前の話 目次 次の話




 マーデン領を発ち、ナトラ城を訪れたゼノヴィア・マーデンは気を重くしていた。
 挽回に努めたとはいえ、ゼノヴィアのせいで戦争が起きたことへの不満は絶えず、これについて話し合いの場を設けるため、書簡による呼び出しを受けたのが訪問の理由である。ならば話は当然ゼノヴィアの処遇に関するものとなり、例えるなら裁判にかかりに行くようなものである。
 そして、ゼノヴィアはウェインの前に出た。
「よくぞ来てくれた。ゼノヴィア・マーデン侯爵」
「この度の件、私としても未だ重く受け止めております」
 謁見の間で膝をつき、ウェインを前に頭を垂れる。
「顔を上げよ」
「はっ」
 ここには人が限られていた。
 まず、必ずしも全員が不満を表明しているわけではなく、今この場にいるのは具体的な批判を述べた人物に限られている。ウェインの傍らに控える形で、三人立ち並ぶ貴族達こそ、今回のゼノヴィアに対する不満層の代表だ。
 マーデン領はいわば新参者だ。
 新入りが大きな顔をすれば嫌がられるのが普通のところ、戦争の引き金まで引いてしまったとあれば、いかに挽回の手を打とうと奔走したとて、一度生まれた感情は払拭しにくい。ウェインがわざわざゼノヴィアを呼び出したのも、内々で済ませるには状況が大きくなりすぎたからだろう。
 何らかの姿勢を示し、三人の貴族達を納得させなければ、この場は収まらない。
「さて、マーデン侯爵。私は若輩ながら、父の病没により領を収める立場を頂いたブラフォード・トンプソンという者だ。ウェイン殿下やニニム殿もそうであるが、マーデン侯爵もまた歳が近く、その点においては親近感を覚えている」
「若くして責務を背負うお立場、私なりにお察しします」
「うむ。本来なら友好でも深めたいところ、我々の感情はそちらの察する通りだ。特に我々三人は、戦争の際に軍事力や物資の提供を余儀なくされた。つまり損害を背負ったことになる。その原因に対する気持ちは、決して優しいものにはならん」
「とはいえ……」
 もう一人の男が口を開く。
「私はジェローム・ライズという。私の意見としては、あなたへの悪感情は確かだが、マーデン領の事情も察するところだ。カバリヌに制圧され、それを解放軍によって取り戻し、女王を擁立して最初に取った政策がナトラへの恭順。さらに戦争。市民の感情も落ち着いてはいないのでは?」
 冷静に場を見据える。
 ウェインはことを荒立てる気がないにしても、ブラフォードはゼノヴィアを責める姿勢で、ジェロームは肩を持つ素振りを示す。それは流れを作るべくしての仕込みかもしれないが、あるいは二人の姿勢そのままの可能性もある。
 まだ詳しくは読み切れない。
「ここで私の考えを述べるとしよう」
 三人の中で、もっとも年上の男が口を開いた。
「ヴィンス・ハーヴェイだ。結論から言うが、私の考えは領地の接収である」
「な……!?」
 ゼノヴィアは驚愕し、青ざめた。
 マーデンを愛し、土地を守りたいが故、その策として恭順を選んだのだ。それをナトラの者に委ねるなど看過ならない。
 しかし、今のゼノヴィアは自分の主張がしにくい状況だ。
「マーデンは順調にナトラに馴染もうとしている。その姿勢は我々も聞いており、理解しているつもりはある。だがな、戦争のきっかけになった以上、マーデン侯爵にはとあるイメージが付いてしまっている。ナトラに不幸をもたらす疫病神であると」
「それは……」
 罠に嵌められ、挙兵のきっかけを与えてしまったことを思い出し、言い訳に開きかけた口からは何も吐き出すことができなかった。
「だが、貴族領主の全員が同じ意見というわけでもない。我々三人は不満層の代表として、数ある意見を代弁すべく立っているが、ナトラ内にはマーデン擁護の論もある。となると、ナトラ内部で対立を強めるのも面白くない」
 ヴィンスはさらに言葉を紡ぐ。
「ここで肝心なのは不満層の感情さえ払拭できれば、何ら特別な措置などいらぬかもしれない点にある」
「感情、ですか」
 早い話、ゼノヴィアが何かの罰を受けたとわかれば、感情は和らぎ不満層の声は薄れる。そうすると、マーデンにまつわる政策で意見を出し合う際も、不満ありきのものが目減りして、擦り合わせもしやすくなるだろう。
「我ら三人が代表だ。我々から悪感情を払拭すれば、領の接収という意見も消えてなくなることだろう」
