリトリスが包皮から芽を出しても、それを欠片も自覚できない。本当は感じていても、悲しいあまりに脳が快楽を処理していない。
 発生してはいる快感の全てを、本当には感じていない。
 指が体に当たってきている。
 裸の肌が擦れてきたり、体重がかかってくる。
 本当に、ただそれだけ。
 それだけしか、本当に感じることはできなくて。

 しかし、M字開脚の命令を下されて、体がそのようになった時、レーナの顔は改めて燃え上がった。

 体が、脳が恥ずかしさを思い出し、レーナは両手で顔を覆い隠していた。
 脚を両側に開ききり、綺麗なワレメや陰毛は丸見えにしているのに、その一方で恥じらう表情を覆い尽くして、そんな手の平の内側では、さらに目まで瞑っている。顔中を硬く強張らせた表情で、羞恥と、恐怖と、屈辱の、あらゆる感情に震えていた。

 ずにゅぅぅぅぅぅう………………。

 肉棒が押し込まれた。
 痛い。
 未経験だったレーナの穴では、完全には咥えきれない太さをマイアーレはそれでも収める。幅を内側から拡張されて、裂傷の痛みで額には脂汗が滲み出る。破瓜の血がシーツに流れ、避妊具などない男性器の感触は、膣壁の中にぴったりと張りついていた。
 太いものが穴幅を押し広げる。だからこその、膣壁への密着感。
「痛っ、うぅ…………」
 この痛みも、シンで感じるはずだった。
 せっかく、初めてのキスはシンだったし、恋も成就していたのに、こんな形で奪われるなんて、今まで夢にも思っていなかった。
「気持ちいいなぁぁ?」
 ふと、横目を向けてしまう。
 見ればそこには、おぞましい笑顔があった。
「ひっ……!」
 思わず身が竦むほどの、邪悪に歪み切った笑顔であった。
「気分がいいなぁ? 最初に恋を邪魔された時は、すっごく腹が立ったけど、こうして彼氏くんより先に奪ってやるのは、なんて気持ちいいんだろうねぇ? ほらほら、レーナちゃん? よーく見ておくんだよ? 君の初体験の相手の顔をね?」
 今まで背けていた顔の、頬を両手で包まれる。腕力によって前を向かされ、レーナは醜い顔立ちにますます涙を溢れさせていた。
 それでなくとも、マイアーレの顔付きは醜悪だった。
 ルックスの悪さに加えて、髪のあいだにはフケの白い汚れが見えて、肌がニキビに溢れている。脂の滲んだ光沢で頬や額が輝く上に、黄ばんだ歯の隙間から口臭が漂ってくる。生理的な拒否感を詰め合わせた不快感の固まりが、その上で表情まで醜くしていた。
 こんな男に犯されている。
 相手が醜ければ醜いほど、そんな無念の屈辱が吹き荒れる。
「んっ、くぅ…………!」
 マイアーレが動き始めて、レーナは歯を食い縛った。
 ……痛い。
 シンが相手なら、それでも我慢したかもしれない。愛する異性に気持ち良くなって欲しい思いを優先して、自分の痛みを堪えることも考えた。だけど、そうしたらそうしたで、シンだってレーナを気遣ったはずで。
 本当なら、あるはずだった。
 そういう、シンとの初夜を過ごすことでの、色々なやり取りが。
 それが全て潰されて、その代わりに得られたものは何もない。
「あっ、うぅ……うぅぅ………………」
 肉棒が出入りしてくる。
 そのピストンに応じて、たるんだ腹が接近と後退を繰り返す。体重がかかってくる際の、脂の感触をまとった皮膚との触れ合いに鳥肌が広がって、体中が泡立つかのようだった。
「あぐっ、んぅ……んぁ…………」
 どうして、こんな痛みに耐えなくてはいけないのだろう。
 苦痛でならない。

 返して……。

 レーナの心に、切実な願いが浮かぶ。
 それはきっと、マイアーレにも通じているが、彼はそんなものなど意に介さない。マイアーレにとってこのセックスは、エイティシックスに心奪われた『不幸』に対する『救済処置』ということになっている。
 レーナの今の苦しみも、全てシンへの愛のせいだと思っている。
 もちろん、シンには申し訳ない。
 しかし、たとえ好きな人がいないまま、シンのことも無しに犯されても、こんなことは苦痛に決まっていた。

