盗賊に悩まされる村があった。
そして、結論を言うと、盗賊問題そのものは解決した。
村の名はイース村という。
都市から数キロ離れた地点にある小さな村で、都市とイース村とのあいだを阻むように山脈が聳えている。山を越えるか、迂回路を使わなければ行き来は出来ず、よって都市との交流の少ないイース村は、高い税金の支払いにも関わらず、王国騎士団の保護を受けにくい。
端的に言えば面倒なのだ。
都市の周囲にぽつぽつと栄える村々は、その大半が平原の先にあり、同じ距離でも行き来がしやすい。税金に応じた保護を滞りなく行えるが、イース村だけはどうしても交通の便が悪く、騎士達を派遣しにくい。
交通の便が悪いということは、村に危機があった際、それを都市に知らせるまでに時間がかかる。また、それに応じて駆けつけるにも時間がかかり、緊急性の高い事態には対処できない。
だから常駐の騎士を派遣する仕組みもあるが、騎士団の大半は都市を故郷としていたり、妻や子供を持っている。不便なイース村にあえて行きたがる騎士は少なく、かといって騎士を寄越さなければ、税金を払っているはずなのにどういうわけだ、ということになり、今度はイース村からの不満が上がる。
それ故、もしもイース村への常駐を希望する騎士が現れれば、面倒ごとが消えたとばかりに大いに喜ばれるわけである。逆に常駐騎士が死亡すれば、次は一体誰を派遣すればいいのかという深刻な問題にぶち当たる。
……亡くなったのだ。
イース村を悩ませるという盗賊により、常駐五名が多勢に無勢により命を落とし、村は自警団によって辛うじて保たれている。その限界が来るのも時間の問題、イース村はいずれ滅ぶこととなる。
政治方針としては、イース村を失いたくはない。
交通こそ不便なものの、イース村が育てる野菜や果実は名産と言われており、貴族が好む高級料理の食材としても選ばれやすい。守る価値はありながら守りにくい、騎士達の士気もどうしても下がるという困った土地に、とある貴族が名乗りを上げた。
「我らが私兵を派遣致しましょう」
国家所属の公的騎士ではなく、貴族が抱える私的な武力によって解決しようというのである。
城における会議の場で、その申し出に対する反対は特になく、実際にその貴族に仕える騎士が盗賊掃討に当たったのだ。
かくして、村の平和そのものは守られた。
だが、そこには一つの問題が残る。
村の秘宝が争いの中で失われた。
土地に加護を与え、作物の育ちを良くするといわれるオーブが盗賊に奪われており、貴族の報告によればアジトからも発見できず、どこかへ失われてしまったというのである。
村人達は絶望した。
イース村の名産品は、そのオーブの力によって支えられていた。オーブがなければ、これからは今までのような質の野菜も果実も作れない。村全体の収入が下がり、生活に影響が出るかもしれないのだ。
だが、それは理由の一部に過ぎない。
真に絶望感をもらたしたのは、貴族騎士団の派遣に伴い、貴族からは高額の支払いを命じられていたことである。公的騎士団以上に選りすぐりの、より鍛え抜かれた私兵を派遣するに当たって、その貴族は村の資産の半分以上を要求した。
それは金品に限った話でなく、労働力となる若い男子に、慰み者となる少女など、人的資源さえも巻き上げられた。
そして、ある者が聞いてしまった。
村から屋敷住まいとなり、貴族に仕えるメイドとなった一人の少女が、広い屋敷の中を彷徨い歩いてのことである。まだ屋敷の中を覚えきっておらず、道に迷いかけていた時、不注意にも半開きになったドアの中から、偶然にも耳にしたのだ。
「上手くいきましたな」
「これでオーブは我が領地の者」
「我々の管轄する村が名産地に変われば、経済的勢いは伸びようもの」
「しかし、ここまで思い通りにことが運ぶと笑いが止まらなくなりそうだ」
少女は衝撃を受けた。
その会話の内容は、悪巧みの成功で笑い合う二人の男のものである。そのうちの一人は貴族の声、もう一人は盗賊殲滅にあたった騎士の声だ。
オーブは紛失などしていない。
きっと、盗賊のアジトにきちんと残されており、それを村に返さず自分達の物にしてしまおうとしているのだ。
このことを知った少女は、とある義賊にこのことを知らせようと試みる。
噂でしか聞いたことがない。
依頼を受けることで悪人への恨みを晴らしたり、悪党の稼いだ金を盗んで貧しい人々に配るなどしている義賊がいる。しかし、その義賊は大陸中の各地を転々としており、いつどこに現れるかは誰も知らない。
だが、奪われたオーブを取り戻し、悪徳貴族の悪事を暴いてくれるのは、きっとその義賊しかいないのだ。
*
九重エリサは貴族屋敷に忍び込み、既にその背後に迫っていた。
貴族の男は気づいていない。
自分の真後ろに暗殺者が立っていて、鋭いクナイを構えているのに、その存在に気づく気配すらなく、貴族の男は書類に目を通し続けている。
義賊は実在した。
この悪党について偶然知り、少女はまず都市の公的騎士団に相談を持ちかけた。常に行方を眩まし続ける義賊の居場所など、ただの村娘が知るはずもなく、少女は他に当てもなくそこへ駆け込んだのだ。
果たして、それは正解だった。
騎士団の中にはエリサの仲間が潜り込んでおり、世の悪事の情報は常に集めてくれている。少女の相談を表向きには足蹴にしつつ、その実きちんとアジトに話を持ち帰り、そしてエリサが調査を開始した。
結果、判明したのは、盗賊からしてこの貴族がけしかけていたということだ。
