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 従業員の案内により、VIPルームへ通される。
 そこまでは計画通りであったが、ようやく中に入ったと思いきや、従業員はすぐさまエリサに告げてくる。
「九重エリサ様。あなたを案内したい場所がございます」
「なんだと?」
「どうぞ、こちらへ」
 何か、怪しい。
 直感が告げている。この先へ進めば、よからぬことが待っていると、全身から警戒信号が放たれている。
 もしや、気づかれている?
 いや、まさか。
 殺し、盗みといった現場において、顔を見られたことは一度もない。あるいは見せたからには殺している。
 エリサのことは知られていないはずだ。
 義賊、闇の一族といった噂そのものは大陸全土に伝わっているが、その正体については性別さえも不明で通っている。市井に流れる噂の中で、エリサの容姿に一致する内容のものは一つもない。
 正体に気づかれている可能性の、一体どれほど低いことか。
 しかし、進めば進むほど、本能が全身に働きかける。ここは既に危険な現場で、命のやり取りは始まっているかのように直感が告げてくる。
(そうか。ここはそもそも、港町……海の近くではないか……)
 このカジノには黒い噂があり、不正取引の疑いがかかっている。
 加えて、町では日常的に誰かが行方不明となっているようで、これらの情報を繋ぎ合わせれば、一つの推測が浮かび上がる。人身、奴隷売買のようなことをやっており、人間を海の向こうへ出荷しているのではないか、というものだ。
 その手のターゲットにされている可能性もある。
「あちらになります」
 従業員が指すのはステージだった。
 一台のテーブルが置かれたステージに、一人の恰幅の良い男が立っている。エリサを見るとにやりと笑い、大仰に腕を広げて挨拶をかましてきた。
「待っていましたよ? 私がこのカジノの支配人です」
「支配人直々に出迎えだと? 私は千人目のお客様か何かか?」
「いえいえ、私は以前よりあなたのことを知っていましてね。そのあなたが我がカジノを訪れて頂けるということで、楽しみに待っていたのですよ」
 聞くにエリサは身構える。
 知っていた? どういうことだ?
「こちらをご覧下さい」
 支配人はポケットに手を突っ込み、手の平サイズの小さな水晶玉を取り出す。その握った玉を突き出すと、一つの映像が浮かび上がった。
 水晶の内側から浮き上がり、外に飛び出たスクリーンは、魔法による映像再生である。記録道具を設置して、その道具の中に刻まれた情報を再生用の魔法道具で読み取ると、ああしてスクリーンが出てくるのだ。
 映像の内容はエリサが貴族を殺し、次は騎士も始末した時の、屋敷の中の出来事だった。
「……っ!?」
 エリサは戦慄するが、口元を歪めるだけで、表面的には無表情を保っていた。
 いざという時に慌てない、何があっても焦らない。精神的な動揺を嫌った鍛錬の賜物で、エリサは一見して落ち着き払っていた。
 だが、頭の中では思考を巡らす。
(馬鹿な、まるで気づかなかったぞ?)
 魔法道具が起動していれば、魔力の気配が周囲に漂う。
 まして、エリサは隠密行動のプロだ。殺しや盗みの現場において、不測の事態に対応したり、こうやって証拠を取られるリスクを減らすため、気配を察知する訓練も行っている。起動中の魔法道具に気づかないはずはない。
 だが、現実に支配人はエリサの殺人現場を証拠として握っている。
 エリサですら気づくことができないように、高度な隠蔽魔法のかかった魔法道具が置かれていたというわけだ。ハイランクの魔術師なら、そういった準備もできるだろう。問題は事前に用意し、設置までしていなければいけない点であり、エリサの行動を予め予測していなければ不可能だ。
 誰が、いつ、どこで、エリサの行動を予測したのか。
