第4話 逆らえぬ検査

 そして、検査実施の部屋に到着した時、レーナはぎょっとした顔をしていた。
 男、男、男――検査に関わるために集まった誰も彼もが男である。女性など一人もいなくて、室内に構成される人員の全てが男であった。
「これは……そんな……あの…………」
「レーナちゃん。早速だけど、まずはあちらの先生に診察を受けてもらうよ」
「はい。でも……」
 レーナは完全に引き攣っていた。
 こちらは一枚脱げば裸という格好なのに、何の配慮もないどころか、逆に恥ずかしい環境を作ろうとしている勢いだ。
 この部屋には医療設備が揃っていた。
 診察用のベッドがあり、レントゲン室へと続くドアがあり、CTスキャンの機材が置かれている。その技師も含めて集まっているせいか、数人以上の男達がレーナに視線を向けてくる。
 彼らの目には、あからさまないやらしさはないけれど。心の中まではわからない。
 複数の視線が同時に向けば、どうしても肩が縮こまる。今すぐに回れ右して、この場から逃げてしまいたい。
「さあ、座って座って」
「あっ、ちょっと……」
 レーナを診察へ促そうと、マイアーレが背中を叩いて押してくる。その接触にちょっとした不快感が湧いてきて、一瞬何かを言おうとしかけるが、それよりも先に内科医の存在に目はいった。
 こうなったら素早く済ませてしまった方が、かえって早めに脱出できるだろうか。
 そう考えて椅子に座って、レーナは内科医と向かい合う。
 すぐに問診が始まって、日頃の体調や最近の食事についての受け答えから入っていく、視診でまぶたを下に引っ張られ、その血色を確認された。リンパを診るという触診で、首に手が伸びてきた。
 そうした診察が進んでいき、次の指示を聞かされた時、レーナは表情を凍りつかせた。

「じゃあ、次は胸を出してもらえるかな」

「え……」
 ぽかんと口を開けながら、目は大きく見開いていた。
 予感はあった。内科検診なら、聴診器を当てたりもするだろうかと。それを検査着の上から済ませてくれれば良かったが、内科医は直ちに言い出した。
「マイアーレさんのレイドデバイスを使ったでしょう? 現在のバージョンは既に問題がなくなっているけど、試作段階の時は表皮に疾患が現れる現象が見受けられてね。念のために、現行のレイドデバイスでも同様の疾患はないか、確認することに決めていたんだ」
「そうでしたか……」
 そういうことなら、仕方はないか。
 そうは思うけれど。
 周りにある男達の視線が気になって気になって、そもそも内科医だってまた男で、どうして女性は一切いないのか。仮にも乳房を出すというのに、羞恥心に関する配慮が何もないのも、さすがに辛いところである。
「さあ、お願いします」
 内科医は重ねて告げてくる。
 そんな内科医の傍らに、マイアーレは立っていた。
「すみません。そこに立っていられると、見えてしまうのですが……」
「ああ、気にしない気にしない」
「いいえ、普通は気になるのですが……」
「レーナちゃん? 駄目だよ? 本当に、気にしちゃ」
 まるで大人が子供を聡そうとしてくるような口調に、む、とレーナは反射的に顔をしかめた。乳房が見えてしまうので、その点の配慮が欲しいというのも、幼いわがままと見做すつもりなのか。

 命令遵守――命令遵守――命令遵守――。

 また、その文字が脳裏に浮かぶ。
 たびたび頭の中に増殖して、たちまち脳の中身を内側から満たそうとしてくる感覚に、毎回のように湧いてくるのは、抗議をしたり、逆らうことは諦めよう。きちんと従うべきだと思う気持ちである。
 いいや、仕方ないのだろうか。
 マイアーレも技術者の一人で、レイドデバイスに関わる疾患の有無を見届ける義務があるはずだ。
 と思って、レーナは諦観に目を伏せる。
 検査着の胸元を手で掴み、しかし吹き荒れるのは抵抗感だ。これを一枚はだけるだけで、簡単に乳房が見えることへの、たまらない羞恥心が湧いてきて、まだ見せてもいないのに頬が赤らみ始めていた。
 ぎゅっと、自らの布を掴む。
 それを左右に引っ張るだけで、胸は簡単に出せるのだが、物理的には何も難しくない動作が羞恥心のせいで難しい。いざ腕を動かして、乳房を出そうと思ってみても、抵抗感からすぐに胸を閉じ直してしまっていた。
 磁石の反発や吸着のように、ほんの少しでも胸を開いた直後、閉ざし直してしまっていた。
「ほら、どうしたのかな?」
 内科医は急かしてくる。
「すみません……」
 恥ずかしいのに、仕方ないではないか。などと不満になりつつ、レーナはその後も何度か胸を出そうとした。検査着をはだけようとするなり戻してしまう。その繰り返しを数十秒は続けてから、やっとのことで乳房を出し切ることが出来たのだった。

