前の話 目次 次の話




 ニニムは危機を感じていた。
 ふと気づいた尿意なのだが、最初のうちはまだ切実ではなく、当分は我慢できるだろうと思っていた。それがしだいに強まって、このままでは木陰でせざるを得ないと気づいた時、言うに言えずにニニムは焦った。
(む、無理よ……)
 きちんとトイレに行きたい。
 しかし、肌で風を浴びているせいなのか、想定以上の速度で尿意は強まり、このままでは木陰でするしかないと気づいて泣きたくなった。
 外でするなど、乙女の行いではない。
 だが、国を出ての野営時や戦争で野外に寝泊まりをする際など、贅沢など言えない状況はこんな時でなくても発生する。
 ここは恥を忍ぶしかない。
「うぇ、ウェイン……」
 それを声に出そうとした時、顔の赤らみがより内側を侵食して、漂う羞恥の塊が触手を伸ばしてくるような感覚があった。目には見えない塊が顔の表面を染め上げていて、それが内部にも染み込んで来ているのだ。
「どうした? ニニム」
「その……」
 言おう言おうと思っても、それを声に出そうとした瞬間に、恐ろしく大きな躊躇いに体中を支配され、言葉は喉の奥に引っ込んでいく。
「あの、なんていうか……とても、言いにくいんだけど…………」
「だから何なんだ? ニニム」
 ウェインは素知らぬ顔だった。
(なーんて! 本当は気づいてますけどねー!)
 と、最低だった。
(イケメンとして? 格好良く気遣ってみせるのは簡単だけど? ここはそういうタイミングじゃないんだよねぇぇ! 早く言ってみて下さいよ! 肝心の言葉を仰って下さいよニニムさーん!)
 邪悪な目論見などないかのように、表面に浮かべているのは、ただただニニムの言いたいことを掴み取れずに困惑した顔だけだ。
 ニニムは非常に躊躇いながら、ようやく言った。
「と、トイレに……」
「ほう! トイレ!」
 そして、ウェインは殊更に大きな声で反応した。
「ちょっと! こ、声が……大きいと思うわ……」
「うーん? でも誰もいないしー?」
「いないかもしれないけど、そういう問題じゃ……」
「ま、とにかくトイレか。今から城に戻って間に合うか?」
「…………」
 言葉による返事はなく、ニニムは顔を背けていた。
 それで十分に伝わった。
(なら木陰か)
 ニニムが外で放尿することを思った時、さらなる目論見が脳裏に浮かぶ。
 もっともっと恥ずかしい思いをさせることができるではないか。
「ニニム、俺の前でしてもらおう」
「え…………」
 ニニムは固まっていた。
「聞こえなかったか? 俺の見ている前でするんだ」
「えっ、それは……ちょっと……」
 ニニムは後ずさる。
 それを追うように、ウェインは一歩前に踏み出た。
「さあ、ニニム。これは命令だ」
「……ど、どうしても?」
「どうしてもだ」
「絶対?」
「ああ、絶対だ」
 放尿を拝んでやれば、ニニムは一体どんな顔をするだろう。それを見たくて見たくてたまらなくなったウェインには、もう譲る意思はない。
「…………わかったわ」
 ニニムはすぐに観念した。
「そこの木にでもしてもらおうか。ニニム、こっちへ来い」
 ニニムを傍らに招き寄せた後、ウェインは身体を抱き上げた。
 M字開脚をそのまま宙に浮かせた形である。膝の下に両手を入れ、胸に背中の当たってくる後ろからの抱き方で、脚を左右に開帳させながら、その股を狙いの木に向けてやる。
「さあ、するんだ。ニニム」
「するけど……でも、急には出ないわよ…………」
 ニニムのこの言葉に嘘はない。
 緊張で体が震え、いたる筋肉が強張るせいで、奥に引っ込んで出て来ない。出そうとする意思だけあって、実際には尿意が解放されないままの時間が続いていた。
 出さずにいれば、その分だけ長くアソコの目立つ恥ずかしいポーズでいることになる。
 しかし、出ないものは出ない。
(こんな時なのに……私は…………)
 ニニムは胸に手を当てる。
 心臓が壊れそうなほど、動悸は早くなっていた。胸を内側から叩き破ってきそうな勢いで、激しい連打をしてくるのだ。
(なにドキドキしてるのよ……)
 こんな状況で、野外で裸になって放尿までしようという時に、ニニムはドキドキしてしまっていた。
 仮にもウェインと密着して、別の意味でも顔が赤くなっていた。
「まだか?」
「ま、待って……緊張して……」
「そうか。なら、気長に待つか」
「うぅぅぅ………………」
 顔がみるみるうちに歪んでいく。
 こうも激しく心臓が鳴っている状況で、いつまでも密着していたら、どこまで身が持つかもわからない。早く離れたいような、離れたくないような、いいや離れたい。このちっともムードのない状況で、ドキドキこそしてしまっているが、さすがに離れたい気持ちが勝った。
 そして、やっとのことで尿意が解放に向かって行くのは数分後のことだった。
(で、出る…………!)
 顔がますます熱くなる。
 とっくに耳まで染まりきり、これ以上は赤らむ余地のない顔から、それでも上昇している熱により、ありもしない蒸気が上がっているかのようになる。今の体勢では顔など見えないのはわかっているのに、ニニムはそれでも両手を顔に貼りつけていた。
 体内では尿がみるみるうちに出口へ迫り、内側から扉をこじ開け出て行こうとするかのように、決壊が近づいている。
 まず、ワレメの上に滴がぷっくりと生まれていた。
 小さな小さな、汗が出て来たような水玉は、その場所が一本筋の真上だったことで、即座に染み込んで消えてしまう、溝のラインに沿って上下に広がり、ワレメが尿の水気を帯びたところで、ついに黄色のアーチは外界に放出された。
 内側から門を破って、初々しいワレメの隙間から、勢いを帯びた放水は始まった。