(血族に裏切り者が?)
 内部であれば、エリサの正体を知る者は多い。
 エリサを売り渡すことも可能なはずだが、協力者の大半は信奉者だ。裏切りが発覚すれば、他の者が裏切り者を放っておかない。裏切るリスクはわかっているはずだ。
 あるいは知らないうちに足がつき、正体を暴かれていたか。
 九重の一族を恨む者ならいくらでもいる。
 昔からエリサやその先祖達の正体を追い、調査してきた者達は存在している。上手いこと誤魔化したり、欺き続けてきたはずが、いつしか裏を掻かれていたのかもしれない。
 いずれも、あり得る可能性の話にすぎない。
 今のエリサには、推測を裏付けるための手がかりが何もない。
「私はゲームというものに命を賭けていましてね。己の心臓を賭け、スリルと戦慄に溢れた駆け引きを行うことが大好きなのですよ」
「それで?」
「そして、あなたのファンでもある」
「ファン?」
「九重一族。世間では闇の一族と言われていますが、世の悪党を次々と懲らしめる正義の刃には昔から酔い痴れていました。特に法で裁けぬ者が死んだ時の爽快感といったらない。では一体、どんな人物がそのようなことをやってのけるのか。興味が湧いてたまらない」
 支配人は実に嬉しそうに語っていた。
 何かを夢見る子供のように、純真な眼差しで、どこか少年じみてすらいる興奮を帯びた顔がエリサへと向けられている。
(なんだ……コイツは……)
「そこで思いついた。網を張れば、運が良ければ正体がわかるはずだと」
「そうか。悪党の方を調べたか」
「ご察しの通りです。闇の一族の方を追うのは困難ですが、世の悪党の方なら調べがつく。事前に見つけ出した悪党という悪党の数々を監視して、絶えず同行を窺っていれば、いつかは網に引っかかるかもしれない。ま、思惑通りにいくかどうかは運任せでしたが、どうやら上手くいったようです」
「それで、思惑通りに正体を突き止めて、お前は一体何がしたい?」
 エリサはただ立って話を聞いているわけではない。
 殺しのプロなのだ。
 普通の人間にはそうは見えずとも、僅かな足腰の調整だけで、いつでも動ける構えをもう既に取っている。相手に殺気を悟られない、動こうとする予兆を感じさせないことに特化した、傍目には単に立っているだけに見える構えで、しかしエリサは確実に支配人の首を狙っている。
(正体がバレた以上、生かしてはおけない)
 だが、何人がエリサの正体を知っているだろう。
 それが従業員の大半などという展開は、さすがに考えてたくもない。
「先ほど言いました通り、私はゲーム好きでもある。だから夢見た。もしも正体を知ることができたら、是非ともこのテーブルに誘ってみたいと……憧れの対象を招待するのは、当然の願望ではありませんか?」
「私を遊びに誘おうなど、酔狂な話だ」
 こうなると、想定しうる可能性は増えてしまう。
 このカジノにつきまとう黒い噂も、エリサを誘き寄せるために用意した単なるダミーで、本当な何の不正もなかった……という想像も成り立つ。
 いずれも、全ては突き止めてみなければわからないが。
「もしあなたが勝てば、証拠品は破棄します。一切の複製を行っていませんので、この水晶玉一つを入手すれば、あなたの正体を示すものはこの世に一つも残りません。嘘は看破の魔法で確認出来ますし、どうなさいますか?」
「ふん。それで? 私には何を賭けさせる」
「あなた自身、ですかね。とても、お美しい女性のようなので」
「薄ら寒い話だが、乗ってやろう。ゲームは何だ」
「ポーカーでどうでしょう」
「トランプか。いいだろう」
 エリサはテーブルへ突き進む
 当然、単なる堂々としたゲームになるとは思っていない。相手のホームで、相手の用意したカードを使ってのポーカーである。イカサマの可能性を視野に入れ、不正をいつでも見抜くつもりでいなければ、たちまち敗北する羽目になるだろう。