 かぁぁぁぁ…………。

 レーナはみるみるうちに赤らんでいた。
 ついに、出してしまった。
 今の今まで、一度として異性に見せたことはない、シンにだってまだ見せていなかったものを。
「ほう?」
 しかも、内科医は関心した風な顔をしてくる。
「これはこれは」
 マイアーレも見るからに嬉しそうな顔をしていた。
 最悪だ。
 レーナとマイアーレのあいだには、レイドデバイスによる繋がりがある。恥ずかしく思っている気持ちは、マイアーレにはもろに伝わる。頭に思い描いたイメージすら共有可能なことを考えれば、従来のレイドデバイスで伝わるよりもずっと如実だ。
 顔の赤らみが止まらない。
 おやおや、恥ずかしそうだねぇ? なんて、からかいがちな声が今にも聞こえてきそうである。目がそう語っているだけで、本当に口に出してくるわけではないが、レイドデバイスのせいでそういう意図はレーナにも伝わっていた。
「では視触診をしていきますので、少し我慢してくださいね」
「はい…………」
 内科医が前のめりになることで、視線がぐっと近づいた。マイアーレがじろじろと見てくる一方で、至近距離からの視線にも乳肌を撫でられる。右側の乳房を観察して、しばらくすれば左側に顔を移す視診によって、レーザーにでも皮膚を焼かれるような気分を味わった。
「手を触れていきますが、ご理解くださいね」
 そう言って、内科医は触ってきた。
「あ……」
 あまりにも、あっさりと触られてしまった。
 その直後に頭に浮かぶのは、生まれて初めて触らせようと思っていた相手の――そう、シンの顔だった。
 シンの顔が脳裏で存在感を増すにつれ、罪悪感が膨らんでいく。
 レーナはたまらず目を瞑り、ぎゅっとまぶたに力を込めるが、そうやって視界を閉ざすと、かえって触覚や聴覚に意識がいく。乳房を撫でる指からの、皮膚を摩擦してくるすりすりという音に、真正面からの呼吸音。
 それから、レイドデバイスで伝わって来るマイアーレの感情だ。
 本当に我慢しているんだね? 恥ずかしいんだね? その真っ赤な顔が可愛いよ? と、実際に言葉で伝わってくるわけでなくとも、レーナは無意識のうちにそう翻訳して、そういう風に受け止めてしまう。
 人の顔色を見たり、声色を聞くことで感情を察する時と、レイドデバイスから伝わってくる気持ちを察する感覚は似ているが、新型であるせいで、それが本来よりも具体的だ。相手の心の声を読み取って、そのまま感じ取れているのかもしれないほどに、マイアーレの心境は如実に流れ込んでいた。
 ほーら、乳首が突起しちゃっている――モミモミされちゃってるねぇ――感じたりはするのかな――オジサンが見守ってあげるからね――マイアーレの考えていそうなことが、レーナの脳に情報として直接伝わっていた。
 手つきそのものは、確かに触診なのだと思う。
 乳房の下弦を端から端まで、一箇所ずつ丁寧に指で押し込み、北半球にも同じく指圧を繰り返す。指を入れることにより、その奥に何か異常な感触が見つかりはしないかと、調べているのはよくわかる。
 医療上の行為に過ぎないことは、わかるといえばわかるのだ。
 わかるけれど、やっぱり恥ずかしくて。
 内科医に下心があってもなくても、異性の指が大切な部分に来ているのは、どうしても落ち着かない。体中がそわそわして、肩が無意味にモゾモゾしたり、足は貧乏揺すりをしそうになってくる。
 だいたい、男の人というのは、エッチな動画を見たりするはずで。
 つまりはレーナの胸を触られている光景は、男にとってそれなりに面白いもののはずで。
 そういう鑑賞の対象にされている感覚も、レーナには立派な辱めとなっていた。
「もう少し我慢してね」
 まだ触診は続くのだと、遠回しに告げながら、内科医は四指で下半球を掬い始めた。指先だけを使って持ち上げて、下から振動を与え続けてぷるぷると揺らし始めたのだ。
「あのっ、これは……!」
 さすがに単なる悪戯で、セクハラなのではないかと、レーナは慌てた顔をしていた。
「これも方法の一つでね。形状の変化を視診しつつ、何か異常な痛みや違和感があったら、それを患者さんに訴えてもらうんだ」
 それに対して、内科医はさも当たり前のことをしているに過ぎないように、淡々と説明をしてくるのだ。