 要するに、お前がなにかしてみせないと土地を奪うぞ、という脅迫である。
「まあ、これが彼らの意見だ。ゼノヴィア侯、何らかの償いを見せてくれなければ、こういった声を抑え込むにも限界がある。感情論というものは厄介でな。いかに合理的な意見さえ、感情の前には撥ね除けられる」
 ウェインの言葉は、淡々と内情を語ったものにしか聞こえない。
「……わかりました。私としても、先に申し上げた通り、あの件については未だ重く受け止めています。この私が懲罰を受けるなり、不満層の心を晴らす何かに身を晒せば、たちどころに解消できるというお話なのでしょう。それについて、私から申し上げることはありません。全てそちらの言う通りでありましょう。ですが――」
 ゼノヴィアは懸命に頭を回し、少しでも丁寧に言葉を選ぶ。
「私を慕う臣下も多くいます。ナトラとマーデンの溝をかえって深めることもまた、あってはならないと考えます」
 断じて飲み込めないような、理不尽な話を持ちかけられても、それを突っぱねうるための予防線を張っておく。
「ほう? では何らの謝罪表明も、あるいは懲罰を受ける考えもないというわけかな?」
 ヴィンス公爵はゼノヴィアをあからさまに煽ってくる。
「決してそのような。つきましては、こちらより謝罪の意思を示すべく、相応の賠償について話し合いをしたいと考えています」
 幸い、マーデンは一度潤っている。
 レベティア教の巡礼ルートがマーデンを通るため、これを利用して東側の商品を並べ、巡礼者の消費を高める策に成功している。戦争により悪評が出て、巡礼者は減ってしまったが、一度得た蓄えを放出すれば、謝罪の意をわかりやすく表明したことになるだろう。
 そもそも、その経済活性化も、マーデンが大きくなりすぎることでナトラに不安を与えかねないものだった。不満層の背景には、これも含まれているはずである。
「もちろん良い考えだ。決して悪いものではないが、再三言うように、これはいかに気持ちを晴らすかの問題でもある。となれば、必ずしも賠償金や土地の接収とは限らず、マーデン側が損失を被らない方法もあるというもの」
 肩を持つ姿勢のジェローム伯爵は、ゼノヴィア側の意見を否定はしないが、まだ他にも道があるとしてきた。話は決着にならず、まだまだ紆余曲折を経ることになりそうだ。
 しかし、何かが妙だとゼノヴィアは感じだ。
 一度はゼノヴィアが自分の考えを語り、「私はこのように不満層を納得させます」と述べたなら、「は? それじゃあ謝り方が足りねーよ」と突っぱねる姿勢を見せ、まだまだ絞り取る姿勢に出られるはず。
 それをせず、むしろ軽い方法で済ませることさえ示唆するのは、何か意図があってのことなのか。それとも、マーデン領はナトラの一部だ。いわば内部同士でやり合うことにも、問題を感じてのことだろうか。
「確かに実利的な損失がなく、さしずめ尻でも叩けば納得するのであれば、私としても断る理由がありません」
 軽い冗談を交えてみる。
 ほんの思いつきだが、これに対する反応を見れば、相手の考えも読めるかもしれない。
「ほう? 尻への仕置きで事が収まるとしたら、尻を差し出せると?」
 ジェロームは妙に興味を示してきた。
「……? マーデンの今後に関わることです。そのような些事で済むのでしたら、尻などいくらでも叩かせましょう」
 尻への食いつきはさすがに冗談なのだろうが、平手打ちを何発か食らっただけで不満層が静まるなら、賠償や接収よりも遥かに安い。
「なるほど、平手打ちで済むとあらば些事と捉える。その認識に間違いはないな?」
「ええ、それは」
 鞭打ちならいざ知らず、平手打ちで大怪我もないだろう。
 些事には違いないのだが、彼は本当にビンタがしたいのだろうか。
「ではもし、この話を我々……正確には、マーデン侯爵と不満層のみ。一切口外なきものとして扱うことができるとしたら?」
「内密ですか。確かに、たかが平手打ちといえど、私が良くとも臣下が黙っていないということは考えられますが」
 ゼノヴィアの疑問は加速する。
 まさか本当にビンタがしたいのか、本当にそうなのかという困惑が膨らんでいく。
