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 九重エリサは東の一族だ。
 シェームランドという名の楕円形の大陸から、何キロにもわたって離れた小さな島国こそ、先祖の生まれ故郷である。その島国の一部が大陸に移り住み、何代かに渡って子孫を残した末裔こそがエリサなのだ。
 エリサ自身は島国を知らない。
 だが、その肉体には確実に東の血が流れており、東に伝わる剣術・暗殺術は代々から受け継がれている。その力を利用して、義賊としての活動を続けるエリサとその一派は、世間からは闇の一族と言われている。
 初めて大陸に移り住んだ女が義賊となり、闇の家業を始めたのが、闇の一族という異名の始まりだ。
 当時、世の中は今よりも悪事に溢れ、悪巧みを行う貴族政治家が高笑いをする一方で、無数の市民達が泣いていた。その現状に憤り、義賊としての働きに目覚めた彼の元には、何人かの仲間が集まり、今でもその子孫が同様の稼業を続けている。
 何代かにわたって続いてきた闇の稼業は、時代と共にコネとノウハウが培われ、今では一族に協力する末端が大陸中で情報を集めている。一族の血縁でありながら、稼業に参加まではしていない、しかし関わりだけは保ち続ける血族は、公的騎士団の中にさえ入り込み、表には出回ることのない情報さえ掴む。
 そんなエリサの元、次に舞い込んだのはカジノの情報だった。
 裏で違法な取引をしている疑い有り、しかし公的騎士団が調査に踏み込むには理由が足りない。確たる証拠がなければ表立って動けないため、義賊であるエリサが裏を取り、真偽を確かめる必要があるという案件だ。
 もっとも、不正の疑いがあるVIPルームには、通算での利用回数を重ねるか、大金を支払うかによって得た会員証がなければいけないという。そんなVIP会員証も、偽装したものを用意してエリサはカジノへと足を運んだ。
 カジノは港町の海辺である。
 まるで貴族の屋敷のように大きな建物の、その出入り口にはスーツを着込んだサングラスの見張りが立っている。一般会員証を見せることで通してもらい、中に入ると、様々なテーブルでコインやトランプによるやり取りが行われていた。
(さて、VIPルームか)
 VIP会員証の偽装は、金持ちの血族から融通してもらっている。
 そこには特別な魔紋が刻まれており、その魔紋を介して照合が行われる。魔道具の中に差し込んで、登録情報が一致すれば通してもらえるという寸法だ。
 エリサはVIPルームの扉へ突き進み、そこに立つ従業員にVIP会員証を提示する。カードを差し込み、滞りなく照合は行われ、従業員はエリサにそれを返して来るが、しかし怪訝そうに眉が顰められていた。
「お客様。失礼ですが、そのカードはいつ頃に発行したものでしょうか」
「つい最近のはずだ。金持ちの友人の厚意で発行してもらったが、何か問題でもあったか?」
「いいえ、しかし刺激的な格好ですね?」
 従業員はエリサの胸元に視線をやる。