 命令遵守――命令遵守――

 また、頭の中に反芻する。
 どうしてこうも、同じ言葉が一日に何度も何度も、繰り返し出て来るのか。レーナはまだまだ、その答えに行き着くことができずに、ひたすら恥ずかしさだけで心を忙しくし続けていた。

     *

 その後はCTスキャンのベッドに横たわる。
 この機材では衣類が妨げになると言われて、内科検診から引き続き、検査着の前をはだけることになる。
 しかも、今回のはだけようは上半身だけでなく、足腰にも及んでいた。
 乳房をぷるぷると揺らされて、その乳揺れをマイアーレに視姦されるのは、言うまでもなく恥ずかしくてたまらなかった。恥ずかしさのあまりに消えたくなり、透明人間になりたい願望を本気で抱いたくらいだが、レーナの今の状況は、それにも増して恥ずかしいものだった。
 より多くの人数に、裸を見られているなんて。
 先ほどまでは、他の技師やら何やらの、特に関わりのない人間は、揃ってレーナよりも後ろ側にいた。だから彼らからは乳房は見えなくて、内科検診の最中には二人だけに見られていたわけだったが、今は全員に見られているのだ。
 全員分の視線が、胸にも、ショーツにも。
 せっかく着ている検査着も、ここまではだけてしまっては、もう肌を隠す意味がない。両腕の袖を通しているだけで、あとは敷き布団や敷き毛布も同然に、ただ背中の下に敷いてあるだけの状態だった。
 体中に絡みつく視線が辛い。
 赤らんでいく顔に熱まで浮かんで、頭の中が羞恥で温まってしまっている。脳が沸騰を始めるのも時間の問題だった。
 ベッドは電動式のスライド移動を開始する。
 身体がカプセル状の機材に隠れ、スキャンを行う光を浴びている最中だけは、外部の視線を浴びずに済む。その安心感も束の間、すぐに再びスライド移動は行われ、ベッドはカプセルの内側から吐き出された。
 その次に案内されるのはレントゲン室で、機材に胸を押しつけることになるのだが、衣類は外しておくように言われた。レントゲンならば服の上からも可能なはずで、特にプリントも入っていない、金属も身に着けていないレーナなら、一時的にレイドデバイスを外しておけば、特に問題はないはずだった。
 だが、やはり頭の中に反芻する言葉があった。

 命令遵守――命令遵守――

 とうとうショーツ一枚のみの姿にさせられた。
 先ほどまでの、前をはだけきった状態だけでも頭は沸騰直前だった。乳房と下着がどちらも出ていて、もう裸と変わらなかったが、いざ検査着まで手放して、正真正銘の裸になった時、レーナの顔に染み出る赤みと、心に膨らむ羞恥心は、より一層のものとなっていた。
 仮にも衣類が肌に触れているのと、完全に手放すのでは、また感覚が違っていた。
 しかも、機材に胸を押しつけている最中である。
「うん、そうそう」
 レントゲン技師が後ろに立つ。
「そのままそのまま」
 身体の密着具合を確認するかのように、技師は横から胸を覗いてきた。壁に押しつけたようになっての、潰れ広がった形の横乳に顔を近づけ、そのカーブをひとしきり視線でなぞった上で、次の瞬間だった。
「ひゃあ! な、なにするんですか!?」
 尻に手が乗せられていた。
 ぱんっ、と。
 叩くかのような勢いで、ショーツの上に手の平はべったりと張り付けられていた。
「動かないでねぇ?」
 レーナの反応はまるで無視して、技師はそのまま部屋を去る。撮影の操作を済ませてから戻ってくると、淡々と撮影終了の旨を告げ、レーナはレントゲン室から出ることになるのだが、ここまでやっても、まだ恥ずかしい時間は終わってくれない。

