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 学園を練り歩く羽目になっていた。
 ニニムはしかも、先ほどのように後ろから抱えられ、M字開脚の形に脚を固定されてしまっている。ウェインとストラングの二人がかりで、それぞれ左右から手首を握り、膝を持ち上げ、上手いこと協力しあってニニムの身体を持ち上げている。」
 そして、屈強なグレンの両腕には、ロワ一人の身体が抱え上げられていた。
 二人分のM字開脚が校内を練り歩いていた。
 まだ無人の空き教室を出たばかり、今のところ誰もいない廊下を突き進むが、誰かと鉢合わせるのは時間の問題である。
(ちょっと……何よこれ……どんな状況よ……!)
 ロワは完全に引き攣っていた。
 隣を見れば、ニニムの顔が極限まで歪んでいて、髪から覗けて見える耳も真っ赤だが、きっとロワも似たようなものである。
(なんだっていうんですかぁ! なんでこうなってるんですかぁ!)
 本名、ロウェルミナ・アースワルド――皇帝の血族である事実は隠して、単なるいち貴族としてロワ・フェルビスの名で学校に通っている。尊い血の生まれだけあって、自分がこんな扱いを受けるなど、一度も想像したことすらなかった。
 傲慢だの市民を見下すだのといった問題でなく、事実として生まれた頃から尊ばれ、地位を背負って生きてきている。高い位置にあるということは、奴隷市場に商品として並べられる扱いとは、普通は無縁なはずなのだ。
 だから、ロワの中での市民への感情に関係無く、普通は受けない扱いに対する思いは大いにあった。
 それどころか、そもそも一般的な市民だって、こんな扱いとは縁がない。私兵や地位に守られやすい貴族よりは、ずっと可能性が高いとはいえ、人に捕まって奴隷として売られる運命とは縁がないまま人生を終える方が多いだろう。
 それを自分が、皇女である自分が……。
(売られてるわけじゃないけど……売られてるわけじゃないけど……)
 これはあくまで罰ゲームであって、本当に奴隷市場に出されているわけではない。自分にそう言い聞かせることで、どうにか心を保っているが、引き攣った表情は壊れたものだ。あまりにも酷い目に遭うと、かえって笑ってしまうようにして、真っ赤な顔の口角が吊り上がっていた。
 きちんとした判断力さえあったなら、ロワもニニムも、こんな状況を許してなどいないだろう。
 しかし、本人達に自覚がないだけで、酒の影響が残っているのだ。
 酔いはとっくに醒めているかもしれないが、そこに入っていた成分の、思考や判断力に影響を及ぼす作用が残っている。その事実をウェインしか知らないので、ロワはもちろん、他の誰にも自覚はない。
 罰ゲームだから仕方がない。
 たったそれだけの理由で、さも逆らえないことのように感じてしまっている。
 だが、それにしてもだ。
(ストリップで終わりじゃなかったの!? 全裸になったら終わりじゃなかったんですかぁ!?)
 罰ゲームのゴールはそこだと思っていた。
 それなのにウェインが「あ、いいこと思いついた。だから追加ね」とやってくるから、こんなことが続いているのだ。
(ウェイィィィン!)
 実に爽やかで、楽しげな表情を浮かべた横顔へと、ニニムは恨めしさすら宿った目を向ける。
「誰かとすれ違うまで、あとどれくらいだろうな」
 不意にグレンが言ってきた。
 背中が筋肉の厚い体に密着して、声もほとんど頭のすぐ近くから聞こえていた。
「よ、余計なことは言わなくていいんですよ?」
 かなりの上擦った声だった。
 おかしな声が出たことに、ロワ自身が驚きそうだった。
「注目されるだろうな」
「で、でしょうね!? こんな――」
「ああ、そうじゃなくてな。人が見たら驚くのは当たり前なんだが、ほら。ロワって、大きいからな」
「えっ、あ……!」
 指摘の意図に気づいてロワは赤らむ――元から赤面しきっているので、実際にはもうこれ以上は染まらないが、頬の内側にカッと火が弾けた感覚は、白い肌が染まり上がった際のものと同じであった。
 ロワの乳房はそれなりに豊満で、ブラジャーがある時なら、その締め具合で押さえつけられている。こうして丸出しで歩いていれば、たぷたぷと上下に揺れやすい。グレンの歩きからも微妙な振動は伝わっていて、一度でも意識してしまうと、自分の乳房がぷるぷるとしていることに気づいてしまう。
「あ、あぁ…………」
 ますます恥ずかしかった。
 こんなところを見られたら、もう生きていけない気持ちがただでさえしているのに、剥き出しのアソコに加えて、こんな要素まであると思ったら、その時の恥ずかしさは尚更のものになる。
 ロワは必死に祈った。
 誰もいませんように、ただの一人ともすれ違うことがありませんように。
 きっと、ニニムも同じ願いを胸にしている。
(お願いしますよ!? 本当に! 本当に!)
 天にさえ祈った。
 漠然と神を浮かべて、願いが届いて欲しい気持ちにすらなっていた。
 しかし、その時だった。