 返して……わたしの……。

 叶うはずがないのはわかっている。
 時間は決して戻らない。

 返して……わたしの初めてを……わたしの…………。

 決して返ってくるはずがない。
 わかっていても、願わずにはいられなかった。

     *

 訓練のスケジュールを切り上げて、シン達には出迎えの任務が与えられていた。
 それ自体は別にシン達である必要はないし、何ならエイティシックスである必要もない。共和国との摩擦を考えれば、連邦の誰かである方が良さげですらあるものの、スピアヘッド戦隊が選ばれた理由は、きちんと彼氏が迎えに行ってあげないと、などというお世話が主な理由だ。
 そして、シン達は今、かつて共和国の領内だった、今では荒廃しきった瓦礫まみれの国境に到達していた。
 四方数キロに敵はいない。
 それぞれ<ジャガーノート>から降り立って、壁しか残っていない建物で、シン達は腰を休めていた。
「そういえばさー」
 まず口を開いたのはセオだった。
「なんか、久々じゃない?」
 その皆への問いかけに、まず答えるのはライデンだ。
「あー。言えてるな」
 ライデンは天を仰いだ。
「場所は違うけどねー」
 と、即座にクレナは言うものの。
「だけど、少し懐かしいわね」
 アンジュはそう述べていた。
 そう、久々だ。
 共和国の領内で五人揃って、こんな風に顔を並べて指揮官に思いを馳せる。あの時はレーナの顔も知らず、レイドデバイスだけのやり取りだったが。
「ま、今だから懐かしいとか言えるけど、なんてゆーか思い出すことは色々あるよね」
「そうだな。セオ、お前がぶち切れた時は、まあみんな似たような思いではあったっけな」
 カイエが死んだ直後のことだったか。
 声しか知らなかった当時、レーナに対する好意などあったものではなかったが、その後も同調を繰り返してきたことで、できれば生き残って欲しいと思うまでには関係も変わっていた。
 共和国が本土への侵攻を受け、まさか本当に生存しているとは思わなくて、今となっては恋人同士にまでなっているなど、考えてもみればかなりの奇跡だ。
 その時。

『あの、皆さん。おはようございます』

 防壁の向こうから、レーナが同調してきていた。
「あー! レーナ!」
『クレナさん。お元気そうですね』
「なーんかあの時っぽいねって、みんなで話してたところ」
『あの時? ああ、確かに。こちらは今、壁の内側ですからね』
「そうねー。こうやって話してみると、やっぱり思い出が蘇るわね」
『アンジュさん。あ、シンも来てますか……?』
「ええ、来ていますが」
 シンはすぐさま応じた。
「うわー。即答」
「セオ、うるさい」
『あ、来ていたんですね。やっぱり……』
「? どうかしましたか?」
 レイドデバイスでの同調は、顔を合わせている程度には感情が伝わる。
 この瞬間、眉を顰めたり、顔を顰めたり、表情を一変させたのは、決してシン一人だけではなかった。
 少し様子がおかしい。
 シンも来ているのか尋ねてきた時のニュアンスも、何となくだが、いられては困るかのような……。
 かといって、本当にいなかったら、それはそれで寂しいような。
 レーナから伝わったのは、何かそういう感じに思う。
「元気がなさそうよ」
『いえ! そんなことありませんよ! アンジュさん! お、思ったより忙しくて! 皆さんの声が聞けて良かったです!』
「レーナ」
 何かあったのなら話してもらおうと、シンは声をかけたのだが。
『すみません! また後で!』
 切られた。
「あーあ。切られちゃったね」
「セオ、うるさい」
 やはり、何かあったのだろう。
 共和国のことだから、嫌味でも言われたのだと思うが。
「ま、戻って来てから聞けばいいんじゃねーの? 忙しいっつってたし、向こうも愚痴る時間がなかったんだろ」
 ライデンの言葉通りかはわからないが、今はそう考えておくことにした。
 それにしても、一体何を言われたのか。
 やはり、エイティシックスがどうこうという話で、向こうの高官にでも傷つけられたか。とは思うが、それだけでは腑に落ちない部分もある。
 繰り返すが、レイドデバイスでは顔を合わせている程度には感情が伝わる。
 一体レーナは、何を『恥ずかしい』と感じていたのだろうか。

     *

 きっと、そのように解釈している。
 いや、そうでなくては困る。
 この身に起きた事態が伝わってしまったら、みんなは、それにシンは、一体どんな顔をするかわからない。