「次はあちらに行こうか」

 マイアーレが指し示す。
 その先に置かれているのは身長計だった。
「な、なんで……」
「いいからいいから」
 命令遵守――強く言われてしまえば、そのたびに仕方がないような気になってくる。これは従うべき命令なのであり、諦めるしかないような気持ちが湧く。
 何をここまで従順になっているのか、自分でもわからない。
「…………はい」
 わからないまま、レーナは恥じ入りながら身長計に向かっていった。
 今度こそ、これで最後であって欲しい。
 願いを胸に進むレーナは、その全身に羞恥心をあらわにしていた。レントゲンが終わったのをいいことに、すぐさま両腕のクロスを作り、その腕力の内側に乳房を覆い隠していた。その上で肩は内側に縮んでいって、腰も微妙にくの字になっていた。
 周囲の視線から恥部を隠して、少しでも守りたい気持ちがありありと表れていた。そして、どんなに隠そう隠そうと思ってみても、二本しかない腕では乳房の守りに集中するのが精一杯で、黒いショーツに視線が来るのはどうにもできずにいた。
 そんな状態で身長計の台に乗り、冷たい柱に背中を着けても、その両腕をすぐには下ろすことはできなかった。
「ほら、腕を下ろさないと」
 マイアーレが注意してくる。
「わかって……ますけど…………」
 身長計の周りには、この部屋に集まる全ての男が陣を作っていた。レーナの周りに弧を成して、全員揃ってレーナの腕が下ろされる瞬間を待ち侘びていた。
 ただでさえ見せにくいのが、これでは余計にやりにくい。
「早く早く」
 しかし、急かされることでプレッシャーがかかってきて、いつまでも隠していることも、それはそれで辛くなる。
 レーナは圧力に押し負けて、そっと両腕を下ろしていく。
 既に見られた後かもしれない。CTスキャンの前後でみんなの視線を浴びて、今更ではあるかもしれない。
 しかし、自ら腕を下ろした上で浴びる視線は、少しばかり感覚が違っていた。
 指示されて、強要されてのことというより、自分から受け入れる羽目にでもなったかのような感覚が少なからずあるのであった。
 頭上にバーが下りてくる。
 その数字を確認して、それが書類に書き込まれるまでの間中、レーナは気をつけの姿勢を余儀なくされていた。バーが離れて初めて隠す許可をもらえた気になって、レーナはすぐさま隠し直すが、マイアーレは無情にも次の測定について告げてくる。

「次はスリーサイズを測るからね? もう一度両手を下ろしてね」

 せっかく隠すことができたのに、また腕を開かなくてはいけなくなった。
 その恥ずかしさに、本当に消えたい思いに駆られて、レーナは歪みきった表情で両腕を広げていく。腕を左右水平にするように言われて、指示通りのポーズで粛々と待ち構えると、メジャーを持った男が抱きつかんばかりに両腕を回してくる。
 メジャーを背中に通すため、腕を後ろ側にやってきた上、髪の下に通そうとして背中にも触れてくる。前からは白衣が触れて、背中にはべたべたと手が当たる。その不快感を堪えに堪え抜き、やっとのことで乳房にメジャーは巻きついていた。
 レーナのバストサイズはやたらに大きな声で読み上げられ、この場に集まる全員に対して発表される。
「へえ?」
「やっぱり大きいんだな」
「あの見た目だもんな」
 人からどんな見た目に見えているのか。
 サイズを聞いた瞬間から、関心しながら頷いたり、好奇心を満たしたような目つきで嬉しそうにしている反応が見受けられ、レーナは消え入りたい気持ちをさらに強めた。
 メジャーの位置が下にずらされ、今度はアンダーバストが測られる。
 そうすることでカップサイズも暴かれて、予想通りだの、ワンカップ外しただの、まるで賭けでもしていたような声が聞こえて、レーナは表情を激しく歪める。
 人を玩具みたいに。
 そう言ってやりたかったが、言えなかった。
 そして、今度はウエストだ。
 巻きつける位置をずらして、ヘソの辺りに目盛りが合わさり、それも当然のように大声で発表される。
「さすがは女王の再来」
「スタイルも優れているわけだ」
 体つきなど、ショーツ一枚の格好で明らかなはずだったが、数字として受け止めることにより、男達は改めて関心していた。
 胸を測り、腰も測った。
 あとはヒップを残すのみ、測定担当の男はもう一度だけメジャーをずらす。抱きつこうとするように腕を回して巻き直し、鼠径部のあたりに目盛りを合わせると、もはやレーナは諦めた顔をしていた。
 どうせ大声で発表されると、運命を受け入れてしまっていた。
「尻も大きいんじゃないか?」
「安産型だな」
 ヒップサイズに対する感想を聞かされて、心の底から恥辱でならない。
 早く服を着たかった。
 これで身体検査は終わったはずで、きっと次にあるはずの、衣服の着用許可をレーナは心の底から待ち侘びていた。