川澄由香里は新入生代表として選ばれた。
入学した高校では、中学校時代の成績と、入試テストの成績を照らし合わせ、もっとも相応しい生徒が指名されることになっている。そんな名誉ある代表に選ばれたことへの驚きと共に、地道にコツコツとやってきた勉強の成果が認められたような誇らしさがあった。
しかし、由香里が入学したのはただの高校ではない。
女子生徒の精神を鍛えるため、極めて特殊な校則を取り入れた学校で、その内容を聞けば誰もが入学を尻込みする。好きでこんな志望校を選ぶ女の子など、いるはずがないように思えるが、一度入学すれば様々な保証が与えられる。
希望によって寮生活が可能であり、それによって家庭で生じる食費や光熱費などは、全て学校が受け持つこととなる。各界に顔が利くため、芸術、スポーツ、研究分野など、有望な生徒はあらゆる業界にパイプを繋げてくれる。
学費無料、大学の受験費も受け持つなど、あらゆる場面で手厚いところから、驚くような校則の数々にも関わらず、一定の人気を誇っている。
あるいはそんな学校を選ばざるを得ないほど、貧困などの事情を抱えた家も多いのだろう。
由香里の家も貧乏な部類だ。
壁の薄いアパートに暮らしており、日々切り詰めていた両親の口からは、早々のうちに聞かされていた。大学に進学させる金はないので、もし大学に行きたかったら、バイトをするか奨学金を取るしかない。
さもなくば、とある高校に入学することだ。
バイトに時間を費やせば、かえって勉強の時間を失う。では奨学金はどうかというと、もちろん視野にいれるのだが、あれは借金であり返済の必要がある。高校時代のバイトをいわば未来に先送りして、将来稼いだ金で何とかする形になるわけだが、不況と言われる世の中の暗い話を聞いていると、自分がきちんと稼げるのかどうかは不安になる。
悩んだ末、とうとう由香里は今のこの高校を志望して、合格どころか新入生代表にまでなったわけだった。
新一年生の中で自分だけ、体育館の舞台で人前に立ち、それらしい挨拶を行わなくてはいけないという。
もちろん、それだけでも緊張する。
大勢の人の前に立つというのは、あまり経験のないことだ。
しかし、何よりも緊張を生み出す原因は、人前に立つことよりも、むしろ校則の方にある。まだ入学式が始まったばかりの新入生とはいえ、既にこの学校に在籍する生徒である以上、由香里にもそれは適用されている。
「では舞台に出る前に、下着のチェックを行う」
目の前では厳つい顔の教師が腕を組んでいた。
舞台袖で待機して、自分の出番を待っている最中の由香里なのだが、女子生徒が全校生徒の前に立つ際には一つの決まりがある。精神を鍛え、強靱な心を養うためのその校則は、多大な羞恥心を伴うと同時に、ある種の修行のような効果があると、この学校では信じられている。
ではその校則とは何なのか。
全校生徒の前に立つ時、女子生徒は下半身裸でなくてはならない。
強いて言うなら、靴下や上履きが許されるくらいのもので、スカートとショーツはいずれも脱がなくてはならない。
加えて、校則では下着は白と決まっている。
新入生代表が校則違反ではみっともない。
そこで、舞台に出る直前には、教師による確認が行われるというわけだ。
(……いいわ。これくらい)
由香里はスカート丈を握り絞め、ゆっくりと持ち上げ始める。
(覚悟して入って来たんだから、大丈夫よ。こんなの、私なら耐えきれる)
スカートをたくし上げ、下着を教師に見せた時、突き刺さる視線が羞恥を煽り、由香里の顔はみるみるうちに赤らんでいく。
たかが下着、たかが布切れ、まだ裸ではない。
そう思おうとして、平然と対応してやろうと思っていたら、予想以上の恥ずかしさに襲われたのだ。思えば中学校では色恋沙汰もなかったため、こうして人に下着を見せる機会はなかった。見せ慣れていないのも当然の話である。
「なるほど、きちんとしているな」
教師はしゃがみ込み、じっくりと観察してくる。
至近距離からの視線が突き刺さり、ショーツの内側がジリジリと焼かれるような、皮膚を熱せられるような感覚に、顔まで熱くなってくる。微熱を帯びた頬の色合いは、今頃はどのくらいまで赤くなったか。
「恥ずかしいか?」
などと、教師は楽しそうな上目遣いで尋ねてくる。
「そうですね。ですが、舞台上ではこれだけでは済みませんので、こうして下着をチェックして頂いて、いい練習になっています」
由香里は淡々とそう返した。
弱ってみせたり、いかにも恥ずかしそうにしてみせるつもりはない。弱点を曝け出すかのような、みっともない姿勢は見せたくないのだ。