「ところで、このポーカーは特別ルールの元で行います」

 その時だった。
 胸に、尻に、何者かの手が触れてくる感触がして、エリサは咄嗟に顔を顰める。ぎょっとした思いで周囲を見るが、エリサの身体に触る距離には誰もいない。一メートル以内の距離にいるのは支配人のみ、他の男達は全てテーブルを遠巻きにしている。
 透明なマジックハンドだ。
 目には見えない、しかし確かに存在している手という手が、エリサの全身に絡みついているのだった。

     *

 指がうなじをくすぐっている。
 尻に張りついた手の平は、尻たぶをすりすりと撫で回す。その撫でる動きによってチャイナドレスの丈がずれ、スリットの露出具合がチラチラと移り変わる。乳房に食い込む指の感触は、まるで目の前に誰かが立っていて、真正面から揉んできているかのようだ。
 複数人に痴漢されているも同然だ。
 こんな集中し難い状況で、エリサは手札を握ることになる。
 お互いに一〇〇〇ゴールド分の金貨を持ち金として、金貨を賭け合いながら勝負を繰り返し、最終的にゴールドを失った方の敗北とする。賭け金はターン毎に交互に決め、勝負に乗るか降りるかを決定する。
「では私は一〇〇ゴールドを賭けましょう」
 支配人が金貨の山の一部を前に出す。
 この一〇〇ゴールドのかかった勝負に乗る場合、勝者は賭けに出した枚数分をそのまま相手から手に入れる。エリサが負けた場合、エリサは一〇〇ゴールドを失う。
 手札が弱く、勝てる自信がない場合、このターンの勝負を降りても構わない。
 ただし、このポーカーでは降りる(フォールド)の回数は三回までとなっており、無駄遣いはできない仕組みだ。
 手札が強く、勝負に自信がある場合、相手の出した賭け金に対して、こちらから上乗せを行っても構わない。
「二〇〇追加だ」
 エリサは三〇〇ゴールド分の金貨を前に出す。
 こうなると、支配人はその賭け金に応じなければ勝負ができない。勝負を避けたければ支配人の方から降りても構わないが、果たしてフォールド回数の消費をするか否か。
「フォールド」
 支配人はフォールドに踏み切った。
 これが駆け引きの一つだ。
 賭け金を釣り上げるからには、きっと手札に自信があるに違いない。ここは降りた方が懸命だという判断を支配人は下したわけだが、実際のエリサの手札は何の役も揃っていない。ワンペアすら持たない最弱の手札であった。
 確実に勝てそうな手札のため、大胆な額を賭けに出す。本当は弱い手札だが、あえて高額を出して強い手札のように思わせる。賭け金が高いか低いか、どのタイミングで釣り上げるか。それが基本的な読み合いになる。
 もっとも、イカサマでもしない限り、シャッフルしたカードからどんな手札を引き当てるかは運に過ぎない。
 運の良し悪しによっても、結果は大きく左右されることとなる。
 しかし、まだ勝負の明暗も見えないうちから、エリサは自分の置かれた状況に顔を歪め尽くしていた。見えないマジックハンドによる痴漢行為もさることながら、周囲には観客が集まっているのだ。

「なんてエロいねーちゃんなんだ!」
「痴女か? 痴女なのか?」

 このステージの四方八方が観客の群れに囲まれ、エリサの破廉恥な格好に男達が興奮している。見世物扱いに対する屈辱感もさることながら、実況が高らかな声で勝負の状況を解説したり、エリサの体つきについて語ってくるのも、不快感を増幅していた。
『さあさあ、順調な出だしから勝負は始まり、続きましては九重エリサのターンとなってまいります!』
 魔法道具のマイクで声を拡大させ、観客全てに聞こえるように響かせる。
『果たして九重エリサ! 良い手を引き当てることはできるのでしょうか!』
(うるさいやつだ)
『彼女のスリーサイズは上から一〇一、六四、九八センチ! 一〇一センチもの巨大なおっぱいがたぷたぷと揺れる中、エリサは二枚のカードをチェンジしています!』
(……チッ)
 スリーサイズまで発表して、観客を湧かせている。
 しかも、エリサの様子は巨大スクリーンに中継までされているのだ。魔法術式を使用して、現実の景色を映し出す投影術が起動しており、エリサと支配人の対峙する頭上には、いくつものスクリーンが浮かんでいる。
 その全てがエリサを舐めるように映している。
 とあるスクリーンは乳房を入念に映し、また別のスクリーンでは尻を大きく映している。他のスクリーンも、そのまた他のスクリーンも、アングルや拡大度合いに違いがあるだけで、その全てが胸や尻を狙っている。
「二〇〇ゴールドだ」
「受けましょう」
 お互いに手札を開示し、役を見せ合う。
 エリサのツーペアに対して、支配人はスリーカードだった。
「……チッ」
 二〇〇ゴールドを失い、敗北に一歩近づいたことに舌打ちする。
 だが、それだけでは済まなかった。
 持ち金が減るだけでなく、事前に知らされることのなかった特別なペナルティが、次の瞬間にエリサに襲いかかったのだ。

 プシュゥ!

 何かを噴射したかのような音と共に、エリサの鼻孔に、口腔に、気体が流れ込んできた。まるで透明なスプレーが眼前に浮かんでいて、急に噴きかけられたかのようだった。
 直ちに毒を警戒するが、皮膚や眼球に異常はない。即効性がないだけかと思っていると、徐々に乳首が硬くなり、下腹部が熱くきゅっと引き締まる。
 その感覚でエリサは悟った。

 媚薬!?