 チョロロロロロロロロロロロ……………………!

 熱いアーチが舞い上がり、樹木の肌を濡らし始める。
 最初の数秒は表面が水分を吸い込んで、ただ変色するに留まっていたのが、すぐさま吸水の限界を迎えていく。吸い込む変わりに表面を流れ落ち、その流れた先でまた染み込む。濡れきった変色の面積は徐々に広がり、着弾位置から根元にかけての全てが吸水限界を迎えた時、あとは全てが土に染み込んでいく。

 チョロロロロロロロロロロロ………………!

 あれほど出るのに時間がかかった尿なのに、一度出てきてしまえば簡単には止まらない。ニニム自身さえ、思ってもみなかった量と勢いで、アーチの着弾位置からは、軽く飛沫が飛び散っている。
(あああああああ……!)
 ニニムが平然としているはずはなかった。
(おおおっ、これは……これは……!)
 ウェインの心も震えていた。
 羞恥に震えるニニムと、興奮に震えるウェインで、それぞれ心を燃やしている。片や恥ずかしさで顔から火を噴き出し、片や興奮の炎で滾っていた。
 しかも、その時だった。

 ぱきっ、

 と、それは誰かが落ちていた枝を踏み、偶然にもへし折った際の音であった。
 ニニムがビクっとなる。
(う、嘘!? 本当に誰か!? 誰かいるの!?)
 一瞬にしてパニックじみた心境に陥った。
 もうこの状況からでは、今更になって放尿をやめられない。全て出し切ることでしか、この時間を終わらせる手段はない。
(え、やばっ)
 ウェインも内心焦っていた。
 たった今から逃げ隠れするには、物音から察知した気配は近すぎる。何者かがこちらに歩いて近づいて、肩や腕に葉が当たっての茂みの音で、もう既に数メートルもない距離に、誰かが迫っていることを悟ったのだ。
 今の今まで、夢中になっていたことと、尿が飛び散る音で多少は物音がかき消されていたこととで、接近されるまで気づかなかった。

「え? ええ!?」
「なっ……!?」

 そして、気づかずにいたのは相手も同じらしい。
 二人組の兵士であった。
 気晴らしの散歩なのか、はたまたは小便で用を足す場所を探していたか。何かの理由で林の中を歩いていた二人組は、現場を目の前にすることで初めて気づき、驚愕しているのだった。
(そ、そりゃそうなるよなああああ!)
 歩いていたら、王子とその補佐官が一緒にいて、ニニムに放尿をさせているのだ。ウェインが抱え上げることで、さもニニムの放尿を手伝うような形を取っている上、そのニニムが服を一枚も着ていない。
 絶句しない方がおかしい光景を前にして、二人組はその通りに絶句していた。