出来ることなら、この顔の赤らみさえも抑え込み、もっと平然としてみせたい。
だが、赤面というものは念じて引いてくれるものではないらしく、赤らみはちっとも薄れてくれない。せめてそこまで赤くはなく、せいぜい薄桃色だと信じたい。
「ほう? にしても、いいパンツだ。この日に合わせて選んだのか?」
「一応、そうですが」
こんなたくし上げた体勢のまま、下着を話題にしてきている。
顔を背けたくてたまらない。
「せっかくだ。もうちょっと何か、スピーチみたいなことをしてみろ。人前に立ついい練習になるだろう?」
教師はにやりと笑っていた。
やればいいのだろう、やってやる。
即興で言葉を整え、何かそれらしい風に言ってみせることくらい、どうにかなる。
「はい。では……。母が特別にお金を出して下さったので、普段よりも良いものを穿いています。こうした特別な日には、それ相応のものを穿いてくるのがマナーと心得ています。校則である『白』を守り、かつ校則を逸脱しない範囲の華やかさ、上品さを求め、このようなものを選んで参りました。いかがでしょうか」
由香里のショーツが白なのは言うまでもない。
だが、単に白ではない。
下着には刺繍で柄が入るものだが、その刺繍に使われる糸が銀色だ。キラキラと光を反射する煌びやかなもので、下着全体にちょっとした輝きを与えている。糸だけが発光するかのように刺繍の柄は浮かび上がって、花びらの形一つ一つが見て取れるはずである。
そして、両サイドはリボン結びで留めるタイプだ。
校則に白以外禁止とあるが、紐ショーツを禁止する具体的な文面はない。ある程度は許容されるはずである。
実際、教師も満足そうに頷いていた。
「確かにお上品でいいパンツだ。紐なのがエロくていい。こういう引っ張ってみたくなるもんは俺の好みでな」
「あ……」
教師がおもむろに手を伸ばすので、由香里は一瞬固まった。
引っ張られることはなかった。
しかし、とはいえ急に手が迫った上に、教師は紐を指先に絡め取り、好きなように弄ぶ。肌には触れられていないものの、下着には触れられている状況に、全身がみるみるうちに強張っていく。
緊張が膨らみ、先ほどよりも羞恥心を刺激され、顔の赤らみも濃さを増したはずだった。
「さあ、そろそろだ。もう下げていいぞ?」
「……はい。ありがとうございました」
わざわざチェックをして頂いたのだ。
生徒の立場では、こういう場合はきちんとお礼を言うものである。
それがこの学校だ。
由香里はそういう学校に来てしまったのだ。
*
舞台の上、マイクを前に立っていた男が言う。
「では次に新入生代表による挨拶を行います。代表、川澄由香里さん。どうぞ」
そんな言葉を最後にして、その男はマイクの前を離れて舞台袖へと去っていく。
そして、いよいよ由香里の番だ。
(……平気、平気よ)
緊張を飲み込んで、気丈さを保つ。
一歩前に出ようとした時だった。
ぱんっ!
教師に尻を叩かれた。
スカートの上から手を乗せて、そのまま張りつけ撫でる形で、由香里の尻はちょっとした衝撃を浴びていた。
「さっ、頑張れよ」
励ましのようだった。
肩や背中を叩いて送り出すのと似たように、この教師は尻を叩いてきたが、その手つきは実に怪しいものだ。たったの一秒か二秒ほどの、短い時間ではありながら、尻の形を上下になぞり、手の平で味わってくる感じは確かにあった。
叩くような触り方もそうだが、痴漢された不快感の方が先に立つ。
こんなことで励まされ、心が奮い立つはずもない。
「……ありがとうございます」
生徒の立場上、しかし励ましにはお礼の言葉で返さなければ失礼だ。
ここはそういう学校だ。
由香里は舞台へ突き進み、マイクスタンドの前に立つ。
体育館全体の照明は落としてあり、この舞台だけに光は当たっている。薄暗い闇に隠れた大勢の目という目は、その半数以上が自分と同じ新入生のものである。壁際にぽつりぽつりと立つ教員も、やはり由香里に視線を向けており、一体いくつの目が自分を向いているのか、もはや数えきることなどできない。
沸き上がる緊張感をねじ伏せて、由香里はマイクに声を吹きかける。
「どうも、はじめまして。新入生代表の川澄由香里です」
問題ない。
緊張で声が上擦ったり、みっともない喋り方になるようなことはなさそうだ。この調子で緊張を胸の内側にねじ伏せて、由香里は淡々と話し続ける。
「皆さんもご存じのように、この学校には特別な校則があり、それらによって心身を鍛え、精神力を高めることをモットーとしています。今回、こうして女子生徒が舞台に立つ際にも校則があり、早速ながら皆さんの前で規則に従っていきたいと思います」