 突き当たりに差し掛かる時、男子二人の声が聞こえてきた。

 心が凍った。
 曲がり角の向こうから、会話を弾ませた声がだんだん大きく聞こえてくる。それなのにウェインもグレンもストラングも、誰も足を止めようとしない。「ちょっと待って! 止まって下さいよ!」と、思わず叫びそうになり、口を開くまではしていたロワなのだが、直前で踏み止まった。
(詰んでませんかこれ!)
 大声を出してしまったら、かえって目立つ。
 かといって男三人、足を止めるつもりがない。
 鉢合わせずに済むとしたら、二人が急に回れ右して正反対に突き進み、都合良く遠のいてくれた場合だけである。
 そんな都合のいいことは起きなかった。
 曲がり角から現れる男子二人と、こんなことになっているロワ達五人で、そのままばったりと鉢合わせてしまうのだった。

     ◆◇◆

 ニニムはすっかり凍りついていた。
 心や表情は氷結しきっているのだが、顔の色だけは真っ赤なまま、沸騰の煙すら上がった勢いで、羞恥心で頭はくつくつと煮え続けている。
 先ほどから、ずっとそうだった。
 ニニムとロワは隣り合わせで、並び歩いているような形であった。ただ衆目がいないだけで、無人の廊下の中で抱えられ、淡々と突き進んでいる状況は、罪人として晒されている気分そのものだった。
「うぇ、ウェイン………!」
 話声が聞こえた瞬間、ニニムもニニムで狼狽して、しかし大声は出さずに小声で叫ぶ。大きすぎない声で訴えかけ、それはもちろん、ウェインにも伝わったはずなのだが、そこにニニムの望むような反応は見受けられない。
「お、面白い展開になりそうじゃないか」
「何言って――」
「大丈夫大丈夫。あとで見物料をふんだくるから」
「そういう問題じゃ……!」
 大きな声では抗議できない。
 かといって、このまま歩かれてしまったら、そのまま鉢合わせることになる。自分ではどうにもできない事態の接近に、ただ焦燥を膨らませることしかできず、ニニムも必死に祈っていた。つい先ほどまでのロワと同じで、天に祈りを届けようとする気持ちでいっぱいだったが、結局は突き当たりでお互い顔を合わせてしまった。
 鉢合わせた男子二人は、違うクラスの少年なのか、顔は一度も見たことがない。向こうもニニムのことを初めて見ているかもしれない。
「え……」
「な、何何何何何?」
 二人して唖然としていた。
 とんでもないものを見てしまって、向こうの方が狼狽していた。ニニムやロワと、一体どちらの方が狼狽しているか、わからないほどの表情だった。
 視線が痛い。本当に痛い。
 歩いていたら、急に裸の少女が二人、脚をおっぴろげているのだ。そんな風に少女を持ち上げ、練り歩いている少年がいるのだ。
 唖然として、驚愕に見開いた目で、ポカンと口を開きながら、瞳を衝撃で振るわせている。意味のわからないものを前にした表情は、まったくもって正常な反応だと、ニニム自身が思っている。
 だから視線が痛い。
 本当に痛くて痛くてたまらない。
「やあ、お二人とも」
 ウェインは道端で知り合いに会ったくらいの感覚で、ごく普通に挨拶を始めている。
「や、やあ……」
「あのさ。はっきり聞くけど、どういうこと?」
 引きながら返す返事と、率直な質問が、二人の男子から同時にウェインへ向けられる。
「なに、ちょっとした罰ゲームさ」
「罰ゲームって、それが?」
「決闘法は知っているだろう? お互いに、ちょっと過激な賭けをしないかって、そういう遊びになってな。まあ、その結果がこれというわけだ。二人とも、せっかくだから見ていかないか?」
 などと勧誘を始めている。
 目の前の男子二人は知らないだろうが、ニニムにはその勧誘の恐ろしさがわかっている。
 これはだいぶ以前の話だが、とある一人の生徒が突然士官学校を退学した。理由については様々な噂が流れているが、その噂は偽造を目的として意図的に流されたものである。
 実態はこうだ。
 退学したその貴族は、数日前にとある少女を手籠めにしようと騒ぎを起こしている。大陸の西側と違って、フラム人の扱いが異なる帝国でも、フラム人に対する差別感は存在しており、そしてその貴族の起こした騒ぎがウェインの逆鱗に触れたのだ。
 ストラングの表情が微妙に変化しているのも、ニニムは何となく気づいていた。
 差別意識は人種だけによるものではない。
 ストラングは以前、有力貴族の子弟達に虐められていた。征服された側である属州出身と、征服した側である帝国の権力者の子。この歴然たる立場の違いは、未成熟な若者たちの間で差別意識を育むには十分な材料だったのだ。
 つまりストラングにとって、自分を虐めていた主犯格が急に姿を消したことになる。
 ストラングは、独自に調査を始める。