「実はですね。戦勝パーティの開催予定がいくつかありまして、そのうちの一つには我々をはじめとした不満層が集まります。マーデン侯爵にはそちらに参加して頂き、友好を深めることで解消に当たって頂くのはどうか。と、考えているのです」
 初手で批判的だったブラフォードは、ここで優しい提案を出してきた。
「パーティですか。そのような祝いの場に、私のような……恨まれている者が参加しては、それ自体がまずくはないでしょうか」
 ゼノヴィアは純粋な疑問を口にする。
 金や物資で身を切ったり、土地を差し出す真似をせずに済むのなら、これほど助かる話はないが、お祝いムードの中に現れる戦犯と考えると、いささか顔を出しにくい。
 だが、対外的にはパーティにて不満層との融和を試み、悪感情の払拭に成功したと説明できる。
「そこで芸をやってもらう」
 そう言ったのはウェインであった。
「芸、ですか」
「私自身も披露する予定でな。鼻からジャガイモを食べようなどと思いついたが、まあ不可能だったな。しかし、何かそれくらい面白いことをしようと、芸については考え中だ」
「それというのは、つまり私がパーティに参加して、何か面白おかしいことができれば、それが不満層の感情を払拭すると?」
「そういうわけだ。どうだ? ゼノヴィア候よ」
 しばし考え込む。
 話は概ね理解した。恥を晒すなり、ウケを狙うなり、そういったことが出来れば気持ちを晴らせるということだ。それで解決するならいい。問題は芸と言われても急には思いつかないことである。
 しかし、些事で済むからこそ断れない、
 要するに「戦争はお前のせいだけど、これだけで許してあげるね」と譲歩している。許しを請う立場のゼノヴィアに、ナトラ側が優しさを見せた形であり、それを蹴ってはまた溝が深まるわけだ。
「迷うのもわかるぞ? 芸が思いつかんのだろう?」
 ヴィンス公爵が言った。
 正直、その点を向こうから理解してもらえたのは大いに助かる。
「ええ、恥ずかしながら……」
「仕方あるまい。急に言われても何をすればいいのかわからんものだ。だがな、あなたにやって頂く芸をこちらで考えることもできるわけだ」
「それは助かります」
 ゼノヴィアは答えた。
 ウェインも参加し、王子ですら芸をやるというなら、そう無茶なことは言われまい。たとえ恥をかくことになっても、それが問題解消に繋がれば安い。
「パーティの参加へは前向きに考える。ということでよろしいかな?」
 ヴィンスは言質を狙ってくる。
 ここで先延ばしにしても、かえって心象を悪くする。
「本来なら、こちらから誠意を示し、許しを請わなくてはならないところ、寛大なるお心に感謝致します。ご察しの通り、芸など持ち合わせていない身で、何を披露すべきか迷うところでありますが、パーティへの参加は是非にと思っております」
 何も思いつかないよ、という点は述べておくにせよ、ゼノヴィアは腹を括った。
 不満層の集まるパーティで、冷たい視線を一身に浴びる覚悟くらいはしてやろう。
「して、その芸だが。こちらで内容を考えた場合、それがどんな内容でも従えるかな?」
 ヴィンスの言葉を罠だとは考えなかった。
 ゼノヴィアの立場は悪く、何を言われても断りにくい状況で、パーティへの参加を勧められているわけである。どんな内容でも、と言われて言質を与えるのは不安だが、ウェイン王子の芸もあるのに、過剰な理不尽はきっとないはず。
(鼻からミルクを飲め、とか言われても、やるしかなさそうね)
 ゼノヴィアが想像しているのは、そういった内容だった。
 秀でた曲芸、武芸は持たず、優れた楽器の弾き手でもない。そんなゼノヴィアが芸で人を面白がらせるには、ウェインの言う鼻からジャガイモを食べるなど、それくらい珍妙なネタをやるしかない。
 おかしなことをやらせて、それを周りで喜ぶ……イジメに近い。
 それも、一時で済むはずだ。
 一時、一瞬、その時だけ、恥をかけばそれでいい。
 対外的には単にパーティへの参加で友好関係を築き上げ、見事不満を払拭したと伝えればいい。真相は内々のみの秘密となり、外に漏れないのなら、一時の恥などますます些事で済むだろう。
「どんな内容でも、従います」
 ゼノヴィアはそう答える。
「ふむ。では…………」
 そこでヴィンスは言葉を溜め、続く台詞をすぐには言わなかった。では……っと、途切れたきり、何秒もの沈黙が流れた末、ヴィンスはようやく言葉を絞り出す。

