改めて、謁見の間には三人の貴族が集う。
王座に腰を下ろしたウェインの前で、ゼノヴィアは脱衣の意思を固めるが、ヴィンスや他の二人の表情を見た瞬間、悟らざるを得なかった。
ニヤリとしていた。
計画通りに事が運んで嬉しくてたまらない顔をしていた。
そんな顔を見てしまっては、始めからそのつもりで作戦を立て、立ち去ろうとするパフォーマンスまで使ってゼノヴィアを煽り抜いたように思えてくる。
(殺すリスト決定)
三人の貴族の顔と名前を頭に刻む。
「話が決まったところで、ここでは事情を知らぬ者の目に触れかねん。ここは一つ、場所を移そうではないか」
ウェインの言葉で場所を変え、貴賓室へと移動した。
要人を接遇するための貴賓室で、ウェインと貴族三人の、四人並び立つ前で、ゼノヴィアはテーブルを隣する。
「お召し物はどうぞこちらに」
ここに一人の使用人が加わっていた。
男の目が増えてしまい、ゼノヴィアは五人もの異性の前で裸を見せることになる。
「では皆様、このような形にはなりますが、私なりの覚悟と意思の表明をさせて頂きます」
ゼノヴィアはまず首のスカーフをほどき、その下に隠れたボタンを外す。
このドレスは豊満な乳房を強調し、谷間を惜しみなく露出する構造である。
スレイズ――あるいはコルセットと言ってもいいが、そのような胴体に巻きつけるタイプの着衣を重ね、ドレスを上から締め付けている。この時代、この大陸における腹巻きと言い換えられるそれは、胸部から腹部にかけてをくるりと包み、ちょうど乳房を持ち上げるかのようになっている。
後ろに両手を回し、腹巻きを固定するための紐をほどいた。
緩んだそれを取り外し、脱いだ衣装は使用人が逐一受け取り、丁重に扱っている。ものによってはきちんとハンガーにかけ、皺を残さないようにするわけだ。
腹巻きによる締め付けがなくなることで、胴体でドレスは緩む。布と肌のあいだにふわりとした隙間が生まれ、腰のラインが服の上からは見えなくなった。
ゼノヴィアにとって、問題はここからである。
ここから先は、脱げば脱ぐだけ露出度が上がり、下着も見えることになる。
「おや? 手が止まっているようだが?」
ジェロームが言う。
「口先だけで、いざとなれば脱げないか」
ブラフォードも煽ってくる。
「まあ待て、こうして恥じらいをあらわにして、ゆっくりと時間をかける有様こそが、乙女の柔肌を前にした風情というもの。急かしては風情を損ねる」
ヴィンスは二人を諫めるが、目が完全に笑っている。
このまま恥ずかしそうに脱ぐ姿こそが楽しいわけだ。
「それもそうか」
ブラフォードはヴィンスに同意する。
ジェロームもだ。
「はははっ、確かにヴィンス公爵の言う通り、マーデン侯爵の奥ゆかしさを我々で存分に確かめようではないか」
ニヤニヤを隠しもしない視線が殺到し、ウェインの目つきも怪しくなる。見れば隣の使用人も、ゼノヴィアの脱ぐ瞬間を今か今かと待ち侘びていた。
ゼノヴィアはスカート丈を握り締め、その拳を震わせた。
(こ、この人達は……)
腹の底に怒りを押し隠し、ゼノヴィアは懸命に平静を維持している。息を深く吸い込んで、ゆっくり吐き出し、少しでも心を落ち着けようと努力していた。
次は上を脱ぐ。
谷間を見せる作りのため、胸の周りは複数の布を使った構造だが、衣服としては一枚きりとなっている。
(とにかく、どうせ最後は全部……)
とはいっても、ハードルの低い方から順にいきたいのが心情で、ショーツとブラジャーのどちらから出すかといったら、ゼノヴィアは上から脱ぐことを選んでいた。
袖の内側に両手を引っ込め、腕の分だけ衣服を中から膨らませる。
「さあ、期待の瞬間が巡って参りましたぞ?」
途端にヴィンスが言い出して、それに躊躇いを煽られる。
ただでさえ脱ぎにくいのに、余計な期待感が膨らんで、しかるべき瞬間を見逃すまいとする視線から圧力が強まれば、余計に脱ぎにくくなってくる。
たくし上げようとした手が止まり、抵抗感と戦う時間が間延びした。
「なるほど風情がある」
「……うっ!」
ブラフォードは大袈裟なまでに深々と、繰り返し執拗に頷いていた。
「乙女心が故に見せられず、しかし引くわけにもいかず、やっとの思いで肌が見えてくるのでしょうな」
「…………ううっ!」
ジェロームも今のゼノヴィアについて嬉々として語ってくる。
(いつかじゃなくて、今ここで張り倒したい!)
言葉を浴びれば浴びるだけ、ゼノヴィアの中で貴族三人への怨念が育っていくが、マーデンのためにも今は暴走するわけにはいかない。この手に刃物でもあったなら、あっという間に弾け飛びそうな自制心を抑え込み、ゼノヴィアは衣服をたくし上げていく。
「ほれ、ようやく腹が見えてくる」
即座にヴィンスが言ってくる。
(う、うるさい!)