 やがてウェインとニニムの二人に辿り着き、「君がやったのか」と、ストラングは尋ねたわけだが、その時のウェインは笑って答えた。
「馬鹿ばか言え、あいつの実家が出張ってきてからが追い込みの本番だ。一緒にやるか?」
 なんてヤバい奴だと、ストラングは思ったはずだ。
 ニニムだってそう思う。
「ほら、見放題だぞ? ああ、触ることは許さない。さすがにそこまでは許せないからな」
 なんていう誘いが、単なる火遊びの誘いで済むはずがない。
 一体、後で何を企んでいるのかと、横目でロワを見てみれば、少しばかりの恐怖に駆られたように、苦笑気味に引き攣っていた。
「ま、そういうなら遠慮なく……」
「待て、見放題って言い出したのはお前だぞ? 見たからって怒るなよ?」
 反応に違いはあっても、二人の男子は好奇心いっぱいで、先ほどから一度たりとも裸体から視線を外せずにいる。ニニムへの視線が外れても、その先には必ずロワがいた。ただ、ウェインに対する疑心暗鬼も少なからず感じられた。
「もちろんだとも。是非、感想すら聞かせて欲しい」
 ウェインがここまで言ったところで、男子二人は完全に遠慮をなくす。
「だったら本当に遠慮しないけど、中の色が見えてるね」
「本当だ」
 そう指摘された瞬間、ニニムは自分の赤面を思い出す。
 自覚はなくとも、始終染まりっぱなしだった表情は、改めて歪みを強めていた。
 ニニムのアソコはぴったりと閉じ合わさった貝の合わせ目のようだったが、中身の色が微妙にわかるらしいのは、先ほど指で開帳していたせいなのか。
「綺麗なものだ」
「ピンクの宝石が隠れてるって感じがするよ」
 褒め称えてくる言葉も、素直には受け止められない。
 容姿の称賛なら、素直に喜べる。
 しかし、言われているのは顔でも声でもない。
 それが乳房への感想だったり、尻だのアソコだのに対する言葉になれば、褒め言葉だろうと喜んではいられない。性的な部分への言葉は、セクハラとしてしか受け止めることができなかった。
「き、聞いてないわよ……そんなこと……!」
「遠慮はしなくていいぞ?」
 ニニムは感想を拒むが、ウェインが即座に修正してくる。
「毛が生えていないね?」
「そちらの、確かロワさん? 君は少し生えているのにね」
 男子二人の視線はあからさまな比較を行う。
 その恥ずかしさから、せめて顔だけでも隠したくなるが、両手は後ろ手に掴まれている。胸やアソコはもちろん、歪んだ表情すら隠すことはできないのだ。
「や、やめて下さいってば……」
 ロワからの悲痛な声が上がっていた。
 しかし、ロワの訴えも、ニニムの訴えも、どちらも男子二人に届く気配はなく、いつまで続くとも知れない延々とした視姦が続く。
「ロワさんの毛並みは綺麗だね」
 それはささやかに生えた陰毛に対してである。
「君はえっと、思い出した。ニニムさんだったよね? クリトリスがちょっぴり見えてるよ」
「中身の色はどっちも見えてるのにね」
「貝の形も微妙に違うような」
「確かに、こうしてみると個人差ってあるもんだね。胸の大きさも違うみたいだし」
 男子二人による比較に、ニニムは心の中で絶叫を繰り返していた。
(いやぁ! いや、いや!)
 ロワの胸中にも、今頃は似たような悲鳴が上がっている。
 ニニムの性器も、ロワの性器も、どちらも薄らとかすかに隙間を空けて、中身の色が覗けて見えるが、陰毛地帯がツルツルであるニニムの方は、指摘の通りに豆が見えかけである。貝殻の隙間から何かの突起がはみ出たように、よく凝視してみれば、クリトリスの存在が窺える。
 対してロワの性器をいくら眺めてみたところで、きちんと指で中身を開かなければ、クリトリスは見えないのだ。
 閉じ合わさった貝殻の微妙な隙間、そこから覗ける中身の色、ここまでは共通していても、クリトリスが見えているかで違いがある。肉貝の微妙な膨らみ具合によって、形状の違いもあるにはある。
「さて、そろそろ移動を再開したい。ついて来るかね?」
 ウェインは男子二人に問いかける。
「一体どこへ?」
「行き先しだいかな」
 などと相談を始めるが、ニニムやロワにとって、これはたまった話ではない。ストリップで終わりだと思っていた罰ゲームに、まだまだ続きが残っている。一体いつになったら、この熱っぽい赤面を晴らすことができるのか、どんどん想像がつかなくなってくる。
「美術室だ」
 と、ウェインは答えた。
「び、美術室って……」
「あの……まさか…………」
 ニニムとロワで同時に狼狽えていた。
 裸の少女をそんなところへ連れて行く用事など、一つしか思い浮かばなかった。



 
 
 

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