「裸になるというのはどうかな?」

 一瞬、何を言われているのかがわからなかった。
「……は?」
 という呆気に取られた言葉さえ、出てくるまでに時間がかかった。
(え? なに? なんて言ったの? 裸? 気のせい?)
「無論、外には漏らさないが、少しばかりの無茶をすることこそが、それを見た者の恨み辛みをたちどころに晴らす秘策となろう? つまり、裸というのは、真面目な提案なのだがね」
「え? いえ! 待って下さい!」
 ゼノヴィアは声を荒げる。
「ほう? 何を待って欲しいのかね」
「いかに内密のものとはいえ、人前には違いありません! 万が一にも、衆目の前で裸になったなどと知れてしまっては……」
「ま、色々と問題があるだろう。その時はその時で、我ら三人に対する賠償を求めることもできよう」
「と、とは言いましても……」
「躊躇うのはわかる。責任ある立場とはいえ、年頃の少女でもあるのだからな。しかし、先ほどはどのような内容でも従うと、そう言ったように聞こえたが?」
 ヴィンスはあからさまに煽っていた。
 なんだ、出来ないじゃないか。所詮は小娘か。
 とでも言いたげな目つきで、あからさまに蔑んでいた。
「よせ、ヴィンス。裸などと言われるのは、さすがに予想もしないだろう」
 ウェインは諫めにかかるものの、かえって貴族三人の勢いは爆発した。
「まあそうだねぇぇぇ? できっこないもんねぇぇぇぇ!」
 ブラフォードが急に声を裏返し、煽らんばかりの眼差しを向けてくる。
「できっこない、できっこない。そのような無茶を言うとは、ヴィンス公爵もなかなか悪いお方のようだ」
 ジェロームも口ではヴィンスを諫めつつ、ゼノヴィアに向ける目つきは、何も出来ない格下を見下すものだった。
「しかし、マーデン領の接収といった案を出した手前だぞ? それくらいの覚悟を持ってことに挑んで欲しいものだ」
 ヴィンスは悪びれもせず、脱げない小娘を見るからに嘲っていた。
 「ぬ、脱げるわけないでしょう!? そういう……そういうのは……! 私に恥をかかせるにしても、他に何かあるでしょう!?」
「ま、恥をかく覚悟があると、その一点だけは認めよう」
「ヴィンス公爵! そういった不埒な要求は、そちらの品格を下げることになってしまうのでは!? あなた自身のためにもならないと思いますが!?」
 ゼノヴィアは動揺に声を荒げている。
「それもそうだ。しかしマーデン侯爵よ。パーティの内容は外には漏らさないことになっている。多少は羽目を外したいからな。内輪のノリに対して、傍から品格どうこうと言われてはたまったものではない」
「だからといって、裸にはなれません!」
「マーデン侯爵。では先ほどの、どんな内容でも従うという言葉は撤回なされますか?」
「それは……」
 ゼノヴィアは言葉に詰まる。
 裸の要求をした瞬間も、今の眼差しも、いずれも本気に見えるのだ。少しでも要求を呑む姿勢を見せたら、そのままどんどん付け込まれ、本当に脱がされる気がしてならない。
 ゼノヴィアはチラリとウェインを見た。
 ウェインに対しては、憧れと同時に怖さも感じる。政略という点もあり、一度は婚姻の申し込みを考えたが、自分はウェインと並ぶに値しないように思えて、結局は結婚の話を切り出すことはなかったのだ。