たくし上げる手が止まり、少しでも見えかけた肌色を服に隠した。
しかし、改めてたくし上げ、しだいしだいに腹の露出度合いを広げていく。顔が隠れるまでに持ち上げて、腹の全てを出したところで、ゼノヴィアは密かに赤らみ始めていた。
この時点でも、下着は見えているかもしれない。
いや、まだギリギリで隠れているだろうか。
どうであれ、このまま脱ぎ去り、上半身はブラジャーのみにならなくてはいけない。その直前までやって来たことへの思いから、頬はすっかり朱色になり、屈辱感で唇を噛み締める。
「さあさあ、いよいよだ」
ブラフォードのいかにも楽しみそうな声が聞こえてくる。
「いやしかし、いい体だ」
「元はといえば王族、良い食事をして、良い肌をしているのも当然でしょうな」
ジェロームが、ヴィンスが、肉体の品評めいたことを口にする。
(こいつらを……こいつらを喜ばせるだなんて……!)
耐えがたい思いが膨らむ。
それでも、ゼノヴィアは最後までたくし上げ、衣服を脱ぎ去り、使用人にそれを預ける。上半身はブラジャーのみに、五人全ての視線がニヤっと吊り上がり、誰しもが目を悦ばせていた。
「なるほど? これはまた、良き職人の手で仕上げた下着とお見受けする」
ブラフォードはさっそくブラジャーを語る。
「特別な染料を用いることで、星のように輝く糸を作り出せるという。その下着はまさしく上等な技術によって刺繍が行われている。白銀の糸で縫い込んだ花模様によって、布の純白はより眩しくみえるというもの」
ブラフォードがここまで語ると、そこにジェロームが己の見識を付け加える。
「注目すべきは、麗しい乳房を神秘に飾り立てているところですなぁ? 白く健康的な丸みを持ち上げ、白銀の光を帯びて沿い合わさる。乳房を美しく飾る上等なブラジャーであることは言うまでもなく、それを着こなすマーデン侯爵の器量も忘れてはならぬ」
「然り、何よりブラジャーの素晴らしさは技術や模様ばかりでなく、豊満たる乳房を中央に寄せ、素晴らしき谷間を生み出している点にある。マーデン侯爵の良き乳房が、職人の技によって色香を増しているわけだ」
ヴィンスさえも人の着ている下着を語る。
(なんなのよ! なんなのよ!)
単にブラジャーの姿を晒しただけなら、その頬はまだしも桃色止まりで済んでいた。
しかし、下着に用いられた技術を語り、それによっていかに乳房が魅力を増して見えるかといった品評行為は、ゼノヴィアに余計な羞恥を煽っていた。
「ふむ、皆の言う通りだ。ゼノヴィア候の器量も、ブラジャーの美しさも、共に言うまでもないものだが、それらを的確な言葉で語ってのける諸君らの見識の深さには関心する」
ウェインまでもが胸と下着の品評に参加して、既に顔から火が出そうだ。
「さて、上等なブラジャーとあらば、次は上等なパンティに期待するのが自然というもの」
ヴィンスの老獪な眼差しは、スカートの中身に興味を示す。
(や、やだ……!)
それだけで、ショーツまでも晒した恥ずかしさが頭に浮かび、是非とも遠慮したい思いが大胆に膨らんだ。
(……脱ぐ、しかないわね。どうであれ、了承したのは私自身よ)
貴族三人の口八丁に乗せられて、同意の言葉を引き出されてしまった自分の落ち度はわかっている。それだけに悔しさが滲み出て、後悔してもしきれない。
(もっと、もっと上手くやれていれば! 全裸だなんてことにはならずに済んだはずなのに!)
雲行きの怪しさも感じていた。
それでもなお、躱しきれずに思い通りに誘導され、こんな展開にまで至った自分の至らなさが本当に悔しくてたまらない。
もっと口が上手ければ、何か交渉材料を用意できていれば。
過ぎたことを後悔しても、時間を巻き戻すことはできないが、頭の中にはどうしても浮かび続ける。あの時、あのタイミングであの発言をしなければ、ああいう言い方をしておけば、次から次に反省点が浮かんでくる。
浮かべば浮かぶほど、こうはならずに済んだ可能性が大きく思えて、今こうして脱いでいる自分の情けなさがどんどん嫌になってくる。
歯軋りしながら、ゼノヴィアはスカートを脱ぎ始めた。
腰に締め付けるための紐をほどき、緩んだところでウエストに指を入れ、スカートを下げにかかった。
「おっ?」
「おお?」
「いよいよですなぁ?」
「ああ、楽しみだ」
四人が一斉に、目つきだけでは飽き足らず、言葉にさえも期待を示す。
使用人は余計な口を利かないが、彼もゼノヴィアのストリップを楽しむ一人なのは明らかで、目を見れば期待感がありありと伝わってきた。
(脱ぎにくいじゃない!)