自分の声がマイクによって拡張され、体育館の全域にまで広がっていく。
「では校則により、皆さんの前でスカートを脱ぎ、そしてショーツも脱がせて頂きます」
そう静かに宣言すると、生徒達から伝わる空気が変わる。
男子生徒にとってみれば、自分の前で一人の女子がストリップを始めるのだ。興奮でそわそわするのかもしれない。目を離せず、焼き付けようとするかもしれない。
女子からすれば、他人事ではない。
こうして人前に立つ機会は限られるが、もっと他の機会にも、女子には脱衣の機会が用意されている。まるで自分の運命を見るかのようで、何となく落ち着かないものがあるのだろう。
スカートのホックを外す。
それだけで、下半身裸へ一歩近づいた気になって、まだ露出もないうちから頬が染まりそうになる。先ほどのチェックのせいか、恥ずかしかった余韻が残っており、それが蘇ってのことなのか、既に赤らみの気配があった。
スカートを脱ぐ。
ばさりと落ちたそれは足下で輪となって、いとも簡単のショーツを晒すと、みんなに下着を見られている気がして羞恥心が込み上げる。座席から舞台まで距離があり、冷静に考えるとあまりよく見えないはずなのだが、いくら遠目でも下着の色くらいは判別がつくはずだ。
次にショーツに手をかける。
それを下ろそうとした瞬間に、頬の内側に見えない何かが吹き荒れた。細胞から噴き出す火の粉が存在するように、チリっと焼けて熱くなり、明確に赤らむ間隔をありありと自覚できてしまう。
(大丈夫……平気よ……問題ない――――)
腰の両側に親指を差し込んでいた。
あとは、下ろすだけ。
その単に下ろすだけの動作に抵抗感が湧いてきて、腕がなかなか動かない。関節が硬化して可動しなくなってしまったかのように、どうしても動きが鈍い。ショーツを下げる動作はあまりにもぎこちなく、カクカクとしたものになっていた。
数センチ下げれば、そこで一度停止する。
溝にでも引っかかったように動きが止まり、そして溝を抜け出したかのように再開すると、その数センチ先でまた止まる。決して何十秒も止まっているわけではなく、それらは一瞬ずつのものに過ぎない。抵抗感はなるべく早々に振り切っているが、どうしても数センチごとに止まってしまう。
やっと、ショーツは膝に絡んでいた。
前屈姿勢に移り変わっていくような脱ぎ方なので、後ろに人が立っていたなら、尻はとっくに丸見えだ。
由香里はさらに下げていき、とうとう足首にまで到達させたところで、穴から片足ずつをどかしていく。
スカートとショーツを横にどけ、下半身裸となった。
かぁぁぁぁ……!
顔が一気に赤らんでいた。
(だ、大丈夫っ、遠くからじゃ……)
座席についた男子からでは、ワレメや陰毛の具合など見えはしない。距離からすれば、脚や股など、単なる肌色の塊に見えるはず。自分にそう言い聞かせ、恥じらう理由を頭の中から消し去ろうと懸命になるのだが、どうしても赤らみは引いてくれない。
「では改めまして、新入生代表の川澄由香里です」
暗記した原稿の内容を脳の奥から呼び起こし、マイクに向かって吐き出していく。
「春の爽やかな風の中、私達は真新しい制服を身に纏い、この高等学園の門をくぐり抜け、今この瞬間から新たに高校生活を送り始めようとしています。本日はこのように、この学校特有の校則を披露する形となりましたが、こうした格好でこうして皆さんの前に立つことで、まさに精神が鍛え抜かれようとしていることを実感しています」
ゆっくりすぎず、早すぎず、練習通りのペースで滞りなくスピーチを進めていく。
大丈夫、やはり声は震えていない。
緊張のせいで珍妙な声を出したり、果ては原稿の内容を忘れるような、みっともない展開だけは避けたかった。
実際にそれだけは回避している。
あとは最後までスピーチを終え、最後に礼をして舞台袖に去るだけだ。
しっかりと前を見ながら、羞恥心を抑え込み、ひたすらに喋り続けて、やがては原稿の最後の一文に差し掛かる。
「これから始まる三年間を無駄なく過ごし、より大きな自分へと成長していきましょう」
これを最後に、由香里は新入生に対して頭を下げる。
拍手を浴びながら、足下に置いた下着とスカートを回収しつつ、舞台袖へと去っていく。
こうして、生徒達の前でのスピーチを終えた。
だが、まだ試練は残っている。
この入学式を終えた後、それぞれの教室の席に着いたら、初日から身体検査の日程が組まれているのだ。