 どうやら、このテーブル付近にはいくつもの術式が仕込んであり、マジックハンドやスクリーンが絶えずエリサを辱めている。それらに加え、エリサが負けるたびに媚薬が噴出するように、勝敗に応じて起動する仕組みの魔法までかかっているのだ。
 負けるたびに媚薬を吸わされる。
(……冗談じゃない)
 マジックハンドによる愛撫が急に気持ち良く感じられ、体中に淡く微弱な電流が走るようになっていた。尻を撫でられることで、胸を揉まれることで、果ては丈越しのアソコを擦られることで、いたるところから快感が生まれてくる。
 快楽に反応した体がくねくねと、モゾモゾと動いてしまい、その細やかな挙動は当然のようにスクリーンにも反映される。
『おおっと? エリサ! 快楽を感じている!』
 実況は容赦がない。
『おわかりの通り、負けるたびに媚薬が噴きかかる仕組みとなっており、透明マジックハンドによる愛撫は、負ければ負けるほど気持ち良くなってしまいます! どんどんゲームに集中できなくなり、不利になっていきますよ?』
 真っ当に行う分には、単なる運勝負だ。
 だが、イカサマを疑い、それを見抜こうと思ったら、相手の妙な仕草に勘付いたり、小細工に気づく集中力が必要だ。相手の動きをよく見て観察していなければ、イカサマなど決して見抜けない。
 集中しにくくなることで、エリサが困るのはそこだった。
(見抜かせないつもりか)
 イカサマがない保障はない。
 だが、あってもこれでは見抜けない。
(くっ……)
 始末の悪いことに、エリサの敗北は続いていった。支配人も、エリサ自身も、賭けに出すのは少額ずつで、未だ大胆な勝負には出ていない。それ故、回数は重ねられ、エリサの勝利は悲しいほど少なかった。
 負けるたび負けるたび、媚薬の噴出は繰り返された。
 最初に吸わされた成分が体内を巡っていき、効き目が出て来たところで二度目、三度目と重ねられ、体中の感度が少しずつ上昇していく。
『おあぁっと!? ノーパン! なんとノーパンです!』
 丈が捲られていた。
 今まで尻を撫で回していたマジックハンドは、急に尻から離れたかと思いきや、次の瞬間に布をつまんで持ち上げたのだ。動きやすさを重視して、下着を穿かない下半身は、一気に衆目に曝け出されて、さしものエリサも赤らんでいた。
「や、やめろ!」
 咄嗟に後ろを払い退け、手に物の感触がぶつかった。見えないだけで、確かに存在はしているマジックハンドを弾き飛ばして、捲れ上がった丈は元に戻った。
 しかし、一度でも丸出しになった尻は、スクリーンを介して大勢の頭の中に刻み込まれ、全員の興奮を煽っていた。
「痴女なんじゃねーか!?」
「そりゃそうだろ!」
「あんな格好だもんな!」
 服装に対する言葉が周囲から飛び交った。
 それを後押しするように、実況もエリサについて語り始める。

『この九重エリサは! なんと、あの闇の一族です!』

 エリサは戦慄した。
「冗談じゃない……何を言い触らしている……!」
 赤らんでいた顔は一変して凍りつき、自分の秘密が知れ渡っていくことに焦燥する。これまで守り続けた秘密が簡単に言い触らされ、こう何十人もの人数に知られてしまえば、一体どう始末をつければいいかがわからない。
『裏の稼業で悪を討つ! 正体不明の影の処刑人! その正体は実は彼女だった! なんとエロティックなのでしょう! こんなにも破廉恥な服装で! 今まで様々な悪を葬ってきたのです!』
 スクリーンには貴族殺害の現場が流されていた。
 その後に続く騎士との戦いまで、こんなにも大勢の前で放映されてしまった衝撃で、もはや開いた口が塞がらない。
 ただ言葉で言い張るだけなら、そう簡単には信じなかったことだろう。
 証拠まで示されては、さしもの観客も納得して、一体何者がここに立っているのかを理解し始める。
「す、すげぇ!」
「そんな人物のケツを見ちまったのか! 俺達は!」
 そして、より一層の興奮が広がっていた。
 ただのそこらの女ではない。
 闇の一族であり、加えてこの美貌という事実は、観客達を大いに湧かせていた。



 
 
 

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