 それもそのはず、エリサが身に纏っているのは、貴族暗殺の時にも来ていたチャイナドレスだ。先祖代々からのこの衣装は、稼業を行う際には必ず着ていたものとして受け継がれ、今もこうしてエリサが着ている。
 ただのチャイナドレスなら、まだしも妙な目で見られることはなかっただろう。
 問題はサイズである。
 先祖は代々から背が低めで、一五〇センチ代がほとんどだったとされている。母も実際にそのくらいだったのだが、エリサは何故だか背が伸びて、今や一七五センチにも至っている。こうまで高身長になったのは、父側の血が色濃くでた影響かもしれない。
 伝統を守る意味合いから、欠かさず着ているこの衣装だが、一五〇センチ代に合わせたサイズを無理に着ているため、まずぴちぴちである。胸の部分に円形の穴があり、そこから谷間を露出する風な作りなのだが、乳房も先祖より大きいせいで、今にも内側からはみ出てこぼれ出そうなのだ。
 巨乳なのも手伝って、メロンのように大きなものが締め上げられ、ぷにりと潰れて膨らんでいる。サイズの不一致が作り出す谷間は、内側にブラジャーを着けていないこともあり、歩くたびによく揺れる。
 丈も短く、尻がギリギリで隠れている。尻もなかなかに大きいため、丸いカーブに沿って垂れかかった短い丈は、少しでも捲れれば中身が見えそうな際どさがある。
 純白の生地のところどころに赤いラインを通したデザインの、肩を剥き出しにした一着は、エリサを露出狂の痴女のように見せてしまう。
 もっとも、エリサ自身は己の衣装を恥じていない。
 かといって、露出性癖というわけでもない。
(先祖代々の歴史が詰まっているからな)
 この露出度合いが人からどう見えるかはわかっていても、それ以上に初代から続く歴史の連なりを身に纏うことの方にこだわりがあった。誇り高い血族の歴史と共に歩んでいき、自身もまたいつかは子にこれを着せる。
 盗み、殺し、活動の際は必ず着る。
 これまで蓄積された歴史の上に、エリサの歴史をさらに重ねて、それをまた未来に繋いでいく。
 この姿を活動現場で――殺しや盗みを伴う場所で一度も見られたことはなく、あるいは見せたからには殺している。闇の一族と世間には言われていても、一般市民はその性別すら知りはしない。目の前の従業員も、エリサのことはただ服装が際どいだけの女と思っていることだろう。
「失礼ながら、風紀を乱す服装に思われましたので。表で憲兵に呼び止められるようなことはないのですか?」
「いいや、ないな」
「そうですか」
「思い出のある服だ。思い出を優先している」
「なるほど、まあそれはいいでしょう。ただですね、こちらの会員証には信用ポイントがたまっておりません。すみませんが、ボディチェックを受けなければ、この先に入ることはできませんが、いかがなさいますか」
「仕方ない。受けよう」
 今は余計な手荷物はなく、衣服に暗器も隠していない。
 体術そのものが、いざという時の凶器である。
 身体検査など問題にはならない。
「ではチェックルームへ案内します。こちらへ着いて来て下さい」
「ああ、いいだろう」
 エリサは案内に従い突き進み、従業員と共に小さな個室へ入っていった。