 しかし、密かな想いを抱きはしている。
 人前で裸など元より考えられないが、そこにウェインがいるとあっては尚更だ。
「答えて下さい? 撤回なされますか?」
 ヴィンスは明確な答えを求めてくる。
「撤回は……」
「はっきりお答え頂けないようでは、やはりマーデン領の接収について、我々は今ここでウェイン殿下にお話を申し上げるしかない」
「そんな!」
「ナトラに馴染もうとする姿勢は聞いている。その努力は認めるが、あなたから領を接収して、ナトラ出身の貴族に土地を与えるという方法も、当然ながら考えられるわけですな」
「そのようなわけには参りません! 私はマーデンを愛しています!」
「では改めて状況をはっきりさせよう。物資や金銭による賠償案も不満層からは出ているが、その原因は全て感情だ。感情が故の溝であれば、気持ちを晴らすことによって埋められる。マーデン侯爵の覚悟しだいで、それら接収や賠償などの案を撥ね除けられるわけですな」
「……それは……承知しています」
「さて、その上でだ。裸になれば解決するとして、それを拒みますかな?」
 嘲るヴィンス目つきには、どうだ脱げまいと言わんばかりの侮蔑が籠もっている。
 ゼノヴィアはどんどん追い込まれていた。
 三人がかりの話術に追い詰められ、ウェインが味方をしてくれるわけでもなく、ゼノヴィアはまさに崖っぷちに立っている。あと一押しで真っ逆さまで、まさに後のない状況に、それでも裸がどうと言われては頷くことに抵抗が出てしまう。
「ふむ。答えがないようなので、ここは覚悟がないと解釈して、その前提で我ら三人は話を持ち帰ることになるが」
「待って下さい!」
 ゼノヴィアは慌てて声を上げる。
「ならどうする? これはあなたが人前で恥をかけるかどうかの話だ。それにパーティの場においては、我々はもちろん、ウェイン殿下も何らかを披露する。言ってみるなら、恥をかくのはマーデン侯爵一人ではないのだが」
 だからといって、女子が人前で裸になることと匹敵するような恥など、誰か一人でも本当にかくのだろうか。
「マーデン侯爵。お答えを」
 ブラフォードが圧力をかけてくる。
「是非、私も答えを聞きたいところだ」
 ジェロームも同じく圧力をかけてくる。
 答えを迫られる圧力に、どんどん息が苦しくなり、立っているだけで窒息しそうだ。息の詰まる思いに、何かを言おう言おうとは思うのだが、ゼノヴィアはどうしても言葉を紡げず、沈黙ばかりを続けてしまう。
 そんなゼノヴィアの様子を見て、ヴィンスはあからさまなため息をついていた。
「仕方ありませんな。ウェイン殿下にも思うところはおありでしょうが、我々は土地の接収を前提に、不満層同士での話し合いをして参ります」
「……っ!」
 ゼノヴィアは激しく引き攣る。
「そうか。このようなことになったのは残念だが、 私も立場上はマーデンばかりを贔屓するわけにもいかない。すまんな、ゼノヴィア候」
 悲しげな目を向けて、謝罪の言葉まで述べるウェインに打ちのめされ、ゼノヴィアはますます追い詰められた。もはや崖っぷちとは言わず、バランスを崩して今にも落ちそうな状況とでも言った方がいいだろう。
(どうやって!? どうやって挽回すれば!?)
