「は?」
まずアリッサは唖然としていた。
空が晴れ渡っているのはありがたい。真冬ながらも、清々しい晴天から降り注ぐ明るい陽射しは、肌寒い風の中では慰め程度にはなってくれている。
だが、アリッサが見渡す露天風呂の広々としたお湯の中には、平然と男女が入り交じり、カップルで談笑をしていたり、チャラついた男がナンパをしていたりと、そんな光景ばかり広がっている。
水着着用とはいえ、アリッサは引き攣った。
「え? なに? 混浴? マリーサ?」
「混浴のようですね」
隣に立つマリーサは涼しい顔をしていた。
「あのね? 聞いてないわよ?」
「私も今知りましたので」
「本当に?」
「本当ですとも。いかに水着があるとはいえ、お嬢様の肌を男達の視線に晒すなど、とても考えられることではありません。が、せっかく来てしまったことですし、それはそれとしてお湯には入っていきましょう」
みだりに肌を見せてはならない貞操観念について述べながら、次の瞬間にはお湯に入ろうと言い出す切り替えの良さは、もはや一層のこと清々しく、さっさとお湯に浸かろうとするマリーサに、アリッサはため息をつきながら着いていく。
「仕方ないわね。よっぽど景色を見ながら浸かってみたかったのね」
まず、アリッサ達が済むのは途方もなく大きなテーブルの上である。テーブル上に盛り上がった大陸に段差をつけて、一段低い位置に広がる床とも言うべき大陸が存在する。それは長い長い歴史の中で、海面の高さが変化することで、数百年前は海底だった大地が剥き出しになって生まれた土地らしい。
さて、では今いるこの温泉というのは、そんな大陸テーブルの端っこ、いわば崖のすぐ近くのような位置取りをしているのだ。
故に高所から大地を見下ろすような景色が広がっていた。
樹氷の森が湖を囲んでいる。凍りついた水面は陽光の反射で美しく輝いて、延々と果てなく続く樹氷の中から、ぽつりと凍りついた湖上が頭を覗かせている。アリッサ達の大陸を仮にテーブル大陸と呼ぶとするなら、そこに床大陸は、果たしてどこまで続いているのか。
お湯の中、マリーサは景色に目を奪われていた。
「来て良かったわね。アリッサ」
「そうね」
嬉しそうにしているマリーサを横目にして、アリッサは密かにそちらの方を喜びつつ、自分もまた景色に目を向ける。
だが、長々と絶景を眺めることで、その感動からしだいに目が覚めてくる。
それにつれ、アリッサは自分の格好を思い出す。
白い水着のブラジャーは、Fカップのアリッサには少しだけサイズがきつく、谷間からこぼれ出るかのように、食い込みのために乳肉が微妙にぷにりとなっている。尻も似たようなものであり、尻たぶに食い込むゴムから、ハミ肉とでも言うべきぷにりと潰れた尻肉が見えている。
男にとって喜ばしい格好は、露出性癖が芽生えたアリッサの肉体を疼かせるには十分すぎる。
(いけないスイッチが入りそうだし、理性のあるうちに男の視線から逃れたいのだけど)
以前の検問所や鉱山での体験を思い出す。
鉱山に至っては、宿に帰った後から、アリッサ自身の意思で裸マントで出歩く真似をしてしまい、それがマリーサにバレる事態にまで発展した。罪を帳消しにする変わり、全裸土下座をしろという要求に巻き込んでしまい、それ以降のマリーサがアリッサをどんな目で見てくるか、態度が変わったりはしないかと、心配でならなかったのだ。
幸い、マリーサは許してくれたが、お仕置きの名目で裸婦像のモデルをやらされ、そこでも中々の思いを味わった。
今は水着を着ている上、混浴の場では他に同じ格好の女がいくらでもいる。
過去の体験に比べて刺激が薄く、だからこそ合法というべきか、健全な範囲で身体を晒すことが出来るので、何となく男の視線を浴びたいような気もしてくる。
(うーん。困ったわね)
一度浴びればスイッチが入り、もっと刺激を求めたくなってしまう。
とはいえ、これで何もなく終わるのはつまらなく思えてしまい、かといって視姦を求めれば、望まぬナンパを躱すのが面倒になりかねない。異性を口説き、あわよくば部屋に連れ込もうと考える輩など、アリッサはそういったタイプとの関係までは望んでいない。
もっと都合良く露出できなければ意味がない。
(気にしないようにして、明日は普通に女湯に入ろうかしら)
などと考えている時だった。
「あちらに別の湯があるようです。行ってみませんか?」
「あら、本当ね」
二人して立ち上がり、そちらの湯船に移るため、湯を歩いて移動する。
この時、アリッサは気づいていなかった。
自分がどんな水着を着ていて、どんな状態に陥っているか。少しでもマリーサの胸か尻に目がいけば、即座に気づいたことだろうが、その視線は湯船の方に釘付けだ。歩くために前を見て、いちいち隣を見ていなかった。