「通信、終わったね」

 仰向けに横たわるレーナの顔を、マイアーレが覗き見てきていた。
 つまり、先ほどの同調のあいだ、レーナはずっとマイアーレと共に過ごしていて、おまけに服も着ていなかった。裸で男女過ごしている状態だった上、取らされているポーズすら普通ではなかったのだ。
 まんぐり返し、というらしい。
 仰向けのまま下半身だけを持ち上げて、M字の股を天井に向けてしまう。アソコも、肛門も、そして乳房も、全ての恥部を同時に視界に収めることが可能となるポーズは、それほど羞恥心を煽るものはない。
 こんなポーズの上で、しかもアソコの中身を覗き見られていた。
 性器の中身を視姦されながらの同調で、知りたくもない最悪のスリルを味わわされ、たまらずに慌てて同調を切ったのだ。
 頭が沸騰しそうだった。
 この感情は、シンどころか全員に、きっと伝わってしまっている。一体何を恥じらいながら同調してきていたのか、あとで聞かれずに済むことを祈るばかりだ。
 言えるはずがない。
 もう処女ではなくなったアソコを覗かれて、膣口の状態を確認されながら、面白がってシン達と同調させられていたなどと。
 昨日の晩、マイアーレに挿入された後、レーナは『処置』と称して中出しされた。妊娠させる目的なので、避妊などしてくれるはずがなく、子供を生む生まないの選択まで、共和国によって勝手に剥奪されている。
 どうせ妊娠することになるなら、やはり好きな相手がいいと思うのに。
 レーナが生むのはマイアーレの子供と決められている。
「僕とレーナちゃんでパパとママだね」
「うぅ…………」
 レーナは全力で引き攣った。
 その発言を聞いただけでも、耳が腐り落ちそうだった。鼓膜に嫌なしこりが残って背中に走った寒気から冷気が取れない。どうしてこんなに気持ち悪い言葉を思いつくのか、まったく理解できなかった。
「続き、しよっか」
 ここまで生理的に無理な相手と、それでも二度目のセックスを始めるなど、レーナにはあまりにも地獄であった。
 四つん這いを命じられ、レーナはベッドシーツを握り締める。
 屈辱に歯を噛み締め、自然と拳にも力が入る。尻のすぐ真後ろに迫る気配で、マイアーレとの距離感が掴めてしまう。
 ゴムを着けるはずもない、剥き出しの肉棒が尻山に掠めてきた。
 そして、アソコに突き立てられる。

 ずにゅぅぅぅ…………。

 人生で二度目の挿入となった。
 後ろから腰を掴まれ、バックからの体位で根元まで収められ、早速のように始まるピストンでレーナの身体は揺らされる。
「うっ、くっ、んぅ……んぅ…………」
 昨晩で処女を失い、破瓜の血を流した直後の朝だ。
 眠っているあいだに少しは治り、痛みも薄れているとはいえ、レーナの膣はまだセックスに慣れていない。わざわざ快楽など感じたくはないにせよ、太いものが出入りすることでの苦しさに、レーナは微妙に頬を強張らせ、唇を内側に丸め込んでいた。
「気持ちいいなぁ……レーナちゃんの中はとってもいいなぁ……」
 当のマイアーレはうっとりと目を細め、満足そうに腰を振っているわけだ。
 レーナの気も知らず。
 いや、同調で伝わるから、知ってはいるはずで、しかし汲み取る気などなく。
「今日もいっぱい射精してあげるからね? 赤ちゃんの部屋に精子が届いて、僕とレーナちゃんの遺伝子が結びつくからね? 僕とのあいだに子供が出来たら、きっとレーナちゃんにかかった呪いも解けるからね?」
 マイアーレの中では、レーナを妊娠させるのが、魔法のキスか何からしい。レーナは呪いにかかっているのであり、それを解くのが王子様の射精といったわけである。
 レーナ自身には薄ら寒い、しかしマイアーレにとっては『救済』という立て看板のかかったセックスというわけだ。
 尻に腰がぶつかることで、レーナの身体は前後に揺れる。
 そんなピストンはゆったりとしたもので、それほど素早いものではなかったが、数分も動いた末に、マイアーレは急にペースを早め始めた。

 ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、

 そんな音が鳴るほどに。
「んっ、くっ、うぅ…………」
 摩擦の勢いが変わったことで、レーナは頬の内側でより強く歯を食い縛る。こんな男なんかを気持ち良くするために、自分の体が『使われて』いる感覚に、必死になって堪えていた。

 ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、

 そんな時である。
 急にぴたりと、マイアーレの動きが止まった。
「………………」
 無言のマイアーレだが、その恍惚は伝わって来た。
 そして膣内に広がる生温かい感触に、レーナは射精を悟って戦慄した。またしても精子を注ぎ込まれて、マイアーレで妊娠する可能性が上がったことに、体中を震わせていた。

 嫌……絶対に嫌…………。

 妊娠なんか、したくない。
 この男の子供なんて……絶対に……絶対に……。