 ゼノヴィアの焦燥は嵐のように激しい。
(どうやって、どうやって、どうやって、どうやって…………!)
 必死になって頭を回し、ヴィンスを納得させるための言葉を捻り出そうと焦るあまりに、思考の中を巡るのは「どうやって」ばかりである。
 巧みな言い回しを思いつき、巧妙な駆け引きで手腕を発揮してみせたいのに、焦りとパニックだけが膨らんで、何の立ち回りも浮かんで来ない。
 ヴィンスを含め、三人の貴族はウェインに一礼して、もはやこの場を去ろうとさえしている。
(たぶん、脅しじゃない。土地の接収の考えは本当にあって、抵抗しようにも、内乱を起こす兵力なんてあるわけなくて――それを許したら……! そうだ、それを許したら!)
 やっとのことで言葉を浮かべ、ゼノヴィアは叫ぶ。
「待って下さい!」
「おや、まだ何かおありで?」
 ヴィンスは足を止めるが、もう話は終わったのに、これ以上何を話すつもりだと、そう言わんばかりのものをひしひしと感じさせてくる。
「マーデン城は私を慕うものばかり! 土地の接収とあっては、今度はマーデン側の感情が悪化します! お互いのためにならないはずです!」
「臣下やゼノヴィア派の者からすれば、そうなるだろうな」
 ヴィンスはそう認めつつ、まだ何か言葉を残している。
「では――」
 頭に言葉が揃っているわけでもなく、勢いだけでがむしゃらに畳み掛けようとするのだが、そんなゼノヴィアの言葉をヴィンスは遮る。
「では何かな? 平民達の気持ちはどうだ? 少しでも早く状況が落ち着き、安寧が続いて欲しいと願う彼らにとっては、支配者など誰でもいいはず。それに、あなたの失策から戦争が起きた以上、心がナトラ派になびく者とているのでは?」
「し、しかし……」
 何か言葉を返そうとして、何も出ない。
 ナトラに恭順した際の言葉も、ウェインの手腕に頼らねば、自分達はもはや存続できないとする旨のものだった。これだけの失態を犯した以上、お前達に変わって我らがマーデンを導いてやろうと言われては、言い返しにくい立場である。
「もはや何も話すことなどないのでは?」
「ですが…………」
「土地の接収も、今のところは提案の段階です。ま、せいぜい、それがナトラ内で却下になることでも祈っておけばいいのでは?」
 もう他に打つ手がない。
 焦りばかりが逸るゼノヴィアに、トドメのように最後の言葉が突き刺さる。

「ま、それこそ裸にでもなったら、これらの話は撤回しますがねぇ?」

 そんな言葉だけを残し、貴族三人はゼノヴィアの横合いを通り過ぎ、この謁見の間を去ろうとする。
(こうなったら……)
 投げやりになってでも、どうにかしてやる。
 歯を深く食い縛り、いよいよ覚悟を決め、マーデンは三人の背中を睨んで叫ぶ。

「裸になりましょう!」

 三人の足がぴたりと止まった。
「裸を見せれば納得できるのでしょう!? あなた方はきっと、私のような小娘にはできまいと嘲るのでしょうが、そんなことはありません! マーデンのためにも、私は脱いでみせます!」
 強い決意を込めた瞳で叫ぶ。
 そんなゼノヴィアへ振り向いて、三人は試すような眼差しを浮かべていた。



 
 
 

コメント一覧

    コメント投稿

    CAPTCHA