目次 次の話




 ナトラとマーデン領のあいだには不和が生まれていた。
「どうしたもんかなー」
 その解決のため、ウェインは頭を悩ませる。
 マーデン領に対する悪感情が強まって、良い意見を言わない貴族が増えたのは、グリューエル王率いるソルジェスト国との戦争が原因だ。
 事の発端を遡ると、デルーニオか国ら届いた書簡から話は始まる。
 マーデン領において、以前デルーニオ王国が無期限に貸し出した領土が存在する。しかしながらマーデン王国が滅亡したのであれば、その条約は向こうとなる。即刻上記の領土を返還されたし――というものだ。
 この書簡を読んだゼノヴィアは、馬鹿げていると一蹴した。
 土地は確かに有しているが、それは何十年も前の話であり、それも本来は売買だったところを、デルーニオ側の体裁に配慮して、名目上無期限の貸し出しという形にした経緯がある。今更返せと言われても応じるわけがない。
 返答は返還を拒否する内容で行ったが、それに対するデルーニオ側の対応は迅速だった。
 すぐにでも国境付近に兵団が確認された。
 名目こそ軍事訓練とされているが、返答に対する武力的威圧であることは明白だ。
 これに対して、ゼノヴィアが現地に部隊を派遣したことは、決して過剰反応ではなかった。ここで慌てて交渉を用意すれば、武力に屈したと内外に示すことになる。それこそ後々まで侮られかねない悪手だ。
 だが、それこをそデルーニオ側は待っていた。
 しばらくして、デルーニオ軍が国境を侵犯し、それを止めるために散発的な衝突が発生したという報告が届く。
 そして、畳みかけるようにしてソルジェストからの宣戦布告が舞い込んだ。
 ゼノヴィアは罠に嵌められたのだ。
 挑発行為をすることで、戦争のきっかけを引きだそうとする目論見にかかってしまい、ゼノヴィアが原因で他国と争う流れとなってしまった。
 結果としては戦争に勝ち、ゼノヴィアも名誉挽回のために動きはしていたが、ナトラ側に暮らす貴族からの、マーデン領に対する悪感情を完全には払拭できない。ゼノヴィアには厳正なる処罰を、斬首系を、などと過激な意見を唱える者もいる始末だ。
 ウェインとしては、内々の意見を無視できない。
 かといって、ゼノヴィアを処刑したくはないわけで、板挟みである。こんな時にニニムもフラーニャも、ナナキですら遠出のために不在であり、相談相手に乏しい状況で判断を決めることになる。
「え、マジでどうしよっか」
 ナトラは封建制だ。
 封建制とは、君主が家臣に領地を分け与え、変わりに家臣は税金や軍事力の供与などでそれに答えるというシステムで、これには危険性もあった。
 多くの場合、領地を分け与えられた家臣達はそれぞれ自分の領地で軍事力を持つことを許されている。君主の援軍要請に応じるためにも、領内を取り締まるためにも必須だからだ。しかし独立した軍事力を持つということは、君主に対して武力による反攻も可能になることを示している。
 ゼノヴィアの件は放置できず、先延ばしにしすぎても、領主達の不満を煽ることになる。反乱分子を炙り出すため、ハガルとの不仲を演じる工作までしたことのあるウェインは、こう思うわけである。
「やべーよ。クーデター起きちゃうよ」
 この落としどころに悩むウェインは、とある妙案を浮かべて、不満を表明している貴族を一箇所に集めつつ、そこにゼノヴィアも呼び寄せることにした。
「だってさー。ぶっちゃけ、ゼノヴィアがなんか惨めな思いしたり? うん、そういうことがあればさ。ざまーみろ! 思い知ったか! ってなるじゃん? ぶっちゃけ、それでなんとかなるっしょ?」
 ではどういった方法で悪感情を払拭し、不満の表明者達を納得させるか。