「~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッ!?!?!?!?」

 ニニムがそれ以上の壮絶な反応をしているのは言うまでもなかった。
 そこに言語などありはしない。
 ニニムが行う反応は、もはや言葉や体の反応というよりも、火に燃料を焼べたら火力が増すのと同様の、より熱く燃えさかる科学的な反応だ。脳はパニックに陥り、手の平に覆い隠した顔は、見るに滑稽な形で歪み硬直しきっている。
「…………」
「…………」
 絶句して固まりきっている二人の前で、ニニムの放尿がようやく勢いを弱め始める。
 アーチの着弾位置が下へ下へと、樹皮のやや高い位置で弾けていたのが、だんだんと地面の方へ近づいていく。その最後には、真下に垂れ流すようにチョロチョロと、途切れ途切れに垂らして土の中に染み込ませ、ようやく放尿は終了していた。
「や、やあ。散歩か何かかね」
「……え、ええ! そうなんです!」
「休憩時間なので、気晴らしにそこらを歩こうかと」
 お互いに、どこか必死な顔になりながら、何事もない日常を演じていた。ただただ偶然にも顔を合わせたので、挨拶がてらに多少話をするだけの、ありふれた一幕をこなすことで、お互いが誤魔化しに徹していた。
 あらぬ現場を見てしまった兵士は気が気でない。
 ニニムはウェインの愛妾であり、密かに抱いているかのように語る声はある。真実はわからないが、その通りだったとしてもさして驚かないというのが、この二人組の兵士が持つ感覚である。
 フラム人絡みで逆鱗に触れれば、その者がどうなるかも……意図せずして、ニニムのことをからかい倒すための、あるいは脅迫して付け込む余地すらあるネタを掴んでしまい、兵士としては逆に気が気でない。
 忠誠心の厚い兵士には、まさかそんなことは出来ない。
 そう、出来ないのだが、ネタを掴んでしまったことは事実であり、このことでウェインが自分達をどう思い、どう処分するだろうかという恐怖があった。
 それを表に出さないように、二人して白々しい笑顔を浮かべている。
(いや、そんなにビビらなくていいからね!? 特にそんな気ないからね!?)
 恐れられていることは、ウェインも勘付いていた。
「と、とにかく……我々はもう行きますので……」
「お二人の時間を邪魔してしまい、申し訳ありませんでした……」
 二人はひどく気を遣い、謝罪までしてきていた。
「ああ、そうだな。なんというか、そう身構えることはない。何事もなかったかのように振る舞ってもらえればそれでいいのだ」
「はっ! 十分に承知しております!」
「で、では!? 我々はこれにて失礼致します!」
 二人はウェインに背を向け去っていく。
(ま、とりあえず平気だよな……)
 緊張の時間が終わり、ひとまず息を吐き出すウェインなのだが、ニニムの方は欠片も安心などしていないだろう。
「あ……あ……あ……あぁ……あぁぁ……………………」
 取り返しの付かない事態に、この世の終わりのような顔をしているのは、あえて表情を窺うまでもなくよくわかった。

     ◆◇◆

「ここから消えたいわ! 私の方こそトンズラしたいわ!」
 執務室に戻った後。
 ニニムは壁に頭を打ちつけていた。
「まあまあ、ニニムさん。その、あまり気を落とさず」
「よく言えるわね!? 本当によく言えるわね!? 」
 肩越しに睨んでくるニニムに、むしろウェインは胸をドキリとさせていた。
(いや本当にマジでこれ興奮するんですけどお?)
 ウェインの中で何かが完全に芽生えていた。
 もうとっくに服に着替え、全裸徘徊や放尿などのプレイは全て終了しているのだが、未だに赤らんだままの顔でニニムを見ていると、胸がドキドキして止まらない。股間は熱く興奮して、その赤くなった顔をもっと見てみたくなる。
 こうなったら、まだ楽しみ足りない。
「な、なあ……ニニム……」
 ウェインの声色だけで、ニニムは何か悟ったのだろう。
「なによ……もしかして…………」
「なんというか、次のプレイを思いついた」
「刺すわよ?」
 笑顔で物騒なことを言ってくる。
 目が怖い。
「いやぁ……でもニニムさんなら、きっとやってくれるんじゃないかなーって……」
「刺すわよ? 本当に」
 本当に目が怖い。
 だが、一人の臣下として、ニニムは最後には必ず従う。
「…………まあ、いいけど」
 実に躊躇いながら、大きな間を置いてから、ニニムはそう返してくれた。



 
 
 

コメント一覧

    コメント投稿

    CAPTCHA