(ん? なんか妙な視線が……)
周囲の男達のニヤニヤした眼差しは、単に女の体を見て喜ぶものだ。ジョージやケビンと話した際の、何とも言えない違和感とはまた違う。
視姦は嬉しい。
露出性癖が芽生えてしまっているからだ。
ただ、いくらアリッサが美貌の女だからといって、他にも水着の女がいる中で、水着越しに見ているにしてはニヤつき方がおかしいような気がするのだ。
(いやね。私に注目が集まるのは全然仕方ないんだけど……)
何せ、美貌だ。
より美しい女に視線が集まるのは当たり前である。まして隣にはマリーサまでいて、他の女が霞んで見えるのだろうが、そういうことではない。周囲から集まる視線の感じは、言うなれば乳首や性器を直接見られている時のそれに近い。
水着とはいえ、布が介在するはずなのに、視姦の目つきに違和感があるというのが、アリッサの抱く感覚の正体だった。
(全裸じゃあるまいし)
湯から上がって、タイルの床を進んでいき、純白の湯が漂う四角形の湯船に足を入れ、そのまま胸まで浸かっていく。
「よ、またあったな」
その時、追うように入って来るのはケビンであった。
「あら、そうみたいね」
そう返すアリッサの視線の先には、他にも二人の男がいた。
行商隊のジョージに、さらにもう一人の大柄で筋肉質な男は傭兵部隊を率いるゴルディという男である。特に話し込んだわけではなく、盗賊に逆奇襲を仕掛ける際、既に狙われている状況を二人して前後で伝えた時、必要な情報を伝える程度のやり取りアリッサがした相手だ。
会話をしたのはその時くらいだ。
ただ、さほど会話はしていなくとも、同じ仕事で同じ現場にいた者同士として、お互いに何となく顔だけは覚えていた。
「アリッサにマリーサだったか。俺はゴルディだ」
と、名前を聞くのは今が初めてだ。
「隊長さんだったわね」
「アリッサの勘の良さのおかげで、逆奇襲をかけるきっかけになった。俺にはそこまで気配を感じる感覚はなかったからな。もっぱら、襲われる直前に気づくタイプなんで、殺気に気づく頃にはもう剣を抜いている」
「ま、そういうタイプの違いってあるわよね。わかるわ」
小さい頃から、自分に集まる視線の種類を気にして育ってきた。そのせいか、そこに騎士団からの稽古が重なることで、もやは自分に向けられる意識でさえも察知できることがある。それこそ屋敷に忍び込んだ盗賊の気配をドア越しに読むほどには敏感だ。
視線や意識に敏感な肌なので、だからアリッサは視姦で感じやすいのだろう。
「二人を雇ったのは大正解でした。女二人でドラゴンを倒して、その肉を食べたなんて噂を聞いた時には、是非ともその頼りになりそうな冒険者をって思ったけど、本当に雇うことができたのは幸運だった」
ジョージも二人のことを称えてくる。
「幸運といえば、二人して体まで美しい。もし良かったら、立ってみてくれないか?」
などとケビンが言う。
やましい目的は見え見えで、つまり水着越しの視姦狙いはわかっているが、見られて喜ぶ性癖のあるアリッサとしては、特に悪い気はしていない。
ただ、妙なスイッチが入った時の、裸マントで出歩いてしまった自分自身、という記憶のあるアリッサである。もっぱら己の暴走の方に警戒して、そちらの理由で躊躇っていた。
「いいわ。ねえ? アリッサ」
しかし、マリーサが勝手に了承して、勝手に立ち上がる。
「しょうがないわね」
なのでアリッサも付き合うことにして立ち上がる。
「おおっ」
ケビンの簡単。
「これはこれは」
ジョージも感動の眼差しを浮かべる。
「もし金で呼ばれてくれるなら、大金を払うところなんだが、どうだ?」
ゴルディに至ってはそういう誘いまでしてくる始末だ。
「悪いわね。私達、その手の誘いは断ってるわ」
「そうか。悪かったな」
無理に食い下がるつもりはなかったらしく、ただ金による誘いに乗るかを確かめただけで、ゴルディはあっさり身を引いた。
しかし、視線の方は引く気配がない。
三人揃ってニヤニヤと、気づけば周囲の他の視線もチラホラと、執拗なまでの凝視で目に焼き付けようとしてきている。
そう、それはいい。
視姦されるのはいいのだ。
(やっぱり、これって裸を直接見られている時の感覚よね)
だが、そういう違和感は否めない。
さも全裸を眺めるような目つきになっているのは、一体どういうわけなのか。そこがわからず、心の中では首を傾げる。
「裸だ!」
それは突然だった。
湯船の近くに駆けて来た男の子が、人を指差しながら嬉しそうに、無邪気に喜ぶ顔でそんなことを言ってきたのだ。
「乳輪でっかいね!」