まず盗賊に金品を掴ませ、盗賊の手でオーブを強奪させる。裏で手を引いた後、表向きの顔で私兵を出すと申し出て、その盗賊を滅ぼしてしまったのだ。悪事のために盗賊を利用して、用が済んだら滅ぼすことで、掴ませた金品を回収しながら目的のオーブも手に入れる。
さぞかし、笑いが止まらないことだろう。
私兵を出すため、村からは高額な財産を巻き上げた上、王族からは感謝され、おまけに可愛い村娘まで侍らせる。ここまで綺麗に計画が進んだせいで、気の緩みでもあったのか。偶然の盗み聞きがあったことも、今から命を落とすことにも、この男は気づいていない。
エリサはクナイを振り下ろし、貴族の男の頭部を抉る。
たった今まで生きていた男は、そのショックで急に目を大きく見開きながら、自分が何故、誰に殺されたのかさえ知ることなく死んでいく。
これがエリサの行う闇の稼業だ。
依頼や調査によって判明した悪事を嗅ぎつければ、そのたびに下調べを行い裏を取り、その悪事が確かなものであるとわかった時、然るべき始末をつける。時には殺し、時には盗まれたものを取り返し、時には悪事で稼いだ金を市民にばら撒く。
今回は殺した上で取り返すというわけだった。
その時、この部屋への扉が開く。
ぎぃ……
と、木材の軋んだ音と共に、何者かが入って来ようとする状況に、しかしエリサは落ち着き払っていた。殺人現場を目撃されようとしている状況だというのに、一片の焦りも見せず、ひどく冷静だった。
「誰だ……貴様……」
一人の騎士がその光景に衝撃を受け、大きく目を丸めていた。
当然だろう。
いつものように扉を開け、仕える主の元に顔を出したら、その主が死んでいるのだ。机の上に突っ伏して、クナイを抜いた頭部の穴から血を流す。机を伝って滴り落ちる赤色が床に面積を広げる光景に、騎士は次の瞬間に剣を抜く。
「貴様がやったのか!」
彼は盗賊を討伐した張本人だ。
無論、一人の力で殲滅したわけではないが、ただの少数で相応の勢力をことごとく斬り倒す武力は恐るべきものだ。剣技の怪物を相手に、真正面から堂々と殺し合いたい者など、まずいないはずである。
だが、エリサは淡々と刀を抜く。
「なるほど、東洋の一族か」
何かを納得したように、騎士は両手に剣を握って油断なく構えを取る。
「こいつと、そしてお前の悪事は、世の知るところとなる」
「つまり噂の義賊か」
「暗殺など手札の一つにすぎない。効率良く殺すなど、正面からでも問題なく可能だ」
エリサは美しかった。
切れ味ある鋭い瞳に、艶やかな桃の唇。
銀髪のロングヘアーを二つに結び、それぞれを背中に垂らしたエリサの体躯は、まず女としては背が高い。すらりとしたラインの良さで、魅惑の谷間を露出させ、スリットから脚を見せびらかした衣装はチャイナドレスだ。
サイズが合っているとは言い難い、丈の短い衣装をどうして身に纏っているのか。色仕掛けを戦略に組み込んでのことなのか。その事実を騎士が知ることはない。刀を抜いたエリサを前に、騎士はただ命を賭けるのみ。
騎士は感じ取っているのだ。
エリサの放つ冷たい眼差しは、自分を容赦なく殺す対象として見ている。どこか無感情に、殺しなど作業の一環でしかないように、そこには何の躊躇も感じさせない。一度殺害対象と見られれば、エリサの中でその対象は刈り取るべき雑草に過ぎない。
騎士が肌で感じているのはそれだ。
精神を戦いに集中させ、日常から非日常へと意識を完全に切り替えている。どこにでもいる普通の人間から、無感情な殺戮機械へと変貌できる。その手慣れた空気がエリサの全身から放出され、対峙する者は嫌でも命の危機を悟らされる。
騎士は踏み込む。
相手は女、どんな手練れであろうと筋力では男が有利。かつ、甲冑を着込んでいる以上、刃の通る箇所は限られる。兜を被っていないため、頭部が丸出しであることと、他には関節に刃を通す技術でもなければ、分厚い装甲の内側は傷つけられない。
エリサも動く。
そして、それと同時に騎士は死を悟る。
――実力が違いすぎる。
お互いに構え合っていた時点では、この差を読み切ることはできなかった。
だが、エリサが動いた瞬間から、床を蹴り抜く脚の流麗さ、刃を向ける腕のしなやかさを目の当たりに、死の未来を感じていた。もはや逃れることは出来ない。一度勢い良く動いてしまった体は、もう急には停止できない。仮に止まったところで隙を作るのみである。
……無理だ。
自分に彼女は斬れない。
視界から彼女は消えた――瞬間移動などではない。消えて見えたに過ぎない。ボディフェイントだ。身体を左右に振り回し、右に行くと見せかけることで、右に視線を誘導しつつ左に行く。言葉にすれば簡単だが、それを可能にするには一体どれほどの技巧が必要だろう。
騎士は屋敷でも一番の腕前だった。
一人で何人もの盗賊を葬る剣術を誇り、自慢の甲冑であらゆる刃を弾き返す。無敵を自負するに至る実力が故、自分の死が既に確定していることを悟っている。経験を重ねれば重ねるほど、相手が次にどう動くかが読めてくるというものであり、その勘の良さが死の未来を見通していた。
今頃、エリサは自分の首を狙って刃を一線させている――騎士の身体は、突進のために前に飛び出て、その全身を急には止められない状態にある。自身の動きを停止できない、僅かな一瞬の隙間を通す刃によって――。
ごとり、
と、騎士の首は転がった。
自分は死ぬ。彼女には勝てない。
それに対する戦慄こそが、彼の生涯最後の感情となった。
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