     *

 手荷物検査によって荷物のチェックを受けた後、さらに行うのはボディチェックだ。
「両手を挙げて頂けますか」
「……ふん」
 軽く両腕を上げて見せると、従業員はまず腰の両側からポンポンと叩き始める。肌にぴっちりとしているところを見れば、内側に何も仕込みようがないのはわかるだろうに、どうして不必要な検査をするのか。
 いいや、それでも暗器を隠すのがエリサである。
 今は武器など何もないが、とはいえ普通の人の目からしたなら、やはり何も隠しようがないように見えるはず。肌にぴったりと合わさった生地を見て、なおも調べようなどご苦労な話である。
 だから、思う。
(無駄なことを)
 男の手で体中をベタベタと触られて、服の内側を調べられる不快感に、エリサは軽く歯を食い縛る。従業員が後ろの方へ回り込むと、今度は背中を探られた。点検のための、軽く叩いて回る手つきであれ、良い気分などしないものだ。
 虫だと思えば耐えられる。
 体にハエがくっついたら払い退けたいのが普通でも、それをあえて我慢する。少し気分の悪さに耐えていれば、そのうち勝手に飛んでいく。このボディチェックも、ひとしきり済めば勝手に終わる。
 そのつもりで堪えていると、エリサは次の瞬間に目を丸めた。
(な、何!?)
 尻に手が置かれていた。
 今までの従業員の手つきは、さしていやらしいものではなかった。不快ではあるものの、物の点検であるような、ささっと手早く済ませるタッチであったのが、突如として下心を宿したのだ。
 尻が撫でられている。
(くっ、不愉快な……)
 一瞬、この男を蹴り倒してやろうかとエリサは思う。
 見たところ戦闘の心得はなく、警戒している様子もない。急にエリサが暴れ出しても、上手く反応できないだろう。
(いいや、我慢だ。感情的に暴れてはまずい)
 騒ぎを起こせば当然目立つ。
 こんな個室の中なので、周囲に気づかれることなく殺したり、意識を奪うことは簡単だが、直ちに気づかれることはなくとも、時間が経てばいずれはバレる。すぐさま目立つことはなくとも、不審な何者かがやって来たとわざわざアピールする必要はない。
 戦闘による対処は、必要に迫られた時だけで十分だ。
(触るなら触ればいい。度が過ぎれば口頭で注意しよう)
 そう思いながら我慢していると、従業員の手は尻をすりすりと這い回る。紛れもない痴漢の手つきで、指さえ食い込ませてくる動きには、怒りで頬がピクピクと震えてくる。しまいにはスリットに指を這わせ、丈の内側に潜り込ませようとまでしてくるので、さすがのおぞましさに声を上げずにはいられなかった。
「いいや、さすがにおかしいのでは?」
 指摘すると手は止まり、離れていく。
「ああ、申し訳ありません。規則上、こうした場所も調べる必要がありましたので」
「どうだか」
 牽制のため、疑いを隠さない視線を向ける。
 これで少しは触りにくくなるだろう。
「ところで、スリーサイズはおいくつですか?」
「何の関係がある」
 正直、呆れた。
 わざわざ尖った姿勢を見せているのに、引くことなくセクハラを繰り返すつもりでいるのか。
「これも規則でして、会員証カードの照合だけでなく、お客様にはご自分の情報を何か口にして頂く決まりとなっています」
 本人ならば、自分自身の情報は言えるはず。それがカードに内蔵された情報と一致するはず。といった寸法なのだろう。
 スリーサイズでなくとも、もっと他にあるとは思うのだが。
「まあいいだろう。上から一〇一、六四、九八センチだ」
 いちいちケチをつけるのも面倒で、エリサは仕方なくスリーサイズを答えていく。
「うーむ。確かに大きいですものね。それにしても、まさか百センチ越えとは」
 従業員の視線が乳房に真っ直ぐ突き刺さる。
 今にも飛び出そうな谷間に釘付けに、こうもあからさまにジロジロと見られると、やはり不快でならなくなる。
「で、確認は済んだだろう?」
「そうですね。あとはその大きな胸を調べさせて頂ければ」
「何?」
 エリサは声を低めた。
 この期に及んで、まだ痴漢行為を目論んでいるのか。
「もちろん、拒否なさっても結構ですよ? その代わり、VIPルームへの入場は拒否させてもらいますが」
「……ちっ」
 仕方がない。
 エリサは無言で胸を差し出す。好きに揉め、と言わんばかりに一歩前へと、軽く踏み出て腕をだらりと、合意の意図を示して見せる。
 従業員の手は早速のように食らいつき、乳房の感触を味わい始めた。
「おやおや、これはなかなか」
 チャイナドレスの白い生地から、丹念に揉みしだく。蠢く指が自由自在に乳肉を変形させ、エリサの肌には不快感が蓄積していく。不本意な形で揉まれることへの、苛立ちと憤りが徐々に心に積み重なり、胃がチクチクと痛んでくる。
「さっさと終われ」
 この時間が長引きすぎることのないように、刺のある声を彼に突き刺す。
「ええ、そうですね。確認は済みました」
 とは言いつつ、名残惜しさか、あと数秒は指に強弱を付けてから、やっとのことで手を離す。ボディチェックから解放され、エリサはようやくVIPルームへ通されることとなる。
 しかし、思いもよらなかった。
 まさか既に、この店には始めから手が回っていようなどとは……。



 
 
 

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