などと言い残し、それで満足したらしい男の子は、景色の方に目移りして行ってしまう。
「乳輪……?」
アリッサの乳輪は確かに大きめで、ぷっくりと膨らみ気味なわけなのだが、どうして水着越しにそんなことを言われるのか。
さすがに気になり、アリッサは自分自身の胸を見た。
「え? なによこれ! 聞いてないわよ!」
アリッサは驚きながら手で隠し、白い湯の中に身体を突っ込んだ。
「あれ? 気づいてなかったの? てっきり、わざと着てんのかと思ったけど」
ケビンはからかう顔で尋ねてくる。
「わざとも何も、他の人達はみんな普通の水着じゃない!」
アリッサの水着は普通ではなかった。
透けていたのだ。
「なに? 本当に気づかずにって、じゃあ受付のミスってこと? そりゃ災難だね」
ケビンはなおもアリッサの胸を見たがり、白い水面に隠れた谷間を気にしてくる。それは他の二人も同様らしく、ジョージやゴルディも好奇心に満ちた目をしていた。
「マリーサ?」
アリッサは非難の目をマリーサに向ける。
「ごめんなさいね。アリッサ」
さして反省の色を見せずに謝るマリーサ。
「あのね? どうしてこう、たまに私を災難に陥れるのかしら?」
どうもマリーサには、アリッサの動揺を楽しみたがる部分があると、最近になって気づいていた――同性愛者であり、性的な動揺こそを見たがっているとまでは気づいていないが、アリッサをトラブルに遭わせることが好きな点だけは悟っていた。
「まあいいじゃない。アリッサはどうせ見られて悦ぶ趣味があるんだし、この機会に全身を眺めてもらったらいいと思うわ?」
などと、人の性癖まで暴露する。
始末の悪いことに、それは決して嘘ではなく、裸マントの件もマリーサに知られているので言い返せない。
「マジマジ? なら、オッパイぐらい見たいなー」
ケビンはさっそく食いついてきた。
「どうぞ」
「なんでマリーサが許可を出すの!?」
「タダでいいのかね? 何なら出しますが」
ジョージに至っては商人気質を発揮してのことなのか、金のことを気にし出す。
「俺もそんな水着だから、相手を探しているタイプだと勘違いしてしまった」
ゴルディの方は、金で部屋に呼ぼうとした理由について、言い訳を述べてくる。
「ああもう! 胸だけよ? いい? 胸だけよ?」
もはや仕方がない。
アリッサは乳房だけを湯面の上に引き上げて、まるで布など存在しないかのように、ゴムの部分の三角形だけがくっきり白い水着を晒す。
「マリーサも出しなさい。あなたのせいなんだから」
腹いせにマリーサを巻き込んで、自分の隣にもう一つの乳房を並べつつ、乳首や胸のサイズを観察してくる熱心な視線を浴びた。
(見せ慣れているはずなのに……)
多少は話込むことで、友達未満知り合い以上といったところの相手になっているせいか、見知った男に見られる感覚で、久しい羞恥心が湧いて来る。穴に指を入れるような身体検査を経験して、ただ乳房を見せるだけなど今更でありながら、生まれて初めて見せたかのような新鮮な恥ずかしさが蘇っていた。
それはおそらく、ゴーランの前で裸婦像のモデルになってから、しばらくは期間が空いたせいもあるだろう。慣れが薄れて、その分羞恥心が蘇り、加えて見知った相手に見られることで湧いて来る恥ずかしさは、口に出しては言えない思わぬ楽しみとなった。
男達の関心は言うまでもない。
美貌を誇る金髪のアリッサは、たわわな乳房を湯面に乗せて、Fカップのボリュームに焦げ茶色の乳首を目立たせる。久々の露出で赤らむ顔は、過去の刺激的な経験を匂わせることなく、なんとも生娘のそれに近い。
黒髪のマリーサもまた美麗であり、大きさでいえばアリッサに劣りつつ、美しい形状を正面に突き出している。同じく過去の体験からあいだが空き、慣れが薄れたせいで浮かぶ恥じらいは、まるで裸を見せびらかした経験などないかのように初々しい。
そして、マリーサはチラチラと、横目でアリッサの顔と胸を交互に伺い、その反応を見て楽しもうとしているのだった。
「はい。ここまで」
アリッサが急にサービスを終了して、白い湯に乳房を隠す。
あからさまに残念がる男達とは、このあたりで別れを告げ、そろそろ上がることにした。
だが、お湯を出た後まで災難は続いた。
尻も透けているのは承知の上、やはり露出性癖による興奮を疼かせながらも更衣室へ歩んでいき、カゴの近くで体を拭き始めた時だった。
「なんで服がないのかしら」
確かに置いていたはずの衣服が消えている。
「…………私のも」
マリーサも軽く引き攣っていた。
「え? どういうことよ。マリーサ」
「こっちが聞きたいわ」
不幸中の幸い、タオルくらいはあるのだが。
思わぬ災難はもう少しばかり続くことになる。
コメント投稿