心で叫ぶ。
だが、五人から向けられる期待の眼差しは、決して和らぐことがない。
「そ、そのように強い目で見られていますと……。ただでさえ様々な気持ちを抱き、それを抑え込んでいる今の私の心境、何かとご理解頂けると……嬉しいのですが……」
せめて目つきが和らぐだけでもいい。
言葉は取り繕っているものの、ゼノヴィアはたまらず苦言を呈していた。
「これは失敬」
真っ先にウェインが言う。
「しかし、ゼノヴィア候。あなたの美しさを前にしては、この目にあらゆる期待を浮かべてしまうのは自然の摂理。むしろ、さも興味がないように振る舞う方が、かえって礼を失するというものだ」
ウェインの言葉をストレートなものに翻訳すれば、「いいから黙って視姦させろ」というものになる。
「いえいえ、そのようなお心遣いは……」
ゼノヴィアの言葉を訳せば、「視姦するな」というわけだ。
性的な視線を一切向けるなというのは、もはや無理だろう。諦めざるを得ないのはわかっているが、和らげる程度のことはしたかった。
「ははっ、マーデン侯爵。あなたほどの器量に惹かれない殿方などおりますまい?」
ヴィンスがそう言うと、他の二人も同調して頷いた。
(もう言ってもダメだ……)
諦めるしかないと悟り、ゼノヴィアはスカートを下げ始める。
「お?」
「見えた見えた」
少しでも下着が見えた途端、ブラフォードとジェロームは一斉に喜んだ。声こそ出さずとも、ヴィンスとウェインも目の色を変え、鼻の下を伸ばし始めている。
(だ、ダメっ、辛い……)
それでもスカートを下げていき、露出範囲を広げるが、体の方が音を上げそうだ。しゃがみ込みたい衝動が溢れてきて、身体が勝手に動いてしまいそうだ。
(しゃがみ込んだって、それもからかったりするんでしょう!?)
それなら堂々と脱いだ方がまだマシだと、恥を堪えてスカートを下ろしきり、ゼノヴィアは下着姿となる。
「やはりパンツも煌びやかな光を宿している」
「銀の糸だけではない。あのフロントリボンも特殊な染料を使っているな? その表面に艶やかな光沢がある」
「マーデン侯爵の下着姿! この機を逃せば、二度と見ることは叶わんでしょうなぁ!」
(二度とあったら困るわよ!)
憤然としたものを腹に抱え、怒りと羞恥のどちらで顔が赤いか、ゼノヴィア自身にもわからない。あるいは両方によって赤面しているのだろう。
「ところで靴下はいかにする?」
ブラフォードが問うと、さも学術的な難問に直面したように、貴族達もウェインも揃って顎に指を当て、眉を顰めて悩み始める。
(は? なんで?)
「全裸に靴下、それもまた一興。しかしながら、まったくの全裸も捨てがたい」
と、ジェローム。
「公爵の立場から言わせてもらえば、裸にもいくらかの気品を残し、靴下やネックレスといったものはあえてそのままというのが良い」
(なによ! 公爵の立場からって!)
「ジェローム伯爵、ヴィンス公爵。とはいえ、何ら身につけない姿でなお気品を失わず、宝石のように輝く姿こそが王族の美しさでは? 言うなれば肉体そのものが高名な芸術に匹敵するものであり、そこに飾り付けなど不要と思うが?」
「いやいや」
「いやいやいやいや」
ブラフォードの意見に対し、二人揃って首を振る。
要するに完全な全裸と、靴下は残すかの言い争いが始まっているのだ。
(なによ! なんなの!? 意味がわかんない!)
そんなことで意見が対立するのも理解不能だが、しかもゼノヴィアはそのために下着姿で放置され、二人対一人で熱弁を交わす有様を見せられている。
「ブラフォード子爵。君の好みがどうあれ、多数決の原理では君一人しか裸靴下を指示していないのが現状だよ」
「なればこそ、ウェイン殿下の意見を伺うべきでは? ジェローム伯爵」
「では僭越ながら、ブラフォード子爵の望むように、ここはウェイン殿下のご意見を賜りたいところだ」
「ふむ、どちらも捨てがたい意見というのが正直なところだが、どちらかに決めざるを得ないのもまた心理。ここはブラフォードの肩を持つこととしようか」
(うぇ、ウェイン王子!? これじゃあ意見が真っ二つじゃない!)
ゼノヴィアにとって、そんなことはどうでもいい。
下着を脱いでしまえば、靴下が残っていようと、肝心な部分を隠せない以上は恥ずかしさに変わりはない。どうでもいいことで熱弁を交わし、人をいつまでも放置するなというのがゼノヴィアの意見である。
「つまりはそこの使用人の意見を聞けば、多数決の原理で決着がつくわけだな」
ヴィンスが矛先を向けた時、使用人はビクっと肩を跳ね上げていた。
どちらの意見を取ったとしても、必ず二人の意見と対立する。こんな下らない性癖の言い争いのせいで板挟みに合い、もしも今後の処遇まで変わって来るようなら、この名も知らぬ使用人にはどこまでも同情することになる。
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