 ――羞恥プレイだ。

 ゼノヴィアを公然と辱め、いい気味だと言わせてやれば、不満は丸ごと一層できる。ゼノヴィアは精神的な負担を背負うが、処刑や鞭打ちに頼って始末をつける必要もなくなる。一時的な屈辱だけで場が収まるなら、結構なことではないか。
 マーデンはどうせナトラに臣従して、実質ナトラ領となってしまった。カバリヌとの一件の後、面倒事を阻む盾としてマーデンを利用しようと計算を働かせたが、今となってはそれもできない。
 ならば、この件で上下関係をより明確化するのも悪くはない。
 もちろん、ウェインがこういう思いつきをした理由は、決して政治的な理由だけとは限らない。公私を切り分けるのは大切だが、人間大なり小なり混同してしまうことがある。
「ぶっちゃけ、裸見てみてェェェ!」
 そういうことだった。
 そして、ウェインは書簡を送りつけ、ゼノヴィアの呼び出しに加え、彼女への不満表明者達をかき集めた。

     ◆◇◆

「ぶっちゃけ、大成功じゃね?」
 一人の若者がそうこぼすと、テーブルを囲む他の二人も満足そうに頷いていた。
 若者の名はブラフォード・トンプソン。
 病没による代替わりで、若干十七歳にして領を収める立場となり、それ以来他の貴族とも交流を増やしていたが、ブラフォードを含むこの三人は、思いがけずして趣味が一致し、意気投合した仲間同士だ。
「こうも上手くいくとは」
 悪巧みの成功が面白くてたまらない、そんな笑いを浮かべるのは、ジェローム・ライズ伯爵という二十五歳の男である。
「不満とは言ってみるものだよ」
 まるで結果はわかっていたかのように気取る中年は、ヴィンス・ハーヴェイ公爵という四十一歳の男であり、このように十代、二十代、四十代と、年齢はばらけているが、にも関わらず奇跡的に同じ心意気を持っている。
「ま、自分の補佐官を裸にする王子だもんね」
 と、ブラフォードは愉快そうに。
「ああ、あれは決定的だった。ウェイン王子がニニム・ラーレイを寵愛しているのは紛れもない。そんな人物が本当にフラム人を奴隷扱いにするか? 答えは否――あれは正真正銘、そういう趣味だったに違いない」
 ジェロームが訳知り顔で語るのは、以前ニニムが弄ばれ、裸で城内を徘徊していた出来事についてである。
「して、あの時の出来事を子細にまとめた書物は完成した」
 そう口にするヴィンス公爵は、これまでにない邪悪を顔に浮かべて、いっそおぞましいほどに表情を歪めていた。
「おおっ」
「素晴らしい!」
 一冊の書物が置かれるなり、二人して食いつく反応をあらわにした。
「ありとあらゆる伝手を使い、その時の詳しい情景を聞き出した上、筆の立つ者を用いて綿密な描写を行わせる。これに勝る書物はあるまい」
 ヴィンス公爵の語る言葉を聞けば聞くほど、ブラフォードの若い顔には満面の笑みが、ジェロームには口角の吊り上がった表情がかぶ。
 この時代、創作物の媒体は限られており、電子機器など登場の気配すら見せていない。ならば書物を重宝する人間も自然と多く、しかもヴィンス公爵が用意したのは作り話ではない。ニニムが羞恥にまみれたノンフィクションだ。
 三人の中に、書物に対する共通の認識がある。
 そう、これは金貨千枚にも勝る超絶的な宝物なのだ。
 言うなれば、書物の正体はエロ本だ。
「良い流れだ。かのロウェルミナ第二皇女、補佐官フィシュ・ブランデルに続き、ゼノヴィア・マーデン……我々の宝はより一層の輝きを増すことだろう」
 男爵がそのように口にすると、彼らの手元にあったグラスには、使用人の手からワインが注がれていく。
「次なる計画の始動を祝い」
「その成功を祈り」
「乾杯」
 三人の貴族が杯を交わす。
 全ては彼らの工作だ。ゼノヴィア・マーデンのエロ小説をノンフィクションで作り出すため、あえて不満の表明を繰り返した成果が、これから試されようとしているのだ。



 
 
 

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